第35話 解放
── 謁見の間 扉前 ──
俺達三人はメリッサに先導されて、謁見の間の扉の前に立った。
俺達の作戦は極秘。
当然、特別応接室にでも通されるのかと思っていた。
……だが違った。
案内されたのは公の場である謁見の間。
もう隠す必要がないということだろうか……。
俺は内心、拍子抜けしていた。
しかし、扉が開かれ、目の前に広がった光景に思わず声が漏れそうになった。
大勢の騎士達が、中央通路を挟むように奥まで直線的に並び立つ。
さらに2階席には、多くの民の姿も確認できる。
これは一体……俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
任務が完了するまでの秘密だったとでもいうのだろうか?
俺達は周囲をキョロキョロしながら、王の面前までゆっくりと歩みを進める。
そして、指示された位置へと並ぶと、両側の騎士達が一斉に王の方へ向きを変える。
剣を抜き、胸の前で剣先を上にした構えを取る。
王が騎士達に手を下げる合図をすると、騎士達はすぐに剣先を下ろして床に突き立てた。これが王国騎士団の敬礼から休めへの一連の動作だという。
アハド王がゆっくりと玉座を立ち、周囲を見渡す。そして、民衆へと語りかける。
「これより、皆に知らせておきたいことがある。この者達、ガルベルト=ジークウッド、ハルセ=セノ、ルーチェリア=シアノは、捕虜身請け人に係る法を犯した罪により、連行された者達である。だがその実は、虐待されし捕虜を保護する目的のためであることが分かった。法は保護が大前提であることは、皆も理解していることであろう。その観点でいけば、法を犯したのは彼らではない。虐待行為をしていた身請け人側にある。よって、皆の前で彼らを無罪放免とすることをここに宣言する」
王の言葉に静まり返るその場の空気。
だが、すぐに騒めきを取り戻すと、大きな拍手が謁見の間を包み込む。
多くの民を集め、俺達の無罪を大々的に伝える措置を取ってくれたのだ。
「ありがとう、諸君。捕虜は奴隷ではない。国家間にとっての重要な存在、言わば国の宝である。その保護にあっては適切な者を身請け人として選出したい。そこでだ。私はその者、ガルベルト=ジークウッドを推薦したい」
一極集中の民衆の視線。
王直々に指名されたガルベルトへと注がれている。
捕虜身請け人に獣人が指名されること自体が前例のないことであり、その表情は驚きに満ちている。
「……ああ、すまぬな。もう固いのは疲れてしまった。皆もこの者には助けてもらっているのだろう? 知っておるのだぞ、街での買い物も裏口からの出入りも黙認しておるのを。それだけ愛されている男であれば、身請け人にはうってつけであろう。どうだ? 反対の者はおるか?」
少しおどけたように話す王。
民の笑い声が響き、再び拍手喝采となる。
ガルはこの国から愛されている。
民の拍手がその証拠だ。
反対者は一人もおらず、全会一致でガルが捕虜身請け人になることが決まった。
数日前の俺達は、罪人として多くの人々が注目する中を連行された。
この街ではもう買い物どころか、歩くことも出来ないのだろうと思っていた。
だが……今日から俺達は、大手を振って歩くことが出来る。
捕虜身請け人としての選出は、ガルが国民として認められた証でもあるのだから。
そう思うと、何故か目の前が滲んできた。
ガルやルーチェリアのこれまでを考えると、嬉し涙が込み上げてきたとでもいうのだろう。
その後、俺達は特別応接室へと案内されると、中央テーブルに初めてきた時と同じように席に着く。
この部屋へ来たのもつい先日のこと。
それなのに、何故か懐かしく感じてしまうのは不思議な感じだ。
俺達が着席してから程なく、リオハルトに先導され王も席へと着いた。
「ところで、あんな感じでよかったか?」
開口一番。
全く身分の差を感じさせない口調で、王が気さくに話しかけてくる。
これには、然しものガルもタジタジの様子……。
「あ、いえ。あの……私の方から改めて、ルーチェリアの身請けについて進言させて頂こうと考えていたところ、あのような寛大な措置を。感謝の気持ちしかございません」
「ガルベルトよ。メリッサも言っておらんかったか? 我々は大きな任務をともに成し遂げた〝戦友〟のようなものだと。それはな、今の貴殿のように、表情が硬くなっていたメリッサに、私がかけた言葉なのだよ」
「アハド王、つい先刻、彼らに言ったばかりなのです。受け売りすぎて恥ずかしいじゃないですか!」
いつもは落ち着いた雰囲気のメリッサだが、若干照れくさそうに王へと訴えかけている。
とても主従関係があるようには見えない軽快なやり取り。
その様子に俺達の間にも、自然と笑い声が生まれる。
(こんなに笑ったのはいつぶりだろう……)
そんな中、一人冷静を保っていたリオハルト。
静かにその口が開かれる。
「では聞こう。今回の任務について実際の内容を報告してもらいたい」
談笑から一気に会議のような雰囲気。
一息ついたガルが、王へ報告を始める。
「報告いたします。本件の標的である、ロドリゴ=ガレシア及びニコ=リドルの両名については任務完遂いたしました。ですが、途中、獣王騎士団副団長ジアルケス=フォルガマ率いる獣騎士数名との戦いが生じました」
「ふむ、任務成功は分かった。しかし、獣王騎士団との戦いはどうなったのだ?」
ガルは獣騎士達の殲滅、そしてジアルケスがロドリゴを盾に逃亡したことなど詳細に説明していく。
「獣王騎士団が出て来る可能性は、当然予見出来ていたことではある。だが……可能であれば、ジアルケスまで討ち取りたかったものだな」
「王よ、あのように大々的に私を捕虜身請け人としても大丈夫でしょうか? ジアルケスは本件の首謀を私として、獣王へ報告しているはずです。私を国民として認めることと捉えられれば、王国への進軍に拍車が掛からないかと……」
王は首を少し傾けたが、その強い意志が感じられる視線は一切逸らさなかった。
「ガルベルトよ、作戦開始前の話を忘れていまいな? 国は本件には関与していない。私は王として誤った連行をしてしまった。そのことへの謝罪は当然のことであるし、正当なことをした者に対し報酬を渡したにすぎんのだ」
「──ですが……」
「ジアルケスが貴殿らを首謀者として報告したとしても、私はその事実を知らない。よってこれから、ガレシア商会を再生するための後任者選出、何者かによる一団の壊滅、その際に第三者審問への召喚受けた貴殿らの搬送に合わせ、ロドリゴ独断で搬送していた捕虜についても、多数が犠牲となった旨、各国への報告を計画通りに進めていく」
「では、獣国側からの我々への召喚要請がなされた場合は、如何すれば? 今仰られたことだけを答える形となりましょうか?」
「確認するが、逃げたのは一人であろう? たとえ、どんな立場の者であったとしても、国政に関わる重要事項を一人の言葉で決めたりはせぬよ。獣王もそこまで愚かではない。貴殿もよく分かっているはずだが」
「──確かにそうなのですが……」
「心配するな。先ほども言ったが我らは戦友。見捨てることはせん。後は国同士の駆け引きだ。細かいことはリオハルトに任せている。上手くやるさ」
王に話を振られたリオハルト。
満更でもない様子でスラスラと答える。
「今回の作戦は成功だ。ジアルケスが本件について進言したところで、我が国としては君たちを連行し、その身柄を拘束していたということになっている。それに私の調べでは、本件に獣王も獣王騎士団長も絡んではいない。言い換えればジアルケスが単独で行っていることだ。進言としては限りなく弱い。それに言い合いならば、まだまだ引き出しもある。案ずるな」
リオハルトの頼もしい言葉。
国としても裏を取るように動いてくれていたようだ。
俺はここに来るまで、『捨て駒にされるんじゃ……』と頭をよぎったりもしていた。
だが、それも杞憂に終わった。
「おお、そうだ。ハルセよ、貴下も本日を以て、我が国民だ。いいか?」
唐突かつ気軽感溢れる感じ。
満面の笑みで王が俺に投げかける。
「あ、え、その、ありがとうございます」
軽すぎて驚いた。
俺は少し戸惑いつつ、お礼の言葉をそそくさと返す。
「ルーチェリアよ、貴下にあっては永住権を与える。捕虜としての立場は引き継ぐものとするが、望まない限りは獣国への返還はしない。これでどうだ?」
「はい! 王様、ありがとうございます!」
王の意外な提案。
ルーチェリアの顔も明るくなり、いつもより元気な声で答える。
本当ならルーチェリアも俺と同様に国民へする方法もあるらしい。
だが、獣国との関係上、獣人を帰化することを良しとしない者も多い。
当然ながら獣人の、それも捕虜を帰化したともなれば、獣国側の反発はそれ以上のものとなるだろう。
そうった観点からも、しばらくはガルを捕虜身請け人として選出し、様子を見ていく考えのようだ。
「では、これにて解放することとしよう。せっかくの自由の身だ。こんな堅苦しいところに足止めしては申し訳ない。たまには謁見にでも来てくれ。私も暇しとるからな、アハハハハ」
「お、王よ。暇とは何ですか」
「玉座で暇してるのは本当じゃないか……リオハルトも城内警備のはずなのに出かけてばかりであるしな」
「それは王命ででしょ!?」
王とリオハルトは言い合いながら、特別応接室を後にする。
本当に最初に顔合わせをしたときとは印象が真逆をいく王だ。
勿論いい意味で……。
「では、我々も行こうか」
メリッサの先導でゆっくりと城を後にする。
この世界にも四季みたいなものがあるのだろうか。
街路樹も葉を赤く染め始めている。
ガルはメリッサと二人、話しが弾んで楽しそうだ。
ルーチェリアは俺の服の袖を掴んだまま、後ろについて歩いている。
ルーチェリアにとっては、辛いことのほうが多い街だろう。
まだまだ不安のほうが大きいはずだ。
夕陽に照らされる街並みを眺めながら、俺達は城門へと辿り着く。
「ああそうだ、貴殿らに我が国の国民証が発行されている。これがあれば、城門からの出入りは自由だ」
そう言うと、メリッサは俺とガルに王国の紋章が記されたバッジを二つ手渡す。
「ルーチェリア殿はもう少し我慢だな。ま、私から守衛には伝えておくよ。顔パスで通すようにと」
「私も自由に入れるの? ありがとう、メリッサさん」
(顔パス? 国民証の意味って何?……)
「では、これにて失礼する。ガルベルト殿、是非とも今度は久方ぶりの手合わせでも」
「ああ、メリッサ殿、楽しみにしている」
こうして俺達は初めて自分の足で城門をくぐり、家路に向かった。
「せっかく、メリッサさんが馬車で送ってくれるって言ってくれたのに……近いように見えて遠いな……」
「ハルセ殿、歩くことはいい運動だ。心肺機能を高めてくれるからな」
「ちょっと待ってよ。もう修練開始?」
「ビハハハハ。然しもの私も疲れた。しばらくは休養だ。だが、鈍らない程度に体は動かしておけ。よいな?」
「へいへーい」
「へいは一回でいい。なぁ、ルーチェリア殿」
「へいへーい! エへへ」
「ほら見ろ、ハルセ殿の悪いところが、素直なルーチェリア殿にうつる」
久しぶりだ。
下らない会話のキャッチボール。
俺がこの世界へ転生して、早半年以上の月日が流れた。
転生してしまったことに後悔はない。
むしろ沢山の幸せを得ることが出来た。
自分を出すことができる幸せ。
それを認めてくれる存在がいる幸せ。
自然と笑うことが出来る幸せ。
俺は前の世界では死んだのだろう。
でも、それでよかったんだ。
死んだように生きていた毎日から、今の俺は、色んな感情に振り回されながらも懸命に生きている。
そう、ここで生きているんだ。
俺の異世界人生はこれからも続いていく。
そして、大切なものを守り抜く強さを俺は極める。
目指すは俺、〝最強〟だ。
こうして幸せを噛み締める三人。
だが、この頃の俺達は身近に迫る真の脅威に気づいてすらいなかった……。
――――――――――
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