第23話 戦いの火蓋
これで一団の周囲を封鎖・捕縛し、乗り込んで殲滅するつもりだったが、今、目の前には〝風殺のリドル〟こと、ニコの姿が……。
(どうする……このまま壁を維持するか、解除するか……)
大地封鎖を維持したまま戦うことは可能だが、それには意識を分散する必要がある。
まだまだ魔法を複数同時に使うことは難しい。
低域であればいいが、中域が絡むと途端に意識の分散がシビアになる。
こういうときに、ガルやルーチェリアのような武器があれば……。
俺の武器は
格闘術で戦うしかないのだが、
それと、空中を闊歩するようなあの能力は何なんだ? 俺が、ニコの足元をジッと見ていると、
「おう、これか? 教えてやるよ、俺は優しいからなぁ。風の魔法石を靴底に装着してんだよ。詠唱して魔法なんて古典的な戦い方はしねぇ。使える力を取捨選択する。それがプロの仕事だからなぁ。ま、詳しく教えたところでお前らは死ぬけどなぁ」
と、ニタニタとした笑みを浮かべながら、知りたかったことをベラベラと喋りだすニコ。
「そういえばお前、何属性だぁ? 土や岩を使うのかぁ? 面白い能力だが俺には通じねぇ。それに、これだけの魔法だ。展開したまま俺と渡り合えるだけの力があるのかぁ? 戦いは美味でなければいけねぇ。これで力が出せないようでは不味くてしょうがないからなぁ」
ニコには俺の心が読めるのか。
そんなことは、言われなくても分かっている。
だが、中にロドリゴがいるなら逃すわけにもいかない。
「ハルセ殿、相手の口車に乗るな。奴の相手は私がする。貴殿はロドリゴを見つけてくれ」
ガルはそう告げると、「グオオオオ──」っと体の奥底から絞り出すような雄たけびを上げる。
圧倒的……。
ビリビリとした咆哮が空気を震わせ、周囲に広がっていく。
これには流石のニコも、先程までの余裕ある笑みは影を潜め、鋭く突き刺すような視線を送っている。
「──分かった! ガルベルトさん、ここを頼む」
そう答えた俺が前を向いた次の瞬間……。
眼前にはニコの顔、喉元には深緑に妖しく光る
そして、俺の耳元まで顔を寄せると、
「お前、勝手に何処に行こうとしてやがるんだぁ? いい子はそのままにしとけよなぁ。綺麗に喉元を裂けないだろう?」
と、囁くように問いかける。
今まで感じたことのない恐怖が俺の心臓を締め付け、その場に磔にする。
腰から砕けるように崩れ落ちる俺の体。
だが直後、後方から何かに掴まれたかのように、その場から勢いよくはねのけられた。
響き渡る、凄まじいまでの衝突音。
ガルの黒斧がニコの深緑に輝く短刀を弾く。
「おっと、お前の相手は私だろ。ハルセ殿、頼んだぞ!!」
(……頼む? 何を?)
頭が真っ白だ。
ここで何をしているのかすら、俺には分からなかった。
だが、目に映るガルの姿と向けられる声によって、フラッシュバックするかのように思い出す。
(──そうだ! ロドリゴだ!)
俺の目に再び光が戻る。
完全なる戦意喪失……意識が一瞬、飛んでいたような感覚……。
これが戦場。怖くて当たり前なんだ。
恐れを恥じる必要はない。
乗り越えるんだ……俺よりもっと、ルーチェリアは怖いはずだ。
俺は誓った。
ルーチェリアを守る、ガルベルトさんを守る。
俺達は助け合う仲間。
前の世界とは違う……命をかけて守る価値がある仲間。
……そう、そうだ。
「奪われてたまるかぁ──!」
俺は意識することなく走り出し、気づけば大声で叫んでいた。
俺の中で、何かが吹っ切れた感覚だ。
仲間の敵、俺の敵、全てを叩き潰す。
俺の大切なもの……誰にも奪わせない。
◇◆◇
── ガルベルト VS ニコ ──
「悪いが、ここを通すわけには行かない。それと、お前にも死んでもらう」
「何だ? 仲間を庇う友情ごっこかぁ? 熱いねぇ。ホント、なんつうか、一々癪に障る野郎どもだなぁ。貴様ぁああ!」
激怒したニコが一気に距離を詰め、横一閃にダガーを振るう。
ガルベルトは咄嗟に持ち手を短く持ち替えると、短刀上をやや斜めに滑らせるように斬撃を重ね、相手の体勢を崩す。
そして、黒斧を片手のみで把持したまま体を一回転させるガルベルト。
右足を踏み込むと同時に体制を崩したニコの顔面へ、渾身の左拳を叩きこむ。
「グオハッ……!?」
嗚咽するように鳴きながら、地面に叩きつけられるニコ。
「お前こそ、一々癪に障る野郎だよ。なぁ、ニコ。私を覚えているか?」
◇◆◇
── ハルセ VS 盗賊ども ──
俺は大地の壁の一部を瞬間的に解除し中に入る。
壁を抜けると物が散乱し、見事なまでに全ての自由を奪っていた。
盗賊どもの手足も大地の鎖で捕縛され、荷馬車も同様に鎖で前後左右を壁に引っ張られるように捕縛されている。
1台は転倒。
馬達は怖かったのか壁の端に固まっている。
「ブールルゥー」と俺を警戒しているのか、身震いしたような様子だ。
「怖がらなくていい、お前達は外で待ってな。街道からは離れるなよ、危ないからな」
俺は声をかけつつ、馬達を壁の外へと逃がす。
これで気兼ねなく戦える。
俺は警戒しながら、荷馬車へと近づく。
だが、途中で静かに足を止めた。
これは捕まえるための作戦ではない。
ただ仕留めればいいだけだ。
わざわざ接近して相手に不意打ちの機会を与える必要もない。
そうなると距離をとった攻撃が可能である以上は、このままの距離を保ったまま殺るほうが、安全な戦法なのは言うまでもない。
ルーチェリアとの試合以降も、俺は修練を重ね、一つの魔法に対し複数の属性開放を会得した。
通常、属性開放は一つの魔法につき一つ、1対1の関係だ。俺のように複数を身につけるのは稀らしい。
それに、属性開放を一度発動すれば、魔法はその効果とともに消滅する。
……でも、俺の場合は違う。
この壁の中に入るときや、馬達を外へ逃がすために一時的に解除したのも属性開放の一つ……にもかかわらず、魔法効果は残り続けている。
そして、ここからが真骨頂。
俺は両手を
「〝
と叫ぶと同時に、左右へと開く。
ミシミシとした軋む音が広がる。
大地の鎖は共鳴し繋がれた対象物を引きちぎるかの如く、壁へと戻ろうとテンションがかかり始める。
「うおおぉああぁお、や、やはめ、て、お、ふぁ……」
誰かの泣き叫ぶような、言葉にもなりきれない悲鳴が聞こえてくる。
(……あっ……)
荷馬車だけのつもりが、盗賊連中を忘れていた。
まぁ、ロドリゴの警護に当たってるんだし、命の覚悟くらい出来てたよな。
それにしてもだ。
ついさっきまで、戦意喪失していたはずの俺。
目の前で盗賊どもが繋がれた鎖に四肢を引きちぎられ、絶命するのを見ていても何とも思わない。
至って、冷静だ。
バキバキと荷馬車が破壊されていく音。
煙が舞い、瓦礫が飛散し何も見えなくなる。
次第に盗賊たちの声も聞こえなくなった頃、徐々に砂煙も収まり始める。
ようやく全景が見えてきた。
砂や瓦礫で埋まったおかげか、そこまでエグイ状況ではなかった。
荷馬車も見る影もなく粉砕されている。
俺は積もった瓦礫をはねのけながら、ロドリゴの死体を確認していく。
しかし……。
目標であるロドリゴがいない!?
荷馬車だった瓦礫の下には誰一人いなかった。
吹き飛ばされたのか? そう思った俺は周囲を必死に探すが、物資の残骸と盗賊どもの肉塊しか見当たらない。
ロドリゴは、ここに来ていなかったのか?
俺達が踊らされた? いや……もし乗っていなかったすれば、リオハルトから何かしらの知らせがあるはず。
脱出に使える魔法でもあるのか?
あり得る……臆病者でずる賢いやつほど、生き延びることは得意なもの。何か策があったのかも知れない。
(このままでは……)
今は、一刻も早くガルに知らせることが先決だ。
俺は逸る気持ちを抑えつつ、大地封鎖を解除する。
俺達の戦いはまだ始まったばかりだ。
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