第28話 ジアルケスの謀略 その2

 粛清の名の下に剣を掲げ、ガルベルトへと迫る獣王騎士団配下の面々。



 (彼らの矛先は私。村人達は大丈夫……落ち着くのだ。今すべき事は何か? ルノや皆とここで刃を交えることか?)



 錯綜する思いの中、ガルベルトは葛藤している。だが、一刻の猶予もないのもまた事実。


 ……そして、決断の時。


 「お前達には、少しばかり眠っていてもらおう」


 相手の装備は全身鎧フルプレートメイル

 打撃による衝撃は伝わりやすい。


 ……そうであれば。


 ガルベルトは、即座に正面の獣騎士の顎元を黒斧の柄先で強打した。


 激しく脳を揺らされた相手は、その場へ崩れるように倒れこんだ。


 動揺した他の獣騎士達。

 一斉に斬りかかるも、力の差は歴然。


 黒斧の横薙ぎによる風圧で押し返すと、体勢を崩した者を次々と失神へと誘う。


 「ルノ! 後はお前だけだ。目を覚ませ。こんなこと本意ではなかろう?」


 「副団長……いや、ガルベルト! 大人しく投降しろ! さもなくば殺すだけだ」


 「何があったと言うのだ? お前とは付き合いが長い。私を信じて話してくれないか? お前に拳を振るいたくはない。」


 「甘いことを言うなよ、ガルベルト。お互いに立場が違うんだ。お前はお前の正義のために、俺は俺が守るべき者のためだ。悪いがこれ以上話す気はない」

 

 ルノがガルベルトへと剣を振るう。

 だが、その太刀筋からは大きな迷いがガルベルトには見て取れる。

 

 「ルノ、しばらく眠っていてくれ」

 

 ガルベルトが踏み込んだ瞬間、ルノの口元が緩む。ルノに殺意はない。寧ろ逆……殺してほしいのだと、ガルベルトは望まぬ戦いの中に感じ取る。


 そんな中、ザクッと剣を突き刺すような音が、覚えのある声に混じって背後から聞こえてくる。


 「ガルベルト副団長、何をやっておるのだ? アルダからの知らせを受け来てみれば、何たる失態。北の複合型シールド国術式タワー封印陣サークルでの作戦は失敗とのことだ。さらに村の住人を虐殺。証拠隠滅のために、同行した者達にまで手をかけるとはな」

 

 副団長のジアルケスが数十名の獣騎士を率い、ガルベルトのもとへ突如として現れたのだ。


 「ジアルケス副団長、私は村人へ刃を向ける指示などしておらぬ。カロッサ村での王国騎士団による虐殺情報を受け急行したが、誤報だったようだ……今は、理由はわからぬが暴走した仲間を止めているだけにすぎぬ」


 「止めているだけ? 倒れている者達は、死んでいるようだが?」

 

 後方で倒れていた数名。

 鎧の周りに血だまりが出来ている。

 打撃だけで、この血の量はあり得ない。


 先ほど聞こえた何かを突き刺す音。

 そして友の……大切な誰かを守るための行動。


 ガルベルトは確信した。


 「そうか……そういうことか。ジアルケス、お前だな? カロッサ村への配備を促したのも、最初からこれが目的だったんだろう。だが、私は配備をしなかった。やむ無く嘘の情報で、無理に状況を作り出したというところか。それにいつも静観しているお前が、今回だけ突然の指示……これも偶然か? だがな……大きなミスを犯したな」


 「グルル、それで私のミスとは?」


 「アルダからの知らせとあるが、お前が来たルートを考えると半日以上かかる上に、これだけの人数を転送できる力のある者などルーゲンベルクスにはいない。それにあの領域では念話も使えぬ。故にお前は、分かった上でここへ直接向かってきたはずだ。……詰めが甘かったな」


 ガルベルトの虚を突く言葉。

 ジアルケスは、グルルルと高らかに笑い、


 「お前は勘がいい。だがな、お前の言動を信じる者が居なければ、どんなに事実を述べようとも虚構にすぎぬ。俺がどれだけ我慢に我慢を重ねてきたか。お前はもう、騎士団どころか、帰れる国が無くなったのだぞ?」

 

 とあっさりと認める発言をする。

 

 こうも堂々としているということは、既に準備は整っているというところか。


 仮に裏工作が、就任時の2年前から始まっていたとすれば……もう、手の打ちようはないだろう。


 ガルベルトは心の奥でそう感じている。

 

 「ルノ! お前の正義感の強さは私が一番知っている。今のジアルケスに従うなど、そんな愚行はやめろ」


 「ガルベルト副団長……話はもう終わりですか? このまま大人しく捕まるか、国を捨てて去るか。どちらかしか道はない」


 「ルノよ、勝手に話を進めるな。国を捨てて去る? 誰が逃げていいといった?」


 「も、申し訳ありません! ジアルケス副団長」


 ……ガルベルトは考えている。


 このままでは作戦失敗のみならず、村の住人や仲間達を殺した罪まで負わされ、極刑は免れない。


 たとえ冤罪であっても、周りの全てが敵であるかのような現状では、覆すのは到底無理な話だと。


 頭の中を巡る思い。



 (唯一、心残りは彼女のことだ……。帝都から遠く離れた田舎町、関係は誰も知らない。私が捕まることは、彼女の命にかかわるかも知れない……)

 

 

 大切なものを守るためには、私はここを離れるべきだ。

 

 亡き兵士長であれば、同じことを考えるはず。

 このまま世界へと流れ、見聞を広げるのも悪くはないだろう。

 

 そして、それは今。

 敵に気づかれぬよう小声で呟く。


 「風よ、彼の者に疾風の如き衝撃を与えよ、〝疾風衝撃ゲイルインパクト〟」


 ガルベルトは詠唱を終えると、黒斧を持ったままの右手を上空へと伸ばす。


 その手の先……凄まじい勢いの気流が収束し、小さな緑球が生じる。


 一瞬の静けさ。

 ガルベルトが黒斧を目の前へと向ける。


 圧縮された空気が弾けるかのように、前方へと衝撃を伴う一陣の風が吹き抜ける。


 目の前に立ちはだかる騎士団、暁。

 その多くは耐えきれず吹き飛ばされ、ジアルケスもまた耐えることで精一杯の状況。


 しばらくし風が止む頃……ガルベルトの姿はなかった。





 その後、帝都へと戻ったジアルケス。

 事態の報告を王、騎士団長の順に行う。


 勿論、ジアルケスが描いた筋書き通りの内容を植え付け、ここに自身の任務を完遂させる。


 この後、すぐに獣王グラバルド=ベルクスは、獣王騎士団元副団長ガルベルト=ジークウッドの国外追放を正式に決定し発令した。


 ジアルケスは指名手配のうえ処刑するよう上申したが、これまでの功績を称え、追加の処分が下されることはなかった。





 あれから15年。

 ガルベルトとジアルケスは再び相まみえることとなった。


 「こうしてお前と剣を交えるのは初めてだな、ガルベルト」

 

 ジアルケスの武器は、ウルフェン・イフェスティオと呼ばれる漆黒の双剣。刃は真紅となっており、切り刻んだ者の血を吸収した分だけ鋭さを増すとも言われている。


 「どうした? 現役の獣王騎士団を背負う男がこの程度か? 落ちたものだな」


 「ふん、抜かせ。挑発には乗らぬ。お前にはまだまだ生きていてもらわねば。だが相手の力量を見誤れば死ぬぞ」

 

 挑発するかのような言葉を投げかけ、ジアルケスの姿がすっと消える。


 追随するようにガルベルトは、黒斧を体の横に両手で構えると、何もない上空へ鋭い斬撃を放つ。


 力と力のぶつかり合い。

 鈍い金属の衝突音が辺りに響く。 


 「グルルル、よく分かったな」


 一瞬にも満たない速度。

 斬りかかるジアルケスの魔双剣をガルベルトの黒斧が受け止める。


 ジアルケスは空中を跳ねるようにガルベルトの横へ回り込むと、火属性魔法【火弾撃ファイアショット】を放つ。


 対するガルベルト。

 黒斧を体の前で高速回転させ、火弾撃を打ち消す。

 

 「流石は烈風牙ガルベルト。その名を聞けば精鋭揃いの王国騎士団と言えど進軍を躊躇するほど。しかし、実に惜しいな」


 「そんな昔の話、私にはどうでもいい。お前こそ私を討ち取るつもりがあるのか? 攻撃がぬるすぎる」


 ジアルケスは戦いに震えていた。

 だが恐怖からではない。

 戦いに生きる喜びを感じていた。


 ガルベルトの未だ衰えぬ、威風堂々としたその姿。


 恐れがないと言えば嘘になるが、刃を交えて分かったのだ。


 命を削る戦いの中にこそ、この世のものとは思えないほどの快感の絶頂があるのだと。


 大きく高らかに笑い、異常なまでの昂ぶりを曝け出したまま、ガルベルトへと言葉を投げかける。


 「グルルルルゥー。よく分かっておるではないか、流石にも程があるぞ、ガルベルト。もうすぐ、もうすぐだ。世界に激震が走る程の大きな波が来る」


 「波? 何の話だ?」

 

 ジアルケスは一瞬、我を忘れていた……。

 計画を悟られては不味いことは重々承知していたはずだが、たがが外れてしまったかのように口を滑らせてしまっていた。


 「おっと……少しばかり話しすぎたか。久々の戦いに高揚してしまったようだ。だがな、今日はお前と戦うために来た訳ではない。客人を迎えに来ただけだ。そのお迎えすらもお前に邪魔をされ、生きているかすら分からんが。そろそろ道を譲ってはくれぬか?」


 

 ◇◆◇



 ── ルーチェリア VS ロドリゴ ──


 「ルーチェリア、戻っておいで。ワシは怒ってはおらん。いい子だからねぇ」


 罵声を浴びせたかと思えば、猫撫で声で語りかけてくる。


 気持ち悪い男だと、ルーチェリアは身震いをしている。


 戦況はルーチェリアの圧倒的な優勢だ。

 それでも、ロドリゴは多種多様な魔法石を駆使し、攻撃をギリギリながらも受け流している。


 ルーチェリアが斬りかかると、指輪から盾のような大きさの水塊が出現して斬撃を鈍らせ、魔法を放つと、足元に気流を生み出し回避する。


 逃げることに特化しているかのような魔法石の指輪。


 その指先にジャラジャラと光っている。


 「逃げてばかりで、情けない男。こんな奴に私の母さんは……」


 「ええい、しつこいぞ。知らぬと言っておろうが。そんなことよりもお前の攻撃は無意味だ。もう諦めろ!」


 「そっちこそ、何も攻撃手段がないようね。逃げてばかりでとんだゴミ野郎だわ」


 「ご、ごごゴミぃー!? 貴様ぁあ。調子に乗ってんじゃねぇぞ。攻撃が出来ないと言ったか? ワシを馬鹿にするなぁ!」

 

 駄々を捏ねる子供のようなロドリゴ。

 武器も持たない右手をこちらへと勢いよく振るう。



 (……この感じ、何かが来る)



 そう感じたルーチェリア。

 振り下ろされた腕の射線上を避けるように回避する。


 直後に響き渡る、バシーンとした乾いた音。

 同時に地面にも亀裂が走る。

 

 「なっ!?」


 「獣人風情がワシに逆らうことなど許さん。ガレシア商会という巨大な組織を守り続けてきた、このロドリゴ=ガレシア。自分の身も守れないほどに弱いとでも思っていたか? 勘違いするなよ」

 

 憤怒したロドリゴの右手に光る指輪の一つから、緑に光る鞭のようなものが長く伸びている。



 (ようやく、攻撃特性の魔法石の出番ね。それにしても凄い威力。避けてなければ危なかった……)


 

 ここまでの戦いの中。

 水属性と風属性の防御特性。

 水属性の回復特性。


 そして、属性不明の攻撃特性の4つの指輪効果を確認したルーチェリア。


 身につけた指輪の数は右手に3つ、左手に2つの合計5個。


 

 (まずは、この鞭をどうにかしなくちゃ)




 ── 魔技紹介 ──


 【火弾撃ファイアショット

 ・属性領域:低域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:防御特性

 ・発動言詞:【烈火の弾丸】

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び燃え盛る火の玉が敵を打ち抜く想像実行。

 ・備考

  魔法強化段階及び環境変化の影響あり。 


 【疾風衝撃ゲイルインパクト

 ・属性:風

 ・属性領域:中域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『疾風の如き衝撃』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び急激な風の変化による衝撃波の想像実行。

 ・備考

  魔法強化段階及び環境変化の影響あり。 

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