第24話 宿命の対峙
舞い上がる砂埃が陽炎のように立ちこめる中、俺は目を細めて全力で駆けた。
「急げ、急げ」と言葉を風に流しながら。
砂に揺らぐその向こう、漆黒に輝くガルの黒斧。それを持つぼんやりとした影に向かって、「ロドリゴが、ロドリゴがいない!」と俺は顎を突き上げ叫んだが、全く微動だにしなかった。ただ佇み、こちらを振り向く素振りすらも。
さらに近づくと、この場の状況がより鮮明さを増した。
「あれは──」と俺が見た先には、黒斧の柄でニコを地べたに押えつけたままに立ち尽くす、ガルの姿があった。
「そうか、勝負がついたんだな」と思ったのも束の間──彼の前に広がる、多くの騎士の存在に気づいた。
俺はその場で足を止め、対峙する光景を遠目に眺めた。
(王国騎士? いや、違う。あれは人間じゃない……獣人か? まさか、獣王騎士団?)
喧騒から静寂。この場の空気は確実に変わっていた。聞こえるのは風の音と転がる砂利の音だけ。それに時折「ゴルルルゥ……」と獣の唸りが混じり合う。
張り詰める緊張感に、俺はゴクリと固唾をのんだ。
これだけの敵の接近に気づくことすらできなかったのは、檻の中での容赦ない破壊音に紛れ込んだためだろう。
黒狼のようなモンスターに跨った獣騎士たち。ガルの前方を扇状に取り囲んでいる。
(あの男……映像に出てきたヤツだ)
獣騎士たちの中央。その男は静かに黒狼の背から地面へと降り立った。
「ジアルケス、何故、貴殿がここに?」
ガルは足元で蠢くニコの背を、黒斧の柄でグリグリと擂り潰しながら問いかける。
男は「ふう」と吐息を漏らし、「久しいな、ガルベルト」と続けた。
「どうやら聞いていた情報と違うようだ。貴殿らがいるべきは牢獄のはずでは? お~っと、すまぬすまぬ。そこにいるのはニコか。いやはやこうも早く願いが一つ叶うとはな。獣人に絶望する貴様の顔、しかと見届けたぞ。グールルル」
間違いない。あの男は、獣王騎士団副団長 ジアルケス=フォルガマ。
ガルは元々、獣王騎士団に所属していた。当然顔も見知っているだろう。しかし大国の副団長ともなれば、一介の騎士が対等に話ができるような相手ではないはずだ。
だが彼らは、どこか近しい雰囲気で語り合っている。
「さすがは
「昔話をしにきたわけではなかろう?」
「ああ無論だ。だが、こうして過去の話ができるのも旧知のよきところではないか。貴殿が去って、もう15年か。正規の三獣士もようやく最近決まったところだ」
「ほう。それにしても、後任が決まるまで無為徒食の年月を費やしたものだ。獣王騎士団も人手が足りておらぬようだな」
「ハンッ。馬鹿を言うな。我が国最高戦力の一角だぞ、ただ厳選していただけに過ぎぬわ」
「それで? また追放するのか? 私のように──」
「ふん。私は従順な家畜は好きなのでな。それに……いや、今はまだ伏せおこう」
俺は彼らの話に耳を澄ませていた。所々聞こえなかったが、後継やら、烈風牙やら、一体何の話をしているのか、ことさら理解まではできなかった。けれども今はここで、彼らの話を盗み聞いている場合ではない。
再び俺は「ガルベルトさん!」と大声で呼びかけ、彼は「ハルセ殿、分かっておる。ロドリゴなら、やつらの後ろだ」と右手を前へ突き出した。
俺は「えっ?」と目を見開き、ガルの指先を辿った。
目の前にジアルケス、さらにその奥に、周囲を窺いキョロキョロしているちょび髭の姿が。
「お前らは捕まったはずであろうが! それがどうしてこんなところをほっついてやがる。それにだ、ニコ! たかが黒猫相手に何をやってる! 土を舐めてる暇があるなら、サッサと立ってワシを守らんか!」
俺たちはともかく、味方であるはずのニコにまで罵声を浴びせるロドリゴ。敵ながら同情する。あんな糞野郎にこき使われるなんて。とはいえ、
俺はガルに「ニコは俺がやる」と声を張り、彼は目線はそのまま静かに頷いた。
ジアルケスという男。あれは危険だ。ガルがこちらを見ないのは、目を逸らせば命はないと、彼自身が一番よく分かっているからだろう。
あの男からは油断ならぬ不気味さと狡猾さがヒシヒシと感じられる。
ガルは「ハルセ殿、悪いな」と返しながら、ニコをこちらへ強く蹴り出した。
ニコの「ぷげぇはあぁー!」ともはや悲鳴かどうかもわからない、嗚咽混じりの声と体がこちらに向けて、小さな車輪のように転がってきた。
相当なダメージなのか。仰向けになったままピクリとも動かない。
(ガルは強い獣人だ。でも、あの数はいくらなんでも無茶だ。一人では到底さばききれない。ましてやあのジアルケスもいるんだ。こいつを早く片付けて、俺も加勢に──)
俺は
斜に突き上げる大地隆起の先端に飛び乗り、ニコとの距離を一気に詰める。
俺は弓を引くように右手を後ろへ引き絞り、「終わりだ、ニコ」とヤツに向けて飛びかかった。
がしかし、目の前に、緑色に光る指輪がほぼ同時に何者かの手によって投げ込まれた。
「えっ?」と考える間もなく、そこから吹き出す激しい突風。
宙を舞う俺の体はその風圧に耐えきれず、「ガスンッ」と重たい音を鳴らして、そのまま地面へと叩きつけられた。
俺は受け身をとることすら叶わずゴロゴロと転がり、体を岩にぶつけて、「ぐあっ!」と空を喘ぎ見る。
「な、何なんだよ……いたっ、こんなときに、左手が動かねぇじゃねぇか。ったく、骨でもやったか」
俺は痛みを和らげるため、「ふ~う」と大きく息を吐いた。呼吸法は痛みの軽減にも有効とか、昔、本で読んだことがあったが、今の俺にはあまり効き目はないらしい。
そうしている間にも、遠くで「ザッザッ」と摺り足のような音が響き、どこからともなく現れたロドリゴがニコの隣に立っていた。
「フハハハ。あのボンクラの王は何をしておるのか。罪人を野放しにするとはなあ。とはいえ、まあ仕方あるまい。王がダメなら、ワシが直々に罰してくれようぞ」
ロドリゴは唇の端を片方だけ厭味ったらしく吊り上げ、小指から引き抜いた蒼い指輪をパンと叩いて、ニコの手のひらに握らせた。
すると、彼らの周囲で蒼白い光が立ちこめた。それは次第にニコの全身を包み込み、みるみるうちに傷口が塞がれていった。
(……あの指輪は魔法石? 回復効果か?)
岩に凭れた体を起こし、俺は眉を顰めた。考え込んでいる暇はない。これでニコも復活した。仮にあの嵌めている指輪が全て魔法石だとしたら、二人同時に相手をするのは至難の業だ。
ニコは軽やかに「よーいしょっとお」と、乾いた唇を舐めつつ飛び起き、後ろ頭を掻きながら、ロドリゴと話しはじめた。
「ああ、助かったぜえ。それにしてもガルベルト、あいつのこたあ完全に忘れていたよお。元獣騎士〝烈風牙〟。 たかだか流れ者風情だと侮ってしまったなあ。だが、今度は負けねえ」
「ったく、威勢だけはいいものだ。ともかく、獣人の前にあのガキを始末しろ。よいな?」
「ああそうだなあ。ディナーは後にとっておくもんだしなあ。ヒャハハッ」
奴らは笑い合い、こちらに顔を向けた。
俺は「ヤバいな」と拳をギュッと握りしめた。大見栄を切っといて、ガルに助けを求めるわけにもいかない。それどころか、あの大人数の獣王騎士団を一人で相手しているんだ。ここは俺一人で乗り切らないと、などと頭の中は焦っていた。
ここは戦場。いつもの修練とはわけが違う。敵がその手を止めることもない。
「おいガキい! 俺はよお、烈風牙の野郎を殺らなきゃだからよお、手短にサクッとその喉を裂いてやるよお。ありがたく思えよお。いつもならジワジワと殺るのが好きなんだからよお」
口元に浮かぶ不敵。二コの足元から吹き出した風は、ヤツの体をふわりと宙に浮かせた。
顔の前に構えた
その刃をペロリと舐め「パシッ」と柄の部分を片手で叩くと、柄先から溢れ出した風が短刀を包み、深緑の刃へと研ぎ澄まされた。
「じゃあなあ。せいぜいいい夢をみろよお、〝
虚空を切り裂く急襲。凄まじい速さだ。まるで鷹のように地を飛ぶその姿に、俺は「くっ」と身構えた。
これを避けるのは無理だ。魔法も間に合わない。
目の前に飛び込む黒い影。俺は構えた
「ハルセ、お待たせ。遅くなっちゃった」
ニコの強烈な一撃は、ルーチェリアの斬り上げによって上へと弾かれた。ニコはその反動を利用し、クルクルとバク転し難を逃れる。
「ちえっ」と舌打ちしたニコはこちらを指差し、憤慨した。
「ったくよお、なんなんだあ? ガルベルトにお前。獣人畜生に今日は二回もおあづけ喰らっちまってんだよなあ。ああ~なかなかに、中々に苛々すんだよなあ」
一方ルーチェリアはすぐさま、「水の息吹よ、我の周囲に癒雨の加護を与えよ。
俺とルーチェリアの直上には無数の水滴が浮かび上がり、まるで通り雨のように一斉に降り注いだ。
水滴は体を一切濡らすことなく、傷や痛みだけを引き連れて地面に溶け込むように消えていく。
表面に開いた傷はもちろん、ついさっきまであがらなかった俺の左腕は、何事もなかったかのようにブンブン振っても痛くはなかった。物凄い治癒力だ。
低域ではありえない効果に俺は「すげえな、これ」と感嘆した。
その状況を前にして、ニコが「ああ~っ」と狂ったように声を荒げ、
「おい! お前ら、なに無視して勝手なことしてくれてんだよお。回復なんて誰がしていいといったんだあ? ああうぜえ、おい獣人、てめえから始末してやらあ」
と不満を爆発させ、地面を強く蹴り出し俺たちに迫る。
俺はルーチェリアの肩に手を置き、「助かった、後は任せろ」と告げ、彼女をその背に隠した。
(ルーチェリアに手出しはさせない。俺は守ると決めたんだ。誰にも奪わせはしない)
俺は
右に左に攪乱しているつもりだろうが、俺には全てが見えているんだ。
「ひゃっはあ! じゃあいいやあ、予定変更だあ。お前から殺ってやんよお。その喉から吹き出す飛沫、どんな味かなあ」
狂人の目が脅威の速度で俺の眼前から消えた。そうとはいえ、俺にはもう通用しない手だ。欺くことなど出来はしない。
「──下だ」
俺の凍てついた目が、ニコの狂った顔をとらえた。
「死ねやあ」とイキったニコの頬に、俺は渾身の一撃を振り下ろす。
「ドゴッ」「グオハァー」と、ニコの顔面を抉る音に、歪んだ悲鳴が混じり合う。
ガリガリガリっと地面を削り、めり込むほどに顔を打ちつけたニコの周囲には、血に塗れた歯が飛び散っていた。
俺は拳を引き抜き、ルーチェリアに目配せした。
「ルーチェリア、あれが見えるな? ロドリゴを逃がすわけには行かない。作戦どおり、ヤツを捕縛してくれ。俺もすぐに行く」
俺の指示に彼女は「わかった、ハルセも気をつけてね」と返し、急いでロドリゴの後を追った。
すでにロドリゴは部下であるニコを見捨てて、スタスタと歩き出していた。
「ったく」と息を吐き、俺が足元に視線を戻した直後、
「てめえ、何を余裕こいてやがんだあ!脳髄ぶちまけたるぞお」
と、激昂のニコが飛び込む。
油断した。止めを刺していないニコから目を離してしまっていた。
ニコは地面に倒れたまま短刀を振るい、俺はすでのところで躱し、刃が鼻先を掠めた。
俺は「あぶねえ」とニコの顔を見下ろしたが、ヤツは「ヒャッ」と鼻を鳴らした。
「お前はまだ戦いというものに慣れちゃいねえ。まだまだ本場もんのガキだあ」
ほくそ笑むニコに、俺は「ん?」と目を細めたが、その意味はすぐに分かった。
初めからこの攻撃は俺に向けられたものじゃない。これが狙いだったのだ。
「シュンシュンシュンシュン」と、空を切った斬撃にそって風の刃が次々と生じはじめた。
「これは魔法か?! 武器の属性効果? 」
俺とニコの間を別った風の刃。
その向こうでヤツは血塗れの口元を片手で拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「はあ、やれやれだぜえ。今日はとことんついてねえ。二度もだ。俺が二度も地べたにはいつくばるとはなあ。くぅああああー、ちきしょうおめがあー! 俺の名は風殺のリドル! 決めた獲物は必ず殺す! 一体ガキが何してくれてんだあ!」
憤怒のままに、ニコは胸元から取り出した蒼い指輪を握りしめる。再び、青白い光がヤツの傷を塞ぎ始めた。
「まだ持ってやがったのか、一刻も早く
── 魔法紹介 ──
【
・属性領域:中域
・用途:回復特性
・発動言詞:『癒雨の加護』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び指定範囲内に癒しの雨を降らせる想像実行。
・備考
魔法練度、環境による影響あり
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