第26話 無慈悲の破砕
── ハルセ 対 ニコ ──
「ひゃあうあー!」と雄叫びを上げ、疾風の如く斬り込むニコ。
乱れ狂う斬撃に加え、鉄壁ともいえる風の防御。
俺は両手に纏った
(ニコの風刃はそこまで持続しない……。だが、それはヤツもわかっている。時間差で空を斬ることでその弱点を補ってやがるのか。でも、もう終わりだ──)
地面を強く蹴り出し、大きく後退した俺を見て、ニコは右手の指先をペロリと舐めた。
「ヒャハッ、おいおい、逃げんのかよお? いい加減気づいたらどうだあ? お前に勝ち目はねぇぞお」
「へえ、そうかよ。それは困ったなあ~」
「そのふざけた口、もう閉じてやるよお──とその前に一つ、答え合わせといこうかあ。お前のその力、察するに
「ああ、正解だ。よくわかったな」
「そうかそうかあ。じゃあ俺も教えてやるよお。この短刀、
ペチャクチャとよく喋る男だ、と俺は「ふう」とため息をついた。
確かにニコの言うとおり、属性には優劣というものが存在する。
しかしながら宙を駆ける能力も風刃を生み出す短刀の力も、あくまで魔法石の力であって自らの魔法によるものではない。
『詠唱して魔法? そんな古典的な戦い方なんて俺はしねえ』なんて言ってはいたが、ここまで魔法を一つも使っていないところをみると、
仮にそうであれば純粋な魔法戦とは言えず、ニコのいう優位性は完璧とは言えなくなる。
(要は簡単だ。お前の持つ魔法石の装備さえ破壊してしまえばいいんだからな)
それにここから俺の優位性だが、魔法を自らの力で発動できるということは乃ち、敵よりも攻撃のバリエーションは自然と多くなるということ。
属性間に優劣があるのであれば、攻撃手段の少なさだって十分な
さらにニコは、盛大な勘違いまで起こしている。
俺が手も足も出ず逃げ惑っているだけだと思っているようだが、それは違うし癪に障る。
とは言っても説明も難しいのだが、ここまでの俺は無意識にも近い感覚だった。
相手の技の性質と数、動きの癖を観察。
ニコの攻撃に対する俺の動きが、目の前に揺曳する残像のように次々と展開され、手札として体の中に刻み込まれる。
まるで自分の体ではないかのように、ニコの攻撃に対する反撃構成が組み上がっていったのだ。
俺の成長速度が加速度的なのか。それとも、ニコの攻撃速度が漸減しているのか。
俺は「さて」と唇を結び直し、拳をギュッと握りしめた。
(急がないとな。早くルーチェリアと合流しよう)
俺には気掛かりなことがあった。
メリッサが言っていた、ルーチェリアの故郷を襲った出来事とガレシア商会の関係性。
あの事件にロドリゴが関与しているのが間違いないというのであれば、ルーチェリアにとっては憎き仇ということになる。
彼女の力量に不安はない。だが、冷静さを欠いた場合はそうとも言いきれない。
仮に俺がルーチェリアの立場だとすれば、感情を抑えるどころか、嬲り殺しにしてやると発狂するだろう。
感情に支配されれば振るう刃は乱れ、おのずと隙も生まれるもの──。
俺が黙考したまま対峙していると、ニコが「何をボーッと突っ立ってやがるんだあ?」と不満を露わに続けた。
「おいおいおい、舐めてんのかあ? 逃げてばっかで追うのも疲れんだよお。今度は黙り腐りやがってよお。この弱属性があ。風に裂かれてさっさと逝っちまえよお……って、んん? ああもしかして、あの獣人の女のことでも考えてんのかあ? なぁに、心配すんなよお。お前を血祭った後、ちゃあんと可愛がってやんよお」
不快な雑音。
俺は奥歯が埋まるほど、ギリッと強く噛み締めた。耳障りな言葉で罵倒し、俺の感情を逆なでる。
眼前から消えたニコは一瞬にして俺の頭上に現れると、「ヒャハーッ! もう死ねよお」と狂気に声を荒げ、短刀を縦に一閃させた。
──だが、もう遅い。
戦いが始まったばかりであれば、間違いなく俺を殺せていたであろう鋭い斬撃も、今となってはあまりに遅緩。
俺はニコの刃を擦れ擦れで躱し、代わりにヤツの肘に強烈なアッパーを叩きこんだ。
ゴリッとした骨を砕く感覚。それと同時にニコの顔が痛みに歪み、「ぴぎゃはあ」と悲鳴が零れる。
けれども、俺の耳には届かない。さらに口をパクパク、何かを言っているようだが聞く気もない。
ヤツにかける慈悲など持ち合わせていないのだから。
この男が一体どれだけの獣人を手にかけてきたのか。決して楽に死ねると思うな。ルーチェリアに代わって、息の根を止めてくれる──俺の怒りが拳に宿り、敵を葬る復讐の鉄槌と化した。
「〝
ニコの肘を破壊した、右の
俺の石の拳が炸裂し、数多の弾丸となって、ヤツの右腕を根こそぎ吹き飛ばした。
「ぴ、びぃやはうぁああ」と、涙を撒き散らし喚くニコ。
もう人の叫びですらない。俺の目には狂った魔物かなにかにしか映らなかった。
片腕を失くしたニコは崩れるようにその場にズサリと腰を落としたが、俺は「もう終わりか?」と嘲笑い、ニコの側面に素早く回り込んだ。
そして「〝
今度は左の大地拳を開放させた。立て続けに両足が肉片となって飛散し、辺りに血の雨を降らせる。
「ひぎゃああぁああ。も、もう止めてぐれえ、痛え、痛えよお……。命だけは、なあ? 命だきゃあ、勘弁してくれよお」
悶え苦しみ、地べたを這いつくばるニコ。
俺の足を唯一残った左手で掴み、必死に訴える。
だが俺は擦り寄るその顔を蹴り飛ばし、背中を踏みつけて動きを止めた。
ニコの短刀を持つ右手。宙を舞うブーツを履いていた両足。
俺はヤツの誇りを全て奪い、下眼に見つめて問いかけた。
「お前はこれまで助けを求めた捕虜をどうしてきた? 慈悲の心はあったのか? だがまあいい、一つ聞く。答えてくれるなら考えてやってもいい。ルーゲンベルクス南東にあった獣人の町を襲ったのはお前たちか?」
「ま、町ぃ? ああそうだな……答えてもいいが、本当に助けてくれるんだろうなあ?」
「お前、今の立場をわかって言っているのか? さっさと答えろよ」
「うぐっ、わ、分かったよお……。南東の町、あれは確かリフトニア……そんな町の名だったかあ。ガレシア商会で請け負った仕事に間違いはないぜえ……」
俺は「……そうか」と力なく吐き、握る拳に怒りが満ちた。
やはりガレシア商会の仕業で間違いはなかった。
獣人を身勝手にも無惨に殺し続け、最後の最後には自らの命乞い。
反吐が出る。
ロドリゴにニコ。この二人にこれからを生きる価値など微塵もない。
「なあ、ニコ。俺は『考える』とは言ったが生かすとは一言も言ってない。地獄に落ちろ! この外道が!」
俺は両腕に大地拳をまとい、ニコの体を殴り潰した。血塗れの両腕。飛び散る鮮血とニコの欠片。
怒りに我を捧げた俺は、細胞の欠片になってもなお苦しめとばかりにぐちゃぐちゃとすり潰した。
俺はふと、我に返ると同時に脱力した。感情が暴走しすぎた結果だろうか?
「誰が
◇◆◇
── ガルベルト 対 獣王騎士団 ──
ガルベルトと対峙する獣王騎士団、その数10名。
ジアルケスが黒狼を背にして戦況を見つめる中、獣騎士9名が彼の前に立ちはだかっていた。
リヴルバースにおける騎士団とはいわゆる精鋭。
通常、騎士団に入ることが出来ない者たちが兵士として配備されることからも、各国の騎士とは恐れ敬われる存在として知られている。
だが、ガルベルトはその獣騎士たちを相手に未だ無傷。なおも余裕すらも漂わせていた。
「うおおー!」と猛り声を上げた敵が一斉に斬りかかろうとも、ガルベルトは黒斧の一薙ぎに生じる風圧だけでその足を止めた。
さらには攻防一体の技、
獣騎士らは「な、何なのだあの魔技は……」と固唾を飲み、ジアルケスは狙い澄ます狼の眼でガルベルトを見据えている。
動揺を隠しきれない獣騎士たち。その口から漏れ出る吐息と疑念が周囲を包んだ。
「はぁはぁ……か、風魔法か? ヤツの攻撃は空を斬っているだけ。それなのに風の刃が残り続ける……ったく、あんな魔技見たことも聞いたこともないぞ」
「ああ。油断はできんな。しかし慌てる必要はない。相手はたった一人だ。我らを相手にいつまでも持ちこたえられるはずがない」
ガルベルトは彼らの声に耳を傾け、「なあ」と声をかけた。
「貴殿たち、ここは退いてくれまいか? 血を無駄に流す必要などない。私に真に用があるのはジアルケス、貴殿だけであろう?」
「ガルベルト、貴様! 副団長を名指しとは何たる
目尻を吊り上げ睨みつける獣騎士たちの背後で、腕を組み「グルルル」と笑みを零すジアルケス。
彼は黒狼の背に凭れかかった体を起こし、「お前たちこそ無礼であるぞ?
その言葉に獣騎士たちは「え?」「も、元副団長?!」と驚きに目を見開く。
ジアルケスは口元に牙を覗かせ、「そうか、まあ知る由もないか、何せ15年も前の話であるからな」と語りながらこちらへと近づく。
ガルベルトは「フッ」と鼻を鳴らし、会話を繋げた。
「貴殿と私でケリをつけるとしよう。仲間たちは下がらせるのだ。これ以上、命も時も無駄にはするな」
「ふんっ、ああそのようだな。もう少しくらいはいい勝負になるかと思っていたが、とんだ見込み違いであったわ。全く、獣騎士の力も衰えたものだ。鍛え方が足りぬ。おい、お前たち! 我らの話は聞こえておったな? さっさと下がれ」
ジアルケスの指示に「ハッ」と剣を収めた獣騎士たち。
包囲網を解き離れようとした一人の獣騎士を、ジアルケスは目配せして呼びつけ、
「──私の合図でヤツの足を打ち抜け。よいな?」
と耳打ちした。
ガルベルトは正義感に塗れた愚かな獣人。
そのような愚者ゆえに、獣騎士たちをぶつけたところで殺さずを貫くことは容易に想像できていた。
烈風牙として名を馳せた歴戦の猛者であるにも関わらず、戦いを避け続ける。そのための道を模索し続ける。
「ああ、虫唾が走る……」
ジアルケスは彼のどこまでも平和を貫こうとする姿勢に嫌悪し、憤怒の思いを歯ぎしりの中に押し殺していた。
戦いに喜びを感じ、勝利のためには手段を選ばない。戦への執念と渇望。これこそがジアルケス=フォルガマという最凶の獣人を作り上げている。
「ガルベルトよ。貴殿は……いや、敬称などもう要らぬであろう。
「ほう、
「ふん、たわけが」
ジアルケスは目を細め、慎重に返す言葉を考えている。
思い描いた筋書きは最終段階へと入っているが、国家間の関係性や自らの立場を踏まえ、現段階でロドリゴとの繋がりを認めることはできない。
ガレシア商会は計画の支柱だ。しかし、ガルベルトが出てきた以上、その繋がりを切ることも考えなねばなるまい。今はこの場をどう切り抜けるか。ロドリゴの命など捨て置くべきだ。私が生き抜くことこそが至高なる目的には必要なのだ──などと、ジアルケスは沈思した。
「何を黙り込んでおるのだ? お前たちはこのまま退け。さもなくば我が刃の錆としてくれる」
ガルベルトは押し黙る彼を前に、黒斧を高々と構えた。
ジアルケスは「久方振りの再会に浸るのも悪くなかろう?」と切り返し、話を続けた。
「それにしても遺憾だ、よからぬ騒ぎを起こしているのは貴様のほうであろうが。我々は今回、国として大きな商談が控えておる。そのための警護として派遣されたのだ。大人しく軍門に下れ。懐かしの故郷へ帰れるのだぞ? 迷うことはなかろう」
「ビハハ、お前の頭は沸いておるのか?貴様の愚行、よもや忘れたわけではあるまい。あの日以来、私に国などない」
いがみ合う二人、ガルベルトとジアルケス。両者の因縁は今から17年ほど前に遡る。
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