第38話 森の調査へ

 「トンカン、トンカン」と、朝早くから杭を打ち込む音が響く。


 まだ薄暗い夜明け前にもかかわらず、俺たちの改装作業はすでに始まっていた。

 

 昨日も夜遅くまで作業し、どうにかこうにかルーチェリアの部屋だけは完成させることができていたが、俺とガルの部屋はいまだ原形すらない有様だった。


 この終わりの見えない作業にガルと二人、「はあ……」「やれやれ」と不満混じりの疲労を滲ませ、ひたすらにトンカントンカン小槌を打つ。


 一方のルーチェリアはといえば、昨晩も俺たちの応援に徹し、いつのまにやらそのまま爆睡。今なお、起きる気配は微塵も感じられないでいた。


 ここに来た当初は俺よりも早起きだった彼女だが、これも一種の慣れとでもいうのだろうか。


 まあ、口元をハムハムしている寝相は可愛いし、殺伐とした作業場を和ませる癒しとしては十分に役立ってはいるのだが。

 

 俺は「ったく」とため息をつき、「せっかく自分の部屋があるんだから、ベッドで寝ればいいのに」とその寝顔に笑みを落とした。


 「まあそういってやるな。ルーチェリア殿も花壇だけではなく、植えるための種まで探しに行っておったのだからな。昨日の一件もある。相当疲れも溜まっておろう」


 ガルもまた「ビハハ」とルーチェリアを見て口元を緩ませ、俺は「それでさ」として続けた。


 「森のモンスターの話なんだけど、本当にガルベルトさんも知らないの?」


 昨晩に続き、俺とガルは森での出来事について話をしていた。


 俺とルーチェリアを追ってきたあの影の正体は何だったのか。その謎はいまだ掴めずにいた。


 「私もここに来て早10年ほどになるが、そのようなモンスターの話、あの森で聞いたことなど一度もない。無論、出会ったこともな」


 ガルは「う~む」と右手で顎先をなで、左手はひらすらトンカンと叩き続けた。


 「それでも確かにいたんだよ。逃げるだけでやっとだったけどさ」


 「分かっておる。貴殿らが嘘をついておるとは思ってなどおらぬ」


 長年、ここに住み続けているガルでさえ見聞きしたこともない謎のモンスターの存在。


 俺とルーチェリアが分かっているのは、特徴ある鳴き声とあの大きな影だけ。どちらもその正体の決定打にはならないだろうが、鳴き声だけは『ガウヴァル』とか何とか、結構変わっていた気はする。


 それでもガルは「わからぬなあ」と首を捻る。現時点でただ一つ言えるとすれば、俺たちが出会ったモンスターは昔からこの地に生息していたものではなく、最近になってどこか別の場所から移動してきたものと考えるのが妥当だろうというもの。


 ガルは「どの辺りで会ったかは覚えておるか?」と尋ね、俺は「たしか森の南西方向。最初にみた川の付近だよ」と答えた。


 「なるほど、南西方向か。川が流れる場所といえばかなり深い。結構なところまで行ってきたのだな」


 「だろ? そこからず~っと走ってきたんだぜ。さすがに昨日くらいゆっくりしたかったけどなあ」


 「ビハッ、何をいうか。その程度で根を上げるなど私の弟子ともあろうものが何とも情けない。修練メニューをもっと──」


 「お~っし、さっさと終わらせよう! なんかやる気出てきたよ」


 俺はガルの判決を遮り、疲れた体に鞭打って「うおお~」と夢中で棚を作り始めた。


 夜の闇に終わり、朝の闇に始まる作業はまるで前世の暗闇企業ブラックのようだが、ガルの鬼畜修練に比べればこのくらい屁でもない──と、俺は自分に言い聞かせ、体の悲鳴に別れを告げた。


 俺たちは手を止めることなく作業を続け、その間もガルは頭を右に左に傾けながら何やらブツブツと念仏のように口先を動かしている。


 俺が「ガルベルトさん、さっきから何? 独り言?」と切り出すと、彼は「ん? ああ」と続いた。


 「貴殿らが見た影だが、一度私も確認しておこうかと思ってな。今は禁猟期間。森に近づく者もそう多くはないであろうが、今後のことを思えば、このまま放っておくわけというわけにもいかぬであろう」


 「じゃあ──」


 「ああ、私も行こう。二人は修練を兼ねて、装備をしっかりと手入れしておけ。昼過ぎには立とう」


 「え? もしかして今日?」


 「当然だ。時ともに痕跡を追うのも難しくなる。それに雨でも降られてしまっては、全て消えてなくなるからな」


 俺が嘆息する中、彼は口に咥えた数本の釘をフッと吹いて手元に飛ばし、「トンカンカン!」と目にも止まらぬ小槌捌きで一瞬にしてベッドの土台を組み上げた。


 その様子に、俺は「はあ? 何だそれ」と唖然とし、ガルは「さあ、昼までには終わらせるぞ」と誇らしげに両牙を剥き出しにした。


 口元には再び釘を装填し、右手には小槌ハンマー

 さらには汗を拭う布切れを頭に巻いて、どこぞの大工だよと言わんばかりのガルは、「さっさと手を動かせ、いつまでもハルセ殿と雑魚寝など私は御免蒙るぞ」と言い放ち、作業に邁進する。

 

 かたや俺も負けてなどいられない。

 棚を急ピッチで作り、すぐに自分のベッドの足場づくりへと入った。


 「雑魚寝が嫌とか、それはこっちの台詞だ! 昨日もやっと眠れたと思ったら、裏拳で叩き起こされたんだからな。寝相の悪さを自覚してくれ」


 「ビハハ、甘いわ。避けれなかった己の力不足を悔い改めよ。人のせいにするでないわ」


 「んなっ?! ど、どこの誰が寝たまま避けれるっていうんだよ!」


 俺たちは両手を高速に動かしながら、なじりの応酬を繰り広げる。


 そこへ「二人ともお、喧嘩しちゃダメだぞお~」といつの間にか目覚めていたルーチェリアの仲裁の声が割って入った。


 俺とガルは挨拶を返して笑顔で彼女を見るも、互いに、


 「何を見ておる」


 「はあ? ガルベルトさんこそ、手が止まってんじゃないのか?」


 といがみ合ってプイッと反転。

 それぞれ自陣を築くように、壁となる木材を床に打ち立てた。


 ここからが俺とガルの熾烈なる戦い。部屋の面積を決定づける〝木壁の戦い〟だった。


 「うおおー」「ぐぬりゃああ、ビハおらあ~」と鬼気迫る唸りが轟く中、辛くもこの戦いは俺の勝利という形で幕を閉じた。


 というのも、これは極秘だが、自陣争いに魔法を使って床下の地面を隆起させた。


 地属性魔法をフル活用し、ガルの壁を押し返し自陣を広げた──その結果、ガルの部屋がこの家で一番狭くなってしまった。


 体は一番大きいのに、可哀想な黒豹である。



 ◇◆◇



 昼下がり、ようやく部屋と呼べるほどの出来栄えとなった頃合い。


 俺たちは森の調査に必要な一通りの準備を始めていた。各装備の手入れや回復薬の調合は勿論、各種解毒薬に至るまで入念に揃える。


 多少大袈裟オーバーにでも用意しておけば、後々後悔しなくて済むはず。


 ガルは「二人とも全くなっておらぬ。ほら、少し貸してみろ」と、俺たちの装備を受け取り、


 「この皮素材レザーにはな、こうして円を描くようにホバナ油を塗りこむんだ。金属部分は特に錆びやすい。汚れを落としたら、忘れずにコーティングまでしておくのが鉄則だ」


 と熱烈指導を行う。


 俺とルーチェリアは彼の指導の下、一つずつ着実に作業を進めていく。


 俺たちの装備には過去の戦いの傷跡が深く残っているが、手入れを怠らなければまだまだ問題なく使える。


 繋ぎ目は特に入念な手入れが必要で、ここに錆が回り出す急激な劣化に見舞われることになる。戦闘時の機動性の損失や衝撃の分散性も、繋ぎ目が柔軟に可動しなくては大幅に機能を損なってしまうからだ。


 それに何より、我が家の家計にも多大な影響を及ぼすことに繋がる。


 俺たちの主となる収入源はモンスターを狩ること。狩った獲物を食料としたり、余った素材を売却して通貨を得る。いわゆるハンターのような生活だ。


 無論、肉ばかりを食べるには健康上もよくない。

 野菜や果物、調理に必要な調味料、定期的に交換が必要な魔法石など色々と物入りだ。


 それらを得るためにモンスターの素材を売るわけだが、一般的に買取価格にそこまでの期待は出来ない。ガル一人であればそれで回っていたのだろうが、育ち盛りの俺とルーチェリアを抱えていれば彼にそこまでの余裕などないはずだ。


 まあ、捕虜身請け人としての手当みたいなものはあるとは聞いているが、多くの捕虜を抱える収容施設とは異なり、我が家はルーチェリアだけ。それを考えれば、ごく僅かなものというのも想像に難くない。


 ガルは俺たちに家計のことまで詳しくは話してはくれない。


 彼なりの心配をかけまいとする親心みたいなものでもあるのだろうが、俺も旧世界ではいい大人で家計を切り盛りする大変さは十二分に分かっているつもりだ。


 装備を買うにしたって最低でも銀貨数十枚は必要になってくるし、今ある物を大切に長く使うことが、一番の生活の助けになるということも。


 俺とルーチェリアは真剣な目つきで、キュッキュッと錆一つ見えないほどにまで磨き上げる。


 そう、全ては家計のため──でもあるが、第一に命を守るためだ。


 「よし、これくらいでいいだろう。他の準備はよいな? 貴殿らが身に染みて分かっておるだろうが、謎の敵と交戦する可能性もある。決して油断はせず、森の中では連携し、全方位の警戒をおこたるな」


 「ああ」「はい!」と、俺とルーチェリアがガルの指示に子気味よく返し、「では、いこう」との彼の合図で家の外へと飛び出していった。

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