第33話 戦いの後始末 その1
「おはよう、諸君! 全員、無事のようだな!」
夜空はその色を薄く、月もその身を隠し始めた早朝。
俺は「う~ん……」と手を伸ばし、ゆっくりと体を起こした。
どうやら戦いの後、そのまま眠ってしまっていたようだ。
今はいえば、自然と目覚めたわけではなく、誰かに声をかけられた気がしたのだ。
俺は眠たい瞼を擦りつつ、「ふぅあ~」と欠伸をして周囲を見渡した──その直後、思わず「メリッサさん?!」と目は見開き、声まで上ずった。
俺たちの周りでは、彼女をはじめ、多くの騎士や兵士たちがすでに壊れた残骸などの撤去に入っていたのだから。
「騎士団長! 来てくださったのですか?」
「ハルセ殿、やっと気づいたようだな。それにしても硬いな~その呼び方。さっきのメリッサでいいよ」
「あ、いえ、さすがに呼び捨てては……」
「へえ、律儀だな。まあいい、呼びやすいように呼んでくれ。それと、三人ともぐっすり眠っていたようだが、少し気を抜きすぎではないか? この場所は多くのモンスターの生息地。我々が来るのが遅ければ美味しく頂かれていたかもしれぬぞ? まったくガルベルト殿、貴方という男がついていながら」
メリッサが眉を顰めて見つめた先には、「ビハッ?」とバチの悪い面持ちで後ろ頭を掻いているガルの姿があった。
「いやはや面目次第もない。ハルセ殿たちにも心配をかけてしまったからな。私も人のことは言えぬ。一から鍛え直しだ、ビハハハハ」
実に和やかな会話だが、俺はこの状況にふと疑問を抱いた。
本作戦の情報は厳格なまでに管理されていたはず──それなのに、と。
俺は「あの、メリッサさん?」と切り出し、
「今の状況がなんていうか分からないんですが、この作戦って、秘密裏のものではなかったのでしょうか?」と問う。
これに彼女は、「ああそうだが? 何か問題でもあるのか?」とあっけらかんと返し、俺は「え?」と一瞬、言葉に詰まってしまった。
「あ、いや、秘密なんですよね? でも今の状況って、これだけ多くの方々に俺たちの姿も目撃されてしまっているわけでして……」
「確かにそうだが。貴殿らは審問のため、シルクベルトへと連行されている最中であったのであろう? 罪状があるとはいえ、審問の結果が出そろうまでは刑は確定しない。我々が救助するのは当然の責務だと思うのだが?」
「え? そういうこと、ですか?」
メリッサは「フフッ」と笑みを零し、俺の耳元に口を近づけると、
「そのとおり、設定だ。多くの捕虜とともに貴殿らを搬送中、何者かの襲撃を受けた。いい筋書きだろう? まあ、貴殿らが囚われの身であることに変わりはないが、ここに居る者たちには丁重に扱えと伝えてある。それと、今の話は
そしてそのまま「よーし、やるかあ!」と団長自ら肩を回して、後片付けに走っていった。
一方、俺は頭の中がポワンとしていた。
俺の耳に漏れた甘い吐息。大人の色香だ。
その誘惑に思わず頬を赤らめていたそのとき、「ハルセ、もう食べられないよ、うにゃむやなぁ~」と、隣で寝がえりをうつルーチェリアの寝言に俺の背筋はピンとなった。
俺は「ふう~寝言」と安堵し、彼女の顔に目を落とした。
これだけ騒がしいにも関わらず、よほど疲れ切っているのだろう。まったく起きる気配すらない。
ガルがいつものように「おうおう」と肩を突き合わせ、「若いってのはいいものだなあ」と茶々を入れてくるも、俺は「むんっ」と下唇を噛み、目力で反論した。
「ガルベルトさん、もう少し静かに」「あ、ああすまぬ。まだ寝ておったか」などとひそひそとする中、「ん~。おはよ、ハルセ」と気遣い虚しく、ルーチェリアが目を覚ました。
彼女は寝起きで潤んだ瞳のまま俺を見上げ、にっこり微笑んだ。
その宝石のように眩しい瞳に、俺の感情は激しく揺れた。
(か、可愛すぎる……)
ルーチェリアは家族。妹みたいなもの。落ち着くんだ俺──頭の中を念仏のように流れる自制心。
そんな俺の心境など知る由もない彼女は「どうしたの?」と小首を傾げて、目をぱちくり。
俺はたまらず、「よし、瓦礫撤去の手伝いにいこっと」と照れ隠しに立ち上がり、騎士たちの元へとスタスタと歩き出した。
「あっ、待ってよ~ハルセ。私も行くから」
逃げるように去る俺の後を、ルーチェリアもちょこちょことついてくる。
この光景に目尻を下げる黒豹と「あの二人は仲がいいな」と近づく女騎士。
ガルベルトは「ああ」と穏やかに頷き、彼女を見た。
「彼らと出会ってもう半年になるが、いつもいつもあのようにベッタリでな。少々羨ましくもある」
「ほう、貴殿でも羨ましいと思うことがあるのだな。では私たちも、その
メリッサの返しにガルベルトは「ビハッ?」と目を丸くした。
彼は顔をブルブルと水を切るように振るい、「メリッサ殿、な、何をご冗談を」といつになく目が泳いでいた。
「おや? 顔が赤いぞ、ガルベルト殿」との彼女の追撃に、ガルベルトは「ええい、煩い」と声を上げたものの「あ、いや、失敬」と何とも締まりのない感じで尻に敷かれていた。
あれほど過酷な戦いの後に訪れた平和な光景。
瓦礫の撤去作業に向かった俺とルーチェリアだったが、すでにそのほとんどが完了し、残すところ備品整理などの撤収作業のみとなっていた。
山のように積まれた瓦礫、それに馬車の残骸や盗賊の遺体。
それらがこの短期間のうちに見事なまでに片付けられ、灰となった草原すらも元通りとなりつつあった。
風属性魔法を
荒れた草原には草花の苗木を植え付け、水属性魔法で発育を促す。
こうして目の前で実際に見ていると、魔法といっても色んな使い方があるものだと、改めて実感させられる。
戦いのみならず、属性の力を使って生活を豊かに彩るものだと。
この世界は本当に素晴らしい。
願わくば戦いのためではなく、この世界の幸せのためだけに使われて欲しいものだ。
生前の俺の世界でも、古くから戦いはあった。
平和を願う人々がいる一方で、数千年という長きに渡って戦いが無くなることがないジレンマを抱え続けていた。
小さな世界での権力争い。私腹を肥やすための殺し合い。何が正義で何が悪か。それは立場によって変わるが、結局は自らの正義を押し通し、多くの場合、戦いを望まぬ人々から死に絶えていく。
この世界と一緒くたに考えるのは違うだろうが、戦いとはどの世界であっても嫌なものだ。
俺とルーチェリアが騎士たちの作業風景に思いを馳せていると、「よお、お前たち」と一人の兵士らしき男が声をかけてきた。
「今回は大変だったなあ。疲れてるだろう? 片付けなんて
俺たちは「じゃあ、お言葉に甘えて」と、男のいる仮設テントの中へと入っていった。
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