第21話 最後の晩餐?

 夜明け、目を覚ます。ここは、心地いいベッドが並んだ城内の一室。


 作戦前の休息は大切だ。王の配慮もあって、囚われの身でありながらも、少しでも羽を伸ばすことができたのは素直にありがたい。

 

 それにしてもベッドなんて久しぶりだ。

 我が家にも木製ベッドが一つだけあり、ルーチェリアが来るまでは俺が使い、ガルは床に雑魚寝をしていた。


 現在いまはといえば、彼女にベッドを譲り、ガルと俺は床、若しくは椅子を並べてその上に寝ることが習慣化している。正直、寝心地がいいとはお世辞にも言えない。疲れも完全には取れきれず、回復薬頼りなところはあった。


 そういった事情もあって、ふかふかの文明を肌で感じ、「ああ~気持ちいい」と、俺は枕に頬を擦りつけている。

 

 「おはよう、ハルセ」


 隣から、優しい声が耳に触れ、「おはよう、ルーチェリア」と挨拶を返す。


 さらにその奥からは「ビハァ~」と大きなあくびが漏れ出し、ガルがむくっと体を起こす。


 「おはよう貴殿たち。もう、朝か? 少しは眠れたか?」


 「ああ、寝心地はよかったからな。あえて苦情があるなら、ガルベルトさんのいびきがうるさかったくらいだ」


 その指摘にガルは「なんだと? そ、そんなにか?」と目を丸くして驚き、俺とルーチェリアは二人揃って「うん」と頷いた。




 しばらくして、「コンコン」と部屋をノックする音が室内に響く。


 俺は「今出まーす」とベッドから飛び起き、急いで扉を開けた。すると、一人の騎士が槍を片手に胸を張って立っていた。


 「起きられましたか。3階の特別室に朝食を準備しております。皆さんもどうぞ」


 騎士はそれだけ告げると、「では、失礼」と一礼しその場を後にした。


 俺は部屋にいるガルたちと顔を見合わせ、「ここって何階なんだ?」と首を傾げつつ、部屋の前の吹き抜けから、上下階を確認した。

 

 「下から四……ってことは、この下かな?」


 城内に地下があるかは不明だが、普通に考えれば、地上五階建ての四階に俺たちはいる。


 各階を繋ぐ階段は城の東側にあり、一階から最上階までを螺旋状に貫いている。また、各階ごとの西側には転移陣なるものが設置されているが、当然使い方も分からないので、俺たちはさっそく階段で行ってみることにした。


 四階から三階へ。階段をおりてすぐ、これまた清潔感漂う白い木製の扉が目にとまった。


 「多分ここ、だよな?」


 俺たちが扉に近づくと、耳を澄ませるまでもなく、リズミカルな音が幸せを刻んだ。


 「ジューッ」と肉が焼かれ、香ばしさすら感じさせる音に乗って、「トントントントン」っと野菜を切る包丁の音が、まるでドラムのように調音しながら響いてくる。


 「ここに間違いない」と俺が振り返ると、ルーチェリアは目が線になるほどの笑みを浮かべ、ガルは垂涎しそうな口元を舌なめずりしている。


 三人とも、昨日は食事もあまり喉を通らなかったせいか、お腹と背中がくっつきそうなくらいペコペコなのだ。


 「おはようございまーす!」と、大きな声をあげてその部屋へ雪崩れ込んだ俺たちだったが、すでに王を始め、リオハルト、メリッサが席についていた。


 俺たちは給仕人に案内され、彼らの待つテーブル席へと腰を下ろす。


 こちらの背後に目配せをしたリオハルトが、「では、始めようか」と手のひらを「パンパンッ」と打ち鳴らすと、複数の給仕人が一斉に、目の前に豪華な食事を並べだした。


 さらにはシェフ自らが配膳車を押し、銀の蓋で閉じられた大きな器をメインディッシュとしてテーブル中央へと置いた。


 朝食にもかかわらず、最後の晩餐とすら感じるほどの壮麗さだ。


 銀蓋を開けると、湯気を舞い上げ、見たこともない鳥の丸焼きが皿の上に鎮座していた。それを王専属シェフが華麗な手捌きで切り分けながら、各自の皿へと盛り付けていく。


 一通りの配膳を終えた頃には、舞台のように広がっていた調理場は見る影もなく片付けられ、給仕人たちが先に一礼しながら部屋を出る。


 最後にシェフが一人、こちらに向き直ってお辞儀をした。


 「では、私たちはこれで失礼いたします」


 「ああ、ご苦労だったな。朝から無理を言ってすまなかった」


 王の労いの言葉に、シェフは「いつでも何なりとお申し付けください」と胸に手を当て会釈を返し、ゆっくりと扉を閉めて退室した。


 「さあ、遠慮することはない。しっかり食べねば、作戦もままならんぞ」


 王は「ハハハハ」と朝から高らかに笑い、大きな口で肉をがぶりと食した。


 俺も負けじと「いただきます!」と真っ先に肉に噛みつく。


 「う、うまい! これは何の肉なんだ?」


 とかくジューシーなラックルとは対照的に、サッパリとした口当たり。油で誤魔化すことなく主張する、肉本来の旨味が俺の舌をとろけさせた。


 ほどよい油と表面のカリカリ、そして包まれた芳醇な肉の三重奏が口の中で奏でられる。


 美味しすぎる朝食に皆が頬を緩ませてはいるが、作戦開始は今晩と、忙しないスケジュール感で突き進む。


 明朝、ロドリゴ率いる一団が獣国ルーゲンベルクスへ向け、出発することがわかったからだ。


 突如舞い込んだ情報に、王を始め、メリッサやリオハルトもこの機を逃すまいと、昨晩は日を跨ぎながらも、作戦準備に余念がなかった。


 国の行く末を託された俺たちの目的は、その道すがらロドリゴとニコの両名を討ち取ること。


 獣国へ向かうには二経路あり、一つはジルディールにある国境を越えること、そしてもう一つは共生国家リフランディア経由で入国することだ。


 他国への行商に赴く際は、行き先はもちろん、日程、人員、管轄地域への届け出の有無といった諸般事項をまとめた書面を国の機関に届け出る必要がある。


 書類上は、リフランディア経由となっていたようだが、旅路の途中で予定が変更されるのはよくあること。俺たちはどちらにも対応できるよう、国境の町ジルディール南に広がる牧草地帯に身を潜め、一団が通過するのを待ち構える。いわゆる待ち伏せ作戦だ。


 俺はもぐもぐと口を動かしながら黙考していたが、王が「ハルセよ、お前はジルディール出身といっていたな?」との尋ねに、背筋がピンと張り詰めた。


 「あ、ええと……」に続く、言葉が見つからず、俺は後ろ頭を掻いてごまかす。


 昨日、俺は王の質問に対し、故郷はジルディールであると答えていた。そのうえ南の町だと、嘘の上塗りまでしていた。


 作戦会議で見た世界地図では、大陸南端はこの王都であり、これより南に町などなかった。あのときは結局、異世界から来たなどとは言えず、地理も知らずに適当なことを言ってしまっていたのだ。


 「あははは……」と空笑いする俺に、王は「ハルセよ、分かっておると思うが、明日の作戦地はここからだからな」と目を細めて釘をさした。


 ついさっきまで肉の油で潤っていた俺の口元は、今はカラっからのペッキペキだ。


 (あの目はマジだ……確実に機嫌を損ねてる。こういう場合って何だ? 嘘の申告って、極刑だったり、しないよな?)


 俺は王の視線に耐えきれず、手元のフォークに視線を落とす。


 このままではマズい、でも何を言うのが正解なのだろうか?──などと、俺は自問自答の末、素直な謝罪に一縷いちるの望みを託すことにした。


 「陛下! 誠に申し訳ございません! 」


 「ん? 急にどうしたというのだ?」


 「あの、それが……私はジルディールの出身ではなく、その何と申し上げればいいか……。正直、自分が何故ここにいるのか、それすらもよく分かっていません。ただ、気づいたらこの世界にいて、ガルベルトさんに助けられて……」


 俺のとりとめのない言葉に王は顎をさすり、「リオハルト、王への虚言は如何なる罪だ?」と話をふった。


 対するリオハルトは、手元に添えられたナプキンで口を拭いつつ、「極刑でございます」とサラリと答える。


 それに合わせたように「カーン、カーン」と鳴り響く鐘の音は、この場に置かれた非業を予期していたとでもいうのだろうか。


 まさに、俺の異世界生活の終わりを告げる鎮魂歌──。


 俺は青ざめたまま、静かに顔を上げる。

 目の前には、表情ひとつ変えず見据える王の姿。その隣では「フフッ」と、極刑と言い放ったリオハルトが鼻で笑う。


 「ん?」と俺が思ったのも束の間、さらにメリッサ、両隣のガルにルーチェリアまで釣られたようにクスクスと笑いはじめた。


 仕舞いには王も一転、目尻を下げ、大口を開けて笑い飛ばす。


 「ハハハハ! 何を今にも泣きだしそうな顔をしておるのだ、私がそのような戯言に極刑を言い渡すほど、器の小さき王とでも思っておるのか?」 


 テーブルを囲んでニンマリとした顔がずらりと並び、 俺は「極刑もなし?」と安堵の面持ちを浮かべた。王は「とはいえ」と話を繋げた。


 「嘘は褒められたことではないな。だが、何かあればガルベルトに責任を取ってもらうこととしよう。お前の保護者のようだからな。よいな?」


 「陛下、このガルベルト、いつでも全責任を負う覚悟にございます」


 「と、いうことらしいぞ、ハルセよ。それにしても、気づいたらこの世界か。昔、私も本で読んだことがある。異世界からきた、の話をな」


 予期せぬ言葉に、俺は思わず「転生者?!」と目を見開いたが、王はその直後、「まあ、内容は覚えておらぬがな」と切って捨てた。


 俺は気風のいい王に押され、前のめりになった体を背もたれに預ける。


 (この世界にもあるんだな、異世界とか転生って言葉が。まさかに他にもいるとか? いや、話が飛躍しすぎか。でも、本で読んだってことは、何かしら伝承とかそういったものがあるのかもしれないな)


 何気ない一言でも、こうして考え出すとキリがない。だが、今は作戦のことだけを考えるべきだ。


 「よし、肉だ肉! 作戦には体力! 体力は食事からだ!」と俺は再び、手に持つフォークで肉を突き刺す。


 朝食会も終盤に差し掛かった頃、ルーチェリアが物おじな声を絞りだす。


 「あ、あの……メリッサ様、私を、覚えていらっしゃいますか? 半年前……貴方に助けていただきました」


 半年前。ルーチェリアの故郷リフトニアを襲った災厄の日。あのとき、彼女を守った赤髪の騎士は、どうやらメリッサのことだったようだ。


 メリッサは、ルーチェリアの尋ねに頬を緩め、「ああ」と続けた。


 「大きくなったな、覚えているよ。よくぞこれまで、強く生き抜いてくれた」


 当時王国騎士団は、ルーゲンベルクス北方の町へと遠征し、その帰路についていた。


 しかしその道中、遠くから聞こえる悲鳴に気づき予定を変更、急行した先であの惨状を目の当たりにした。


 晴れていたはずの空を黒煙が闇に染め、緑豊かだったはずの町は塵芥と化していた。

 

 夥しい血がまるで通り雨のように地面を濡らし、生き残っていたのはわずかに数名──。


 殺戮を働いた盗賊団を殲滅し、助けた者たちを獣国側に引き渡す。この最悪の現状にできる最善の道だと思っていたが、それすらも叶わなかった。


 助けた獣人の一人が、駆けつけた獣騎士に歩み寄った際、無惨にも斬り捨てられたのだ。


 そのまま戦うことに危うさを覚えたメリッサは、やむなく彼らを連れたまま撤退の指揮をとった。

 

 「今にして思えば、あの一件、ガレシア商会が関係していたとみて間違いないだろう。だからこそ、貴殿らが彼女を連れ去ったと聞いた時は、正直ほっとしたよ。何しろ、ガルベルト殿は名高き歴戦の猛者。容易に手出しなどする者はおらぬだろうからな──おっと、今の発言、規律を守るべき騎士団長としては問題だな。だが、一人の人間としてなら構わないだろう?」

 

 彼女の話を聞き、俺は「たしかに」と一人頷く。

 あの映像で見た事実。獣王騎士団とガレシア商会の繋がりを辿れば、その考えは必然だろう。それにだとすれば、ロドリゴやニコはルーチェリアの仇とも言えるのか。


 彼女はまだ幼い少女だ。本来なら、長閑な町で両親の愛をうけて、たくさんの思い出に囲まれて、多くの友だちと笑い、故郷での暮らしを心の糧にするべき時期だったはずだ。


 そんな大切な時間、かけがえのない時を、奴らは奪った──俺は下唇を噛み、怒りの声を噛み殺す。


 俺が「ふう」と吐息を漏らしていると、ガルとメリッサが語り始めた。


 「メリッサ殿、私のことも覚えておったのか──あれはまだ、貴殿が副団長の頃故、すでに忘れておると思っていた」


 「あの頃の獣王騎士団には、真の強さがあった。今とは雲泥の差だ。特に貴殿との一騎打ちは忘れようがない。とはいえまあ、今なら勝てるかもだが?」


 「ふっ、冗談も上手くなったものだ。いずれまた、手合わせを願おうか」


 彼らは昔話に花を咲かせつつも、互いの視線が激しい火花を散らしていた。




 それから朝食を終えた俺たちは、「作戦開始まで、ゆっくりとな」との王の言葉に甘え、各々の時間を過ごし、その時を待つこととなった。

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