第34話 戦いの後始末 その2
兵士らしき男は沸々と滾るお湯をエルリンド葉の浮いたコップへと注ぎ、砕いたナッツのペーストを飲み口に添えて「はいよ」と景気よく渡してくれた。
エルリンド茶とナッツのペースト。
お茶と合わせるなら、ナッツのままの方がいいと思うんだけど──俺は小首を傾げた。
その様子に男は「おや? 初めてかな?」と軽い口調で教えてくれた。
「まあ知らないのも当然だが、これは俺たち兵士流のお茶の嗜みだ。最初の一口目は、ペーストを避けてエルリンド茶のみを飲むんだ。ある程度、口の渇きが取れてきたら、そのペーストを飲み口にして飲む。味の変化も楽しめるし、ビシルの実は栄養化が高くて保存性もいい。手軽に持ち運べて、水分補給と一緒に食事も摂れる、戦場では定番なのさ」
男の説明に俺たちは「へえ~そうなんだ」と感嘆し、さっそく教えてもらった通りの飲み方で口にしてみた。
すると、これが予想以上に旨かった。
「ハルセ、これ凄く美味しいね!」
ルーチェリアの目は一際輝きに満ち、俺も「今度、家でも作ろうぜ」と乗り気になるほどの深い味わいだった。
お茶を勧めた張本人は「そりゃあ、よかった」とニンマリと頷きながらも、「でもな」と急に眉をひそめた。
「いいか?お前たち。ここはラグーム平原だ。いくら疲れていたとはいえ、見張りも立てずに寝ていたのはいただけないな。俺たちの到着が後少しでも遅れていたら、どうなっていたと思う? 今頃、茶を味わうどころか、胃袋の中にいたんだぞ」
彼の話に俺とルーチェリアは二人して、「え?!」と口をあんぐりさせた。
そういえば、メリッサからも同じようなことを聞いていた。
俺は「それってどういう……」と恐る恐る尋ねた。
「なんだ、話を聞いていなかったのか? この辺りにはラウルヘッドと呼ばれる大蛇がいるのさ。それが大口開けてお前たちに食らいつきそうになっているところを、間一髪討伐した。まあ皆、作業前の腹ごしらえにペロッといっちゃったけどなあ。ハ~ッハッハッハッハ~」
「ハ、ハハッ、ハハハハ……」
俺とルーチェリアは二人揃って、相槌代わりの苦笑いで応じる。
そしてそのまま「ズズッ」と一口。
(ああ、お茶が美味しい……生きててよかった、ホントに)
◇◆◇
騎士団長メリッサが「総員集まれ!」と声高らかに令をかけ、労いと出発の合図をかける。
「諸君、速やかな任務の遂行に心より感謝する。これより我が隊は王都に向け帰還する。最後まで気を抜くことがなきよう、心してかかれ」
「ハッ!」
ここから王都までは半日ほどかかる。
来るときは転送魔法で一瞬だったが、実際はそれなりに遠い。さすがにこれだけの大隊を魔法一つで飛ばすことは難しいようだ。
身体の傷は魔法の力で粗方癒えたが、芯に残った疲れ全てが取れ切るわけじゃない。
早く家に帰って横になりたい──とはいえ、「俺たちだけ転送しちゃってください!」なんてことを言えるはずもなく、馬車に揺られて帰路についている。
まあ、歩きじゃないだけでも感謝しなければ──と、俺は「ふう」とため息をついた。
「ねえ、王様の依頼も達成したし、帰ったら街に遊びに行けるかな?」
俺とは対照的に、ルーチェリアは元気一杯だった。
彼女の中で色んなことにけじめがつき、少しずつ心が晴れだしたのかもしれない。
俺は「ああ、多分いけるだろ」と頬を緩めて答える。
「私ね、ハルセと二人っきりで行きたいの!」
「へぐっ?!」
思わず奇声じみた声が漏れでた。どさくさ紛れに大胆なことを言い出す
「ふ、二人で、ね……」と俺は外に視線を向け、照れ隠しに頭を掻く。無論、嬉しい。
そんな俺に彼女は「ダメ?」と詰め寄り、俺は「そ、そうだな」と切り返した。
「まあガルベルトさんが身請け人になるって話もあるし、外出許可をもらえたら、な?」
馬車に揺られ、物静かに瞼を閉じていたガル。ゆっくりとその目を開けると、めずらしく茶化すことなく俺たちを見つめ、「その話なのだが」と口を開いた。
「作戦を無事終えた今、改めて聞いておきたいのだ。ルーチェリア殿、貴殿はそれで本当によいのか? 私から進言すれば、祖国への帰還が叶うやもしれぬ。我々と一緒では、捕虜という身分は変わらぬうえに、この先危険も多かろう」
彼は優しくルーチェリアに問いかけた。
たしかに奴隷としてこの国に留まるよりも、故郷に帰り、一国民として暮らしていく方が彼女にとって幸せなのではないか──俺は唇を結び、俯いた。
ルーチェリアを思えばこそのガルの考えに、俺も同意する。
しかし一方で不安は尽きない。
このまま戻れたとして、あのジアルケスが手を引くとは俺には到底思えないからだ。
それに俺の気持ちは──。
ルーチェリアよりも先に、俺が「ガルベルトさん」と声を上げた。
「あのさ、このままルーチェリアが戻れたとしても、ジア!?」
俺の唇に指先が触れた。
伸びてきたその手を辿ると、ルーチェリアが「し~っ」と人差し指を立てていた。
俺は「ごめん」と一言、口を閉じ、彼女は「ん~ん」と頭を横に振って入れ替わるように話しはじめた。
「私、身分なんてどうでもいいんです。これからもお世話になっては駄目でしょうか? あの国にはもう帰る居場所がありません……それに、ガルベルトさんは言ってくれました。私たちは家族だと。家族なら、離れ離れになるのは違うと思うんです。どうか、一緒に居させてはもらえませんか?」
ルーチェリアは迷うことなく真剣眼差しで、思いの丈をガルにぶつけた。
深々と頭を下げる彼女を見て、俺も慌てて「お願いします!」と一緒になって訴えでた。
ガルは「ふう」と息を吐き、「二人とも顔を上げなさい」として続けた。
「貴殿の気持ちは分かっておる。しかし王へと進言するからには、はっきりと聞いておくのが筋だろうと思っただけのことだ。貴殿らは家族も同然、それは私にとっても同じ想いだ。たとえこの先、どれだけの難局に見舞われようとも、私がこの手で守り抜く──そのくらい覚悟のうえだ」
彼の言葉に目頭を熱くした俺とルーチェリアは、人目をはばからず、「よかった」と、ギュッと抱擁をかわした。
(あれ? 何だろう、胸の辺りがぽよんぽよんする……)
今の俺に不埒な心などあるわけがない。それでも、やはりあれだ……気にはなる。
俺が勝手に極楽浄土、南無阿弥陀仏していたところ、ガルが「ゴホン」と咳払いで割り込み、
「ん~、何と申せばよいものか……貴殿たち、私がいるのを忘れておらぬか? 目の前で仲良しするのはそろそろやめなさい」
と苦言を呈した。
気まずい空気を感じた俺たち二人は「ハッ?」と視線を逸らして、不自然なまでに距離が開いた。
◇◆◇
眠りへと誘う、穏やかな天気と馬車のゆりかご。
いつしか眠りについていた俺の瞼を、差し込む陽光が暖かな色へと染め上げていた。
俺はゆっくりと目をあけ、「ん~」と両手を伸ばす。
そこへ馬車の手綱を取る一人の騎士が、「よく眠れましたか? あともうすぐで着きますよ」と声をかけ、振り向き様にニタ~ッと唇の端を吊り上げた。
(な、何だその顔は……俺は何もしていないぞ)
内心、俺の中には疚しい返しが浮かんできたが、冷静に考えてみれば、そんな笑顔ではなかった。
戦いにでれば、無事に戻れる保証はない。今日もまたここに戻ってこれた──その気持ちが嬉しさとなって顔に滲んだのだろう。
俺たちを乗せた馬車が王都の大橋を渡り始める。
「パカラ、パカラ」と軽快な馬の足音とガラガラと転がる車輪、湖畔を吹く風の音がこの隊の帰還を祝福する。
俺の瞳に映った城門が、少しずつ大きくなり、ゴゴゴッと重厚な音とともに開き出すと、
「ビハッ、壮観だな」
と、ガルが牙を覗かせ、上を見上げた。
城壁上の通路──そこには、見慣れない光景が広がっていた。
実に多くの騎士たちが並び、胸の前で剣先を上へと立てている。
その中心には、あのリオハルトの姿もあった。
「やっと、帰ってきたんだな」と、ありふれた言葉が俺の口からも零れた。
作戦前は不安で仕方がなかったが、この戦いを経て俺は変わった。ほんの少しだけ強くなれた──そんな気がしていた。
ルーチェリアは「わ~っ」と口を大きく、両手を振って車内ではしゃぐ。
ガルは右の拳を左肩に当てながら、押し黙ったまま城壁上を見つめていた。
「ガルベルトさん?」と首を傾げた俺を見て、彼は「ふっ」と鼻を鳴らし、
「後少しで、この長旅も終わる。貴殿たちもよくやった。だが、まだまだビシバシと鍛えてやるからな」
と、誇らしげに胸を張った。
俺はその言葉を聞き、あの日々を思い出した。
(いやいやいや、いくら何でもすぐに修練なんて、さすがにない……よね?)
陽気だった馬車が不穏で満ちた頃、気づけば俺たちは城の前へと到着していた。
「さて、二人とも降りるぞ。騎士殿、ここまで世話になった」
俺たちは運んでくれた騎士に別れを告げ、再び降り立った。
連行されたあの日と、同じ場所に──。
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