異世界脅威編

第36話 初お使い その1

 ── 早朝 ──


 「ハルセ殿、ここを持っていてくれ」


 「あ、ちょ、ちょっと待って! まだ早い!!」


 バキッと音を立て崩れ落ちる棚と慌てふためく俺とガル。

 

 俺達は今、我が家の改装工事をしている。


 ルーチェリアが色々と大きく成長したことによって、同部屋だと問題があるだろうとのガルの心配からだ。

 


 (俺個人としては、同部屋でも一向に構わないのだが……)



 一先ず、便乗して俺の部屋も条件に入れ込ませてもらった。


 ルーチェリアだけ一人部屋に逃れ、俺だけ野獣ガルと二人っきりで取り残される現実は、是が非でも回避したかったからだ。


 ガレシア商会との戦いから半月が過ぎ、俺達はようやく平穏な日々を過ごしている。


 あの日以来、俺達に対する風当たりは一変したとまではいかないが、街の人々との交流は、以前にも増して深まってきたようにも感じる。


 この家に誰かが訪れることは、これまでは殆どなかった。

 だが、今では薬草採りに城外へ出てきた街の人々が差し入れに来てくれたりもする。


 対する俺達も受けとってばかりではない。

 度々薬草採取に同行したり、討伐モンスターの肉を振る舞ったりとお返しもしっかりと行う。


 王はガルを国民として認めることを示す、捕虜身請け人へと任命した。


 その結果、これまで表立っての付き合いが出来なかった街の人々も、気軽に接することが出来るようになったのだ。


 それに、城門から堂々と出入りすることも可能となった。


 ま、秘密の扉も商業街へ直接繋がっていて便利だし、未だに使ってはいるが……。


 「ふぅ~この家を改装することになるとはな。しかし、想定よりも難航しておるわ……。この際、ルーチェリア殿の部屋だけでよくないか?」


 「よくない!」

 

 ここはキッパリと間髪入れずに否定する。

 ルーチェリアと同部屋ならいざ知らず、男二人は流石にきつい。


 別にガルのことが嫌いなわけじゃない。

 それはそれ、これはこれというだけのこと。


 「ハルセ殿、自分で岩の家でも隣に建てたらどうだ? 土地は無料ただだし、広々使えるぞ?」


 「──断固として、却下する」



 (家が岩って……木々の温もりを感じたいでしょうが! 部屋の中が殺風景すぎて、心を病むわ!)



 ガルの提案は禄でもないものばかりだ。

 それに、土地が無料ただって……勝手に住んでる獣人の台詞ではないだろう。


 「仕方ないなぁ」と軽く溜息をつきつつ、作業へと戻っていくガル。


 この家はリビングに相当する部屋が広く作られている。


 その一つの大きな部屋を分割して、それぞれの部屋へと改装リフォームする手はずだ。


 だが、現時点での成果は何もない。

 数時間かけて、部屋の原形となる仕切りを造った。


 そして、盛大に棚をぶち壊したところだ。


 「ハルセ殿。この分だと、棚や収納を作る木材が全然足りぬな。一先ず、朝の作業はここで中断して、ルーチェリア殿と一緒に木材調達に行って来てくれぬか? 私はその間、もう少し設計図を煮詰めておく」


 「ああ、了解した。で、そもそものルーチェリアはどこに行ったんだ? 自分の部屋くらい手伝えっての」


 「まぁ、そう言ってくれるな。今は外で花壇を作ってるはずだ」


 「花壇ね。じゃあ、行ってくる」


 「ああ、一つ言い忘れた。ラグーム平原の中央付近には近寄らぬようにな。まぁ、木材調達なら、正反対の【エルバの森】に行くのだろうが」


 「ラグーム平原の中央って何かあるのか?」


 「ん? もう忘れたか? デモンサイズに追われたであろう? 貴殿は強くはなったが、過信はいかん。上には上がおるからな。モンスターも然りだ」

 

 (──この場所で追われたといえば……狩り以外ではあの忌々しいカマキリくらいだが……)


 「あのカマキリみたいな奴のことか?」


 「カマキリ? 貴殿の世界ではそう呼ぶのか。まぁいい。奴は危険というよりも、この世界での脅威と言っていい存在だからな」

 

 カマキリ如きにデモンサイズとは、大層な名前があるものだ。


 あの頃の俺は、まだここに来たばかりで無力だった。


 ……でも、今は違う。


 この辺りで、俺が手こずるようなモンスターはもういない。


 いくら強いといっても、所詮は虫だろう。



 (今の俺なら……)



 そんな俺の気持ちが見透かされたかのように、ガルが釘を刺してくる。


 「ハルセ殿。顔に出てるぞ。力を試したい気持ちも分からなくはない。だが、忠告は聞くものだ。今はダメだ。よいな?」


 「わかったよ。ルーチェリアを危険に晒すわけにもいかないし、用が済んだら真っすぐ帰ってくるよ」


 俺自身の強くなったという驕りからだろうか。


 モンスター1匹に勝てないと言われたようで少しばかり腹が立ったが、ガルが強敵というのであれば、それは事実なのだろう。


 俺は心に反省を刻みつつ、必要な装備を整える。

 そういえば、お使いを頼まれるのはこれが初めてのことだ。 

 

 準備が出来た俺は、花壇造りに精を出すルーチェリアへと声をかけ、森へ向けて出発した。



 ◇◆◇



 大陸南西から北西へと連なる【ダカール山脈】に沿う形で広がる、大きな森。


 「やっぱり広いな、この森は。ルーチェリア、迷子にならないようにしろよ」


 「うん。ハルセこそ、道に迷ったとか言わないでよね」


 ルーチェリアも上手く返すようになったものだ。

 その指摘通りにならないためには、守るべき鉄則がある。


 それは一定の間隔で目印を設置し、位置を把握しながら進むことだ。


 この森は木々の密度が高く、深く入り込むほどに方向感覚は狂いやすい。


 空もあまり見えず、中はどこを見渡しても同じように見えてくるからだ。


 とはいえ、日中はまだいい。

 多少でも光は差し込むし、目印さえ忘れなければ迷う心配はない。

 

 それに、せっかくの探検おつかいだ。


 楽しまないと損というもの。

 空気も澄んでいて美味しい。


 「ハルセ、このくらいの大きさでいい?」


 「ああ、OKだ。あんまり大きいと持ち帰りに苦労するからな」


 俺達は木材を集めつつ奥へと進む。

 勿論、目印代わりに魔法で地面を軽く隆起させながら歩いている。


 しばらくすると、湖へと流れ込む綺麗な川へと辿り着く。


 「綺麗だな。水の透明度もやばい。お、魚もいる!」


 「ハルセ、これって魚っていうの?」


 魚を指差しながら不思議そうに首を傾げるルーチェリア。


 そういえば、街の中でも肉や野菜・果物といった品が並んでいるのはよく見るが、魚は見覚えがない。


 それでも、蟹や海老っぽいものは売っていた気がするし、海鮮が全くないわけではなさそうだけど…。

 

 「魚、見たことないのか?」


 「ううん、あるんだけど。言葉が違うのかな。私達はフィンって呼んでるよ」

 

 「フィン? やっぱり呼び方は違うんだな。それで、そのフィンを食べたりしないのか?」


 「え? 食べれるの?」


 え?って……それはこっちの台詞だ。

 この世界では、新鮮な魚介類の調理法は存在しないのだろうか。


 俺は蟹や海老を地面に描いたり、料理法についての質問をしてみる。


 「クラウブ海老シュリプのことね。塩焼きとかチーズ焼きで食べると美味しいよね」


 ルーチェリアはその料理を想像しているのだろうか。


 涎が零れ落ちそうなほど、口元を緩ませている。


 一先ず、寿司や刺身といった言葉が通じないのは分かった。


 それと、やはりと言うべきか……調理法が焼き物しか出てこない。


 確かにこの半年を振り返ってみても、生で食べた物なんて卵や新鮮フレッシュな野菜とかくらいしか、思い出せない……。


 「生で食べたりとかしないのか?」


 「え~ダメだよぉ。生で食べると毒素でやられちゃうよ」


 「毒素!? え? 死ぬの?」


 「死にはしないと思うけど……ちょっと、お腹が痛くなるよ」



 (お、おう……それは単なる食あたりだ……)



 「俺の故郷では〝寿司〟って言って、そのフィンとか海老シュリプクラウブをご飯と一緒に生で食べる調理法があるんだ。今度作ってやるよ」


 「え、あ、う~ん。私は遠慮しとこうかな……」


 ばつが悪いような反応。

 生で食べること自体に抵抗があるのだろうか。


 それとも、生の食文化自体がこの世界にはないのだろうか。


 後者であれば、解決の糸口はある。

 これから色んな調理法を取り入れて、少しずつ新しい文化として根付かせていくことも出来るかも知れない。


 善は急げだ。俺は早速、目の前を泳ぐフィンを手掴みで取ろうと試みる。


 だが想定の範囲内というか、なんというか……。


 「ハルセ、フィンを獲るの? 素早いから無理だよぉ」


 「俺が美味しい寿司を作ってやるからな、ルーチェリア、待ってろよ」


 そうやって息巻いたところで、これでは埒が明かない。


 フィンを獲るためだけに、川の地形を変えてしまうわけにもいかないし、何かいい方法がないものか……。


 頭を悩ませる俺の元にルーチェリアの救いの手が差し伸べられる。


 「仕方ないなぁ、ハルセがそんなに欲しいなら、私が捕まえてあげる」

 

 そんな簡単には……と思ったのも束の間、フィンが泳ぐ周囲を切り取るかのように水の塊ごと地上へと運び、そして落とす。


 ピチピチと跳ねるフィンを急いで袋へと入れ、冷気を注ぎ込み封をする。


 念のため、冷却用の魔法石も持ってきていてよかった。


 「ありがとう、ルーチェリア」


 「どういたしまして」


 長閑な森の中。

 俺達の声は、その静寂に触れるように広がっていた。

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