第30話 守るべきもの
俺たちは男の前から左右へ展開し、先制攻撃をしかけた。
「大地よ、我に仇名す者を大地の檻に封じよ──
凄まじい轟音。大地が吠え、猛る地面が次々と突き上げ、敵を捕らえる檻へと変わった。
しかし当のロドリゴは慌てる様子もなく、「ふん、ワシの馬車を狙った魔法か」と唇の端を吊り上げ、右手を強く握りしめた。
大地の檻の向こう側から、数えきれない光の粒が空へと抜け出す。
男の持つ魔法石の力、転送魔法の発動だ。
「やっぱそうくるよな? ルーチェリア!」
「OK! ハルセ」
俺たちにはお見通しだ。捕縛の魔法が避けられることなど、すでに織り込み済みなのだ。
ルーチェリアはすかさず、「水の息吹よ、流麗なる磨かれし流槍となりて敵を撃て──
ロドリゴの魔法は距離さえ取れれば、光の動きを目で追える。
彼女は光が集う脱出ポイントに狙いを定め、「これでおしまい!」と力強くボールを投げるように腕を振り切った。
上空で並ぶ水の槍は、まるで
これで
俺が「よし!」と拳を握りしめたそのとき、
「火よ、その猛る業火により敵を滅せ。
どこからともなく叫ばれた魔法の言葉。
俺とルーチェリアが顔を見合わせ、「何だ?」と目を見開く中、ボッと小さな火がロドリゴの前に灯った。
そして瞬く間に大火と化した燃える塊は、飛来する水の槍を全て飲み込みその役目を終えると、再び小さな灯となって煙と消えた。
圧倒的な火力だ。あれは火属性魔法、それも相当な術者が唱えたものに間違いはないだろう──と深く考える間も無く、俺たちはその答えを知ることとなった。
「グルルル」と獣の呻きが耳を打つ。
俺たちの前に現れたのは獣王騎士団副団長、ジアルケス=フォルガマだ。
男は「やれやれ」とため息をつき、
「お前たちはガルベルトのあれだろ? いやまあ、何でもいいがともかく、正々堂々と勝負をしたらどうなのだ? 二人寄ってたかってこの仕打ちとは……ガルベルトも何を教えておるのやら」と呆れたように片手を振った。
ジアルケスを前に俺は、何故ここにヤツがいるのか? ガルはどうしたというのかなどとしばし押し黙った後、眉を顰めて「なあ」と切り出した。
「どうしてお前がここにいるんだ? ガルベルトさんはどうした?」
俺の問いかけに彼は「気になるのか?」と不敵な牙を覗かせた。
「生憎、
「お、お前! ガルベルトさんに何をしたんだ!」
「どうもこうもないであろうが。お前は何も分かっておらぬようだ。国同士の取引相手に手をかけるなど決してあってはならぬ。貴様らがやっておるのは、いわば国賊行為なのだぞ」
不安は怒りへと変わり、俺は「貴様あ!」と声を張り飛び出そうとした。だが、そんな俺の腕をルーチェリアがググッと掴み、「ダメ」っと一言で制止した。
「ル、ルーチェリア?」
「ハルセ、お願い。挑発に乗らないで。あいつ、殺したとかそこまでは言ってない。今はガルベルトさんを信じよう。私たちまで疑って冷静さを欠いたら、それこそ相手の思う壺だよ」
この戦い、もっとも辛く、もっとも怒りたいのは彼女のはずだ。それなのに必死に自分の思いを押し殺して耐えている。
俺が守ってやるはずが、逆に守られてる。
俺は「くっ」と、情けなさと苛立ちを奥歯の下に噛み潰した。
「ごめん……大丈夫だ」
「うん。でも謝らないで。ハルセが隣にいてくれるから、私は冷静でいられるの。そのおかげでまだ生きてるしね。一緒に乗り越えよう」
彼女の笑顔が、俺の心を優しく包んだ。
俺がいてくれるから──それは、これまで生きてきてずっと聞きたかった言葉だった。
誰かに言って欲しかった言葉。
それをこんな窮地、しかも前世でなく異世界で聞くことになるなんて。
「──あれ?」
俺の頬を冷たいものがなぞった。こんなときに嬉し涙だろうか。
ルーチェリアは「え? ハルセどうしたの? どこか痛い?」と心配そうに覗き込む。
俺は思わず「なんでもない」と顔をそむけた。
感情など今は伏せなければ。まずはこの状況をどうにかしなければならない。
敵がロドリゴだけであれば問題はなかった。でも、ジアルケスが現れたことによって形勢は大きく逆転した。
「おやおや、この血みどろの物体は何なのだ? この特徴ある毛髪は……ん? ニコか? そうかそうか、もう笑うこともできなくなってしまったのか。グルルル」
ジアルケスは両方の牙を剥き出しにして、ニコの頭を踏みつけていた。
その背後では、「おお、フォルガマ様」とロドリゴが縋るように駆け寄る。
かたやジアルケスは「ふん」と鼻を鳴らして睨みを利かせた。
「ロドリゴよ、いつも言っておるよな? その呼び方はやめろと。まあ無事で何よりであるが、傷の方は深いようだな。回復はどうした?」
「ああそれが、あのメス豚のせいで使えなくなってしまいました」
「ほう、それは災難であったな。では早々に決着をつけるとしよう。私の部下に優秀な獣復士がおるでな」
「そ、それは助かります、ジアルケス様」
ブツブツと語り合うジアルケスとロドリゴ。
彼らが何を話しているのか。距離と小声のせいか内容まではわからない。
ただ一つ言えるのは、早く作戦を練らなければということ。
俺とルーチェリアは顔を見合わせ、静かに頷き合う。
俺たちが第一に警戒すべきはジアルケス。
ロドリゴは出血の影響か、足元がおぼつかなくなってきているのが見て取れる。このまま放っておいたとしても力尽きるのは時間の問題──とはいえ、あの男がそれを許さないはずだ。
相手はかの獣王騎士団副団長。まだまだ俺たちの手に余る。ガルでさえも振り切られた。
今できる最善策は──そう考えているのは俺だけじゃない。
ルーチェリアも彼女なりの結論を導きだし、「ハルセ、あのね」と口を開いた。
「私に考えがあるの。まず、ジアルケスと戦うのは避けよ。さっきの魔法で分かっちゃった──あれは高域魔法。今の私たちでは太刀打ちできないわ。それよりも狙うべきはロドリゴのほう。あの男に早く止めを刺して、ジアルケスがここにいる理由を消しちゃおうよ」
「──ヤツがここにいる理由、か」
たしかに彼女のいうとおり、ジアルケスの目的はロドリゴの保護だろう。
仮にその対象を奪ってしまえば、
現状を考えれば非の打ち所のない最善策、さすがはルーチェリアだ。でも、そう簡単に事は運ぶだろうか。力の差は歴然。すごい魔法だとは思ったがあれが高域というものか、などと俺は彼女の前で沈思していた。
ルーチェリアはそんな俺を見つめ、「どうかな?」と首を傾げた。
「ああ、ルーチェリアのいうとおりだ。ジアルケス相手じゃ俺たちに分が悪いし、ロドリゴを仕留めたところで退いてくれるかは分からないけど、やるしかないな」
「うん、そうだね。それに少なくとも王様との約束は果たせるわ」
俺とルーチェリアは「じゃあいくか」とお互いの手のひらで開始の合図を鳴らし、そこからすぐに動き出した。
「──
この不意を突く動きにも、ジアルケスは動じない。
「グルルル、自暴自棄にでも陥ったのか」と鼻で笑い、強靭な脚力で地面を蹴り、俺の頭上に迫った。
獲物を狙う狼の眼光。
滞空したまま体を捻り、両手に持った魔双剣で鋭い斬撃を繰り出した。
それに対し、俺は「
前方に構えていた大盾は、俺を包むように背後にまで広がる。これこそ絶対防御。全方位へのシールドの展開だ。
「ガガンッ」と大地を削り取る重い音が、俺の耳をつんざく。
ジアルケスは身を翻して俺の背後に着地すると、「ほう」と口元を緩めた。
「属性開放まで使いこなすとは、さすがは
「ああそうだな。どうするか考え中だ」
俺は唇の端を「ふっ」と吊り上げた。ジアルケスは完全に俺の力に気を取られ、一つ大きなことを忘れている──ルーチェリアという存在のことを。
「ん? 小僧、あの女をどこにやった?」
ようやく気づいたのか、男はこちらを睨みつつ周囲を流眄した。
時すでに遅しとはこのこと。俺たちの狙いは初めからロドリゴただ一人だ。
俺が大地盾纏で敵の視界を遮り、その間にルーチェリアは水属性魔法、
そこから俺は全力で突進、彼女はロドリゴの首を目掛けて矢庭に駆ける。
もうそろそろ頃合いか──と思った矢先、ロドリゴのけたたましい叫び声が響き渡った。
「うおおお、貴様ー!」
あと少しだ。あと一歩でルーチェリアの刃があの男の首を取る。
── 魔法紹介 ──
【
・属性領域:低域
・用途:補助特性
・発動言詞:『幻影の飛沫』
・発動手段(直接発動及び属性付与)
発動言詞の詠唱及び光の屈折や水飛沫の乱反射による幻影効果を想像実行又は所有物への付加効果の想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり。
【
・属性領域:中域
・用途:補助特性
・発動言詞:『磨かれし流槍』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び激しい水流に磨かれし槍を放つ想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり。
【
・属性領域:高域
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『猛る業火』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び全て焼き尽くす業火の宝玉を想像実行。
・備考
魔法練度による影響あり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます