第19話 王都連行

 「ほ~ら、ガルベルトさん。これを見てよ」


 俺は目の前である物を左右へ大きく動かす。

 そして時折、素早く小刻みに。

 

 「〇☆□△~ハ、ハ、ハルセ殿、それ、それは……ガゥルルゥ、ダメだろぉ~」


 フール草にメロメロに戯れるガルの姿は猫科の性か。


 これは俺に内緒でルーチェリアと特訓をしていたことへの報復だ。


 さぁ見るがいい、ルーチェリア。

 この愛くるしい、ガルの姿を。


 「おはよう、ハルセ」

 

 眠そうな目で俺に挨拶をするルーチェリア。

 目の前でガルが戯れているにも関わらず、平然とお湯を沸かし始めた。


 「ハルセも飲む? エルリンド茶」


 「……」

 


 (いや、あの……他に何か言うことはないのかな?)



 「ルーチェリア、今の状況見えてる?」


 「え? 何が? あ、おはよう、ガルベルトさん」


 (ち、ちが──う! この状況で普通におはよう? それだけ?)

 

 「ん? どうしたの? ハルセ。何か顔についてる? あ、それと、そろそろご飯の準備だよ。今日はガルベルトさんの当番ですよ?」


 ルーチェリアの話など、全く意に介さずなガル。

 フール草を延々と追い続けている。


 「ハルセ、そろそろ止めてあげて。ご飯の準備ができないよ」

 

 今日は機嫌が悪いのか? 眉を歪めるルーチェリアの言葉に、俺はフール草を振る手を止める。


 「ハッ!? ハルセ殿、ダメではないか! こんなことをされては私は隙だらけ。色んな意味で危険にさらされているのだぞ」


 「集中してれば、誘惑には負けないんじゃなかったっけ?」


 「う─む。それはだな……まぁ。本能が騒ぐのだから仕方のないことだ」


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 ただ、これって獣人にとっては当たり前の光景なのだろうか?


 食事中、俺はその疑問をぶつけてみた。

 返ってきた答え……それは普通のことだという。

 獣人には個人差があれど、物と戯れる習性がある。


 確かにルーチェリアもボール遊びが大好きだった。


 数か月前までは、修練後に一緒によく遊んでいたもんだ。


 「ルーチェリア、また今度、久しぶりにボール遊びするか?」


 「え──、子供の頃ならともかく、今はそんな淫らな姿は見せたくないな」


 「いや、言い方……」


 食事を終えた俺達が後片付けをしていると、ガルが何かの異変を察知する。


 「ハルセ殿、明かりを消せ」


 ガルの指示に従い急いで明かりを消す。

 そして、壁際へと身を潜める。


 まだ薄暗い明け方。

 多くの馬の足音と何かの気配。


 静けさを打ち破るように女の声が響き渡った。

  

 「ガルベルト=ジークウッド! 我はアズールバル王国騎士団団長、メリッサ=ジノワールである。我が主君、アハド王の命により、捕虜強奪の罪にてその身柄を強制連行する。並びに共犯とされる者1名、捕虜ルーチェリア=シアノ、両名も同様に連行対象である。ここは完全に包囲した。抵抗はするな。大人しくしていれば危害は加えない。直ちに投降せよ」



 (ど、どういうことだ? 捕虜強奪??)



 「槍聖メリッサ、自ら出向いてくるとは。もう大丈夫だと思っていたが……。しかし、いかにして私が絡んでいると知ったのだ……二人ともよく聞け、王国騎士団を相手に、ここを全員無事に切り抜けるのは困難だ。特にメリッサ相手では分が悪い。大人しく軍門に下ろう。大丈夫、案ずるな」


 「分かった、ガルベルトさん」


 「ハルセ、ガルベルトさん……私のせいでごめんなさい……」


 「ルーチェリアのせいじゃない! 奴隷みたいな扱いをして、殺してもいいようなことを言っていた、アイツが悪いんだ!」


 「ハルセ殿のいうとおりだ」


 虚ろな目をしたルーチェリア。

 俺はその肩を「大丈夫だ」と伝えるように軽くポンポンと叩く。

 

 これから大人しく投降。

 戦闘の意思はないことを伝えるように、両腕を見える位置に示したまま扉を開く。


 全てを取り囲むように配置された多くの騎士。

 剣を抜き、身構えている光景。

 まさに臨戦態勢の状況だ。


 ネズミ一匹逃がさないといったところか。



 (これが、王国騎士団……)



 その中でも特に際立つ存在。

 騎士団長メリッサ……女性ながらに、その威圧感は凄まじいものを感じる。


 戦意喪失とはまさにこのことだ。



 でも、気のせいだろうか……ルーチェリアを見て少し微笑んだようにも見えたけど。


 

 両手を上げたまま立ち尽くす俺達の前へと、一人の騎士が近づき、


 「そこに膝をつけ! お前たちの属性を見せろ!」


 と眉間に皺を寄せ、威嚇するように言葉を投げる。


 俺達は素直に従い、それぞれの属性を示す。

 

 「これより、お前達の属性を封じる。そのための錠だ。片手を出せ」


 そう告げると順に属性に応じた魔法石の錠をかけ始める。


 ……しかし、俺の地属性だけは違った。

 

 「お前、【地属性】とは災難であるな。魔法石ですら地属性は肥料くらいでしか見たことがないわ。ハハハハハ。すまんな、生憎、地属性用の抑制錠も持ち合わせておらん」


 俺の前で数人の騎士達も釣られたように嘲る。



 (騎士共め、馬鹿にしやがって……)



 俺だけが両手両足の錠。

 属性を封じることが出来ないのであれば、行動を封じるということか。


 そして、錠をつけられた俺達は一台の馬車へと乗せられる。



 ◇◆◇



 俺達を乗せた馬車は王都へ続く大橋を渡り始めた。

 こんな形で正面から王都に入ることになるとは、皮肉なものだ。


 城門前。

 メリッサの呼び掛けに応じ、開かれる扉。

 その先には、石畳が真っ直ぐに続いている。


 道の両端には多くの人々が集まり、連行の様子を見つめているようだ。



 (これは見せしめか? まるで極悪人だな。これから俺たちどうなるんだ……)



 「着いたぞ。降りろ!」


 馬車を降りた俺達。

 騎士に言われるがまま、城の入口へと歩く。

 連行した騎士が、入口付近の兵士へ俺達を引き渡す。


 そして錠に紐を結び、引っ張るように二階へと誘導されていく。


 謁見の間。

 これから、この国の王と話をすることになる。


 俺達は犯罪者扱いだ。

 まともに話をしてもらえるとは到底思えない。


 (いきなり死刑とか……流石にないよな?)


 不安な気持ちをよそに、大きく重い鉄の扉がゆっくりと開く。

 

 「騎士団長メリッサ=ジノワール、王命による三名、連行いたしました」


 正面の玉座に王。

 そしてその隣では、剣士らしき男が目を光らせている。


 騎士団長メリッサもまた、王の隣へとゆっくりと歩み寄り、こちらを振り向く。


 王……思っていたより若い感じか。

 銀髪に顎髭、見た目の印象は厳格という感じではない。


 体は戦士のようにガッシリとしていて、芯のある目と言ったらいいのか。


 こちらの考えを見透かされそうな目力を感じる。

 

 「私はこの国の王、アハド=アズール。お前たちの名は?」


 「陛下、私はガルベルト=ジークウッドと申します」


 「ふん、久しいな、ガルベルト。かれこれいつ以来だ。幾度もお前とは刃を交えたものだ。我が領地に住みだしてからも、騎士団を送ってはみたが、全て空振りだったな」


 「陛下、私は……」


 「もうよい。今回は別件だ」



 (ん? ガルは王と顔見知り? 刃を交えた? 一体どういう関係が……) 



 「少年よ、お前は?」


 「はい、ハルセ=セノです」


 「ハルセ=セノ? 変わった名だな。どこの生まれだ?」

 

 どこの生まれ? どう答えるのが正解だ?

 「異世界から来た」と素直に言っても、嘘の申し立てをしたとかで、それこそ死刑になるかも知れない。


 そういえばガルと初めて会った時、【ジルディール】って町の名前を言っていた。


 「ジ、ジルディール出身です……」


 「ジルディールか、ここから南方だったか?」


 「そうです。南の町です」


 「あんな遠くの南方の町から何故、王都へ来たのだ?」


 「し、仕事を探しに来たのですが、なかなか王都であっても見つかりませんでした」

  

 王は話を聞き、表情一つ変えずにこちらを見ているだけ。


 上手く言い逃れ出来ただろうか。

 不安で仕方ない。

 

 「お前が捕虜のルーチェリア=シアノだな」


 「……はい」


 ルーチェリアは静かに頷きながら、小さく返事をした。


 「今日、お前たちを呼んだのは他でもない。そこに居るルーチェリア=シアノをガレシア商会会長ロドリゴ=ガレシアから強奪したとの報告を受けたからだ。報告はロドリゴ本人よるもの。何か異議はあるか?」


 ……異議か。

 ありのままを伝えていいのか。


 たとえ今、何も言わずとも、俺達がルーチェリアを連れて逃げた事実は変わらない。


 このままではただの強奪……罪人。

 人を人とも思わないような奴をいいようにのさばらせるだけだ。


 「恐れながら、国王陛下。私がルーチェリアを連れ去りました。ガルベルトさんはそのときの状況を聞き、保護することを決断しただけです」


 「ではハルセよ、何故連れ去った? その理由を聞かせてくれるか?」


 「それは……このままではルーチェリアが殺されてしまうと思ったからです。その男は獣人の捕虜は死んでも構わないと、私達に鞭を振り下ろしました。捕虜だからと命を軽んじていいものでしょうか? 私はそうは思わない。だから、連れて逃げました」


 王はこちらの本心を見定めるように、視線を逸らすことなく耳を傾ける。


 「そうか。お前の言う通りだ。例え獣人の捕虜と言えど、命は軽んじていいものではない。だがな、国というものには守るべき法律ルールがあるのだ」


 この国の法律ルール


 捕虜は、捕虜身請け人として認められたもののみが受け入れることができ、身請け人は保護する義務を負う。


 捕虜はこの国に帰属し、王の下へいかなる場合にあっても、返還できる用意が常になくてはならない。


 難しく言ってはいるが、王から指定された者が保護者の役割をし、王が返せと言ったらすぐに返す必要がある……そういうことだろう。

 

 「ハルセよ、法律上はお前たちは罪となる。捕虜身請け人として認められていないにも関わらず、身請け人の元から連れ去った。罰としては、少なくとも〝10年〟の投獄」


 「!!」


 「……」


 「王様! お願いいたします。彼らは私を助けてくださいました。命を救ってくださいました。どうか、どうか、恩赦を……」


 声を張り、必死に訴えるルーチェリア。

 王は俺達三人と一人ずつ視線を合わせる。

 そして、思い立ったかのように口を開く。

 

 「そこでだ。ここから先の話は、機密事項として聞いてももらいたいんだが聞いてくれるか? 但し断ったり、口外した場合、即座に刑の執行を行うが」

 

 王の提案。投獄されるか、話を聞くかの二択。

 悩む必要すらない選択。


 俺達は互いに目を合わせた後、その言葉に軽く頷いた。


 「では、場所を変えよう」


 別室へと移動。

 そこにある大理石の大きなテーブルに対面で席につく。


 王、騎士団長メリッサ、剣士の男、そして俺達三人。

 

 「では、私はまだ挨拶をしていなかったな」


 静寂を破り、剣士の男が話し始めた。


 「私の名は、リオハルト。王を守護する剣、王の側近として仕え、城内の守備を主に任されている」


 王の側近、リオハルト=エストバル。


 深い青色の髪が印象的で端正な顔立ち。

 体の線は細く、体型だけを見れば優男。


 だが、眼光は鋭く、只者ではない雰囲気がある。


 ガルの話では、王国の武勇は武闘派の王に加え、二人の光の騎士が支えていると言われているようだ。


 槍聖メリッサと〝剣聖〟と称されるほどの剣の達人リオハルト。


 目の前の二人がこの国の戦力の根幹と言えるだろう。


 続けて、騎士団長メリッサが口を開く。

 

 「私は先ほど名乗ってはいるが、改めて。王国騎士団団長のメリッサだ。城外の守備を主に任されている」


 王国騎士団団長、メリッサ=ジノワール。


 赤毛のポニーテールが印象的な女騎士。

 女性として可愛いというよりも、綺麗なお姉さん系とでもいうのだろうか。


 りんとした雰囲気の中にも、何処と無く色っぽさというか、体のラインも素敵というか……。


 だが、俺達を連行するときの威圧感は凄まじかった。


 怒らせるとガルより怖そうだ……。


 「互いの顔合わせは済んだな。では、本題に映ろう」


 王は静かに両肘をテーブルにつき、口元で拳を握りしめる。


 そして、話の口火を切る。

 

 「私は国のため、ガレシア商会会長ロドリゴ=ガレシアを討つ。お前達には、その協力をしてもらいたい」

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