第27話 ジアルケスの謀略 その1

 今から約17年前。

 獣国ルーゲンベルクスの【帝都ミアザベート】


 整列の号令が獣王騎士団の大広場に響く。

 団員総出で横隊となり壇上を見上げる。

 

 「今日は何の発表があるんだろうな?」


 「総員だからな、何かとんでもないことでもあったんじゃねぇのか?」


 獣騎士達がざわつくのも無理はない。

 警備体制にも影響を及ぼす総員での集会は滅多なことでは開かれず、数十年ぶりのことであった。


 獣王騎士団団長ロックエル=ジュードが登壇すると、総員が一斉に小剣を自身の目の前で剣先を上に立て、左肩付近へと剣を保持した拳を当てる。


 獣王騎士団伝統の敬礼を団長へと向ける。


 「皆、ご苦労である。本日集まってもらったのは他でもない。我ら獣王騎士団はあかつき黄昏たそがれの二団編成であるが、直接指揮にあたる副団長については、これまで二団総括でジアルケス副団長へ一任してきた。だが現状、複数の作戦を同時に行うことも増えてきている。多様化する任務の的確遂行のため、副団長を其々に配置することとした」


 副団長がもう一人抜擢される……。

 これは獣騎士達にとって士気に係わる重大なニュースであった。


 騎士団を総括しているジアルケスに対する様々な思いからも、新たな副団長の抜擢は大いに待ち望まれていたことでもある。


 現在の騎士団は、ジアルケスによる暴慢かつ独裁といっても差し支えない状況にある。


 小規模な作戦であったとしても血を流さずに済むことは殆どなく、多くの戦場が凄惨な状況となるのが日常と化していた。


 それにも関わらず、団員からの不満が出ないのは何故か。


 副団長としての地位を保持できる理由……それは、圧倒的な実力に裏付けられた支配力でもある。


 〝漆黒の闘剣〟の異名を持ち、魔双剣:ウルフェン・イフェスティオを自在に操る。


 自分の意志に反する者を敵味方関係なく切り刻むその様は、団員一人一人に恐怖と言う名の忠誠心を植え付けるには、十分すぎる光景であった。


 団長への忠誠心は正当なものであるが、副団長への忠誠心は恐怖でしかなく、新たな副団長抜擢への期待は、非常に大きいものとしてこの場の獣騎士達の胸の高鳴りは計り知れなかった。


 一体誰になるのか……団員達は皆が一人の男を思い浮かべていた。


 「ジアルケス副団長には暁を一任する。そして黄昏は、ガルベルト=ジークウッドに一任する。貴下のことは高く評価している。期待しておるぞ」


 「ハッ。このガルベルト=ジークウッド。副団長の任、確とお受けいたします」


 大方の予想通り。

 団員達が思い描いていた人物はガルベルトであった。


 ガルベルトは元々は兵士の出であり、獣騎士としての経歴は長いとは言えない。


 だが、いざとなれば自分が盾となって味方を守り抜くその姿に人望も厚く、作戦の立案能力にも長けていた。


 副団長のような纏め役には適任だと誰もがそう思ったことであろう。

 

 さらには実力も申し分ない。

 烈風牙れっぷうがの異名、その名を聞くだけで他国への牽制になるほどである。


 風の属性に長けた黒斧使いとしての圧倒的な武力はジアルケス以上とも言われていた。

 

 当然、自分とは対極のような存在をジアルケスが好むはずもない。


 これまで部下であった獣騎士の一人に過ぎないガルベルト。


 その者が対等の椅子に座ることに嫌忌し、内心打ち震えるほどの怒りを抑え込んでいた。


 自身がやってきた全ては正しい。

 騎士団を強く統率するためには、忠誠心を植え付けなければならない。

 

 そのために必要なことは、恐れだ。

 恐れを知らなければ、それは危険に直結する。

 恐れを知れば、危険を回避する手段も得ることが出来る。


 一極集中の恐れは、内部紛争を生まない。

 全ては獣王騎士団のため。



 (私は何も間違えていない……)



 ジアルケスの中にある〝恐怖〟こそが正義であるという捻じ曲がった理論。


 ここから変えることなど出来ない。

 ……変える必要もない。


 獣王騎士団が〝世界最強〟としての地位を築けたのは、私の力が全てだとジアルケスは自分に言い聞かせる。


 今回の副団長を二分することへの不満は絶大なもの。


 そんな状態とは露知らず、新たに抜擢されたガルベルトが、ジアルケスの元へと挨拶に向かう。


 「ジアルケス副団長。これからも騎士団のため尽力し、副団長としての重責を全うする所存。改めて頼む」


 「これはこれは、ガルベルト副団長。貴殿のこれまでの功績の賜物だろう。期待しているぞ」


 ジアルケスは表情を取り繕いつつ、無難な言葉でガルベルトに答える。



 (……必ず、俺の前に平伏させてやる)



 ジアルケスの中にある、副団長の席。

 それはただ一つ……己自身のものであり、他者の物に非ず。


 席を奪いに来るガルベルトに対する認識は、断じて味方などではなく自分の意に反する邪魔者でしかない。


 これまで、正義感の強いガルベルトとの衝突を避けて来られたのは、自身の近くに置かないことに徹し、恐怖支配によって騎士団全体の言論統制を行ってきたためであった。


 他の騎士達とは違ってガルベルトを制することは難しい。


 仮に対立することにでもなれば、自身の足許が揺らぎかねない。


 ジアルケスはガルベルトに対して強い警戒心と恐れを抱いていた。


 そんな男が自身と同じ立場となっては、これまで通りとはいかなくなる。


 どうにかして追放することは出来ないものか……と画策する日々が始まった。



 ◇◆◇



 暁と黄昏。二人の副団長。

 この二団編成となり、早2年が経過していた……。


 以前のようなジアルケスの猪突猛進な作戦立案は息を潜め、これまでの多くの作戦はガルベルト主導の下で実行される機会が多くなっていた。


 ガルベルトが立案する作戦の多くは、ルーゲンベルクス、アズールバルの両国に大きな被害を出すことなく成功を収め、副団長としての確固たる地位を築きつつあった。


 この状況を当然ながらジアルケスが快く思うはずもなく、追放への秘密裏の画策は水面下で着々と進行していた。


 ジアルケスは警戒心が強く、慎重派な一面もある。


 特に自身への影響が大きい事柄については尚更のこと。


 2年というジアルケスにとって、永遠とも思える程の長い月日を耐え抜いたのは、正にこの時を迎えるためでもあった。


 遂にその作戦が実行に移される。

 ジアルケスは執務室へガルベルトを呼び出す。

 

 「ジアルケス副団長、入るぞ。何か動きがあったのか?」


 「ガルベルト副団長、ご足労感謝する。先日出立したアズールバルの王国騎士団は、リフランディア側を経由し、明後日には北の関所を超える。暁は別の動きへの対処も考慮し、牽制のためにも待機予定としている。今回は先遣部隊の定期連絡が途絶えていた経緯からもあまり猶予がない。貴殿に北の複合型シールド国術式タワー封印陣サークルへの対処を願いたいのだが……」


 「……了解した。だが、私にはこれまでの経緯を含めた情報が入ってきていない。共有体制には万全を期していたはずだが、何か問題でもあったのか?」


 「王国騎士団の予想よりも早い進軍によって、先遣隊の情報伝達に粗が生じたのであろう。ご容赦願いたい」


 「そうか……以後、情報共有を新たに見直す必要がありそうだな。さて本題だがリフランディア側を経由したとなると、我が領地であるカロッサ村があるな」


 「ああ、村への警備も当然考慮する必要があるだろう。奴らは何をするか分からん。少数だけでも配備すべきだと思うが?」


 「考えておこう。だが、北への遠征は追加補給が困難となるのは、敵も承知のはずだ。カロッサ村は我が領土とはいえ、リフランディア側の商人も多く滞在している。自ら補給を断つことは考えにくいだろう。それにおそらくこの一団を率いているのは槍聖メリッサ。敵としては厄介ではあるが、村を襲うような、そんな馬鹿なことはしないだろう。黄昏は明朝出発し任務にあたる。団長への報告も私から行うとしよう。では、準備があるのでこれにて」



 (槍聖メリッサ……最年少で副団長に上り詰めた槍の天才か。私よりも敵将を信じるとは愚か者めが。まぁいい、お前が言う事を聞くとは端から思ってなどいない……)



 通達通り、ガルベルト率いる黄昏の一団は早朝、北の複合型国術式封印陣へ向け出発した。


 そこは四彗魔人の一角である、四彗魔氷しすいまひょうリムルス=アイスロッドが封印された封印陣のことである。


 結界を構成する魔法石への再属性付与がアズールバルの目的であり、それを阻止するのが、獣王騎士団の最重要任務である。


 ……が、ジアルケスにとっての今回の最重要任務はガルベルトを追放すること。そのための工作員を黄昏の中にも送り込んでいる。


 

 (ガルベルトよ、お前がどう動こうと作戦は実行される……)



 ◇◆◇



 黄昏が北の塔へ到着する頃。

 王国騎士団の中に、槍聖メリッサの同行情報を得たガルベルトは、カロッサ村への警戒配置は敷かなかった。


 まだ若い女騎士ではあるが、その人物をガルベルトは好敵手ライバルとして認めていた。


 メリッサとは幾度も刃を交え、その人となりを分かっていたからだ。

 

 無用な殺生とは程遠い人物。

 間違いなく村は通過するだけに留めて、真っすぐにここを目指すとガルベルトは考えていた。


 だが、その期待を裏切るような一報が届く。

 王国騎士団らしき一団がカロッサ村にて村人を虐殺していると……。



 (まさか、あの気高き騎士がそんなことをするはずがない。何故だ……何故なのだ)


 

 ガルベルトは困惑する自身の感情を抑え、仲間へと指示を伝える。


 「これからカロッサ村の救援に向かう。ルノ! 一緒に来てくれ。アルダ! この場の10名だけ連れていく。後の守りを頼むぞ」


 「ハッ! 副団長、了解いたしました。どうかご武運を」


 北の塔での防衛体制を副団長補佐アルダ=グラスワッドへ指示し、少数の別動隊としてカロッサ村へと向かった。



 (メリッサ殿……私は貴殿を信じていたのだぞ……)



 早馬を走らせカロッサ村に到着したガルベルト達であったが予想通りと言うべきか……入ってきた情報とは真逆。


 何事もなかったかのように平穏な光景がガルベルトの目には映っている。


 それは村人達の日常生活を切り取ったかのような風景。


 笑いながら酒を酌み交わし、焚火の周りを子供たちが走り回っている。



 (……やはり、誤情報だったのか? 私を陥れるため? 誰が? 目的は何なのだ?)

 


 考え込んでいる暇はない。

 今は前線へと戻るのが先決であるとガルベルトは理解している。


 急いで引き返そうとガルベルトが後方を振り返ると、先ほどまで一緒だった仲間達が消えている。


 「ルノ! ラスケル! お前達、どこだ!?」


 ガルベルトが大声で呼ぶも応答はない。

 その時、村人の悲痛な叫びが響き渡る。

 獣騎士達が村人へ次々と斬りつけ始めたのだ。


 「何をしているのだ、ルノ! お前達、止めないか!」


 「何をって、副団長。貴方が指示したことじゃないですか。この村は獣国に属していながら、易々と敵を通過させている逆賊も同然。始末しろと。私はこんなことがしたくて騎士団に入ったわけではないのに……」


 「どうしたと言うのだ、ルノ! 私がそんなことを言うはずがないのは、お前が一番分かっているだろう? その手を止めるんだ!」


 ガルベルトの指示を受けても尚、獣騎士達は止まらない。


 一瞬にして村の平穏な日常は、悲鳴に包まれた狂気の村へと変貌した。


 このままでは、この村は全滅する。

 そう思ったガルベルトは、自身の部下に対し刃を向け、一人立ちはだかる。


 「副団長。どういうことですか? 殺せと言ったり、止めろと言ったりとお忙しい人だ」


 「お前達、誰の差し金だ? 目的は何だ?」


 「ラスケル! 副団長がご乱心だ。俺達を殺すようだぞ」

 

 姿を消した騎士達がガルベルトを取り囲むように姿を現す。


 「副団長、我らは貴方の傲慢な権力行使により、罪のない村人を虐殺するよう仕向けられた。こんなことはあってはならない。これより、獣王騎士団の誇りにかけて正義の鉄槌を下す。村人達よ、すまなかった。彼の者を打ち倒せば全てが終わる。我ら騎士団は貴方たちの味方だ」


 どうなっているのか……。


 幼馴染であり、長年の相棒的存在であったルノの裏切り。ガルベルトはただただ困惑し立ち尽くすのみであった。

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