第38話 森の調査へ

 トンカントンカン……。


 朝早くから、杭を打ち込む音が響く。

 まだ夜明け前の暗闇の中、再開される改装作業。


 昨日は何とか、ルーチェリアの部屋だけは完成させることが出来た。


 俺達のハードな作業はまだまだ終わらないわけだが、当のルーチェリアはといえば、昨晩も俺達の作業を応援しながらいつの間にか眠りにつき、今尚、起きる気配は微塵もない……。


 ここに来た当初は俺よりも早起きだったが、慣れというものだろうか。


 まぁ、寝顔が可愛いし、癒しとして役立ってはいるのだが……。


 「それでさ、森のモンスターの話なんだけど…本当にガルベルトさんも知らないの?」


 昨晩から作業の合間に、森での出来事について話をしている。


 ……俺達を追ってきたあれは何なのか。


 「私もここに来て10年近く経つが、そのようなモンスターの話をあの森で聞いたことはないな……当然、出会ったこともない」


 「でも、確かにいたんだよな……逃げるだけでやっとだったけど」


 長年ここに住んでいるガルが聞いたこともないモンスターの存在。


 昔から生息している固有のものではなく、どこか別の場所からやってきたと考える方が妥当だろう。


 俺達が分かっているのは、特徴ある鳴き声と大きな影。


 その正体に繋げるには、どちらも決定打にはならない。


 鳴き声は〝ガウヴァル〟とか何とか……結構変わっていたが、ガルも聞いたことがないと頭を捻る。


 「ハルセ殿。どの辺りで会ったかは覚えているか?」


 「森に入って確か南西方向だったと思うけど、川が流れているのは知ってる? その辺りだよ」


 「南西方向か。川は何本か走っているが、おそらく一本目だろう……だとしても、結構なところまで行ってきたのだな」


 「そうだろ? そこからずっと追われ続けたんだからね…」


 夜の闇に終わり、朝の闇に始まる作業。

 まるで暗闇企業ブラックのようだな。


 少しくらい労いが欲しいものだ。



 (せめてさ、後少しくらい寝ていたかった……)



 ガルはモンスターの話を整理しながら聞いているのか、時折考え込むように、頭を右に左にと傾け、ブツブツと独り言を呟いている。


 「今は禁猟期間で森へ近づくものはあまり居ないだろうが、このまま放っておくわけにもいかぬだろう。それだけ巨大なモンスターが生息しているのであれば、今後、大きな被害を生みかねぬからな」


 「じゃあ、どうするの?」


 「私も行こう。二人は修練を兼ねて、装備をしっかりと手入れしておけ。今日の昼過ぎには立とう」


 「え? そんなに急ぎ?」


 「あまり時間をかけると痕跡を追うのも難しくなる。それに雨でも降られては、全て流れてしまうからな」


 昼からということは、ここで改装作業は一時中断か…。


 この分だとルーチェリアは自室で寝られるが、俺とガルはまた作業中のこの部屋で今夜も雑魚寝確定……。


 まぁガルの言うとおり、街の人々に危険が及ぶかも知れないし、痕跡が追えない状態になれば捜索は困難だ。


 早めに取り掛かるのが得策だろう。


 「ハルセ殿、せめて壁は昼までに作り終えるぞ」


 口には釘をくわえ、右手にはハンマー

  鉢巻を頭に、どこぞの大工だよと言わんばかりの臨戦態勢に入ったガル。


 「え? 出発まで装備の手入れをしながら休憩するんじゃないの?」


 「何を言っておる? 今日もまたハルセ殿と二人で雑魚寝するなど、私は御免だぞ」


 「それはこっちの台詞だ! 昨日もやっと眠ったと思ったら、裏拳で起こされたんだからな。寝相の悪さを自覚してくれ」


 「それは……避けれなかった己の力不足。悔い改めなさい。人のせいにしてはいけないぞ」


 「無茶言うなよ。どこの誰が寝たまま避けれるっていうんだよ!」


 互いに詰め寄り、なじり合う俺達。

 目覚めたルーチェリアが仲裁しようと間に入る。


 「二人とも喧嘩はダメだぞぉ」


 俺とガルは互いにプイっと反転すると、自陣を築くように壁となる木材を打ち立て、急ピッチで作業を再開する。


 部屋の面積を決める〝木壁の戦い〟は熾烈だった。


 だが、俺が辛くも勝利する形で幕を閉じた。


 これは極秘事項であるが、自陣争いに魔法を使い、床下の地面を隆起させて、ガルの壁を押し返したのは内緒だ……。


 結果として、ガルの部屋が一番狭くなった。


 体は一番大きいのに……可哀想な黒豹である。



 ◇◆◇



 昼下がり。

 ようやく部屋らしくなってきた頃合いだ。


 俺達は、森の調査に必要な一通りの準備を始める。


 各装備の手入れや回復薬の調合は勿論、各種解毒薬に至るまで入念に行う。


 多少大袈裟オーバーでも用意しておけば、後で後悔しなくて済む。


 「二人とも、装備の手入れがなってないな。この皮素材レザーにはホバナ油を塗りこむんだ。金属部分は錆びつきやすい。汚れを落としたら、忘れずにコーティングしておくのだぞ」


 ガルの熱烈指導の下、俺とルーチェリアの手入れ作業は進む。


 戦いの傷跡が深く残ってはいるが、手入れを怠らなければまだまだ問題なく使える。


 繋ぎ目は特に入念な手入れが必要だ。

 ここに錆が回り出すと、急激な劣化に見舞われる。


 衝撃を吸収してくれる皮素材も、繋ぎ目が柔軟に可動しなくては、弾力性を大幅に損なうからだ。


 それに……我が家の家計上にも多大な影響を及ぼすことになる。


 俺達の主となる収入源はモンスターを狩ること。

 狩った獲物を食料としたり、余った素材を売却して通貨を得る。


 当然、肉ばかりを食べるには健康上もよくない。

 野菜や果物、調理に必要な調味料、定期的に交換が必要な魔法石など色々と物入りだ。


 それらを得るためにモンスターの素材を売るわけだが、一般的に買取価格にそこまでの期待は出来ない。


 一人だった頃はそれで回っていたのだろうが、育ち盛りの俺とルーチェリアを抱えて、ガルに大きな余裕はないはずだ。


 まぁ、捕虜身請け人としての手当てみたいなものはあるようだが、多くの捕虜を抱えてるわけでもなく、ごくわずかなものらしい……。


 ガルは俺達に家計のことまで細かくは教えてくれない。


 心配をかけたくない親心みたいなものだろうが、俺だって家計を切り盛りする大変さは、分かっているつもりだ。


 装備を買うにも、銀貨数十枚は必要になってくる。


 今ある物を大切に長く使うことが、一番の生活の助けにも繋がる。


 俺とルーチェリアは真剣な目つきで、キュッキュッと磨き上げる。


 そう、全ては家計のため……もあるが、第一に命を守るためだ。


 「よし、これくらいでいいだろう。他の準備はいいな? 今から謎のモンスターと戦うことが予想される。決して油断はせず、森では連携して全方位の警戒をおこたるな」


 今回はガルが同行する調査だ。

 そのせいか、正直なところ昨日ほどの不安はない。


 それでも、謎のモンスターの強さは未知数だし、〝窮鼠、猫を噛む〟といった言葉もあるように、例え弱い相手でも決して油断は出来ない。


 戦いにおける間違い……それは死に直結する。



 (絶対に間違いは起こさない……油断はしない……)



 俺は今一度、心に誓う。

 そして、ゆっくりと歩みを進めていく。

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