第40話 白銀の竜種

 ── 翌朝 ──



 (ふあぁ……もう朝か……)



 念願の自分の部屋から漂う心地いい木の匂い。

 気持ちのいい朝……を迎えるはずが、昨日は少し食べ過ぎた。


 胸の辺りが気持ち悪い。


 この世界に来て、初めての魚料理。

 あまりの美味しさに調子に乗り過ぎてしまった。



 (ヘルシーな魚料理でも胃もたれするんだな……)



 それと森で保護した少女は、小さい割にかなりの大食い。

 あれだけの量をものの見事に完食。


 全体の半分近くを一人で平らげてしまった……。


 一体、体のどこにそんなに食べ物が収まるのか。


 俺はふと窓の外を見上げる。

 夜明けにはまだ早いといったところだが、寝言といびきに挟まれている俺の寝室環境では、再び眠るには厳しそうだ。


 寝言はルーチェリアの部屋から。

 そして、口を塞ぎたくなるほどの鼾はガルの部屋から発せられるもの。


 もはや、騒音だ。



 (あれ? それにしても珍しいな……)



 朝食当番に関係なく、毎朝早いガルだが未だに起きる気配はない。


 ……というか、今日はガルの朝食当番だろう。


 「仕方ないなぁ……代わりに俺が準備してやるか……」


 俺は自室を出た。

 台所にある火を起こすための魔法石へ手をあてる。


 湯沸かし準備を行い、外のテーブルへと向かう。


 玄関の扉を開けると、朝の澄み切った空気が肌に触れて心地よく感じる。


 大自然の空気。

 背筋を伸ばし、大きく息を吸い込む。

 いつもと変わらない朝……ではない。


 ……何かが違う。


 謎の違和感……いや、その正体は単純明快だ。

 それは普段ないものが、目の前にあるからだ。


 テーブルの隣に高く積まれた砂山。

 誰が作ったのかは想像出来る。


 「──はぁ、全く……」


 軽く溜息一つ。

 朝食準備に加え、砂遊びの後片付けまでやる羽目になるとは……。


 一体どこから、これだけの砂を持ってきたのか。


 ルーチェリアもあの子と遊んだのなら、後片付けくらいはしてもらいたいものだ。


 俺は砂を片付けるため、スコップ代わりになるものを手に取る。


 そして、目の前の砂へとその先端を突き立てる。



 ……ザクッ。



 (あれ? なんか感触が砂じゃ……)



 「ガゥヴァ──ル! 痛いのだぁ──!!」



 突然、大きな叫び声が目の前の砂山から発せられた。


 その振動は大気中を伝わる波動となって、木々を揺らす。


 「は、なっ!? 砂山が喋った!?」


 砂山だと思っていた何かが足元に絡まり、俺はドシッっと腰から倒れ込む。


 「い、痛っ……な、なんだ…!?」


 砂が高く積みあがるように、その大きさを更に変化させる。


 俺は驚きのあまり、ただただ見ていることしかできない。


 明け方の空に輝く月。

 雲の影から顔を覗かせ、辺りを照らし始める。


 その優しい光は、眼前の何かの正体を明らかにしていく。


 白銀に輝く鱗と鋭い爪。

 大きな翼に朱い瞳。


 神々しさも感じるほどの美しさ……そして、畏怖の念を抱かざるを得ない存在がそこにいた。


 「──ド、竜種ドラゴン!?」


 俺は急いで立ち上がり、目の前の存在に身構える。

 そして寝ている二人に向かって、大声で叫ぶ。


 俺の頭の中は、混乱の渦。

 目の前に猛獣が現れれば、誰だって驚く。


 竜種は最強の生物というイメージだ。

 おそらく、この世界でも圧倒的な強さを持ち、出会いたくないモンスターの頂点に立つ存在なのだろう。



 (そんなのが一体何故……) 



 この世界に来て半年。

 我が家にモンスターが近づくことはなかった。


 ガルの存在をモンスターが認識し、避けているようにすら思えた……。


 それ故に意表を突かれた。油断しきっていた。

 まさか、初めてきたモンスターが竜種とは……。


 「ハルセ殿! 何かあったのか!?」


 勢いよく飛び出してきたガルであったが、その表情は瞬時に凍りつく。


 然しものガルにとっても、目の前の現実を受け入れる準備は出来ていなかったのだろう。


 「おはよ──ガルベルトさん、ハルセ。どうした…の…☆▽□〇!?」


 遅れて起きてきたルーチェリア。

 寝間着パジャマ姿のまま、言葉にならない奇声をあげる。



 (予想通り、竜種はこの世界でも最強の一角。ガルですら身動きを取ろうとしない……)



 俺はこの世界に来て、もう四度も死を覚悟した。

 これで五度目……一回増えただけだ。


 開き直りとも言えるが、そのお陰でほんの少し、恐怖が薄れていくのを感じる。


 最強の相手とはいえ、ただ逃げるわけにはいかない。


 少なくとも、ガルは一人でもどうにかなるだろう。


 俺がすべきは、ルーチェリアを守ること。


 まぁ、慕ってくる可愛い獣人とむさくるしい獣人のどちらを守りたいかなんて、野暮な選択だ。


 答えは当然、前者。



 (ふっ……覚悟を決めれば、こうして冗談めいた考えだって浮かぶものだ)



 次から次へと色んな思いが頭をよぎる。

 この世界で死んだら俺はどうなるのだろう……。


 今まで考えても見なかったことだが、死を前にすると避けては通れぬ考えだ。


 目の前に佇む白銀の竜種。


 動きを止めてしばらくの間、こちらを観察するように見ていたかと思えば、首を捻るような仕草をみせ、


 「ガゥウ? ガウヴァル??」


 と不思議そうな面持ちの声を発した。


 この鳴き声……。

 俺はいずれも聞き覚えがある。


 目の前の竜種の声。

 あの日、森で追われたときに聞こえたモンスターの鳴き声。


 それに酷似している。


 あと、少女が口癖のように発する言葉でもある。

 いずれにしても、あの時のモンスターがここまで追ってきたということだろうか……。


 しかも、そんじょそこらのモンスターとはわけが違う。


 俺もそうだが、ガルもルーチェリアもさっきから言葉一つ発しない。


 ただただ、竜種を見つめたままだ。 


 固まったままの俺達。

 それに対し、竜種は更なる驚きを与えてくる。


 「ハルセ、これがここでの起こし方なの? ちょっと赤くなっちゃった。痛かったなぁ……」



 !?



 「………」



 「……えっ?」



 「「え──!?」」



 俺達三人。

 一斉に同じ反応で、目の前の竜種を凝視する。


 白銀の竜種は微かな白光に包まれると徐々に収縮し、あの少女の姿へと変化していく。


 そして、俺の元へ駆け寄り無邪気に抱きつく。

 胸あたりに顔を埋め、グリグリと擦りつけてくる。


 「ハルセ、ハルセ。大好きハルセ、ガゥウ!」


 確かにあの少女で間違いない。


 だが、背中に小さな白銀の翼がある。

 少女と出会ってから、この翼には全く気付かなかった。


 当然、ガルやルーチェリアだって同じだろう。

 この小さな翼は、この少女が竜種である証。


 とはいえ、普通の人間の子供にしか見えない。


 歳で言えば、10歳程度。

 俺やルーチェリアよりは年下だろう。


 〝白銀の天使〟

 この二つ名を献上したいくらいに微笑ましい笑顔。


 俺から一向に離れることのない少女。ベタベタとまとわりつく…。


 そして、ようやく石化から解かれたかのように動き出すガルとルーチェリア。


 二人とも口をあんぐりしたまま、ゆっくりとこちらへ近づき始める。




 ――――――――――

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