第28話 ジアルケスの謀略 その2
ルノは声音を重たく、『さあ、大人しくそのままにしていろ』と告げ、仲間たちとともに粛清の名の下に剣を構えてじわりと迫った。
裏切りという名の絶望を前にしたガルベルトは、今すべきことは何か? 仲間たちとここで刃を交えることなのか? と錯綜する思いに葛藤していた。
しかし、一刻の猶予もない。彼は『ふう~』と大きく吐いた息とともに決断を下した。
『皆、悪いが少し手荒くいくぞ』
ガルベルトは獲物を狙う獣のように視線を鋭くし、正面に立つ獣騎士の顎元を黒斧の柄先で、『ゴガッ!』と強打した。
彼らが身につけているのは、
この様子に獣騎士たちには動揺が走ったが、『うろたえるな! さっさとやるぞ』と気迫をみせたルノに後押しされ、束となって一斉に斬りかかった。
だが、力の差は歴然だった。
ブオンと風切り音を上げ、黒い斬撃が獣騎士らの眼前をすり抜けた。
ガルベルトは黒斧の横薙ぎによる風圧で彼らの体を押し返し、体勢を崩した者から次々と失神へと誘っていった。
最後に残されたのはルノ。
ガルベルトは眉を顰めて訴えかけた。
『ルノ、後はお前だけだ。目を覚ませ。このようなこと、決して本心ではなかろう?』
『副団長……いや、ガルベルト! お前の戯言などを聞く耳は持たん! 大人しく死ね! それとも潔く投降するか?』
『一体どうしたと言うのだ? 頼む、教えてくれないか? お前とはずっと一緒にやってきた仲だろう? 何がお前にそうさせておる? 助けになりたいのだ』
『もういい! 甘いことを言うんじゃねぇよ。お前は裏切られたんだぞ! 俺は……。分かってくれ、お前はお前の正義のために戦え。俺は俺が守るべき者のために戦う。悪いが、これ以上話す気はない』
苦渋に満ちたルノ。下唇を強く噛み締め、ガルベルトへ向けて剣を振るう。
しかしその太刀筋には大きな迷いがのっていた。
ガルベルトは体を反転させて剣を躱し、『ルノ、しばらく眠っていてくれ』と彼の耳元に言葉を置いた。
その瞬間『ふっ……』と、ルノの口元が安堵に緩んだように彼の瞳には映っていた。
ルノに殺意はない、むしろ逆。殺してほしいのだと、ガルベルトは望まぬ戦いの中に感じ取りその手を止めた。
そんな中、グシャリと肉を突き刺す生々しい音と聞き覚えのある声が入り混じり、彼らの周囲を取り囲んだ。
『これはこれは、ガルベルト副団長。このようなところで一体何をされておるのか。アルダからの知らせで来てみれば、何たる失態。
声の主はジアルケス。多くの獣騎士たちを率いて突如としてガルベルトの前に現れた。
ガルベルトは『フン』と鼻を鳴らし、『やはりお前だったか』と切り返した。
彼は気づいていた。
村中に転がる遺骸。つい先ほどまで、村人たちの多くにはまだ息があった。
それに、気を失わせただけの仲間たちですらも息絶えていることに。
『ジアルケス。初めからこれが目的だったのか。お前は言っておったな、カロッサ村への騎士の配備は必要だと。だが私はそれをしなかった。結果、已む無く偽の情報を流し、無理矢理にでもこの状況を作り出したというところか。そんなにも私が憎いのか』
ガルベルトは奥歯を軋ませ、鋭牙を光らせた。
対するジアルケスは、『グルルル』と唇の端をニタリと吊り上げ彼を睨んだ。
『ガルベルトよ、お前は勘がいいな。そのとおりだ。この村をお前たち
ガルベルトは周りを見渡した。ジアルケスの言うとおり、獣騎士たちはフードで顔を隠しているが、その目元、剣の持ち手から察するに全員が黄昏の部下たち。
暁の獣騎士は一人たりともこの場にはいないと悟った。
おそらくは、リフランディアにいるとされる敵の別動隊も虚構。暁の隊は総員を獣国内に留めているはずだ。
そんな状況でこの事態を引き起こし、これに証言まで加わるとすれば、黄昏でしかありえないことになる。
ジアルケスはこの日のためにずっと謀略を巡らせてきた。
自らが証言台に立ったところで、もう国内には誰一人味方などいないのかもしれない。
ガルベルトのことを兄のように慕い、ずっと信頼を置いてきたルノですらも、
彼は牙を隠し、『なあルノ』と小さく声を落とした。
『お前の正義感の強さ、私はよく知っておる。このままではお前まで殺されるやも知れぬぞ?』
『……ガルベルト。命など、獣騎士の称号を授かった時点で疾うに捨てている』
彼らの言葉に聞き耳を立てていたジアルケスは、『何をこそこそと話しておる』と狼のように眼を細めた。
『も、申し訳ありません』とうろたえるルノの隣、ガルベルトは一人黙考する。
多くの村人が死に絶え、仲間たちもその手を汚した。仮にここでジアルケスと戦ったところで、より多くの仲間たちの血が流れることは避けられない。
そればかりか、ジアルケスを取り逃がすようなことにでもなれば、事態はより深刻さを増す。
ルノは『守るべき者のために戦う』と言っていた。それはきっと、彼にとって大切な者の命がジアルケスの手中にあるということなのだろう。
(やはり、ここは私が退くしかないか……。もう国には戻れぬやもしれぬ……)
ガルベルトの心には一欠けらの想いがあった。
帝都から離れた田舎町──そこに彼女はいる。大丈夫。関係を知る者など誰もいない。守るために離れる。きっと亡き兵士長も同じことを考えるはずだ。このまま世界へと流れ、見聞を広げるのも悪くないだろうなどと、まるで走馬灯のように頭の中を巡った。
そしてガルベルトは肩を落とし、『強く生きろ、ルノ』と声をかけ、詠唱を呟いた。
『風よ、彼の者に疾風の如き衝撃を与えよ、
黒斧の刃を天に翳す。その刃よりもさらに高く、凄まじい風が吹き込む緑球が生じた。
拳大ほどの小さな球はみるみるうちに大岩のように巨大化し、彼が黒斧を振り下ろすと同時に前方へと放たれ、弾け飛んだ。
暴れ狂う颶風。立ちはだかる獣騎士たちをも飲みこみ、爆風のように放出された風はジアルケスの立つ場を四方八方吹き荒んだ。
『グルルッ、おのれガルベルト! 』
しばらくして風切りの轟音が息を潜め、砂礫が静かにその舞いをやめた頃、ガルベルトの姿は忽然と消えていた。
その後、帝都へと戻ったジアルケスは事態の報告を獣王、獣騎士団長へと行った。
無論、彼が描いた筋書きどおりに欺瞞し、その結果、獣王グラバルド=ベルクスは、獣王騎士団元副団長ガルベルト=ジークウッドの国外追放を正式に決定し発令した。
…………
………
……
あれから15年──ガルベルトとジアルケスは再び相まみえることとなった。
「こうしてお前と剣を交えるのは初めてであるな、ガルベルト」
ジアルケスの得物は、
ガルベルトは「口数が多いな。私に恐れでも抱いておるのか?」と挑発し、ジアルケスは「ふん、抜かせ」と切り捨てる。
不敵な牙を覗かせたジアルケスの姿が陽炎のように消えゆくと、ガルベルトは何もない虚空に向け突如として、黒斧を斬り上げた。
その直後、「ガギャンッ!」と鋭い金属音が鳴り響いた。
斬りかかるジアルケスの魔双剣をガルベルトの黒斧がガッチリと受け止めていた。
十字に構えられた魔双剣と黒斧が火花を散らし、力と力が激しく鬩ぎあう。
「グルルル、よく気づいたな」
ジアルケスは口元をニタリとさせ、宙を飛び跳ねるようにガルベルトの側面へと回り込むと、火属性魔法、
これに対しガルベルトは黒斧を両手で持ち、ギュルルルと高速で回転させて火弾をかき消し応戦する。
ジアルケスは「さすがは烈風牙」と感嘆し、その身は戦う喜びに震えていた。
ガルベルトの未だ衰えぬ、威風堂々としたその豪傑ぶり。
敵とするのは恐ろしい。だが、刃を交えてよくわかった。命を削る戦いの中にこそ、この世のものとは思えないほどの快感の絶頂があるということを──ジアルケスの心は昂ぶり、「グルルルルゥー」と高らかに笑った。
「ガルベルト、私はお前が恐ろしい。だがもっとだ、もっと殺り合いたい。そのための世界を私が生み出すのだ。それももうすぐなのだ。世界に激震が走るほどの荒波がやってくる」
「荒波だと? お前は一体何をしようと」
ジアルケスは戦いに高揚し我を忘れかけていた。
箍が外れ、悟られまいとしていた自らの野望が涎のごとく零れ落ちていた。
ジアルケスは「おっと、少しばかり話がすぎたか」と我に返り、平然と語り口を変えた。
「お前と刃を交えたのはよき収穫であった。だが今日はお前と戦うために来たのではない。客人の迎えだ。その客人ももう生きておるかもわからぬことになったが、そろそろ道を開けてくれぬか?」
◇◆◇
── ルーチェリア 対 ロドリゴ ──
「かわいいかわいい、ルーチェリアよ。さあさあ、戻っておいで。ワシは怒ってなどおらん」
寒気がする。あれほど罵声を浴びせたかと思えば、今度は急に猫撫で声でじゃれついてくる。
気持ち悪い男だと、ルーチェリアはブルブルと身震いをしている。
戦況は彼女のほうが圧倒的に優勢だが、ロドリゴは多種多様な魔法石を駆使しながら、今なお逃げ続けている。
例えば、指輪から飛び出した水塊が盾となってルーチェリアの斬撃を鈍らせたり、足元に上昇気流を生み出して空高く舞い上がって避けたりする。
あたかも逃げることしか考えていない数々の魔法石は、ロドリゴの指輪となってジャラジャラと光り輝く。
ルーチェリアは「ほんと、情けない男」と嘆息し、呆れたように両手を振って哀れむ。
一方ロドリゴは「むききー!」と猿のように発狂し、蔑む彼女を睨みつけた。
「ええい! もうしつこいぞ! いい加減諦めたらどうだ?! にしてもだ、ワシが情けないおとこ、だとぉ? 誰だと思っておるのだ、ワシはガレシア商会会長、ロドリゴ様だぞ!」
「はいはい、何がロドリゴ
「ご、ごごゴミぃー!? 貴様ぁあ~! 調子に乗ってんじゃねぇぞお!」
駄々っ子のように体をばたつかせたロドリゴだったが、次の瞬間、何も持たない右手をこちらに向けて力一杯振り下ろした。
(……この感じ、何か来る)
そう感じたルーチェリアが地面を蹴ったそのとき、バシーンと乾いた音が大地を這うように鳴り響き、踏み切った足元に亀裂を走らせた。
「なっ、何なの?!」
思わず驚きの声を上げたルーチェリア。
彼女の目には憤怒するロドリゴと右手の指輪から鞭のようにしなる緑の帯が映っていた。
「獣人風情があ。ワシに逆らうことなど決して許さん。ガレシア商会という看板を背負い続けてきた、このロドリゴ=ガレシア。自分の身も守れぬとでも思っておったのか? 優しくしておればつけあがりおって」
ルーチェリアはロドリゴから少し離れた場所へ着地し、その目を細めた。
(それにしても危なかった。あの魔法石、とんでもない威力ね)
ここまでの戦い。4つの魔法石が埋め込まれた指輪の効果を確認した。
水の防御と風の補助、水属性の回復特性。それからこの鞭、属性不明の攻撃特性。
(分からないのは、あと一つだけね。さてと、先ずはあの鞭をどうにかしなくちゃ)
── 魔法紹介 ──
【
・属性領域:低域
・用途:防御特性
・発動言詞:『烈火の弾丸』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び燃え盛る火の玉が敵を打ち抜く想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり。
【
・属性:風
・属性領域:中域
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『疾風の如き衝撃』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び収束した風衝が暴風を巻き起こす想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます