第22話 恐怖の転送魔法
世界を影が満たし、闇夜に星が瞬く頃、作戦開始はもう目前にまで迫っていた。
俺たちは王国騎士団から与えられた物資や装備を確認し、今か今かと出立の合図を待っていた。
そんな中、ガルは「ふう」とため息を漏らし、「二人とも、せっかくの申し出だ。新しい装備を新調してもらえばよかったものを……」と言葉を濁らす。
俺は「でも」と切り返し、唇の端を吊り上げた。
「俺は今の装備が気に入ってる、補強と調整だけで十分だ。修練でだいぶ傷んできてたし、助かったよ」
この半年間、ろくに整備もしなかった割にはよく耐えてくれていた。
けど、返ってきた俺の装備は新品同様に見違えていた。各部の修復は勿論、以前にも増して、より強固なコーティングが施されていた。期待以上の出来に、俺は大満足だった。
一方ルーチェリアは刀を抜き、「シュッシュッ」と風切り音を鳴らして試し振るい。まるで宝石でも見るかのように、その刃を視線でなぞる。
「私も防具は今ので十分だし、補強と調整だけ。でも刀だけは準備してもらったんだ。ガルベルトさんも言ってたでしょ? 私には剣よりも刀の方がいいって。それに木刀じゃ戦えないしね」
「まあそれでよいなら構わぬが」と、溜息を重ねたガルに俺が噛みつく。
「そういうガルベルトさんだって、同じだろ?」
彼は「ビハッ」と口元に笑みを浮かべ、斧の刃を仕上げのクロスで拭きあげている。
吸い込まれるほどの漆黒を帯びた巨大な斧は、素人目にみても相当な業物なのだと感じさせる。これを容易に別の武器へと乗り換えることは難しいのだろう。
「私にはこれが一番だ。やはり手に馴染む。しっくりくるのだ。いやはや、貴殿らと同じようなことを言っておるな。ビハハハハ」
結局、使い慣れたものがいいってことが俺たちの共通認識のようだ。
◇◆◇
街の喧騒が消え深まる静寂に、「コンコン」と小さなノック音が溶けて混ざった。
ゆっくりと扉が開かれ、「失礼」とリオハルトが顔を覗かせる。
「そろそろ時間だ。中庭まできてくれ」
「あ、はい。えっと、中庭って──」
俺が聞き返す間もなく、彼は告げるだけ告げ、一人颯爽と階段を下りていく。
その背に俺は「はあ」と嘆息し、「騎士って皆、こうなのか? 何も教えてくれね。とりあえず、行ってみる?」と部屋を振り返り、ガルたちと顔を合わせた。
階段を降り、一階へと辿り着いた俺たちは中庭らしき場所へと足を踏み入れた。
「多分、ここだよな?」
「まあ、だろうな。ここ以外に庭らしきものは見当たらぬからな」
「うわあ~、城の中なのにこんな自然がいっぱいなんだあ」
綺麗に整った植木、それに花壇が四隅を囲み、床一面の芝生には魔法陣のようなものが描かれている。
しかしいつにも増して静かな夜だ。ここに来るまで、見張りの一人とすら顔を合わせることはなかった。城内を警備する兵や騎士が一人もいないというのはいったいどういうことだろうか?
不思議に思った俺が辺りを見回していると、樹木の陰から手を振りながら、メリッサが姿を現した。
「貴殿たち、準備は万端のようだな」
「はい、おかげさまで。それよりメリッサさん、城に誰も見当たらないのですが」
「ああ、これは秘密裏だからな。関係者以外は立ち入らぬよう外での警備に回している。どこに目があるかわからぬからな。あと、王もここには来ない」
彼女のいうとおり、たしかに内通者がいないとも限らない。その現状を思えば当然の措置だろう。
メリッサはさっそく、「さあ、魔法陣の中央に入ってくれ。悪いが説明は省くぞ」と話し、俺たちに立ち位置を指示する。
俺は彼女の指示に「ん?」と首を傾げる。
(ここって何? 何かの魔法? 俺たちワープでもするの?)
疑問を胸に、言われた配置で待機していると、先に降りたはずのリオハルトが二階から飛び降り、俺たちの前に華麗に着地した。
そしてそのまま一直線に、俺に向かって歩いてきた。
「これを渡すのを忘れていた。失くさぬようにしまっておけ」
彼は手に持った小さな布袋を俺の手のひらにのせた。
結ばれた紐を解いて中身を確認すると、二つの小さな石が入っていた。
「いいか? 現地に着いたら、速やかに身を隠せる場所まで移動すること。作戦成功の場合は黄色の魔法石を、仮に失敗の場合、赤の魔法石を空に向かって投げろ。俺の話は理解はできたな?」
「──はい」
一つ返事で答えた俺にリオハルトは「よし」と頷き返し、魔法陣の外へと出る。
彼とメリッサが魔法陣の淵に立ち、俺たちに向けて両手のひらを翳した。
「では、ゆくぞ」とメリッサの声に、リオハルトが「ああ」と同調し、魔法の詠唱が始まった。
「聡明なる光の聖霊よ、我ら光の騎士の名の元に、彼の者達を空間縮地の先へと誘え。〝
二人の言葉が閉じ、静寂で満たされた直後、魔法陣に眩い光が迸った。
「くっ、まぶしい!」と俺はたまらず瞼を下ろし、片手で光を遮った。
◇◆◇
瞼を下ろしたまま、眉間にクレバスのような深い皺を寄せていると、どこか空気が変わった気がした。
(風か? なんとなく、匂いも違う──)
俺は薄目を開け、ゆっくりと周囲を確認する。そして「え?」と驚きと不思議さが交錯した。
「ここって、ラグーム平原!? 嘘だろ? もう着いたってのか?」
驚くのも無理はなかった。たった今まで俺たちは王都の城の中にいたはずだ。それなのに、すでに遠く離れた平原の中に俺たちは立っている。
こんなに一瞬で移動できるなら、危険を冒してまで馬車を走らせる必要があるのだろうか? 街道を使うこともないのでは? などと感動と疑義を抱きつつ余韻に浸っていると、ガルが「おおおっ」と慌ただしく俺に迫る。
「無事か? 何ともないな? どこも痛くないか? ルーチェリア殿も大丈夫だな。ふう~、やれやれ流石は光の騎士といったところか」
額に光る汗を拭い、ガルが「本当に無事でよかった……」と安堵をこぼす。
俺とルーチェリアはそんな彼に「過保護すぎ」と声をかけるが、「貴殿らはなあ」と続いた。
「転送魔法がどういうものか分かっておらぬから、そう呑気にしておられるのだ」
「これって転送魔法って言うんだ……。で、そんなに難しいものなの? 命の危険があるくらい?」
「当たり前だ。転送魔法にはいくつもの条件がある。自身の力でどの規模、どの程度の距離を運ぶことができるかといった力の把握はもちろん、行く先に変化を起こす事象が存在しないかの調査まで必要となる。どれか一つでも欠ければ、命の保証はない。過去には重量オーバーで手足を失って転送された者だっておるのだぞ?」
「は? そんなあぶねえの?」
「あわわわ……よ、よかた~。私たち皆無事ぃ~」
やばい、ただただヤバイ。こんなヤバいことを何の説明もなく、何食わぬ顔でやってのけたメリッサとリオハルトの神経もかなりヤバイ。
ガルが泣き出しそうな顔で飛びついてくるのも、この話で納得だ。
俺たち三人は肩を抱き、無事を噛み締め、「では、行くか!」のガルの叫びに「おー」と俺とルーチェリアも揃って拳を突き上げた。
「よし貴殿たち、ジルディールはすぐそこだ。目指すは牧草地帯。丁度、身を隠せるくらいの実りにはなっておるはずだ」
俺たちは平原を北上し、ジルディール南の牧草地帯を目指して歩く。
ほんのりと闇夜を照らす町の灯り。橙色の温かな光は、俺たちの心を優しく包んで落ち着きを与える。
ジルディールへと伸びる道の両側には肥沃で広大な牧草地帯が広がり、牧舎も所々に設置されていた。
ガルは「ここにしよう」と、一際背の高い牧草が生えた場所へと俺たちを誘う。
もうすぐ夜明け──ではあるが、予定通りいったとしても、ロドリゴの馬車がここを通るのは陽が頂に昇る頃。
通常の行商は早朝から取引ができるよう日程を調整するものだと聞いていたが、明るくなってからの出発とは、明らかに他とは異なる行商だ。
とはいえ、それは俺の深読みで、ただ単に闇夜が怖いと駄々をこね、出発を遅らせただけなのかもしれない。仮にそうであれば、態度がデカい割には、中身は箔付きの臆病者だ。
それにしても、日が昇り切るまでまだまだ時間がある。
俺は牧舎に見える馬を指差しながら、暇潰しの話をガルへと振った。
「ガルベルトさん、この世界って馬はいるけど、他にも牛とか豚とか、家畜になる動物っているのか?」
「馬? ああ、ホスのことか。牛とか豚というのは聞いたことはないが、貴殿の大好きなラックルやブルファゴ、他にもピーグス、ファシリアと多くのモンスターが家畜や移動手段として飼育されているな」
彼が言うには、俺の前世での動物たちの多くは、この世界では呼び名が異なる。
たとえば動物の中でもそのもの自体の名称と、総称があるが、鳥の場合はこっちではトリスや地域によってはバアドと呼ばれている。
俺が
(馬はホス、ね。いや、俺の中では馬のままでいいや。だって、見た目まんま馬だし。馬以外の何者でもないし……)
ガルとの語らいを終え、俺は「はあ~」と手のひらに息を吹きかけた。
吐息は白く、手のひらに溶け込むように消えていく。
それにしても冷える。朝は特にだ。俺は「ううぅ」と身震いしながら隣を見ると、ルーチェリアもまた寒そうに自らの息で手のひらを温めていた。
「ルーチェリア、寒いだろ? これ、着とけよ」
俺は羽織っていた外套を脱ぎ去り、彼女の肩をそっと包んだ。ルーチェリアは「あっ」と一瞬、驚いた顔をみせたが、唇を細く嬉しそうに吊り上げた。
「あったかい……ありがとう、ハルセ。でも私だけじゃくて、その……こうしたほうが暖かいよね?」
「え?」
今度は彼女が羽織った外套の端を俺にも被せて、くるりと一つに包まる。
恋撃のルーチェリアは大胆不敵。彼女の潤んだまんまるの瞳が俺の肩に寄り添っている。
寒さを言い訳にして、俺の頬が真っ赤に染まった。
「あ、その、ありがとう」
「うん……でもこれ、ハルセの外套だよ」
これは素直に叫ぼう、「可愛い!」と。無論、心の中でのことだが。
俺の鼓動は、寒さを吹き飛ばすほどに熱を帯びたが、そこへすかさず茶々も入った。
「おうおう、寒さなどどこ吹く風だな。熱くなってきたではないか」
ガルのからかい言葉に、俺とルーチェリアは互いに外套に顎を埋め、顔を沸騰させた。
だが、その直後──。
「二人とも。じゃれ合いは終わりだ」と、ガルは急に声色を重くした。
彼は押し黙ったまま牧草をかき分け、その隙間から目を凝らす。
(何か、来る)
馬にまたがった盗賊のような風貌の男。ただ一人、街道をこちらへと走ってくる。
ジルディールへの道との分岐点で立ち止まると、周囲を執拗に見回している。
「ハルセ殿、予定よりもだいぶ早い。だが、今日の行商でここを通過するのはロドリゴのみと聞いておる。本体らしき一団が通過したら、作戦通り、貴殿の魔法で行く手を阻むのだ」
ガルの指示に、俺は「ああ、わかってる」と応じ、ルーチェリアは首を傾げて「私はどうすればいい?」と尋ねた。
「ああ貴殿は、まずは隠れておるのだ。ここぞというときに合図をだす。魔法でロドリゴを捕縛してもらいたい。止めは私が刺す」
「うん、わかった。二人とも、くれぐれも気をつけてね」
しばらくして──「ガラン、ガラン」と車輪が転がる音と馬の足音が混じり始めた。
こちらへ向かう2台の馬車。周囲を馬にまたがった盗賊が数人、視線を鋭く警戒している。
いよいよ時はきた。俺たちに失敗は許されない。
俺は静かにタイミングをはかる。このまま町へと直進するのか、それとも予定通りの経路へと向かうのか。注視する俺の前を先頭の馬車が向きを変えた。
(リフランディア経由か。それなら2台とも曲がった後、動きを封じるか)
砂利をかき分け進む車輪。一台目が曲がり終えた。俺は息を呑み、その時を待つ。
(よし2台目も曲がった、今だ!)
牧草の陰に身を潜めたまま、俺は一団へ向けて魔法を放つ。
「大地よ、我に仇名す者を大地の檻に封じよ!
俺の声に共鳴し、「ゴガガガガガ!」と轟音を響かせ、二台の馬車を取り囲む大地の壁がそそり立つ。
「うおお、なんだこれは!?」
「ヒヒーン、ヒヒン!」
「危ないぞ、離れろぉ!」
「ニコ様ぁぁぁああー」
予期せぬ事態に慌てふためく行商一団。
大地の檻に囚われた彼らだったが、さらに壁の内側では、射出された石の鎖に追われ、その叫びはより一層大きくなった。
すでにこちらからはその姿を見ることはできないが、「ゴスンッ」と荷馬車に鎖が打ち込まれる音、悲鳴に合わせ「ドスッ」と落馬したような音でさえも生々しく聞こえてくる。
それに標的である、ニコを呼ぶ声が錯綜している。まさに
「おい!お前ら、ギャアギャアギャアギャアと喚きやがって、こちとらいい夢を見てたんだぞお。黙らねぇとぶち殺すからなあ」
これはニコの声だろうか? 上から目線で悪態をついている様子からもどうやら間違いはないだろう。
その傲慢無礼の声は、壁の外にいる俺たちにも向けられた。
「おうおうおう、何やらすげぇことやってんなあ。わかってるんだぜえ? そこに居るんだろうがあ。まあ、あまりイキるんじゃねぇぞお。そういう優越感を持たれるとイライラするんだよなあ」
不満をぶちまけながら「ヴァン!」と空砲のような音を鳴らし、壁の上からニコが姿を現した。
空を自由に走るかのように、大気を連続で蹴り、右に左に攪乱しながらこちらへと飛んでくる。
「ったく、閉じ込めるのは失敗かよ」と俺は悔しさを拳に纏い、迫るニコに身構えた。
「ザザンッ」と音を立て地面に着地したニコ。自らの親指を甘噛みしながら、舐めるようにこちらを見まわす。
「あれ~? お前達かあ。これはどういうことだあ? たしかに捕まったはずだよなあ? いや、待てよお……そうか、そういう事なのかあ。あの王、食わせ者だなあ。まんまと俺らがはめられたってことかあ?」
── 魔技紹介 ──
【
・属性領域:高域
・用途:補助特性
・発動言詞:『空間縮地』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び空間転送を行う想像実行。
・備考
魔法練度の影響及び魔法陣設置の必要有、また人数に応じ、転送距離・転送重量に差が生じる。
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