第20話 影の内戦

 ── 特別応接室 ──


 俺達は王から、あることを伝えられている。

 

 〝ロドリゴを討つ〟

 王の口から出た言葉。

 

 予想だにしない出来事。

 ここに来るまで罰を受けるとばかり思っていた。

 10年の投獄は勘弁してもらいたいが、何らかの罰は覚悟していた。


 敵対国の誰かを討つと言うわけではない。

 相手は自国の商会会長。王からすれば守るべき民だ。


 理由は分からない。

 だが、王自らが〝討つ〟と言うからには、あの男は余程の悪党なのだろう。


 俺はふと隣を見る。

 ルーチェリアも耳がいつも以上にピーンとしている。


 見るからに相当驚いたのだろう。


 リオハルトやメリッサは当然知っていたのだろう。


 全く動揺していないように見える。


 ガルは一呼吸つくと、冷静な表情で問いかける。


 「陛下……それは国として、ガレシア商会と敵対するということですか?」


 「驚かせてすまないな。ガレシア商会と敵対することに間違いはないが、商会を潰すようなことは考えておらぬ。ロドリゴ=ガレシアとその配下ニコ=リドルを今回の標的と考えている」


 そう言うと、王は事の経緯を話し始めた。



 遡ること100年程前から、アズールバル王国と獣国ルーゲンベルクスの争いは長きに渡って続いている。


 争いが長期化する中で互いの国民は困窮し、両国ともに衰退の一途を辿り始めた。


 その余波は中立国であるリフランディアにまで及び、一時は世界大戦にまで発展しかけた過去があるようだ。


 原因は三国で協力して敷いていた流通網の遮断。

 それによって、生活必需品を含む物資が枯渇したこと。


 三国は話し合い、流通網の再生と街道の不可侵条約を取り決めた。


 要は、互いの国の商人の往来だけは可能としたということだ。


 とはいえ、個人がふらっと立ち寄って商売できるという訳ではない。


 互いの国が認めた商会に所属する者のみ。その一つが、ガレシア商会というわけだ。


 そして、ここからが本題。

 数年前から、捕虜が謎の死を遂げることが多くなった。


 その多くは、ガレシア商会へ身請けされた者。


 捕虜は国家間交渉においても重要な位置づけ。

 これを返還できないとなれば、より大きな火種を生む口実にされかねない。


 事態を重く見た王は、ロドリゴを幾度も召集し問いただしたと言う。


 一時は捕虜身請け人の選出からも外したようだが、それでも捕虜の死が減ることはなく確固たる証拠も得られなかった。


 国内において、捕虜収容施設を持つ商会はガレシア商会のみ。


 その後も増え続ける捕虜の数にも圧され、止む無く再選出せざるを得なかった。


 あの時のロドリゴの嘲笑うような表情は今でも忘れられないらしい。


 その後も続く捕虜の死。

 王は、秘密裏にリオハルトへ調査の任を命じた。


 警戒心の強いロドリゴ。

 リオハルトの偵察能力を以てしても、なかなか尻尾を出さずに時間だけが過ぎていった。


 調査開始から半年以上が経過した頃、ロドリゴがある男と会う情報を得る。


 「ここからは、データにてお見せしよう」


 リオハルトはそう言うと、何やら土台を組み立てる。


 その上に水晶を設置し、光の魔法石による照射を始めた。


 異世界版プロジェクター。

 何もない空間に映像がホログラムのように映し出される。

 

 さっそく、馬車から降り立つ二人の姿。


 一人は、ニコ=リドル。


 裏社会では名を馳せた殺し屋で〝風殺のリドル〟という二つ名があるようだ。


 切れ長の鋭い目に紳士的な顔立ち。

 黒のローブを身につけフードを被ってはいるが、アホ毛のようなものが一本飛び出ている。トレードマークといったところか。


 もう一人は、獣王騎士団副団長ジアルケス=フォルガマ。


 獣国ルーゲンベルクスにおける最高戦力三獣士さんじゅうしの一角。

 黒色の鎧を身に纏い、武骨なドワーフのように体の線が太い。


 オオカミのような風貌……ガルと同じで獣人の遺伝が強く出ている。

 

 二人を待ち受けていたガレシア商会会長ロドリゴ。


 一目で金持ちの商人と分かるような感じ。

 小太りで、鼻の下のちょび髭も特徴的だ。

 

 街の一角にある屋敷。

 そこへ3人が入ると、応接室のような場所に場面が切り替わる。

 

 「今日はわざわざお越しいただき感謝いたします。フォルガマ様」


 「ロドリゴ殿、フォルガマは止めてくれないか。ジアルケスでいい。それに見え透いた感謝など不要。例の物は準備できているな?」


 「これは申し訳ありません。以後気を付けます。商品については、当然準備出来ております。今お持ちしますよ」


 ロドリゴが秘書らしき人物に合図を送ると、一つの水晶と図面らしき紙を携え、部屋へと入ってくる。


 「ジアルケス様、こちらでございます」


 ロドリゴの声に合わせるように秘書が持ってきた品を手渡す。


 ジアルケスはそれを受け取り、食い入るように内容を確認している。

 

 「よくぞ、城内の配置をこれだけ調べ上げたものだ。この配置は3日ごとのローテーションが組まれているのだな?」


 「はい、その通りにございます。私は戦略家ではないので何のためか詳しいことは分かりかねますが。私の力を以てしても調べ上げるのに少々時間を要しました。しかしながら、待っていただけた甲斐があるものではないでしょうか」

 

 ロドリゴは自慢げな顔で自身の貢献を強くアピールしている。当然、自分の手駒に調べさせたのだろうが。 


 そのようなアピールなど気に留める様子もないジアルケス。


 光の魔法石で照射された水晶を何やらルーペのようなもので眺めている。


 「ほう……この騎士団の分隊編成、属性間の優劣を互いに補完し合うように考えられているな。素晴らしい」


 そこには、王国騎士団の戦力データが記憶されているようだった。

 

 「ロドリゴ殿、確かにいい〝品〟だ。だが、これだけでは不十分。捕虜の件は進んでいるか?」


 「はい、その件については、こちらにいるニコに一任しております」


 話を振られたニコはフードを取り、自身の右手指先を舐めながらジアルケスを見る。


 「ジアルケス様、たっぷりと楽しませてもらってるよ。獣人の絶望するあの顔……思い出すだけでもたまらない。心配しなくても、捕虜の数は後半年もすれば、半減するぐらいにはできるさ」


 「こら、ニコ!無礼であろうが、言葉遣いに気をつけろ!」


 「構わん。ニコと言ったか? お前が獣人に絶望する顔も見てみたいものだな。まぁいい。あと半年か……それだけいなくなれば、あの堅物の【獣王】も大きく動くだろう。小さな小競り合いばかりでウンザリなのだ」


 「ジアルケス様、王都制圧の暁には……私の処遇、頼みますぞ」


 「分かっている。さて、用は済んだ。これにて帰還する」


 映像はここまでか。

 捕虜殺しには、獣王騎士団が絡んでいる。


 裏で動き出していた王都制圧への秒読みカウントダウン


 それを阻止することが本来の目的?

 ならば、王自ら動くのは当然とも言えるだろう。


 「現状はわかってもらえたかな? ロドリゴは商人という立場を利用し、国を売るために動いていた。売国奴だ。これを討ち、ガレシア商会を新体制として再生させる」


 確かにロドリゴを討つことは必要なことかもしれない。でも、ロドリゴを討ったとして……獣国は止まるのか?


 逆にロドリゴがこのタイミングで死ぬということは、ヘマをやらかしたと思われ、逆に王都制圧への追い風になるのではないか。


 この水晶データの記憶は1期程前の物だと言っていた。


 ニコの発言から考えれば、1期もあれば数名……いや数十名の捕虜が亡くなっている可能性もある。


 その事実が獣国に知られたら、黙って見過ごすわけがない。


 こんなに短期間で何十人も殺されたとしたら、虐殺以外の言い訳は通用しない。


 このデータを使って彼らを告発することもできるだろうが、それは難しいだろう。


 平和な世界での話し合いであればいざ知らず、国同士の探り合いが続く緊迫した状態。証拠ですら捏造との疑念を抱かれかねない。

 

 「陛下、ロドリゴを討つ理由は分かりました。ですが、ジアルケスは簡単には止まらないかと」


 「そうだな。奴は狡猾だ。簡単にはいかぬだろう。だからこそ、国が動いていると思われてはならぬ。そこで、お前達の出番だ」


 と王は返す。


 そして、王の考えとしてはこうだ。

 先程も口にした通り、ロドリゴを討つのは当然だが、ガレシア商会の〝再生〟ここがポイントだ。


 ジアルケスの動きも気になるが、今は捕虜の虐殺を止めることが最善策だ。


 このまま虐殺が進めば獣王騎士団のみならず、獣国そのものが動く。


 ただ単に国として法を犯した罪により、ロドリゴを処刑したともなれば、ガレシア商会全体を犯罪組織とする見方や国の関与を疑う声も大きくなるだろう。


 影響を直接受けるのは我々だ。

 この国に暮らす民達だ。それだけは避けねばならない。

 

 そこで、何者かによってロドリゴが殺されたという事実を作り、新たにガレシア商会の代表を選出し据える。


 あくまでもガレシア商会を生かし、民への影響を最小限とする。


 暗殺役は、俺たちが担うことで国としての関与を一切認めずに済む。


 虐殺された捕虜については、本作戦の戦いに巻き込まれ死亡。


 ロドリゴが捕虜をどこかへ搬送している最中だったと結論付ける算段だ。

 

 作戦終了後は速やかに、商会の再生と各国への通達を行う予定であるが、それまでの間に獣国が攻めて来る来ないの話はここでは重要ではない。


 どちらにしろ、このまま放置しているほうが余程危険な状況であるし、何より、難癖つけて攻め込んでくる可能性なんて幾らでもある。


 そんな中、王としては今回、ロドリゴから捕虜強奪に関する訴えが来たことは大きな吉報として捉らえたようだ。


 民衆の前を大々的に連行することでロドリゴの油断を誘える。


 そして、捕らえたはず俺達に討たせる。


 本件が終われば、理由なんていくらでも付けて俺達を解放するとも言っていた。


 寧ろ、これが俺達にとっては最重要だ。


 しかし……何故、俺達なのか? 

 王はこう言った。

 

 「ガルベルトとは、昔からの腐れ縁でな。戦場で幾度も刃を交え、互いの命を国のために賭していた。立場は違えど、その正々堂々かつ、勇猛果敢な戦いぶりには敬意を表する。それにだ、我が国に流れ着き、民を長年助けてくれている。人々から信頼されている。頼むには十分な理由にならぬか?」


 ガルも昔、獣王騎士団として戦場にいたようだ。

 一体、どんな過去が……。


 そう言えば、任務達成後の解放にルーチェリアは含まれているのだろうか。


 俺は王へと尋ねる。


 「恐れながら陛下、私達の任務が終われば、罪は問わず解放するとの話ですが、その後、ルーチェリアはどうなるのでしょうか? また捕虜として身請け人の下へ出されるのですか?」

 

 王は軽く笑みを浮かべながら、ガルへ目配せをする。


 「そうだな。当然、捕虜という立場は変わらない。だが、身請け人の新たな選出はできる。そこに適任がいるではないか。これまで保護していたのだしな」


 「そう来ましたか。ハルセ殿、我々にも大きな目的が出来たぞ。ルーチェリア殿もそれでいいか?」


 「ガルベルトさん、私はそれがいい!」


 俺達は三人、ようやく少しだけ緊張が解れ、笑顔で顔を合わせる。

 

 「お前たち、戦いはこれからだぞ」


 と、王に軽く釘を刺されたが素直に嬉しかったんだ。


 これから俺達は、ガレシア商会会長ロドリゴとその一味を討つ。

 

 その後も作戦会議が夜更けまで続いた。

 そろそろ、眠い。今日はやっぱり、独房で寝ることになるのかな…建前上だけど。


 きっと、俺達の明日も早い。




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