第31話 結集

 終曲フィナーレへの最後の希望。


 ルーチェリアの放つ斬撃は放物線を描き、ロドリゴの首へと迫る。


 然しものジアルケスと言えども、これを阻止できるはずはない。


 ……そう思っていた。

 しかし、それは俺達の思い上がりに過ぎなかった。


 そう言わざるを得ない現実が、牙を剝いて襲いかかる。


 ジアルケスという男の圧倒的な力の前に、もはや、距離という概念は存在しないのだろうか。俺達とルーチェリア達のいる場所は相当に離れていた。

 

 だが、ジアルケスは一瞬にして射程内へと距離を詰めると、ルーチェリアとロドリゴの僅かな隙間スペースを埋めるように、火属性魔法【火弾撃ファイアショット】を放つ。


 その凄まじい殺気オーラに気付いたルーチェリア。

 刃を引くとロドリゴを踏み台にして、後方宙返りで間合いを取る。


 対するロドリゴも、慌てた様子で転送魔法を発動。


 ジアルケスの放った魔法はルーチェリアとロドリゴの間をすり抜け、その先の岩へと着弾すると、燃え盛る熱風があたりへと吹き荒ぶ。


 「グルルル……少しばかり油断したな。だが、もう分かっているだろう? 私とお前達では、圧倒的な力の差があることを」


 吹き荒れる風を背にこちらを振り向くジアルケス。


 俺達はこの手に賭けていた。

 考える余地を与えてしまっては勝負にならないと、俺もルーチェリアも十分に分かっていたからだ。

 

 それにしても凄まじい火弾。

 ルーチェリアが退避する瞬間は見えた。


 だが、砂埃が舞うその先。

 無事かどうかまでは未だ確認出来ない。

  

 「ジアルケス様ー……儂もおるのですぞ。危うく焼け焦げるところでした……」


 「お~っと、すまぬな。だが、あのタイミングでは他に手段がなかったのだ。それに貴殿が転送魔法を使えることくらい知っておったからな」


 「そ、そうでございますか……まぁ、お陰様で助かりはしましたがね」


 転送魔法によって回避したロドリゴ。

 足を引きずり、ジアルケスの傍へと現れる。



 (ルーチェリア……ルーチェリアはどこだ……)


 

 募る焦りと不安。

 砂埃が地へと還るその頃、地面に横たわる一つの影が俺の目に飛び込んでくる。


 「──ルーチェリア!?」


 気持ちよりも先に体が反射的に動き出す俺と、その視界を塞ぐように立ちはだかる、もう一つの影。


 「どけ! ジアルケス!」


 「全く、口のきき方を知らぬのか? それにしても可哀想にな。爆風に足でもやられたか。あの熱風では喉も焼けてしまっているだろう。助けを呼ぼうにも声も出ない。だが、あと一撃でその苦しみも終わる。代わりに死ぬまでの間、身を焼かれ悶えることになるがな。その悲鳴……お前も聞きたいだろ? グルルル」


 

 (──ジアルケス、お前は一体何を言っているんだ……)



 この瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 そんな感覚が全身にほとばしる。


 急に辺りが静かになった。


 走馬灯でもあるまいし、周囲の動きがやけにゆっくりしている。


 ジアルケスやつが何か言っているようだが、その声もぼんやりとしている。



 (俺は、ルーチェリアに必ず守ると言った。退くわけにはいかない……ジアルケスこいつから逃げるわけにはいかないんだ……)



 俺が自分との問いかけに追われている頃。

 心の中に誰かの声が囁きかけてくる。


 [──大気を揺るがす衝撃……大気振撃アトモスシェイカーを汝に授けよう……解き放て……]



 !?



 (何だ?……誰なんだ?)


 

 心地いい声。

 女性のようなその声からは、一切の悪意は感じられなかった。


 当然、驚きはある……でも不思議と不安はなかった。


 俺はその声に導かれるように、無意識のうちに手のひらをジアルケスへと向けていた。


 聞こえてきた言葉を頼りに、俺は詠唱を開始する。


 「大地よ……その力、我を伝い大気を揺るがす衝撃となれ。大気振撃アトモスシェイカー!」


 ビリビリと大気が震えるような感覚。

 指先から足の先まで、全身を駆け巡るように伝わっていく。


 そして、俺の前面の大気が波打つように激しく振動したかと思うと、凄まじき波動がジアルケスへ向けて解き放たれる。


 大地が割れるかのような衝撃。

 大きく見開いた目で、こちらを見るジアルケス。


 焦りを抑え、魔法で対抗しようとしているようだが間に合うはずもない。

  

 段々とジアルケスの顔が歪み始める。

 身につけた強靭な黒き鎧へも亀裂が走りだしている。


 激しい大気の波動は、目の前のジアルケスを防御不能と言わんばかりに突き抜け粉砕していく……。


 俺の周囲が騒めきを取り戻す頃、目の前の障害はその姿を消していた。



 (こ、この力は一体……)



 そして、力の行使に対する代償か……。

 急激な疲労感が俺の体に圧し掛かる。

 

 「ハァ……ハァ……ルーチェリア……待ってろよ、今、行くから」


 気持ちだけは前に進んでいる。

 だが、ずっと息を止めて戦っていたのかと錯覚するほどの苦しさ。


 俺が力を振り絞り、ルーチェリアのもとへと急いでいると、ガラガラと背後で瓦礫を払うような物音が聞こえる。


 振り返ると、咳き込むように|血反吐を吐きながら、立ち上がるジアルケスとふらつきながら歩くロドリゴの姿が目に入った。



 (生きてやがった……)



 だが、焦る必要はない。

 あの様子から見ても、すぐには動けないはずだ。

 俺は足が縺れそうになりながらも、前へ前へと気持ちだけで進んでいく。




 「う、うぐっ……。あのガキ、何をしやがった。俺の竜鎧ドラゴンメイルを打ち砕くとは……グッ」


 「ジアルケス……様、私もこれ以上はもう……体が持ちそうにありません。ここは、退避いたしましょう……」


 退避すべきと言うことは、ジアルケスも頭の中では分かっている。

 

 これ程の痛手を負ったことは過去にもなかったことだ。


 剣は天性のもの……火属性に対する適正にも恵まれ、自身に敵う者などいないとすら思っていた。


 だが、この様は何だ……たった一人の少年に……。

 ジアルケスは自身の心が熱を帯びていくのを感じていた。

 

 「ロドリゴよ、お前の魔法石を使わせてもらうぞ。こっちへ来い」

 



 ……その頃、俺はルーチェリアまであと少しのところまで来ていた。


 「ルーチェリア! 大丈夫か? 顔を上げてくれ!」


 俺は必死に叫ぶ。

 その声にルーチェリアの反応はない。


 「頼む、頼むよ、ルーチェリア。俺を置いていくな。必ず守るといっただろ。ちゃんと守らせてくれよ」


 俺は歯を食いしばり、重たい足を前へと伸ばす。

 ルーチェリアはもう目の前……後はこの手で抱き起すだけ。


 だが、俺の気力は今まさにへし折られそうになっている。



 (転送魔法か……後少し……後少しだったのに……)



 ジアルケスとロドリゴ。

 二人の姿がルーチェリアの横へと再形成されていく。


 「グルルゥ……貴様、名を何と言うのだ? ここまでの痛手を受けたのは、貴様が初めてだ。いや、しいて言うなら、若かりし頃の訓練以来であるな。グルルル……ガハッ……」


 最悪な状況だ。

 とはいえ、俺が諦めれば確実にルーチェリアを失うことになる。



 (敵の意識を少しでも俺に向けるんだ……)

 


 「俺の名は……ハルセだ」


 「ハルセ……か。貴様の名前は覚えておこう。だが、私も気が変わった。戦う気はなかったが、お前達はここで確実に仕留める。このまま逃しては我が国にとって、脅威になりかねん」


 「お前らだって、ずた襤褸じゃねぇか。簡単にいくと思うなよ」


 俺の返しに、ムッとした表情を浮かべたジアルケスは、


 「そうか? じゃあ、まずはこれを止められるかな」


 と言い放ち、倒れているルーチェリアに向かって刃を振り下ろす。


 

 (……しまった!!)



 意識を逸らすどころか、その手を早めてしまったのか。

 必死に体を突き動かす俺。でもダメだ……間に合わない。


 頭の中を諦めの言葉が埋め尽くしていく……。


 もしも神が存在すると言うのなら、俺はいい。

 ルーチェリアを助けてくれ……。


 強き俺の願い。

 それが届いたのだろうか。


 ルーチェリアとジアルケスの間。

 風の渦が現れると、両者を引き離すように急激に吹き荒れる。


 俺は風に運ばれるルーチェリアを受け止め、その場を離れる。


 凄まじい風だが、攻撃性のある類ではない。


 ルーチェリアは無事だ。まだ生きている。

 早く手当てを……。


 しばらくすると、合図でも待っていたかのようにパッと風の渦は消失し、足を引きずりながら歩いてくる人影が見えてくる。

 

 「ハルセ殿、これを受け取れ」


 この声はガルだ!

 俺は回復薬を受け取ると、急いでルーチェリアの口へと含ませる。

 

 だが、自分で飲む力がない。


 いつもなら躊躇するところ。

 でも、今はそんなことを言っていられない。


 俺は回復薬を口移しでルーチェリアへと与える。


 速効性のある回復薬。

 ルーチェリアの体の傷が少しずつ塞がり始める。


 

 (──よし、薬が効いてきた。あと少しだ……)



 俺がもう一口を運んでいたところで、ルーチェリアがパッと目を開ける。


 「ハル……セ?……ありがとう、助けてくれたんだね。あのね……も、もう大丈夫だから……」


 その声に動揺した俺。

 含んだ回復薬をそのまま飲みこみむせてしまった。

 

 「グホッ……よかった、ルーチェリア。ガルベルトさんも無事だったぞ」


 「うん。だから言ったでしょ? 信じようって」


 顔を見合わせ笑みをこぼす俺とルーチェリア。


 「二人ともよく踏ん張ってくれたな。遅くなってすまない……」


 どこかホッとしたような様子で、俺達のもとへと近づくガル。


 だが、足を負傷しているのか、その歩みはゆっくりとしている。


 「その足は!? ……酷い傷。ルーチェリア、頼む」


 「う、うん、任せて」


 麻痺毒の矢を受けたガル。

 この足でここまで辿り着くには、相当の苦難があったのは想像に難くない。


 ルーチェリアはガルへ向けて水麗癒滴ウォーターポーションを発動すると属性開放技へと繋げる。回復から解毒までを一括して行える万能な魔法。


 「だいぶ軽くなった……ありがとう、ルーチェリア殿」


 「よかった。ハルセと二人で頑張ったんだけど、まだ決着が着いてなくて」


 「そうだな、再会の喜びは後にしよう」


 ジアルケスとロドリゴの二人。

 こちらの様子を窺うようにジッと見つめている。


 あれだけ攻撃的なジアルケスが攻めてこないのを見ると、ダメージ量が思いのほか多いのだろう。


 その上、ジアルケス達やつらには回復手段がない。


 「ジアルケスが相当な手負いのようだが、一体何をしたというのだ……」

 

 ガルはジアルケスの姿を見て驚きを隠せないようだが、それも当然のことだろう。


 自身と対等に渡り合える程の強者がずた襤褸にされているのだから。


 「あれは……俺の魔法での傷だよ」


 「ん! 今何と!?……あれがハルセ殿の魔法によるものだと? 俄には信じ難いが、貴殿らの他に誰がいるわけでもない。あの竜鎧ドラゴンメイルをここまで……。私の力を以てしてもこの短時間では不可能な域だ」


 ジアルケスが纏う黒き鎧。

 その名は竜鎧と呼ばれるもの。


 いかなる刃も通さないとされるドラゴンの皮を、幾重にも張り巡らせ、調合された強化鉱石でコーティングし仕上げられる。


 この世界でも最高峰の防具の一つとされているようだ。


 「さて、話はまた帰ってからゆっくりと聞くとしよう。準備はいいか? 二人とも……来るぞ」


 頷く俺とルーチェリア。

 ガルと横並びに敵を待ち受ける。


 ここまで長かったが、俺達はまだ生きている。

 三人が欠けることなく。

 

 そして、この戦いに終止符を打つために俺達は結集した。 




 ── 魔技紹介 ──


 【大気振撃アトモスシェイカー

 ・属性領域:???

 ・魔法強化段階:LV? - LV?

 ・用途:??特性

 ・発動言詞:【大気を揺るがす衝撃】

 ・発動手段(直接発動及び属性付与)

  発動言詞の詠唱及び大気振動を起こす想像実行又は振動を纏う想像実行。

 ・備考

  ???

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