第41話 ルーナ=ガーヴァ

 衝撃的な朝。


 俺達はそれぞれに違う反応を見せるが、どっと疲れた様子だけは共通だ。


 対照的に目の前の竜種ドラゴン少女は、天真爛漫を地で行くかのように表情をコロコロと変える。


 目に入るもの全てが珍しいのか、色々な質問を次から次へと投げかけてくる。


 「ハルセ、これなぁに?」


 「それは、花瓶だよ。外に花があっただろ? それに入れて、部屋にも飾ったりしているんだ」


 「ふぅん。ハルセ、これはこれは?」


 といった調子。

 一つ答えれば、興味が次の対象へとドンドン移り変わる。


 「取り敢えず、朝食を食べてから、君のことを聞いてもいいかな?」


 「うん! ご飯? ご飯だよね?」


 「そう、朝に食べるご飯だよ」


 俺は今まで、子育てをしたことはない。

 だが、こうして異世界でそれを体験している感覚。


 目を離せば、どこいるのかも分からなくなるし…本当に大変だ。


 とはいえ、この竜種少女の受け答えは、ある程度しっかりしているし、ちゃんと理解もしてくれる。


 生活に関しての知識だけが乏しいといったところか。


 俺達はテーブルを囲み朝食をとる。

 手掴みで食べようとする少女に、フォークやスプーンといった食器の使い方を教えていく。


 もちろん、朝食後のルーティンはガルの指導で少女も例外なく、しっかりと教え込まれる。


 朝の日課が終わると、俺達は再び、外のテーブルへと集まる。


 「さて、まずは聞きたいのだが、貴殿は竜種の姿になれるようだな。どこの生まれだ?」


 不器用すぎるガル。

 子供相手に堅苦しい言葉で話しかける。


 「う~ん……だから、あっちなの。私の家はあっち。でもね、誰も居なかったの」


 「そうだったな。ガルベルトさん、森に住んでたみたいだよ」


 「──森か。俄には信じられぬが、彼女の言葉を信じる以外、今は選択肢がないからな」


 「それとね私、竜種。人の姿になってるだけ。起きてるときはいいんだけど、眠っちゃうと元に戻っちゃうんだ。だから、お外で寝てたの」


 「竜種? 貴殿の出自は竜種だと言うのか?」


 「うん、竜種! あの森の奥で生まれたの。喉が渇いたから、お水がいっぱいあるところに行こうとしたら、ハルセがいたの。ず──っと昔にね、『必ず迎えに来てくれる人がいるから、それまでここに居なさい』って殻の中にいた私に、誰かが話かけてくれたの。それを信じてたから、ハルセを見たとき嬉しかったんだ」


 少女は自分が竜種だと言って、信じられないことをさらりと話し出す。


 だが、その姿を目撃した俺達は事実として受け入れるしかなかった。 


 「あの森に、貴殿の帰りを待つ者はおらぬのか?」


 「……うん。森に洞窟があるんだけど、その中でこの前目覚めたばかり。私以外、誰もいない……」


 さっきまで無邪気だった少女だが、その表情に陰りを見せる。


 「大丈夫だ。出ていけというわけではない。ハルセ殿が大好きのようだしな」


 「うん! ハルセ大好き! 一緒にいたい! ガゥウ!」


 少女の顔は千変万化と言わんばかり。

 曇りが晴れへと変わるように、はにかんだ笑顔をこちらへと向ける。


 竜種といっても、輝かしいほどの美少女であることに変わりはない。


 放たれる光は「私だけを見て!」と言わんばかりだ。


 ……言っておくが、実際に光っているわけではない。


 元陰キャな俺にとっては、それぐらい神々しいということだ。


 気のせいか、隣にいるルーチェリアの視線が痛い気がする……。


 だが、ここは見ないでおくほうが安全だろう。

 俺の心のシグナルはそう告げている……。


 突き刺さるような視線を全身に浴びながら、俺はまた、抱きついてきた少女の頭をポンポンとしている。


 ここに居ていいと言われたことが、余程嬉しかったのだろう。


 帰る場所もなく、ただ一人、あの森にいたのは、きっと寂しかったはずだ。


 ガルの性格上、帰る場所がない者を無下に追い出すようなことはしない。


 俺もルーチェリアもガルに助けられた。

 ここに居させてもらえた。


 この少女もガルの目には同じように映っているのだろう。


 「そう言えば、名を何と言うのだ?」


 ガルが少女に名前を尋ねる。

 少女は首を傾げ「ガゥウ?」っと疑問符でも頭の上に出てきそうな表情を浮かべている。


 そんな少女にルーチェリアが優しく教える。


 「私の名前は、ルーチェリアでしょ? こっちはハルセ。貴方にもお名前があるんじゃないかな?」


 少女はピンときた様子ではあったが、名前は出てこない。


 「私の名前……何か呼ばれてた気もするけど、よく覚えてない。それに声は聞こえてたけど、外には誰も居なかったし……名前、どうしよ」


 再び曇る少女の顔。


 「じゃあ、ハルセ! つけてあげたらどう? 好きな人に名付けしてもらうのが一番でしょ?」


 「え? 俺が?? そんな無責任につけられないよ」


 「でも、名前がないほうが可哀想じゃん。何者でもないみたいでさ」


 ルーチェリアが頬をプクッと膨らませ、拗ねるように俺を見る。


 「ハルセが名前くれるの!? やった、名前! 名前! ガゥウ!」


 心の底から嬉しそうに盛り上がっている竜種少女。



 (まぁいっか……竜種だし。ペットに名前をつけるみたいなものか)



 口にしたらルーチェリアから鉄拳制裁を喰らいそうだが、あまり深刻に考えすぎず、気楽にいこう。


 「わ、わかったよ。でも、気に入らないからって文句言うなよ」


 「ハルセ殿。可愛い名前をつけてあげなさい。貴殿の素晴らしいネーミングセンスに期待しておるぞ」



 (この野郎、ハードルをエレベストするんじゃねぇよ……)



 目の前には心躍る少女が二人。

 ニコニコした表情で、早く早くと催促するかのようなオーラを解き放っている。



 (そうだな。可愛い名前ね……。そう言えば、ルナってルーチェリアの偽名があったけど、もう使わないよな? あの響き、いいよな)



 俺は考える。

 今か今かと待ちわびる、少女の顔が近い。


 だが、周囲のことなど今は捨て置く。



 (名前はルナとしても苗字というか、ラストネームもあったほうがいいよな。一人だけファーストネームしかないってのも可哀想だし……)



 俺は空を見上げたまま、右に左に首を傾げ、ああでもないこうでもないと思考する。



 (そう言えば、〝ガウヴァル〟とか〝ガゥウ〟とか特徴ある鳴き声だし、ファーストネームが人間なら、ラストネームは竜種側から取るか。よし、決めた!)



 俺が視線を落とすと、待ちきれない二人は三人に増え、期待感を半端なく押し付けてくる。



 「ああ、じ、じゃあ発表します……」


 「う、うん」


 「早く早く! ガゥウ!」


 「ようやくだな、ハルセ殿。待っておったぞ」



 「彼女の名は……」



 一同、息を飲むように静まる…。




 「ルナ=ガヴァ!! あ、いや、ちょっと待てよ。ガバガバみたいで何か違う……」




 目の前の三人には申し訳ない。

 でも実際に声に出して言ってみると、何か違ったから仕方がないことだ。


 激しい視線をぶつけてくる三人

 俺は改めて少女の名前を発表する。



 「ルーナ=ガーヴァ、彼女の名前……どうかな?」



 名前を聞き、目を丸くする三人。


 「私、ルーナ! ルーナ=ガーヴァ! 私の名前! ガゥウ!」


 「可愛い名前!」


 「ほう、呼びやすくいい名ではないか。流石だなハルセ殿」


 その反応を見て、俺はホッとした。

 ガシッと俺の腕を抱え込むように、ルーナがくっついてくる。


 「ありがとう、ハルセ。名前、大切にするね」


 「お、おう……」


 正直に言おう。俺は少しだけドキッとしてしまった。



 (いや、ダメです。これはルーチェリアへの思い以上にダメなやつです……)



 すぐに否定する、再登場した〝光の俺〟



 (ん? 待てよ……ルーチェリアの時は賛成してたろ?『ルーチェリアへの思い以上にダメ』って何だよ……)



 また、俺の心の中での光と闇の戦いが始まるのか……。


 はたまた、始まらないのか……。


 今は知る由もない聖戦茶番はそのくらいにして、今日からまた、新たな生活の扉が開かれた。


 そんな一日の始まりだ。

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