第17話 ガルベルトとルーチェリア、秘密の特訓 その2
日夜続く、ガルベルトとルーチェリアの密かな特訓。
ルーチェリアの武器は、類まれなる剣術と攻防一体の水属性魔法、そして異常なまでの成長速度。
ハルセの力への探求、そしてその先導者となるもの──ガルベルトは、日々の修練成果を見届けながら、これほどの適任はいないと確信していた。
彼は「パンパン」と両手のひらを打ち鳴らし、ルーチェリアに向かって呼びかけた。
「ルーチェリア殿、その調子だ。今日から貴殿の持つ、中域魔法の想像修練を開始する。まずは練度を上げ、最終的には〝属性開放〟まで持っていく」
「属性、解放?」
耳に届いた気になる言葉に、ルーチェリアは目を丸くする。
「ああそうだ。魔法は発動から解除までが一連の流れだ。貴殿の
「魔法を操る? 私が、ですか?」
「うむ。上手く
魔法は使ったらそれっきりで、後は勝手に消えるもの。彼女にとって、それが普通のことだと思っていた。まさか発動した魔法を自分の意のままに操れるなんて──ルーチェリアの瞳の奥は星降る夜のように燦然と輝いた。
「すごーい! じゃあ、たくさんの水柱もそのまま消えるんじゃなくて、敵を押し流すとかに使えたりするのかなぁ?」
「貴殿次第ではあるが、属性開放とはそういう力だ。きっと、ルーチェリア殿であれば可能であろう──それと、話しておきたいことがある」
突然、真剣な眼差しを見せたガルベルト。それに対し、ルーチェリア「うん?」と首を傾げた。
彼はハルセと離れ、個別に修練を行う意図を彼女へゆっくりと伝え始めた。
その訳に、ルーチェリアは大きく眉を吊り上げた。
「わ、私とハルセが戦うの?!」
彼女は同時に驚声を上げ、ガルベルトに向かって、その顔を突き出した。
「ああ、話したとおりだ。ハルセ殿がこれよりさらに強き男となるためには、迷いに打ち勝つ経験こそが必要となる。貴殿には、その力を貸してもらいたい」
「で、でも……私に、ハルセを傷つけるなんて、そんなことできるわけ……」
彼女の脳裏をよぎる、ハルセと過ごしたかけがえのない時間。
街での出会い。あれから三期以上が経過し、修練以外はほぼ一緒に歩いてきた。ハルセと二人、互いに色んなことを教え支え合ってきた。
ルーチェリアにとってのハルセは、辛かった日々を忘れさせ、これから先を照らしてくれる光そのもの──いつしか心の支えとなり、彼女の中で特別な感情すらも芽生えつつあった。
ガルベルトの思いとは明らかに違う、また別の何かが。
かくいうガルベルトも彼女の気持ちに一定の理解は示しているものの、「いや、傷つけるのではない。命を奪うくらいの覚悟でやってもらいたい」と、なおも強く迫った。
ルーチェリアは「んーっ!」と下唇を噛み、不満を大に反論した。
「ガルベルトさんは、私にハルセを殺せとでも言いたいわけ?……そんなの無理。私にそんなこと、できるわけがないじゃない!」
「たしかに、表面だけを受け取れば、そう取られても致し方ない。だが、根底にある目的はまったく逆のことだ。万物が流転するかの如く、状況は刻一刻と変化を遂げる。今この時も、貴殿は平和であると心からそう思っておるのか? いつ何時、命が奪われるかも分からぬ世界だ。貴殿であればわかるはず。ハルセ殿、以上にな」
ガルベルトは自らの心を噛み殺し、ルーチェリアにとって辛い過去を想起させる言葉を投げかけた。
彼女は動揺し、目は憂いでいた。しかし、ルーチェリアも心の内では、ガルの真意を分かりたいと願っている。
「そ、それは……」
「思い出させてしまったな……すまぬ。だが、私もルーチェリア殿と同じ気持ちだ。貴殿らを失いたくはない。戦いで迷い、飲まれれば、それは死を意味する。迷いに打ち勝つ術を、貴殿らには体得してもらわねばならぬ。これから先を生きるために、殺す覚悟で戦ってほしいのだ」
ルーチェリアはその小さな手のひらをギュッと握りしめ、静かに肩を震わせた。
だが、ガルベルトは引かなかった。「乗り越えろ」と強い意志をこめ、辛く突き刺さる言葉を投げ続けた。
「たのむ、力を貸してはくれないか? 何度でも言おう。貴殿らのためだ。もう分かっておるはずだ。今のままでは貴殿らの命、明日にも潰えてしまうかもしれぬ儚きものだと」
ガルベルトも心の奥ではこのことが災いし、大切な二人がどこか遠くへ去ってしまうかも知れない、この家を出てしまうかもしれないという、失う怖さに抗っていた。
何もない長き年月を過ごしてきた。その道すがら出会った温かな彼ら。だからこそ守りたい、その気持ちが彼の心を鬼にした。
一方、ルーチェリアの心も大きく揺れ動いていた。ハルセを守りたい、ガルベルトの力になりたい、それでも、大切な人を傷つけたくはない──交わることのない葛藤に、彼女は板挟みとなっていた。
でも分かっている。すべきことは分かっている。苦悩に満ち、ルーチェリアは小さく息を吐いた。
「ふぅ……。うん、わかった。わかったよ、ガルベルトさん……。私、戦うよ。この命、ハルセに救ってもらった。私をここに導いてくれた。今度は私の番。彼を導く番、ってことよね?」
「ああ、ルーチェリア殿。感謝する」
こうして、ガルベルトとルーチェリアの話合いは幕を閉じ、秘密の特訓も前日まで続けられた。
決戦前日の夜、ハルセが眠りについた後──。
「ルーチェリア殿、貴殿の魔法であれば、今のハルセ殿の攻撃は全て防ぐことができる。まず攻撃が当たることはないだろう。剣術も素晴らしく上達した。これであれば
ガルの不吉な語気に、ルーチェリアもまた唇の端を片方吊り上げ、不敵に言い放つ。
「はい、
「いいぞ、その意気だ。私が放つ技の回避タイミングもしっかり掴めておるな。あの近くには、壊れやすい岩も多くある。たとえ威力を抑えたとしても、ド派手に見えるぞ」
「うん、練習でもド派手だったもんね。ハルセ、きっとビックリだよね」
「ビハハハ、そうだな。びっくり仰天だ。ハルセ殿の顔が目に浮かぶな。よいな? 手を抜くのはご法度だぞ。貴殿の修練でもあるのだからな」
「もちろん、分かってる。真剣に、ね」
…………
………
……
「……という訳だ。ハルセ殿」
「何が『……という訳だ』だよ! まあ、話は分かったけどさ。でも、最後の二人は何なんだ? 話が狂気じみていなかったか?」
「ビハッ、そ、そうか? それは気のせいではないか? な、なあ、ルーチェリア殿」
「そ、そそそそうだよ。気のせい、気のせい……」
絵にかいたようにわかる動揺──が、まあいい。そんなことよりも、ステータスとか、属性開放とか、初耳のことばかりでむしろそっちを詳しく知りたい。
俺は顔に「ムッ」と書き、細めた目でガルを捉えた。
「それよりガルベルトさん、ステータスって何のことだ? それに属性開放? これまで一切聞いたことない言葉ばかりなんだが?」
「う~む……。そもそも属性の存在すらも知らなかった貴殿では、ステータスなど見る必要もなかったからな。まあ、その前に見ることすら叶わなかったはずだ。ステータスを見るにはある程度の属性力が必要となるからな」
「それで? どうやって見るんだよ」
「簡単なことだ。貴殿に属性を見る方法を教えたであろう? あれと要領は同じだ。右目に集中することで開かれる。一定の属性力と慣れが必要ではあるがな」
ガルは誇らしげに答え、俺は「あの読めなかった白文字のことか?」と、記憶の端を探った。
「なるほど……って、初めは仕方ないにしても、あれから半年も経つんだぞ? もう十分に力はついたはずだ。何で黙ってたんだよ? 自分の属性力がどのくらいか分かってた方がいいに決まってるだろ?」
「それはだな……下手な言い訳はせぬ。単に忘れていたのだ。すまぬ」
「……へっ?」
潔すぎるガルの答え。俺を見る彼の眼差しには、虚偽の虚の字も浮かんではいない。
ただ単に忘れていた、それだけのことだった。
ガルは顎を撫でつつ、片方の眉を上げた。
「多少言い訳にはなるが、貴殿が〝属性開放〟を使えるようになってからでは、今回の試合は厳しかった。私とて本心では、二人が傷つけ合う姿など見たくはない。ルーチェリア殿の魔法、特に防御面を鍛え上げ、能力に差を生み出すことが出来たからこそ、お互い無傷に終えることができたのだ」
彼は自らの話に「うむうむ」と一人相槌をうった。
たしかに、力が拮抗していればほぼ無傷で終えることなどできなかっただろう。
とはいえ、ガルも途中、際どい攻撃を入れてはきたが、それも避ける練習をしていたとの話だし、本当に仕組まれた計画どおりだったんだな──と、俺はなぜか感心した。
俺はガルの皿に載ったラックルのモモステーキをフォークで突き刺し、「も~らい!」と大口を開けて頬張る。
ガルは「ビハッ?!」と固まったが、もう一つを狙った俺の手を素早い手捌きで払いのけた。
「いてっ! もう一つくらいいいじゃん、それで今回はチャラにしてやるよ。あとさ、もう隠す必要はないんだろ? 俺にも属性開放、教えてくれよな」
「ふん、肉はやらぬが分かっておる。早速、明日から修練を開始するぞ。一先ず、今日は二人ともよく頑張った。さあ、食べろ食べろ。おかわりもたっぷりとあるぞ。肉、以外はな」
「ハルセ、ご飯食べたら【ルーゼルの丘】に行こう。今日は星が綺麗だと思うし」
和気あいあいと夕食を囲む。異世界に来て半年、俺には大切な仲間ができた。
今日に限っては少しばかり、道半ば倒されかけたがそれはそれか。彼らは彼らで俺のことを考えて頑張ってくれていた。本件はきれいさっぱり水に流して終わりとしよう。
この仕組まれた戦いのお陰で、俺は少なからず、迷いを断ち、前に進む覚悟ってやつを知ることができた。
また一つ、乗り越えた。俺はこれからもっと強くなれる──開いた手のひらを固く閉じ、俺はニタリと一人笑った。
これからも異世界生活は続いていく──もちろん、俺たち家族三人での長旅だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます