第17話 秘密の特訓 その2

 「わ、私とハルセが戦うの!?」


 ガルベルトの話に嫌と言わんばかりに顔を突き出すルーチェリア。


 「あぁ、話したとおり、ハルセ殿がこれからさらに強くなるためには、迷いに打ち勝つことが必要になる。貴殿にはその力を貸してもらいたい」


 「でも、ハルセを傷つけるなんて、そんなこと……」


 街で助けられて三期以上が経過し、修練の時間以外は、ハルセにべったりと言えるほど、互いに色んなことを教え合ってきた。


 ルーチェリアにとって、ハルセは辛かった日々を軽くしてくれるような、そんな心の支えとなり特別な感情すら芽生えつつあった。



 ……ガルベルトを思う気持ちとはまた違う特別な何か。



 かくいうガルベルトもルーチェリアの気持ちには薄々気付いているが、


 「いや、傷つけるではない。命を奪うくらいの覚悟でやってもらいたい」


 と、それでも尚強く言い切る。 


 「ガルベルトさんはハルセを殺せとでも言いたいの?……私にはそんなこと出来ないよ!」


 「そうだな……真剣勝負の最中、気を抜けばそうなるだろう。だが、目的は違う。生きるためだ。万物が流転するかの如く、状況は刻一刻と変化を遂げる。この世界を平和などではない。いつ何時、命が奪われるかも分からぬ。貴殿はハルセ殿以上に、そのことを理解しているはずだ」


 ルーチェリアにとって辛い過去を想起させる言葉であるのは、十二分に分かっている。だが、ガルベルトはそれでも投げかけた。動揺までは隠しきれないが、ルーチェリアも心の内では理解していた。

  

 「そ、それは……」


 「思い出させてしまったか……すまない。だが私にとっても貴殿らを失いたくはない。戦いで迷い、飲み込まれればそれは死を意味する。迷いに打ち勝つことを真剣に考えさせるためには、この戦いは必要な試練だ」

 

 ルーチェリアがその小さな拳を握りしめながら、震えているのが分かった。


 だが、ここは乗り越えて欲しいと願う強き思いから、ガルベルトは辛く刺さる言葉を投げ続けた。


 「力を貸してほしい。それにハルセ殿だけではない。こうして今、貴殿は迷っている。迷いを断ち切り、次へと進む。貴殿のためでもあるのだ。でなければ、ハルセ殿も貴殿もそう遠くない未来に死ぬことになる」


 ガルベルトには、今回の件で二人に嫌われてしまうかも知れない恐怖があった。


 いつからか、日々一人で過ごしてきた中で出会った大切な存在。


 だからこそ、守りたい気持ちが心を鬼にした。


 ルーチェリア自身もハルセを守りたい、ガルベルトの力になりたい……でも、大切な人を傷つけるかもしれないと、両極とも言える葛藤に板挟みとなっている。


 それでも苦しいながら、言うべき答えは分かっていた。


 「ガルベルトさん……分かった。分かったよ、私、ハルセと戦う」

  

 こうして、ガルベルトとルーチェリアの秘密の特訓は密かに試合前日まで続いていた。


 真剣勝負前日の夜、ハルセが眠りについた後。

 

 「ルーチェリア殿、貴殿の水属性魔法であれば、今のハルセ殿の攻撃は全て防ぐことが出来る。まず攻撃が当たることはないだろう。剣術も素晴らしく上達した。これであれば"殺れるぞ"」


 「はい、〝〟!」


 「その意気だぞ。私が放つ技の回避タイミングもしっかり掴めている。壊れやすい岩も仕掛けたし、威力を抑えて放ってもド派手に見えるな」


 「うん。練習でもド派手だったもんね。ハルセ、きっとビックリだよね」

 

 「かと言って、手を抜くのはご法度だぞ。貴殿の修行でもあるのだ」


 「分かってる。真剣にね……」 


 そして、ゆっくりと夜が更けていく。



 …………

 ………

 ……



 「……という訳だ。ハルセ殿」


 「何が『……という訳だ』だよ。まぁ、話は分かった。だけど……最後は二人とも、言葉が狂気じみていたのは気のせいか?」


 「ぶぁ、そうか? それは気のせいじゃないか? なぁ、ルーチェリア殿」


 「そ、そそそそうだよ。気のせい、気のせい……」


 凄い動揺しているように聞こえるが、まぁいい。

 それよりも、自分のステータス? 魔法強化段階? 属性開放? 初耳のワードが3つもあるんだが。


 「ガルベルトさん、ステータスって何のことだ? それに魔法強化段階に属性開放とか、聞いたこともない言葉のオンパレードなんだが?」


 「う~む……ハルセ殿ではまだまだステータスを見る必要もなかったからな。弱いのは分かっておったし。まぁ、その前に見ることも出来なかっただろうがな。ステータスを見るにはある程度の属性力が必要だ。属性表示と同じ要領で右目に集中することで開かれる。慣れれば軽く意識する程度で見ることができるぞ」


 「なるほどね……って、最初は仕方ないにしても、半年経つんだぞ。十分力はついたはずだ」


 「それはだな……忘れていたのだ。すまん」


 「……」

 


 (はい! 忘れられてた! ……きっと、嘘は言っていないな……)



 「言い訳にはなるが、貴殿が〝属性開放〟を使えるようになってからでは、今回の試合は厳しかった。私とて、二人が傷つけ合うのを見たくはない。ルーチェリア殿の防御特性を鍛え上げ、能力に差を生み出すことが出来たからこそ、お互い無傷に終えることができたのだ」


 確かに能力が拮抗していたり、俺の攻撃特性がルーチェリアの防御特性を大きく上回るようでは、今回のように無傷とはいかないだろう。


 まぁ、俺は多少、怪我はしたけどな。


 それに今回の試合、万が一にも、ルーチェリアに危険が及ぶような事態に陥った場合はガルが止めていたようだ。


 とはいえ、ガル自身も際どいレベルの攻撃を入れてきたんだけど……。


 まぁ、練習していたようだし、計画通りなのかも知れない。

 


 (それよりも……あれ? 俺に危険が及ぶときはどうなってたんだ?)



 俺に対する安全保障は、話を聞く限り、全くないように感じられる。


 俺に対する配慮は皆無……。

 ともあれ、文句は多分にあれど無事に終わり、ガルがこの試合を通して伝えたかったことは何となくだが分かった気がする。

 

 「もう隠す必要なくなったことだし、俺にもステータス確認や属性開放、教えてくれよな」


 「分かっておる。早速、明日から修練だ。一先ず、今日は二人ともよく頑張った。さぁ、食べろ食べろ。おかわりもあるぞぉ」


 「ハルセ、ご飯食べたら【ルーゼルの丘】行こう。星が綺麗だから」


 異世界に来て半年、俺は大切な仲間を得た。

 ちょっとばかし、道半ば倒されかけたが……。


 その点については色々とあったが、ガルもルーチェリアも俺のためにと、懸命に頑張っていたということで水に流そうと思う。


 この仕組まれた試合のお陰で、迷いを断ち切る覚悟ってやつを、少なからず身をもって感じることが出来た。


 また一つ、試練を乗り越えた俺はこれからもっと強くなれる。


 俺の異世界生活は続いていく。

 勿論、この三人で……。

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