第22話 転送魔法

 夜更けに近づく足音。

 コンコンという小さなノック音。


 「君達、時間だ。準備よければ中庭まで来てくれ」


 リオハルトはそう告げると、一人颯爽と階段を下りていく。


 (中庭って、吹き抜けから見える庭園のことだよな……?)


 今日一日中、城で過ごしていたとはいえ、俺達が自由に出入り出来たのは決められたフロアのみだ。


 単に中庭と言われても、正直なところ自信がない。


 俺達は急いでリオハルトの後を追った。

 何とか無事に中庭に降り立つと、中央に魔法陣のようなものが描かれていた。


 昼間、見たときはこんな模様はなかったはずだ。

 それに深夜とはいえ、俺達以外に見張り一人見当たらない。


 不思議に思った俺が辺りを見回していると、騎士団長メリッサが手を振りながら、こちらに近づいてくる。


 「貴殿達、見送りに来たぞ。準備は万端かな?」


 「はい、おかげさまで準備はしっかりできました。それよりメリッサさん、城内に人が全く見当たらないのですが……」


 「ああ、これは秘密裏の作戦、そのための措置だ。どこに目があるかわからないからな。申し訳ないが、王もここには来ない」


 確かに、内通者がいないとも限らない現状を考えれば当然か。


 王が姿を見せないのも、自らが指示した証拠を残せば、それこそ国の存亡に関わることだ。


 物思いに耽る俺の前に騎士団長メリッサが立つと、


 「これから貴殿らを作戦地付近まで送り届ける。魔法陣の中央に入ってくれ」


 と言い、俺達に配置を指示する。


 (送る?……ワープみたいなもの?)


 言われたとおりに魔法陣へと入り、指示された位置で待機していると、リオハルトが何か忘れていたかのように小走りで駆け寄って来た。

 

 「現地に着いたら、速やかに作戦地へ向け移動を開始すること。作戦成功の場合はこの黄色の魔法石を、仮に失敗の場合は赤の魔法石を頭上高く投げるのだ。よいな?」


 一つ返事で答える俺にリオハルトは二つの魔法石を手渡し、自身の配置へとつく。


 魔法陣の中に俺達。

 そして魔法陣の外には、左右に分かれたメリッサとリオハルトの姿。


 陣の中心を向くと転送魔法の詠唱が始まる。

 

 「聡明なる光の聖霊よ、我ら光の騎士の名の元に、彼の者達を空間縮地の先へと誘え。〝聖光転送陣フォースヴァンデル!〟」


 二人の詠唱とともに魔法陣に光が走り出す。

 眩い光に何も見えない。


 そう思った瞬間、光は更なる閃光を放つ。


 俺はたまらず目を閉じ、両手で顔を覆った。

 


 ◇◆◇



 目を閉じたまましばらくすると、空気が変わった気がした。


 風? なんとなくだが匂いも違う。

 俺は薄目で確認するように、ゆっくりと瞼を開く。

 

 「ここは……ラグーム平原!? もう着いたのか?」


 すでに俺達は平原の中に立っていた。


 こんなに一瞬で目的地へ移動できるなら、危険の多い街道を馬車で走るとか必要ないだろ?


 (……すごいな、転送魔法!!)


 転送魔法に感動し余韻に浸っている俺。


 すると、ガルが慌ただしく、

 

 「二人とも無事か? 大丈夫だよな? 物資も装備もしっかり確認しろよ」

 

 と声を掛けながら、俺やルーチェリアの顔、装備をしっかりと確認している。


 俺達に「確認しろよ」といいつつ、ガルの確認のほうが早い。


 全くもって過保護すぎる……。

 ガルは俺達の無事を確認すると、そっと肩をおろす。


 「これだけ精度の高い転送魔法を使えるとは、流石に〝光の騎士〟といったところか」


 「転送魔法ってそんなに難しいものなの?」


 「当然だ。自身の属性レベルで、どれだけの重量をどのくらいの距離間で転送できるか、転送先の状況はどうなっているのか。属性力だけではなく、調査・記憶能力、全てが揃って初めて可能となる光の高域魔法だ」


 なるほど……高域魔法自体、使える者もそう多くはない。


 変化が起こりやすい場所への転送は困難だし、失敗するととんでもない場所へ転送されることもある諸刃の剣とも……。


 ガルが急いで、俺達の安全を確認するのも納得だ。


 せめて危険性ぐらい、リオハルト達も事前に説明ぐらいしてくれてもいいものを……。


 「よし、国境の町【ジルディール】はすぐそこだ。町の南にある牧草地帯まで急いで移動しよう」


 ガルの言うとおりだ。

 こんな見晴らしのいい平原にいては、まったく待ち伏せにならない。

 

 俺達は急いで平原を北上する。

 しばらく歩くと、町の灯が薄っすらと見え始める。


 町へ続く道の両側は広大な牧草地帯。

 そこには、家畜となるモンスターを収容している牧舎も確認できる。


 俺達は背の高い牧草に囲まれたエリアに待機場所を作り、身を潜めた。


 もうすぐ夜明けではあるが、ロドリゴの馬車が予定通りに出発したとしても、ここを通るのは日が昇り切る頃。


 通常、行商は夜間に出発して、朝から取引ができるように日程を調整するものだと聞いていた。


 明るくなってからの出発……何かの意図を勘繰ってしまったが、メリッサの話では夜襲などを警戒するがあまり、ロドリゴが同行する場合は日中にしているのではないかと言っていた。


 態度がでかい割には憶病な奴だ。


 それにしても、日が昇り切るまでまだまだ時間がある。


 俺は牧舎内にいる馬を指差しながら、時間つぶしの話をガルへと振る。


 「ガルベルトさん、この世界って馬はいるけど、他にも牛とか豚とか、家畜になる動物っているのか?」


 「馬? ああ、ホスのことか。牛とか豚というのは聞いたことはないが、貴殿の大好きなラックルやブルファゴ、他にもピーグス、ファシリアと多くのモンスターが家畜や移動手段として飼育されているな」


 ガルが言うには、この世界に動物という概念は存在しない。


 全てが一律にモンスターとしての認識とのことだ。


 とはいえ、前世と同じ呼び名もあったりと少し厄介なところもある。


 (鳥だと、正式にはトリスと呼ぶみたいだけど、トリでもバードでも通じるし、正直よく分かんないな)


 とりあえず、馬はホス……慣れるまで俺の中では馬のままでいい。


 見た目もまんま馬だし、馬以外の何者にも見えないし……。


 それにしても、朝は冷える。

 吐息は白く、風に流されていく。


 軽く身震いしながら隣を見ると、ルーチェリアも寒そうに俺に身を寄せている。

 

 「ルーチェリア、寒いだろ? これを着とけよ」


 俺の外套をルーチェリアに手渡すと、嬉しそうに上から羽織り微笑む。


 「ハルセ、ありがとう。あったかい……でも、こうすればもっと暖かいよね」

 

 寒さもあってか、ルーチェリアの頬が赤く染まる。


 羽織った外套を俺にも被せて、一つに包まる。


 (か、可愛いじゃないか……)


 俺の胸の鼓動は、熱を帯びたかのような高まりだ。


 「おうおう、私は熱くなってきたな。周囲の熱が高いからか?」


 すかさず茶々を入れるガルであったが、その直後──。


 「二人とも。じゃれ合ってないで静かにしろ」


 急に真面目な声色トーンへと変わる。

 口元に指をあてがいながら、真剣な眼差しで街道の先を見つめるガル。


 (……何か来る)


 馬にまたがった盗賊のような風貌の男。

 一人、街道をこちらへと走ってくる。


 ジルディールへの道との分岐点で立ち止まると、周囲を執拗に見回している。


 「ハルセ殿、予定よりもだいぶ早い。だが、今日の行商でここを通過するのはロドリゴのみと聞いている。本体らしき一団が通過したら、貴殿の魔法で行く手を阻め」


 ガルは冷静に俺へと指示を与える。


 「ああ、わかってる」


 「ガルベルトさん、私はどうすればいい?」


 「ルーチェリア殿は、まずは隠れていてくれ。合図をするから、魔法でロドリゴを捕縛してもらいたい。奴は私が仕留める」


 「うん、わかった。二人とも気を付けてね」


 しばらくして、こちらへ向かう荷馬車が2台を視認。


 周囲を盗賊が数人、馬にまたがり警戒している。


 いよいよだ。

 失敗は許されないが、ロドリゴは乗っているのか? せめて姿を確認できればいいのだがそれも難しい。


 仮にロドリゴやニコがこの一団にいなかったとしても、このまま手放しで通すわけにもいかない。


 ……俺達はやるしかない。


 考えている間にも、車輪が砂利をかき分け進む音が近づいてくる。


 ルーゲンベルクス方面に曲がって、線上に2台とも並んだところで動きを封じるのが最適解だろう。

 

 俺は静かに攻撃タイミングを計る。


 (先ずは1台目……そして2台目、今だ!)


 牧草の影から俺は、行く手を阻むための魔法を一団へと放つ。


 「大地よ、我に仇名す者を大地の檻に封じよ!大地封鎖アースチェーンシール!」


 馬車を取り囲むように広範囲の地面が轟音とともに隆起し、行く手を封鎖する。


 そして、ここから敵を捕縛する鎖状の石が射出される。


 「おお、なんだこれは!? うおおぉ」

 「ヒヒ──ン、ヒヒン!!」

 「危ないぞ、離れろ!」

 「ニコ様ぁぁぁああ」

 

 大地壁の向こう側。

 荷馬車に鎖が打ち込まれる音。

 慌てふためく声に落馬したような音。


 それに〝ニコ〟を呼ぶ声。

 混乱状態パニックになっているのがこちらにも伝わってくる。


 「おい!お前達、ギャアギャアギャアギャアと喚きやがって、こちとらいい夢を見てたんだぞぉ。黙らねぇとぶち殺すぞぉ」


 「は、はいぃぃー」

 

 ニコの声?

 この悪態をついている様子からもニコで間違いないだろう。


 少なくとも、目標ターゲット一人は確定だ。

 そして、その声は壁越しに対峙する俺達に向かって、 


 「おうおうおう、何やらすげぇなぁ。そこに居るんだろう? ま、俺をこれで閉じ込めたとイキるんじゃねぇぞ。そういう優越感を持たれるとイライラするんだよなぁ」


 と不満をブチまけながら、空中に足場となる壁でも存在するかのように連続で蹴るようにして、大地の壁を乗り越え向かってくる。


 あれは何だ? 魔法か? でも、詠唱すら聞こえなかった。無詠唱とかあるのか?…と今度は俺の頭がかき乱される。


 「ハルセ殿、落ち着け。敵にも手練れはいるものだ。楽に始末できるような相手であれば、ここまで放置されてはいないだろう」


 ザザッと地面に手をつきながら着地したニコ。

 

 「なぁんだ、お前達かぁ。これはどういうことだぁ? 確かに捕まったはずだよなぁ。そうか、そういう事かぁ。あの王、食わせ者だったかぁ?」


 目の前に立ちはだかるニコ。

 自身の指を甘噛みするかのように咥えながらこちらを見つめる。


 奴はこの壁を軽く超えてきた。

 一体、どんな能力があるというのだろうか。




 ── 魔技紹介 ──


 【聖光転送陣フォースヴァンデル

 ・属性領域:高域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:補助特性

 ・発動言詞:『空間縮地』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び空間転送を行う想像実行。

 ・備考

  使用者及び人数に応じ、転送距離・転送重量に差が生じる。

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