第26話 無慈悲の破砕

 ── ハルセ VS ニコ ──


 両手に大地拳アースフィストを纏った俺は、ニコと乱撃戦となっている。


 今の俺は攻防一体。

 大地盾纏アースシールドほどの防御特性はなくとも、ニコの斬撃を左右どちらでも捌くことができ、空いたほうで打撃を叩きこむ。


 防御も攻撃も同時に行える俺のほうが、接近戦では有利と思っていた。


 だが、ニコの短刀ダガーによる攻撃は、魔法石の効果が追加発動する仕掛けとなっている。


 剣筋に沿って生じる無数の風の刃。

 この後追いの刃が、俺の大地拳をガンガンと削り取っていく。


 さらに、こちらの攻撃に対しても態と空を切って風の刃を生み出し〝見えない盾〟のように防御としても使いこなす。


 風の刃一つ一つの持続時間はそこまでない。

 だが、連続して空を切ることによって、その効果を調整することが出来る厄介な技だ。


 お陰で俺の大地拳の減りはえげつないことになっている……。


 今はどうにか、魔法の再詠唱で対応できているが、体力・精神力の消耗もそれなりに大きい。


 このままでは不利であるのは明白だ。

 そう、〝このままでは〟の話だが……。


 ニコは右手の指先を舐めつつ、ニターっとした笑みを浮かべながら、


 「お前に勝ち目はねぇぞぉ。一つ教えてやるが、お前のその力……恐らく最弱の〝地属性〟だろう? 俺の短刀【風殺刃ふうさじん】は風属性。残念だが、属性には優劣ってもんがあるんだよなぁ。勝てると息巻いているお前を見ていると笑えちまうぜぇ。糞弱い力で俺に逆らう前に、地属性らしく地に伏せろよぉ! このダボがぁ」


 と勝ち誇ったかのように語りだす。


 ペチャクチャとよく喋る奴だ。

 その頭からちょこんと伸びるアホ毛をむしり取りたくなるほどには、俺も苛々している。


 お前の言うとおり、俺の属性は相性という意味では分が悪いんだろう。


 宙を駆ける能力。

 風の刃を生み出す短刀。


 どちらも魔法石の効果によるものであって、自身の属性魔法によるものではない。


 ここから推察するとニコあいつはおそらく【無属性】だ。


 そうであれば、たとえ地属性が風属性に弱い関係であろうとも、魔法効果のある装備の破壊若しくは封じることさえできれば勝機は十分にあるというものだ。


 それに俺は地属性魔法を自らの力によって発動している。


 つまり、相手より攻撃バリエーションが多い。


 ニコは属性の優劣だけしか見ていないようだが、攻撃手段の少なさは十分な〝劣〟だ。


 それに盛大に勘違いしているようだ。

 俺が近接の殴り合いで手も足も出ないとでも思っているのか? そうだとすれば、尚更、癪に障る。


 だが、俺もよくここまで我慢したものだ。

 お陰でニコお前の技の性質・種類・動きの癖をじっくりと観察することが出来た。


 ここで焦らすのも煩わしい。


 結論から言おう……ニコは俺の力には遠く及ばない。


 ニコの動き一つ一つに対する反撃イメージ。

 それらが、揺曳する残像のように目の前に次々と現れ、俺の中に記憶されていく。


 無意識に近い感覚……。

 まるで自分の体ではないかのように、ニコの攻撃に対する反撃構成が組み上がっていく。


 俺の成長速度が加速度的なのか。

 それとも、ニコの攻撃速度が漸減しているのか。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 早くルーチェリアと合流し、ロドリゴを討つ。


 こんな奴を相手に戦いを長引かせては、時間の無駄に他ならない。

 

 それに、少し気がかりなことがある……。


 メリッサが言っていた……ルーチェリアの故郷での出来事とガレシア商会の関係。


 当然、関係しているのであれば、ロドリゴはルーチェリアの故郷や両親の仇とも取れる。


 ルーチェリアの力量に不安はないが、冷静さを保てているかどうかで考えると話は別だ。


 仮に俺がルーチェリアの立場だとすれば、感情を抑えきるどころか、嬲り殺しにしたいとすら思うだろう……。


 「何をボーッとしてやがるぅ? 舐めてんのかぁ? さっきから同じ目線で話をしてんじゃねぇよぉ。立場を弁えろよなぁ、弱属性がぁ。それによぉ、心配すんなよぉ。お前を仕留めた後は、ちゃんとあの獣人の女も可愛がってやんよぉ」


 俺が少しばかり物思いに耽り過ぎたせいで、ニコをよけいに苛立たせたようだ。


 耳障りな言葉で罵倒して、俺の感情を煽り始めるニコ。


 一々、人の神経を逆撫でするのが上手い奴だ。

 ニコはこちらへ一気に踏み込むと、短刀を大降りに振り下ろす。


 戦いが始まったばかりであれば、間違いなく俺を殺せていたであろう高速の一閃。


 だが、もう遅い。


 俺には動きが遅緩にしか見えないし、ニコこいつの得意満面な表情を見ていると憤懣する気持ちが抑えきれなくなってくる。


 俺はニコの斬撃を鼻先擦れ擦れでかわすと、奴の肘にアッパー気味の強烈な打撃を叩き込む。


 肘を割るような感触が俺の右手に伝わってくる。

 それと同時にニコの顔が大きく歪み悲痛な声が漏れる。

 

 だが、俺にはそんな声は届かない……かけるような慈悲はない。


 どれだけの獣人が此奴の手によって殺されてきたのか……。

 

 

 (決して楽に死ねると思うなよ……ルーチェリアの代わりに俺が止めを刺してやる)



 怒れる俺の振るう拳は、敵を葬り去る復讐の鉄槌と化す。

 

 「〝破砕クラッシュ〟」


 ニコの肘を破壊した右の大地拳の属性開放。


 俺の大地拳が上方へ炸裂し、ニコの腕を根こそぎ吹き飛ばす。


 片腕を失くしたニコ。

 崩れ落ちるようにその場に倒れ込むが、俺に容赦はない。


 ニコの側方に回り込むと、左の大地拳の属性開放〝破砕〟により、続けて両足を吹き飛ばす。


 「ぐがぁあああぉあ。もう止めて"くれぇ、痛ぇよぉ……。俺の命だけは、命だけは助けてくれよぉ」


 痛みに悶え地面に這いつくばるニコを俺は背中を踏みつけて止める。


 ニコの攻撃手段である短刀を持った右手に加え、移動の要であるブーツを履いていた両足。


 俺はニコが自慢げにしていたものを奪い無力化した。


 「お前はこれまで助けを求めた捕虜をどうしてきた? 慈悲の心があったのか? だが、一つ答えてくれれば考えてやってもいい。ルーゲンベルクス南東にあった獣人の町リフトニアを攻めたのはお前達……ガレシア商会か?」


 「ほ、本当に助けてくれるんだなぁ? う、うぐっ、分かったよぉ……。リフトニア、確かそんな名だったなぁ。ガレシア商会で請け負った仕事に……間違いないぜぇ」


 やはり、此奴らの仕業で確定か……最後まで命乞いとは反吐が出る。


 ロドリゴにニコ……お前らにこれからの未来を生きる価値は微塵もない。


 俺の握る拳は、怒りに比例するかのように一層の力を宿し始める。


 俺は『考える』とは言ったが殺さないとは一言も言っていない。


 「そうか……じゃあ詫び続けろ、地獄でな!」


 俺は両腕に大地拳をまとい、ニコを細胞の欠片になるまで殴り潰した。


 下らない野郎だ。

 粋がった挙句、形勢が不利になるとこの様。


 こんな奴がのさばって、心優しい者ほど痛めつけられる世の中なんて、糞くらえだ。俺は憤怒した気持ちの全てを拳に込めて、ニコを葬り去った。

 

 最後の最後、細胞の欠片になるまで苦しめとばかりに。


 「誰が〝弱属性〟だ。糞野郎」

 

 少しの間、俺は動けなくなった。

 感情が暴走したからだろうか。


 ルーチェリア、待ってろ。

 ガルもあと少しだけ耐えていてくれ。



 ◇◆◇



 ── ガルベルト VS 獣王騎士団 ──


 ガルベルトと対峙する獣王騎士団は総勢10名。

 だが、ジアルケスを除けば彼らは精鋭ではなく、それが唯一の救いだった。


 ここまで、ジアルケスは奥に控えたまま手出しをしてこない。


 ガルベルトは一人、獣騎士9名を相手に戦いを強いられている。

 

 この世界での騎士団は、通常の団員と言えども国にとっては大きな戦力である。


 一般的には騎士団に入れない者が兵士として配備されることからも、騎士団に入れること自体が精鋭でなくとも十分な力の証明となる。


 だが、ガルベルトはその獣騎士9名を相手に未だ無傷であり、余裕すら感じられる。


 獣騎士が一斉に斬りかかるも、ガルベルトは一薙ぎの風圧だけで斬撃を押し返す。


 さらには、ガルベルトは攻防一体の技【烈風連鎖刃れっぷうれんさじん】で相手を圧倒し、近づくことすら許さない。

 

 「何なんだあの技は……空を切っているはずなのに斬撃が残り続ける。範囲も広い。こちらの攻撃まで弾かれるとは……」


 「慌てるな、いつまでも一人で持ちこたえられるはずがない」


 獣騎士達の動揺は隠せないが、ジアルケスは獲物を狙い澄ます狼の目でガルベルトを見据えている。


 「貴殿達、引いてはくれないか? 無駄な血は流す必要はない。私が用があるのは、そこにいるジアルケス。お前だけだ」


 「ガルベルト、貴様……副団長に向かって呼び捨てとは何たる驕傲。貴様こそ、即座に跪け」


 ギッと睨みつける獣騎士達の後ろで腕を組み、口を開くジアルケス。


 「よいのだ。お前達こそ〝元副団長〟に敬意を払ったらどうだ?」


 「!?」


 「え!? も、元副団長!!?」


 「そうか、知るわけないか、15年も前のことだからな」


 グルルルと笑いながら、ジアルケスがこちらへ歩きながら近づいてくる。


 「お前と俺の二人の勝負だ。他の獣騎士は下がらせろ。時を無駄に流すのは不本意であろう?」


 「ああ、もう少しいい勝負になるかと思えば、全く鍛え方が足りなかったようだ。お前達は下がれ。ここで死なれたら処理が面倒だ」


 ジアルケスは一人の獣騎士に対し通りすがりに耳打ちする。

 

 「──俺が合図をしたら、足を打ち抜き動きを止めろ……。決して殺すなよ」


 ガルベルトは正義感が強い獣人であることは、ジアルケスは分かっている。


 当然ながら何も知らない獣騎士をぶつけたところで、殺すことはせず撤退させるように仕向けることも想定済みであった。


 〝烈風牙〟として名を馳せた強者にも関わらず、戦いを回避する道を模索する。


 ジアルケスは、この正義感に虫唾が走るほどの嫌悪感を歯ぎしりしながら押し殺している。


 戦うことに喜びを感じ、勝つためなら手段は選ばない。


 勝つことへの執念と戦いへの渇望が今のジアルケス=フォルガマという獣人を作り上げている。


 「ガルベルトよ。お前は未だに正義感とやらを振り翳し、こうして俺の前に立ちはだかるのか? だが、今回はお前達が罰せられる側だぞ。商団を襲うとは、三国間で取り交わされた不可侵の取決めを破棄するつもりか?」


 「国同士の取決めなど今の私には関係のないこと。だが、ロドリゴには個人的な恨みがあるのでな。ここで死んでもらわねばならん。お前も邪魔をするな。敵国である人間側の商人だぞ、自国の商人を守るなら分かるが。そちらこそ首を突っ込むということは何か関係でもあるのか?」


 ジアルケスは慎重に返す言葉を考えている。

 自身の思い描く筋書きは最終段階まで来ているが、国家間の関係性も踏まえると立場的にも今、ロドリゴとの繋がりを認めてしまうのは大きな危険を伴うこと。


 計画の支柱でもある商会を失うわけにはいかないが、相手がガルベルトである以上は引き際こそ最も重要。


 ロドリゴの命など二の次だ。

 自分自身がこの難局を生きて回避する必要がある。


 計画完遂のために取るべき行動……。


 様々な気持ちが、ジアルケスの中で入り混じっている。

 

 「今回は大きな商談があるのだ。そのための警護として特別に派遣された。不可侵条約があるとはいえ、モンスターには適用できないからな。だが蓋を開けてみればモンスターどころか、お前達に襲われているときた。条約違反は厳罰。大人しく引いてもらえるとありがたいのだがな」


 「お前も大概頭の悪い奴だな。個人的恨みであって、俺には不可侵も何も関係ない。そもそも、国に住んでいない俺はモンスターみたいなものだろう? お前に追放されて以降、私に国などない」


 ガルベルトとジアルケス、二人の因縁は今から17年ほど前に遡る。

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