第25話 復讐のルーチェリア

 ロドリゴを水属性魔法【水麗流障ウォーターフロー】の中に閉じ込めたルーチェリアは、抑えきれない衝動に駆られていた……。


 何故ならこの男……ロドリゴはルーチェリアにとっての仇であるからだ。


 故郷を焼き払い、町のみんなを惨殺した諸悪の根源。


 一日だって忘れたことはなかった。

 町を焼かれ、お父さんが殺された日も……お母さんが殺された日も。


 ルーチェリアには分かっていた。

 ガルベルトはきっと、私の手を汚させないように止めは自分が刺すと言ってくれたのだと。


 ハルセも同じことを考えているだろうと。

 だが、それではダメだと苦しみに思いを巡らせている。


 そして、ルーチェリアは覚悟を決めた。

 決めなきゃいけないと自分を鼓舞していた。


 もう誰にも大切な人を、帰る場所を奪われたくないと。


 故郷を奪われたあの日の情景……脳裏に焼き付いて離れない。


 目を閉じれば今でも、瞼の裏に鮮明に思い起こされるあの日の記憶……。


 ルーチェリアは今の自分と深く向き合っている。

 虐げられる側、守られる側。


 このままでは、いつかまた奪われる。

 守るためには自分が変わらなければいけない。


 ロドリゴをこの手で葬り、過去にけじめをつける。


 何もできなかった、無力な自分との決別。


 ルーチェリアが胸のうちに秘めた弱々しかった炎は今、猛る炎へと変わる。

 


 (ロドリゴ、貴方を処刑する)



 回転する水の環で生成された檻。

 属性開放技【水閉クローザー】により、檻内部すらも飲み込む激流へと姿を変える。

 

 「水流に絶命なさい。そこから生きて出ることはもう……!」


 だが、神の悪戯と言ったらいいのか。


 そう簡単にはいかないようだ。


 これまでのルーチェリアであれば、慌てていたかも知れない。


 閉じ込めたはずのロドリゴが今、水の牢獄の外に立っているのだから。


 得意げな顔で自慢のちょび髭を撫でながら、


 「獣人のお嬢さん、悪いね。私は閉所は大の苦手でね。あぁ、よく見ればルーチェリアじゃないか。儂は身請け人であるぞ。お前の〝飼い主〟に向かって歯向かうつもりか? 家畜如きが恩を仇で返すというのか!」


 と暴言を吐き捨てる。 


 「何が恩ですか! 貴方は私から故郷も自由も尊厳も何もかも奪った。沢山の獣人を虫けらのように殺した貴方を私は許さない。私の両親も……。絶対に許さない!」


 ルーチェリアの投げつける言葉など、ロドリゴは意に介していない様子でとぼけたように投げ返してくる。


 「何の話だ? 言いがかりも大概にしろ! お前の親など聞いたことも見たこともないわ。それよりも早く儂の下へ跪き詫びろ、獣風情が!」


 ロドリゴ=ガレシアという人物は、人を嘲笑い馬鹿にする天才なのか? ルーチェリアの表情は更に険しく、視線を鋭く変えていく。


 ハルセ達には、故郷や両親の仇がロドリゴであることまでは話していなかった。


 だが、恐らく作戦会議で薄々気づいてはいるだろう。


 獣王騎士団とガレシア商会には繋がりがあり、大きな戦争を起こそうとしている。


 今思えば、私の故郷もその火種に利用されたのだろうとルーチェリアは感じていた。


 父親は目の前で惨殺され、母親もまたルーチェリアと同じくガレシア商会に身請けされていた。


 そしてあの日、全てを知ることとなった。



 ◇◆◇



 ガレシア商会の捕虜収容所。

 王都リゼリア城下街の一角、ガレシア邸宅内に併設されている一際大きな施設である。


 外観はロドリゴの見栄を張る性格の現れか寂れた感じは一切なく、豪華な装飾がなされ、自身の邸宅と並べて違和感がないよう気が配られている。


 とても外観からは収容施設とは思えないものだが、内部は大きく異なる。


 三階建ての大きな建物ではあるが捕虜の生活区はそこにはない。


 日の光すら届かず、人間の足下に平伏せと無言の圧力を浴びせられるかのように、地下にひっそりと存在する場所。


 捕虜であるルーチェリアと母親も例外なく地下の角部屋に管理されていた。

 

 部屋の内部は質素という言葉では生温いくらいに何もなかった。


 あるのはただ天井にぶら下がる薄明りのランタンのみ。


 寒い夜も毛布すらなく、母親と二人肌を寄せ合って過ごしていた。


 収容所内では原則、部屋から出ることは許されず、1階以上へ上がるときは仕事の指名がかかった場合に限られる。


 仕事がなければ、この薄暗い牢獄のような場所で一日を終える。


 そんな生活故に他にも多くの捕虜が収容されているが、顔を合わせるようなことはほとんどなかった。


 ルーチェリアも昼間に配達や品物の仕分けなどの仕事で使われるときだけ1階へ上がり、日の光を浴びることが出来た。


 だが、ルーチェリアの母親はここへ収容されてからというもの、1階での作業ではなく夜な夜な頻繁に2階へと呼びつけられていた。


 指定された階層フロア以外での行動は出来ず、1階しか知らないルーチェリアには2階に何があるのかを知る由もなく、母親に聞いても何時もはぐらかされているようだった。


 帰ってくる度、服が破れていたりと乱された状態が多かったが、それでも娘に心配を掛けないためか、いつも笑顔で『大丈夫』とだけ言っていた。


 そしてある時、これまでと違う大きな傷を負って戻ってきた。 


 「お母さん!? 大丈夫?? 酷い傷……。誰にやられたの? 血が止まらないよ」

 

 ルーチェリアは急いで自分の着ている服の袖を破り、傷口へと押し当てる。


 「ルーチェリア……大丈夫、大丈夫よ……明日には元気になるから……でもね、お願いがあるの。聞いてくれる?」


 この時、母親は自分の命がもう、尽きかけていることを悟っていたのだろう。


 ルーチェリアの両肩を優しくさすりながら、しっかりと目と目を合わせる。

  

 「……貴方は折を見て逃げなさい。あの男のいいなりになっては駄目……お願い、約束できる?」


 これまでどんなに辛くても、『必ず故郷へ戻れるから……』と言い続けていた母親の口から聞いたことがなかった言葉。


 「いや! お母さんを置いて逃げるなんてできない。逃げるなら一緒に逃げよう?」


 「お母さんは怪我してるから、治したらすぐにルーチェリアの後を追うから……ね?」


 「じゃあ治るまで私も一緒にいる。一人じゃ嫌」


 傷口を抑えたまま母の胸に顔を埋める幼きルーチェリア。

 母親はその肩を優しくさすり、自身の頬を寄せる。


 「もう、分かった……分かったわよ。甘えんぼさんね……一緒に行きましょう。お母さんの傷、見た目より浅いから心配しないで……ルーチェリアも少し休みなさい」


 ……そう言ってくれたのに。


 翌朝、母親はルーチェリアを抱きしめるように亡骸となっていた。 



 (お母さんは一緒に行こうって言ってくれた。でも、冷たくなって、動いてくれない……一緒に逃げてはくれない。ねぇ、お母さん、お願い。お願い、起きてよ……)



 茫然自失……涙すら、声すらも出ない。


 父親も失くし、世界でただ一人の肉親である母親すらもルーチェリアはこの日失った。



 (皆いなくなっちゃった……もう、誰も私の傍には居てくれないんだ……)



 この日、ルーチェリアの心はこの部屋と同じように光を失った。 


 そんな中、ロドリゴは悲しみに暮れる間もなく、しがみつくルーチェリアを何度も蹴りつけ、母親から引き離す。


 ルーチェリアは母の連れ去られた痕跡を只々辿る。


 見つかれば拷問されるだろうが、幼いルーチェリアにとって、まだまだ傍にいたい存在なのは言うまでもない。


 ようやく母の亡骸を見つけたルーチェリアはロドリゴとニコの会話を耳にする。


 「サッサと処分しろ。いつも通り不慮の事故だ。いいな?」


 「ロドリゴよぉ~。あれだけ毎晩、良い思いしただろぉ? 子供が出来た途端、殺すとか俺より非道だぜぇ」


 「獣人にしてはいい女だったからな。荷物運びより余程使えた。獣風情は子供を授かると、すぐに腹がでかくなるから分かりやすくてな。使い捨てにはちょうどいい。」


 「そりゃあ、人間の女と遊ぶよりはリスクはねぇからなぁ。しかしよぉ、あの町の獣人、結構色っぽいのいたじゃねぇかぁ。斬り捨てちまって勿体ねぇ」


 「まぁ、いいではないか。上手くいけば、遊び放題の立場になる。多少の処理は必要だ」


 聞こえてきた言葉は、人とは思えぬ悍ましいものだった。


 自己の快楽に溺れる人間の傲慢さ。

 それを体現する二人が扉一枚を隔てて存在している。



 (ロドリゴは毎晩のようにお母さんを……町のみんなを惨殺したのもコイツ……)



 先程までの感情の喪失感が嘘のように、憎しみが溢れるほどに湧いてくる。


 この二人こそ、存在してはならない汚物であると。


 だがルーチェリアには力も勇気もなかった。

 只々無力だった。属性を抑制する錠を付けられ、抵抗する手段すらない。


 毎日のように鞭で打たれ、体中の激痛に悶える。



 (私はここから逃げることさえ出来ないんだ。外に逃げたって、きっと捕まって、また戻されるだけ。私は獣人、捕虜、人間の敵……誰も助けてなんてくれない。お父さん、お母さん……早く傍に行きたいよ)



 ルーチェリアの心は完全に折れてしまっていた。

 それは至極当然のことだろう。

 これのどこに希望が持てるのか……。


 そんなときだった。

 絶望の淵にいたとき、ハルセと出会った。


 予期せぬ出会いが、私をお母さんの願い通りに助けてくれたのだとさえ、ルーチェリアには思えた。


 ハルセにガルベルト。

 出会った二人は一緒に暮らそうと言ってくれた。


 ここに来て蔑まれるばかりであったルーチェリアは、心の底から嬉しかった。


 二人と生活を始めてしばらくは挫けそうな自分を押さえつけるように強がることに精一杯だった。


 馴れ馴れしいと思われても、少し変だと思われても構わない。ルーチェリアは二人に心配をかけないように強気を装っていた。

 

 忘れることなく、胸の内に秘めたる思い。

 それは復讐すること。


 彼らには迷惑はかけられない。

 折を見て私はここから居なくなる。


 ルーチェリアはそう思っていた。

 でも、彼らと過ごしていく日々に、少しずつ心が穏やかになっていくのが分かった。


 ロドリゴに〝復讐〟をという気持ちは、いつしか〝今〟を守りたい気持ちのほうへ大きく傾いてしまっていた。



 (これって薄情なのかな? でも、運命って何だろうね……また、こうして、過去と向き合うことになってしまう。いつまでも逃げることなんて、できないんだね)



 ルーチェリアの感情はこれまで感じたことがない程に錯綜している。


 だがその感情にも光が差し始めた。

 目の前の敵を討つことで絶望の闇に捕らわれていた過去と決別する。

 

 そして、今がその時。



 (ハルセ、隠し事をしてごめん……でも、私、逃げずに立ち向かう、そして、必ず二人のもとに帰るから)




 ――――――――――

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