第24話 対峙

 魔法を解除した俺は急いでガルの元へとひた走る。


 舞い上がった砂埃を抜け、ようやくガルの姿を確認する。


 「ガルベルトさん、ロドリゴがいない!」


 と声を上げるが、様子がおかしい。


 (足元に倒れているのは、ニコか? 勝負はついた……いや、まだだ)


 戦場の雰囲気、空気が変わった……そんな感覚。

 ガルがニコの背を踏みつけたまま見つめるその先。


 そこにあるのは、数十名の騎士の姿だった。


 (人間じゃない……あれは、獣人? 獣王騎士団か?)


 壁の中での破壊音に紛れたのだろう。

 これだけ多くの敵の接近に全く気づけなかった。


 黒狼のようなモンスターに跨る獣騎士。


 (……あれは、水晶データで見た男)


 「ジアルケス、お前達が何故ここに?」


 ガルは地面で蠢くニコの背を磨り潰すように踏みつけながら、問いかける。


 取り囲むように横一列に並ぶ騎士団の中央に位置している男。


 静かに黒狼の背から降り立つ。


 「ガルベルト、久しいな。貴殿らは捕まったと聞いていたが……。それに地面に這いつくばってるのは〝ニコ〟か。こうも早く、獣人に絶望する貴様の顔を見ることができるとはな。グルルル」


 獣王騎士団副団長 ジアルケス=フォルガマ。


 ガルは元々、獣王騎士団に所属していた。

 顔見知りなのは分かるが、大国であるルーゲンベルクスの副団長ともなれば、一介の騎士が対等に話ができるような関係でもないだろう。


 だがガルに対し、近しい雰囲気で語りかけている。


 「流石は烈風牙れっぷうがガルベルト。風殺のリドルも手も足も出ないとはな。所詮は子悪党、格の違いか」


 「……昔のことだ」


 「ご謙遜だな。お前が出てもう15年か。これまで我が国の三獣士も一人は間に合わせのような輩を置いていたが、ようやく、お前の後継と言ってもいい人物が決まったぞ」


 「あれから15年か……。それにしても後任が決まるまで時間がかかるものだな。獣王騎士団も人手が足りぬようだ」


 「ハッ。馬鹿を言うな。最高戦力の一角。厳選していただけに過ぎぬ」


 「また追い出すのか? 私のように」


 「ふん、私は従順なペットは好きなのだよ。それに……まぁ、今はおいておこう」


 後継? 烈風牙? 何の話だ? と頭を巡るが今はダメだ。


 そんな余計なことを考えている暇はない。

 

 「ガルベルトさん!」


 俺は再び、大声で叫ぶ。


 「おお、ハルセ殿。分かっている、ロドリゴのことであろう? 目の前にいるぞ」


 ガルの視線の先にある、ちょび髭の姿。

 ジアルケスの背後から周囲を伺うようにキョロキョロとしている。


 「お前らは捕まったはずだろうが! 何でこんなところをほっつき歩いてやがる。それにな、ニコ! たかが黒猫のような獣人相手に何をやってる! 地面なんて舐めてる暇があるなら、サッサと儂を守らんか!」


 ニコに罵声を浴びせるロドリゴ。

 敵ながら同情する、あんな糞野郎にこき使われて。


 だが、ニコこいつも殺しを楽しんでたサイコ野郎だ。

 

 「ガルベルトさん、ニコは俺がやる。目の前に集中してくれ」

 

 ジアルケス……あの男は危険だ。


 目を逸らせば命はない。

 そんな空気をヒシヒシと感じる。


 「ハルセ殿、悪いな。あと一撃だったんだが」


 ガルはそう言うと、後方へニコをヒールで強く蹴りだす。


 「プゲェハァー」

 

 悲痛な叫びを漏らしながら地面を転がるニコ。

 相当なダメージを負っているのだろう。

 そのまま仰向けになったまま微動だにしない。


 (ガルは強い。でも、あの人数を一人で捌ききれるとは思えない。早く片づけて、加勢に……)


 俺は大地拳アースフィストを右手に纏うと、間髪入れずに大地防壁アースブロッカーを発動させる。


 ここからは魔法の応用だ。

 大地防壁アースブロッカーの特性は、敵の攻撃を防ぐことを目的とした防御魔法。


 だが、俺はこれを高速移動に使う。


 足元から強く前面へ押し出す想像実行。

 勢いよく飛び出す地面の隆起に飛び乗ると、一気に距離を詰め攻撃態勢に入る。


 (……トドメだ、ニコ!)


 俺は、ありったけの力を籠めた拳を弓矢を引き絞るように構える。


 そして、倒れているニコへと飛びかかった。

 


 !?



 ……丁度その時、俺の前にポワンとした緑光に包まれた魔法石が投げ込まれた。


 攻撃の勢いを削ぐように、激しい突風が魔法石から円を描くように発生し俺の行く手を阻む。

 

 「なんだこれは……くっ、ダメだ」

 

 その風圧に耐えきれず、俺は地面へと叩きつけられた。


 加速して飛びかかっていた分、衝撃は想像以上……。


 受け身を取ることもできず、ゴロゴロと転がり続け、途中の突起物を掴んでなんとか体を止める。


 (何なんだ、一体誰が……くそっ、こんな時に……左腕が動かない、骨でもやっちまったか)


 ザッザッっと擦るような足音。

 どこからともなく、ロドリゴがニコの傍へと現れた。


 「フハハハ。あのボンクラの王は何をしておるのか。王がダメなら、ワシが直々に罰してくれようぞ」


 そう言うと、ロドリゴはニコへ魔法石を握らせ、上から強く握りしめる。


 ニコの腕の周囲に青白い光が生じると、次第にそれは全身へと広がり、みるみるうちに傷が塞がっていく。


 (……あれは、回復効果のある魔法石か)


 「あぁー。助かったぜぇ、ロドリゴ。それにしてもガルベルト。完全に忘れていたよぉ。あいつは獣王騎士団の〝列風牙〟 単なる流れ者の獣人とばかり思って油断したなぁ。だが、今度は負けねぇ」


 (……ニコが復活しやがった。それにロドリゴの魔法石も厄介だ)


 このまま、同時に二人を相手にするのは至難。

 だが、考え込んでる暇は無い。


 ガルはあの騎士団全てを相手にしている。

 ……手が離せないはずだ。


 それに、俺がこいつらに時間をかけている間にもガルの危険が増大する。


 こいつらを早く仕留めて俺が助けにいかければ。


 「おいガキぃ! 俺はよぉ、烈風牙の野郎を殺らなきゃだからよぉ、手短に済まさせてやるよ。ありがたく思えよなぁ。いつもならジワジワと殺るのが好きなんだが、特別だぞぉ」


 ニコの足下にある魔法石。

 靴底から吹き出す風によって少し浮いて見える。


 構える武器の柄に埋め込まれた魔法石からも、深緑に輝く短刀ダガーの刃を包みこむように空気の流れが生じている。

 

 「じゃあなぁ。眠れよ、〝瞬風殺スピルウィンド〟!」


 空を切るような高速急襲。

 速い……このタイミングで避けきるのは無理だが、防御ならば……。


 俺が大地盾アースシールドの詠唱に入ったその時、目の前に飛び込む人影。


 金属のぶつかり合う衝撃音と既視感デジャヴ


 「ハルセ、お待たせ。ごめんね、遅くなっちゃった」


 ニコの高速の一撃をルーチェリアの剣が上方へと弾き出す。


 攻撃を弾かれたニコはその反動を利用し、バク転で後方へ逃れた。


 「ったくよぉ、なんなんだぁ、お前らは。ガルベルトにお前、獣人畜生に、今日は二回もおあづけ喰らっちまってんだよなぁ。あぁ~なかなか、中々に苛々すんなぁ」


 「水の息吹よ、我の周囲に癒雨の加護を与えよ。水麗加癒ウォーターヒーリング

 

 俺とルーチェリアの頭上。

 無数の水玉が生成されると、一気に降り注ぐ。

 

 あれだけ痛かった腕の痛み。

 影を潜めるようにスーッと消えていく。


 物凄い治癒力……これは、低域の魔法ではない。


 「おい! 何を無視して回復してやがんだよ。まずはてめぇからだ!」

 

 不満爆発のニコ。

 勢いよく、こちらへと迫る。

 

 「ルーチェリア助かった。後は大丈夫。俺の後ろに下がってろ」


 ルーチェリアに手出しはさせない。

 それに、お前の動きは見えているんだよ。


 右に左にと攪乱しながら、目の前でフッと消えるニコ。


 だが、分かっている。


 ……下だ。


 その程度の動きで俺を欺けるとでも思っているのか。


 トドメと言わんばかりに、ニヤリと口元が緩んだニコの攻撃。


 俺は渾身の力を籠め、右の大地拳をカウンター気味に、斜め下へ角度をつけて叩きこむ。

  

 「グオハァー」

 

 響く悲鳴。

 地面へ顔がめり込むほどの勢いで叩きつけられるニコ。


 血まみれの折れた歯が周囲へと飛び散る。

 

 「ルーチェリア、ロドリゴを逃がすわけには行かない。当初の作戦どおり捕縛してくれ。俺もすぐに行く」


 「うん、わかった。気を付けてね、ハルセ」


 ロドリゴは部下であるニコを見捨てて、すでに騎士団がいる方向へ走り出している。急いでその後をルーチェリアが追う。


 「てめぇ、何を余裕こいてやがんだぁ!」

 

 ……俺はこのとき油断していた。

 止めを刺していないニコから目を離してしまった。


 地面に顔を埋めたままのニコが短刀を頭上で横一閃に振るう。


 空を切った斬撃にそって風の刃が次々に発生する。


 (くっ……武器の属性効果も風か。とても捌ききれない……)


 俺はギリギリのところで、後方へ飛び退く。

 ニコは血まみれで立ち上がり、狂気に満ちた目で俺を睨んだ。


 「今日は一体何なんだ。二度も! 俺を地べたにぃぃ! 俺は〝風殺のリドル〟! 決めた獲物は必ず殺す! ガキが何してくれてんだぁ!」

 

 愚痴を吐き、胸元から取り出した魔法石を握りしめる。青白い光が受けた傷を塞ぎ始める。


 (くそっ! 回復用の魔法石を隠し持っていやがった……)


 また振り出し……だが、悔いていても仕方のないことだ。


 「もう、油断はしない」と俺は頭の中での冷静さを取り繕う。


 ガルのことも気掛かりだが、ルーチェリアも無茶をしないだろうか。


 (早くケリをつけなくては……)



 ◇◆◇



 ── ルーチェリア VS ロドリゴ ──


 「くそぉー。何なのだ。どうしてこのワシがあんなゴミ屑に。そもそも守りが手薄なのだ。この儂を守るための駒が」

 

 文句を垂れ流しながら、必死の形相で走るロドリゴ。


 その足は遅く、難なく射程圏内に追いついたルーチェリアは迷うことなく戦闘態勢へ移行する。

  

 「水の息吹よ、彼の者を水の流れに封じよ! 水麗流障ウォーターフロー


 ロドリゴの足元に水の領域フィールドが発生し、水滴が周囲を満たし始める。足元の自由を奪われ、ロドリゴは動きを止めるが文句はとまらない。

 

 「何なのだ! 急に寒くなったかと思えば足も水浸しじゃないか!」

 

 そんなロドリゴを尻目に水滴は連なりはじめ、そして一気に流れを生む複数の水の環を形成する。


 ロドリゴはやっと気づいたのだろうか。

 ルーチェリアの姿を確認すると、手に持った杖を地面に突き立てるような仕草で、怒りを露わにしている。


 「ロドリゴ、貴方を決して逃がさない!」


 あらゆる方向へ回転する水の環はロドリゴを捕らえる檻へと変わる。


 後はこのまま、ガルベルトさんやハルセが来るのを待って止めを刺す。


 これが当初の作戦。

 でも、刻一刻と状況は変わっていく。


 ハルセはニコに、ガルベルトは獣王騎士団にと其々行方を阻まれ身動きが取れない現状。


 このまま捕えて待つだけでいいのかとルーチェリアの心は迷い動いている。 

  

 (でもね、私……やっぱりごめん。待つだけでは何も変わらない)


 自分を変えるためには、苦しく辛い過去を誰かの手に委ねるべきではない。


 ルーチェリアは迷いを振り払うように決意を固める。


 「私がこの手で……」


 ここに、一つの復讐としての区切りをつけるための自分との戦いが始まった。




 ── 魔技紹介 ──


 【水麗加癒ウォーターヒーリング

 ・属性領域:中域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:回復特性

 ・発動言詞:『癒雨の加護』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び指定範囲内に癒しの雨を降らせる想像実行。

 ・備考

  魔法強化段階及び環境変化の影響あり。

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