第20話 影の内戦

 無常なる王の宣告に、俺たちは言葉に詰まり、この場は静寂で満たされた。


 「お、王様! お願いします。彼らは私を助けてくださいました、命を救ってくださいました! 私のことはどうなってもかまいません! どうか、どうか恩赦を!」


 その沈黙を破ったのはルーチェリアだった。これまで聞いたことがないほどの大きな声で必死に訴えた。


 王は「やれやれ」と眉を顰めて、「まあ待て、落ち着け。話を最後まで聞くのだ」と慰撫しながら、威厳漂う玉座から腰をあげた。

 

 「よいか? ここからが本題だ。機密事項になるが聞いてもらいたい。仮に断ったり、口外した場合、即座に刑を執行することにはなるが、どうする?」

 

 突如なされた王の提案は、投獄か、話を聞くかの究極の二択──明らかに、悩む必要もない選択肢だ。


 俺たち三人は、互いの意思を確認し、王に対してコクリと頷いた。


 「──それでは、場所を変えるとしよう」




 謁見室を離れ、俺たちは別室へと移動した。

 特別応接室と呼ばれる場所。そこにある大理石の大きなテーブルについた。


 王、メリッサ、剣士の男、そして向かい合って俺たち三人が並ぶ。

 

 「じゃあ、始めようか──とその前に、こちらの挨拶がまだだったな」


 静かに腕を組み、襟元に顎を埋めた剣士の男が、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。


 「俺の名はリオハルト。我がアハド王を守護する剣。側近といえば分かりやすいか?」


 王の側近、リオハルト=エストバル。

 深い青色の髪が印象的で端正な顔立ちをしている。いわゆるイケメンというやつだ。体の線は細く、体型だけを見れば優男だが、獲物を狙う狩人のような眼光は鋭く、只者ではないことは一目でわかる。


 ガルによれば、王国の武勇は武闘派の王に加え、二人の光の騎士が支えているとされている。


 槍聖メリッサと並び、〝剣聖〟と称されるほどの剣の達人リオハルト。


 この二人が、王国戦力の根幹と言える存在なのだろう。


 「次は私か」と、続けてメリッサが話し始める。

 

 「すでに名乗ってはいるが、改めて。王国騎士団団長のメリッサだ。以後、お見知りおきをな、


 彼女は意味深に俺とルーチェリアにだけ、目配せをした。


 王国騎士団団長、メリッサ=ジノワール。

 赤毛のポニーテールが印象的な女騎士だ。女性として可愛いというよりも、綺麗なお姉さん系とでもいうのだろうか。


 りんとした雰囲気の中にも、どことなく色っぽさがあり、体のラインも素敵──ではあるが、俺たちを捕らえにきた際の威圧感は凄まじいものがあった。


 怒らせるとガルよりはるかに怖そうだ──俺は一人納得し、コクリコクリと頷いた。


 王国側の紹介が終わると、王は静かに両肘をテーブルについた。「では」と口火を切り、口元で両手のひらを握りしめた。


 「──本題に移るとする。さっそくだが、私は国のため、ガレシア商会会長ロドリゴ=ガレシアを討つつもりだ。お前たちには、その刃となってもらいたい」

 

 「?!」


 再び、場が凍りついた。

 王の口から飛び出た言葉に、俺は目を見開いた。

 

 (ど、どういうことだ?)


 相手は敵対国でも何でもなく、自国商会の会長であり、王からすれば守るべき民の一人のはずだ。王の意図が全く読めず、理由は分からない。しかし王自らが討伐に動くというからには、あの男はよほどの悪党なのだろう。


 俺が推察していると、耳元に「ファサッ」と柔らかな感触と音が触れた。


 ふと隣を見ると、ルーチェリアの耳がピーンと突き立っていた。見るからに相当驚いたのだろう。口元は「あわわわ」と震え、いつものたれ耳は立ち耳になっている。


 かたやガルは腕組みしたまま、王を怜悧に見据え、その真意を尋ねた。

 

 「陛下。それは国として、ガレシア商会と敵対するということですか?」


 「驚いたか? お前の言うとおり、商会と敵対することに間違いはない。だが、商会自体を潰すようなことは考えてはおらぬ。今回の標的はあくまでも、ロドリゴ=ガレシアとその配下ニコ=リドルの二名のみだ」


 王は眉を顰めて、これまでの事の経緯を話し始めた。




 長きに渡る王国と獣国との争い。過去、互いの国民は困窮し、両国ともに衰退の一途を辿り始めた時期があった。


 その余波は中立国であるリフランディアにまで及び、一時は世界大戦とまで叫ばれていた。


 主たる要因は三国共有の流通網の遮断。それによって多くの物資が枯渇したことによるものだった。


 三国は話し合いの場を設け、流通網の再生、その大動脈となる街道の不可侵条約を取り決めた。


 つまり、互いの国の商人の往来だけは可能にしたということだが、そうは言っても、個人がふらっと立ち寄って商売できるというわけではない。

 

 各国が認めた商会所属の商人に限る──その一つが、ガレシア商会というわけだ。


 ここから話は核心に近づくわけだが、数年ほど前から、王国では捕虜が謎の失踪を遂げることが多くなっていた。


 いなくなった者の大部分は、ガレシア商会へ身請けされた者たち。


 幾度となく、ロドリゴを召喚し問いただせど、理由は収容施設からの逃亡。周囲へ聞けども返ってくる答えは同じだった。


 捕虜は国家間の交渉においても重要な位置づけ。これを返還できないとなれば、より大きな火種を生む口実にされかねない。


 事態を重く見た王は、一時、ロドリゴの更迭すらも考えた。


 しかし、ここでもガレシア商会会長という肩書はとてつもなく重い。


 国内のみならず大陸全土に渡って商会の影響力は大きく、その会長が確固たる証拠もなく更迭されたともなれば、最悪、過去の混乱を再び招くことに繋がりかねない。


 だが、このまま放置するわけにはいかないのも事実──その後も相次ぐ捕虜の失踪に、王はリオハルトに対し、ロドリゴの身辺調査を命じた。


 とはいえ、彼の警戒心は強く、リオハルトの偵察能力を以てしても尻尾を掴むのは容易ではなかった。


 調査開始から半年以上が経過した頃、ロドリゴがある男と会う情報を得る。


 王の話の途中ではあるが、リオハルトが何やら土台を組み立て、その上に蒼白いガラスの玉のようなものを置いた。


 彼は「一期ほど前のものにはなるが、ここからは映像にてお見せしよう」と告げ、懐から取り出した魔法石を使い、ガラス玉への光の照射を開始した。


 一言で言えば、異世界版プロジェクター。何もない空間に、ホログラムのように映像が映し出された。

 

 馬車から降り立つ二人の姿。一人はニコ=リドル。

 裏社会では名を馳せた殺し屋で〝風殺のリドル〟という二つ名を持っている。


 切れ長の鋭い目に紳士的な顔立ち。黒のローブを身につけフードを被ってはいるが、アホ毛のようなものが一本前に飛び出ている。トレードマークといったところか。


 もう一人は、獣王騎士団副団長ジアルケス=フォルガマ。


 獣国ルーゲンベルクスにおける最高戦力三獣士さんじゅうしの一角。

 黒色の鎧を身に纏い、武骨なドワーフのように体の線が太い。オオカミのような風貌は、ガル同様に純血種を思わせる。

 

 それから本命の登場だ。屋敷の表で待っていたのは、ガレシア商会会長ロドリゴ=ガレシア。


 一目で金持ちと分かるほどの小太りの丸い男で、鼻の下に貴族まがいのちょび髭まで生やしている。どこまで見栄を張りたいのか。至る所で宝石が統一感なく輝きを放ち、見ているこっちまで呆れさせる。


 (街であったときもそうだけど、今日はさらに光ってるな)


 三人は会合すると、街の一角にある大きな屋敷へと入っていく。


 その直後、「プシュン」とガラス玉が音を立て、応接室らしき場所に場面が切り替わった。

 

 『今日はわざわざお越しいただき感謝いたします。フォルガマ様』


 『ロドリゴ殿。いい加減、そのフォルガマというのを止めてくれないか。ジアルケスでいい。それに見え透いた感謝など不要だ。例の物は準備できているな?』


 『ハハハ、これは申し訳ありません。つい癖で。商品については、もちろん準備出来ておりますよ。只今、お持ち致しましょう』


 ロドリゴが『パチンッ』と指を鳴らすと、秘書らしき女が、一つの水晶と筒状にまるめた紙を携え、部屋の中へと入ってくる。


 『ジアルケス様、そちらにございます』


 ロドリゴの声に合わせ、女が持ってきた品をジアルケスに手渡す。


 受け取ったジアルケスは、食い入るように目を走らせ、内容を確認している。

 

 『ほ~う、さすがはロドリゴ殿。よくぞ、これだけ調べ上げたものだ。騎士共の配置も完璧だな。3日で切り替わるローテーションとなっているのか……』


 『はい、その通りにございます。私は戦略家ではないので何のためか詳しいことは分かりかねますがね。多少、時間はかかりましたが、待っていただけた甲斐があるものではないでしょうか?』

 

 ロドリゴはちょび髭を撫でながら、誇らしげに貢献度合いをアピールしている。当然、自分で調べたわけではないのだろうが。 


 ジアルケスは黙々と図面を眺め、彼のアピールになど一切興味を示してはいない。


 今度は受け取った水晶を、小石程度の光を放つ魔法石で照射しながら、ルーペのようなもので覗き込んでいる。


 『これは……騎士団の分隊編成か。属性間の優劣補完──なるほど、うまく考えられている。素晴らしい』


 そこには、王国騎士団の戦力データが記憶されているようだった。

 

 『ロドリゴ殿、確かにいい〝品〟だ。だが、これだけでは不十分。別件は進んでいるか?』


 『はい、その件については、こちらにいるニコに一任しております』


 話を振られたニコはフードを取り、指先を舐めながらジアルケスの顔に目を細めた。


 『ジアルケス様、た~っぷりと楽しませてもらってるよお。獣人の絶望するあの顔。今思い出すだけでもたまらないなあ。殺しは美味、心配は無用だあ。捕虜の数は後半年もすれば、半減するぐらいにはできるさあ』


 『こら、ニコ! 無礼であろうが、言葉遣いに気をつけろとあれほどいったであろうが!』


 恐れを知らないニコの非礼に、ロドリゴは声を荒げる。しかしジアルケスは『構わん』と切り、『ニコと言ったか? お前が獣人の前で絶望に顔を歪ませる姿も見てみたいものだな』と口の端を吊り上げ、不敵な牙を覗かせた。


 彼は続けて、『まあいい。あと半年か……それだけいなくなれば、あの堅物の獣王も動かざるをえないだろう。小さな小競り合いばかりでウンザリなのだ』と眉を顰めた。


 ロドリゴは額に滲んだ汗を拭い、ジアルケスの顔色を窺う。


 『ジアルケス様、その、こちらの願いですが、王都制圧の暁には私の処遇、なんとしても頼みますぞ』


 『分かっておる。会う度聞かされれば、嫌でも忘れぬわ。さて、私の用は済んだ。これにて帰還する』


 ガラス玉に映っていた風景が「プシュン」と閉じた。


 どうやら映像はここまでのようだが、分かったことは重大かつ不穏な事態。捕虜は失踪ではなく、すでに殺害されている。そこには獣王騎士団が絡み、王都制圧への秒読みカウントダウンも秘密裏に始まっていた。


 となると、王の真の目的はこれらを阻止することに他ならないだろう。王都侵攻が実行されれば、それこそ王国全体が危機に陥る。


 映像を見終えた俺たちに、王は改めて今回の目的を口にした。


 「現状はわかってもらえたかな? ロドリゴは商人という立場を利用し、国を売るために動いていた売国奴だ。我々はこれを討ち、ガレシア商会を新体制として再生させる──」


 王の話を聞きながら、俺は黙考した──ここまでの話、ロドリゴを討つことはたしかに必要なことかもしれない。しかし討ったところで果たして、獣国の動きは止まるのだろうか?


  逆に彼がこの状況で死ぬということは、ジアルケスにとっての瑕疵となり、王都制圧に向けた動きがより一層加速するのではないか?

 

 仮にこの映像を証拠として彼らを告発したとしても、平和な世界での話し合いでならいざ知らず、国同士の探り合いが続く緊迫した状態では捏造と切って捨てられかねない──。


 深く思案する俺の隣で、ガルが「お言葉ですが──」と切り出す。

 

 「陛下、ロドリゴを討つ理由は分かりました。ですが、ジアルケスは簡単には止まらないかと」


 「そうだな。察しのとおり、ヤツは狡猾だ。だからこそ、国が動いていると思われてはならぬ。そこで、お前たちの出番だ」と王は返し、これからの道筋を示した。


 重要なのはガレシア商会の再生──ジアルケスの動きも気にはなるが、今は捕虜を救うことが先決だと、王は言う。


 このまま商会による捕虜虐殺が続けば、獣王騎士団のみならず、獣国そのものが動くのは必然的となる。かといって、国としてロドリゴに罰を下したともなれば、ガレシア商会全体を犯罪組織とする見方が強まり、虐殺に対する国の関与も疑われるだろう。


 そうなっては、影響を受けるのはこの国に暮らす民たちであり、何としても避けなければならない。

 

 そこで、何者かによってロドリゴが殺されたという事実を作り、新たにガレシア商会の代表を選出し据える。あくまでもガレシア商会を生かし、民への影響を最小限とする。


 暗殺役は、俺たちが担うことで国としての関与を一切認めずに済む。殺された数多の捕虜は、本作戦の戦いに巻き込まれ死亡を確認。ロドリゴが捕虜を搬送している最中だったと結論づける算段だ。

 

 王からすれば今回、ロドリゴから捕虜強奪に関する訴えが来たことは大きな吉報として捉らえていた。民衆の前を大々的に連行することでロドリゴの油断を誘える。その後、捕らえたはずの俺たちの手によって不意をついて討たせる。


 しかしここで、一つの疑問が浮かび上がる。何故、俺たちに白羽の矢が立ったのかと。


 その問いに、王は「それはだな」と笑みを浮かべ、

 

 「ガルベルトとは、昔からの腐れ縁でな。戦場で幾度も刃を交え、互いの命を国のために賭していた。立場は違えど、その正々堂々かつ、勇猛果敢な戦いぶりには敬意を表する。それにだ、我が国に流れ着き、民たちを長年助け信頼を得ている。頼むには十分な理由にならぬか?」


 と、答えた。


 ガルも昔、獣王騎士団として同じ戦場に立っていたようだが、まずは何より、王は「この件が片付けば、お前たちは自由だ」とつけ加えた。

 

 強制的に連行され、一時は死も覚悟した俺たちにとっては、任務以上に最重要なことだ。

 

 そう言えば、王がいう解放にルーチェリアは含まれているのだろうか?──俺は王へ尋ねた。


 「恐れながら陛下、私たちの任務が終われば、罪は問わず解放するとの意でよろしいでしょうか?」


 「ああ、無論だ。約束は守ろう」


 「ありがとうございます、ではもう一つ。捕虜である彼女も解放してもらえますか? それとも、また捕虜として身請け人の下へ引き渡されるのでしょうか?」

 

 俺は唇を噛み締め、眉間に皺を寄せた。その様子に王は「そうだなあ」と俺の顔を覗きこんだ後、ガルに対して目配せをした。

 

 「生憎、捕虜という立場は変わらぬ。だが、身請け人の新たな選出ならばできる。そこに適任がいると思うのだがな。どうだ? 別に構わぬであろう? これまでと何ら変わらぬ。保護していたのだからな」


 王の悪戯な声に、ガルも「そうきましたか」と驚きの中にほのかな嬉しさが滲んだ。


 「ハルセ殿、我々にも大きな目的ができたな。ルーチェリア殿もそれでよいのか?」


 「ガルベルトさん、私はそれがいい!」


 場の空気を忘れ、喜びに沸く俺たちだったが、「お前たち、分かっておろうが、戦いはこれからなのだぞ?」と王に軽めの釘を刺された。

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