第21話 作戦準備
夜明け、目を覚ます。
俺は疲れ切っていたのだろう。
意外にもすんなり眠ることが出来た。
しかも、作戦に備えての王からの配慮もあって、独房ではなく心地いいベッドが並べられた寝室。
ルーチェリアが来てからというもの、俺とガルは床に雑魚寝か、椅子を並べて寝ることが習慣化されていた。
ベッドとは……久しぶりに文明の力を感じる。
「おはよう、ハルセ」
「もう朝か。貴殿らも少しは寝れたか?」
「寝心地よかったからな。ガルベルトさんの
「そんなにか?」
俺とルーチェリアが二人揃って、
「「うん」」
と深く頷く。
コンコンと部屋をノックする音。
ドアを開けると一人の騎士が立っていた。
「起きたか、朝食の時間だ。3階の特別室に用意している」
そう告げられたのはいいがここは何階なんだ?
俺たちは吹き抜けから上下の階層を確認する。
「ここは下から四階層目だから、この下だな」
各階層を繋ぐ階段は城の東側にあり、最下層から最上階までを螺旋状に貫いている。
また、転移陣なるものが存在し、各階ごとの西側に設置されている。
初めて見るものばかり。
当然、使い方も分からないので階段で行くことにする。
「お、あれだな」
肉が焼かれる音、野菜を切る包丁の音。
その扉の奥から聞こえてくる。
昨日は喉も通らなかったせいもあり、お腹と背中がくっつきそうなくらいペコペコだ。
いい匂いがする部屋へ釣られて俺達が雪崩れ込むと、王を始め、リオハルト、メリッサがすでに席に着いていた。
朝から、豪勢な料理が並ぶ。
目の前には王専属シェフが数人。
様々な料理をバランスよく取り分けてくれる。
王様の朝食は、いつもこうなのだろうか。
年に一度の記念日に奮発して食べられるような食事だ。
「では、私達はこれで失礼いたします。他にございました何なりとお申し付けください」
「ああ、ご苦労だったな。朝から無理を言ってすまぬな」
王専属シェフ達は配膳を終えると、王と俺達へ一礼し退出する。
「どうだ? 罪人(仮)であるお前達の最後の晩餐だ。夕食のときでもよかったんだが、その頃には食欲が失せてるとも思ったのでな。朝食で最高の料理を振る舞うのも悪くないだろう。ハハハハハ」
王の冗談は朝からキツイ。
だが、旨すぎる!特にこのラックルの丸焼き。
焼き具合もいいし、肉好きには最高の一品だ。
美味しい朝食に頬が緩みっぱなしだが、作戦開始は今晩と忙しないスケジュール感だ。
明朝、ロドリゴ率いる一団は獣国ルーゲンベルクスへ向け出発する。
俺達はその旅路で討ち取るために、前もって国境の街ジルディール南の牧草地帯で待ち伏せする。
作戦は悪くない。
だが、何かが引っかかる。
行商へ出る場合、一団の名簿を届け出ることが必要だ。
多分に漏れず、今回もその規則に則った正規の手続きで何も問題はない。
ただ、一団の名簿にロドリゴが記載されていたのは過去一度もなく、今回は異例。逆に記載なしで行商に行き、後からバレたことなら何度かあるようだが。
過去に虚偽の名簿を提出していたのは、自身の行動を探られることを防ぐため?
それが今回は正規の手続きを踏んでいる。
俺達が捕まったこのタイミングで。
昨夜の作戦会議でも当然、このことは議題になったが、
「もうよい。真偽はここでいくら話し合おうが分からん。とりあえず行ってこい!」
と豪快を通り越して、適当に聞こえる程の言葉が投げつけられた。
とりあえず行けとは、あまりにも扱いが雑過ぎる……だが、今は考えるよりも行動に移すほかないのは確かだ。
それに、リオハルトがロドリゴの出発を確認出来ないときは、何らかの知らせを送ると言ってくれている。
あ、そう言えば今更ではあるんだけど、王に対して故郷であるジルディールは〝南〟の街って伝えていたような……。
作戦会議で地図を見たけど、ここ王都リゼリアが大陸で言うと南端近くで、他に街など存在するはずがない。
異世界から来たとは言えず、地理も知らないのに適当なことを言ってしまった。
(……言い訳してたほうがいいかな)
いや、もう蒸し返さないほうがいいか。
元々が騙していることになるわけで、嘘を嘘で訂正しても仕方がない。
王は俺の心に気づいたのか、
「ハルセよ、お前はジルディール出身だったよな? 確認するが、明日の作戦地は分かっておるか? ここから〝北〟だからな」
と釘を刺す。
俺には王の表情が無の境地に達したように見えた。
前の世界で観た映画の場面が頭をよぎる。
(たしか、王に嘘の申告をして極刑……だったような)
かと言って、下手な嘘の上塗りだけはすべきではない。
ここは素直な謝罪に
「陛下! 誠に申し訳ありません! 緊張で言い間違えを……いえ、私は自分が何故ここに居るのか、それすらよく分かっていません。ただ、気付いたらこの世界に来ていて、ガルベルトさんに助けられました。罪人としてここに連れてこられたあの状況で話すにはあまりにも現実離れしすぎていて、つい……」
王は少しニヤリとした表情で、
「リオハルト、王に対する虚言は如何なる罪だ?」
話を振られたリオハルトは、手元に添えられたナプキンで軽く口を拭き、
「極刑でございます」
とサラッと答える。
……極刑。
俺の異世界人生終了の鐘が頭の中に鳴り響く。
そんな俺の絶望とは裏腹に王は軽く笑いながら、
「ま、私は騙されてはおらぬから冗談ということにしといてやる。虚言を吐くのは褒められたことではないが、ガルベルトがお前を信じ保護しているのであろう。それならば、何かあればガルベルトに責任を取ってもらう。よいな?」
そう言うと、ガルに視線を向ける。
「陛下、ハルセ殿は心配ありません。このガルベルトが全責任を負う覚悟です」
「ならばもうよい。気づいたらこの世界か……昔読んだ本でみたことがある。〝異世界からの転生者〟という文字を。ハルセに当てはまるかは分からんがな。ほら、頭をあげよ、朝食が冷める。ハハハハハ」
ガルの信用で救われた。
俺だけだったら確実に極刑だった。
そんなことより、王の口から気になる
〝異世界からの転生者〟
この世界にも〝異世界〟や〝転生〟って言葉があるのか。
何かしらの関係する伝承が記された書物でもあるのだろうか。
考え出すとキリがない。
だが今は余計な考えだ。
とにかく、作戦に集中しなくては。
「あ、あの……」
朝食会も終盤、ルーチェリアが何かを言いたそうに声を絞り出す。
「メリッサ様、私を覚えていますか? 半年前、貴方に助けていただきました」
半年前……そうか、ルーチェリアを助けてくれた赤髪の女騎士はメリッサだったんだ。
表情を優しく緩め、ルーチェリアの問いかけに答えるメリッサ。
「大きくなったな。覚えているよ。よく生きていてくれた」
メリッサの話では、ルーゲンベルクス北方の町へ交渉のために遠征中だったようだ。
その帰路、リフトニアの惨状を目の当たりにし、殺戮を働いた盗賊団を殲滅したと。
町は焼き尽くされ、生き残っていたのは数名。
獣国側にそのまま引き渡すつもりでいたが、その惨事を王国騎士団が引き起こしたものだと虚偽の密告がなされ、救助に駆け付けた獣王騎士団と交戦状態となった。
さらには助けた獣人の一人が、獣王騎士団に無惨にも斬り捨てられた。
やむなく、助けた彼らを連れたまま逃げるほかなかったという。
「私の考えではあの一件、ガレシア商会も関係していると見ている。だからこそ、貴殿らが彼女を連れ去ったと聞いた時はホッとしたよ。歴戦の猛者であるガルベルト殿がついていれば手出しは出来んだろうからな。おっと、今の発言、法律を厳守すべき騎士団長としてなら問題かも知れないが、一人の人間としてなら何と思おうと構わないだろう」
あの水晶データで見た獣王騎士団とガレシア商会の繋がりを考えれば、理に適っている。そうであれば、ルーチェリアの仇とも言えるのか。
「メリッサ殿、私のことを覚えていたのか。貴殿がまだ副団長の頃故、忘れていると思っていたよ」
「あの頃の獣王騎士団は、今とは比較にならぬほどの真の強さがあった。特に貴殿との一騎打ちは忘れようがない。今なら勝てるかもだが?」
「ふっ、冗談も上手くなったものだ。今度、手合わせ願おうか」
ガルベルトとメリッサが昔話に花を咲かせる。
いや、火花を散らしている。
朝食会を終えた俺達。
城内の限られたフロアのみではあるが、各々がゆっくりとした時間を過ごしながら、作戦の時を待つこととなった。
◇◆◇
作戦開始が近づく頃。
俺達は騎士団から調達した物資や装備を受け取り、開始の合図を待っている。
「ハルセ殿にルーチェリア殿、新しい装備でなくていいのか? せっかく準備してくれると言っておったのに」
「俺は今の装備が気に入ってる。だから補強と調整だけ頼んだんだ。修練でだいぶ痛んではいたからな」
この半年、ろくに整備もしなかった割にはよく耐えてくれていた。
俺の
錆まで付着していたし……。
返ってきた俺の装備。
各部の修復は勿論、前よりも強固な鋼鉄製の強化コーティングが施されていた。
重量の変化もあまりない。
あくまでもコーティング重視の補強で、着心地も変わらずありがたいことだ。
「私も装備は今ので十分。だからハルセと同じ。補強と調整だけ。でも刀だけは準備してもらったんだ。ガルベルトさんも私には剣よりも刀の方がいいって言ってたし。それに木刀じゃ戦えないしね」
刀を抜いたルーチェリア。
宝石でも見るかのように角度を変えながら眺めている。
「そういうガルベルトさんだって、今までの装備じゃないか」
「私は、これがしっくりくるんだ。あ、貴殿らと同じようなことを言っておるな。ビハハハハ」
ガルの黒光りする斧。
これは相当な業物のようだし、簡単に乗り換えは出来ないだろう。
二人とも服も防具も綺麗に補修され強化コーティングされている。
結局、使い慣れたものが一番いいってことだな。
新しいものが悪いってわけではないけど、慣れるまでには時間もかかる。
それと、ガルは昨夜の作戦会議終了後、俺達二人に、いつになく真剣な表情でこう言っていた。
「二人ともよく聞け。これから向かう場所は戦場だ。モンスター相手ではない。意志を持つ人を殺めることになる。躊躇すれば命はない。貴殿らは若い、迷うようなら構わず逃げろ。生き残ることが最優先だ。命を守るために逃げることは、決して恥などではないからな」
そうだ。これは戦い……戦場へ俺達は行く。
生き残るためには相手を倒さなければならず、それは必然的に命を奪うことになるかも知れない。
「貴殿達、よいな? 本作戦は、ロドリゴに悟られないために少数精鋭で臨むことになる。それに勘のいいロドリゴのことだ、我々、騎士団の動きにはいつも以上に目を光らせていると考えて間違いないだろう。行くのは貴殿ら3人のみとなる。健闘を祈る」
リオハルトからもそう言われたが、今回の作戦はあくまでも国は関与していないとすることが大前提。俺達は3人で互いを守り合わなければならない。背中を預けなければいけない。
とにかく、俺が迷えば二人にも危険が及ぶ。
ここに来て半年以上。俺だって、守られてばかりでは居られない。
ゆっくり目を閉じ、深く息を吐く。
必ず守るんだ……前の世界とは違う。
ここには守るべき仲間がいる。
大丈夫だ。
そして夜も更け、作戦開始が近づく頃。
誰かが近づく足音が聞こえてくる。
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