第39話 エルバの森と謎の少女

 エルバの森に到着した俺達。


 ガルが先頭に立ち、俺とルーチェリアが左右に散らばって三角形トライアングルの隊形を組み、モンスターと遭遇した場所を目指しながら周囲を警戒して進む。


 昨日つけた目印もまだ消えていない。

 俺達は奥へと続くその目印を辿っていく。


 静かな森の中。

 時折聞こえる野鳥の声と風が運ぶ深緑の香り。


 俺達を包むかのように優しく、殺伐とした雰囲気とは無縁にも感じられる……そんな場所。


 ここに至るまで、未だに一匹のモンスターとすら出会っていない。


 ……やはり夜行性のものが多いのか。


 「うむ……ここまで手がかりと成り得る痕跡は見当たらないな。何故だ? 貴殿らの言う大型モンスターであれば、足跡の一つもあってもよかろうが……」


 ガルの言うとおり、確かにそうだ。

 あれだけ追いかけられたにもかかわらず、足跡が見当たらない。


 小さな足跡はいくつも見える。

 だがこれらは、俺達や街の住人、小型モンスターのものに違いない。


 当然、あの影の巨大さから想定されるものではない。


 影という不確かな情報しかないからこそ、実物よりも巨大に見えていた可能性も否定できない。


 だが、それにしてもだ。

 ここにあるものは小さすぎる。

 俺達は経路上の痕跡に目を光らせながら、一歩一歩奥へと進む。


 何も見つからない。

 俺達は唯一の手がかりも掴めないまま、昨日訪れた川へと辿り着いた。


 「ガルベルトさん、この川だよ。モンスターはこの奥に居たようなんだ」


 「この奥か…行ってみるしかないな。二人とも油断……ん?」


 ガルは言いかけた言葉を置き去りに、川下の方を見つめている。


 その視線の先。

 川べりに腰かけた一人の少女。

 水を足でバシャバシャとさせ、こちらを眺めていた。



 (こんな森の奥に女の子が一人……?)



 水玉が少女の周りを舞うように飛ぶ。

 陽光は煌びやかにその姿を照らし出している。


 幻想的ともいえる光景に目を奪われていると、少女はハッとした表情で俺を凝視してくる。


 そして、何か嬉しいことに勘づいたのか。

 満面の笑みを浮かべる。


 「あー! 戻って来てくれたぁ! ガゥウ!」


 少女は俺達の方へ一直線に走り出す。

 笑顔で走ってくる少女に悪意は一切感じられない。


 俺は飛びついてくる彼女を、抵抗することなく抱きしめていた。


 「もう置いてかないでよぉ。寂しかったんだからね……」


 その光景をガルもルーチェリアも時間が止まったかのように、ただただ茫然としている。


 「え? あ、あのさ……誰かと勘違いしてるのかも知れないけど、君は一人なの? 親とか街の人は一緒じゃないの?」


 「ガゥウ?」


 少女は目を丸くして俺の顔を下から覗きこむ。


 俺はその『ガゥウ』って言葉に聞き覚えがある。

 昨日出会ったモンスターの鳴き声と似ているからだ……。


 と言っても、今目の前にいるのは可憐さを体現したかのような少女であって、あの大きな影とは全く結びつかない。


 銀色の長い髪ロングヘアが光を反射し、朱色の瞳が輝く。

 手足は細く長く……言葉では表せないほどに、天使のような美しさを持つ少女だった。


 ……つまりは、俺の気のせいだろう。


 「ハルセ殿、ここまでに人の気配は感じられなかった。その子はおそらく迷子かも知れぬな。調査は中断だ。一度、森を出よう。ここで話をしていても危険は増すばかり……正体不明のモンスターも、まだこの辺りに潜んで居るかも知れぬからな」


 俺達はガルの言う通り、少女を引き連れて森から出た。


 未知のモンスターと遭遇した場所に留まるのも危険だったが、日暮れに近づくにつれて、他のモンスターも動き出すだろう。


 あの場所で話込んでいては、少女この子にも危険が及ぶ。


 ガルの適切な判断だ。


 「ねぇねぇ、どこにいくのぉ?」


 「君の家に連れて行ってあげる。どこか分かるかな?」


 「私の家……あっち、あっちから来たの」


 そう言って少女は、森のほうを指さす。


 「うん。今、あの森から来たんだよ。それでお家はどこかな?」


 「あっちから来たの……」


 少女は頑なに俺達がさっきまでいた【エルバの森】を指し示す。その表情は曇った空のように、涙を溜め始める。



 (何かあったのかな? 言えない事情なのか……)



 悲し気に俯く少女の前。

 ちょこんとルーチェリアが屈みこむと、そっと優しく語りかける。


 「ねぇ、私はルーチェリア。あなたのお名前は?」


 「名前? お名前って何?」


 名前を聞かれて戸惑っているというよりも、名前という概念自体が理解できないかのような表情だ。


 それにしても表情がコロコロと変わる。

 無邪気とでも言えばいいのか。 

 ともあれ、ルーチェリアのおかげで幼い少女を泣かせることは免れた。


 何歳だろうと女の涙には弱い……。


 「二人とも。何やら事情がありそうだ。今日のところは我が家でいいだろう。また落ち着いてから話そう。質問尽くめではこの子も疲れるだろう」


 名も知らない少女。

 俺とルーチェリアの手を掴むとにこやかな表情へと切り替えスイッチしトコトコと歩き出す。


 モンスター討伐に行ったつもりが、何故か少女の保護……。


 異世界でも人生何が起こるか分からないものだ。


 帰りついた俺達は少女の気を紛らすかのように、森での話には一切触れず、夕食作りに取り掛かる。


 今日の晩御飯は、俺が獲ってきた魚料理だ。

 いや、正確に言えば俺は一匹も捕まえられず、ルーチェリアの属性魔法に頼ったわけだが…。


 しかし、不思議だ。

 この世界には本当に魚料理は存在しないのだろうか?


 ルーチェリアが「食べれるの?」と疑問を抱くのが、この世界の常識であると言わんばかりに、ガルも興味ありげにジーっと見ている。


 こうも見られていると非常に作りずらい…。

 そんな気まずい空気の中でも、俺は手際よく調理していく。


 俺が食べたくなったものを、思い切り作ってやった……。


 そして、寿司に海鮮丼、魚の塩焼き、お刺身と次々とテーブルへと並べられる。


 「わぁ、美味しそう。ガゥウ!」


 少女は目をキラキラと輝かせ、目の前の料理に釘付け状態。


 その隣では、ルーチェリアも同様に目が星となっているようだ。



 (それにしても〝ガゥウ〟…やっぱり、ひっかかるんだよな、この子)



 少なからず靄っとした感覚はある。

 だがこの少女の屈託のない笑顔を見ていると、警戒心以上に、いつの間にか親心のような…そんな気持ちのほうが強くなるのを感じている。



 (まぁ親心とはいえ、ペットしか経験ないんだが……)



 その夜、俺達は食卓を囲んで、いつもよりも楽しげな夕食を味わったあと、それぞれの部屋で眠りについた。

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