第16話 ガルベルトとルーチェリア、秘密の特訓 その1
「ほらどうだ、ハルセ殿。今日は豪勢だろう! 疲れたよな? お腹も空いたよな? たくさん食べて、ゆっくり休んで、しっかりと英気を養うのだぞ」
時は流れて、夕食の時間──。
ガルがいつもより気合の入った料理を、テーブル上へ自慢げに並べていく。
「ハルセ、こ、これ、美味しそうだよね。と、ととと取り分けてあげるね」
「……あ、ああ」
あまりにもよそよそしい。ガルの不自然さが、ルーチェリアにまで伝染している。
とはいえ、彼女も
今日の試合は完全に仕組まれていた。巧妙に仕掛けられた罠が、俺の命を確実に仕留めようと狙っていた。断じて誤魔化したまま終わることだけは、許すまじ。
俺は内に秘めた鬱憤を抑え、話の口火を切った。
「ガルベルトさん、今日の真剣勝負──ルーチェリアと一体、どんな打ち合わせをしていたんだ?」
「──ガ、グフッ!」
突然、虚を突かれたガルは、口に入れた肉のジューシーさに咽た。そんな彼の様子に、ルーチェリアは慌てて、「あわわわ、ガルベルトさん! お水、お水です!」となみなみと注がれた木製カップを両手で差し出す。
彼は渡された水を受け取ると、一気に飲み干し、「ふぅ~やれやれ」と手の甲で額に滲んだ汗を拭った。
「危なかった……危うく、喉に肉をつまらせ死ぬところだった……して、ハルセ殿。私が勝負の前に言っていたことを覚えておるか?」
ガルは冷静さを取り繕い、かたや俺は冷ややかな目で返事をした。
「ああ、何となくはね」
「戦いとは常に合理であるとは限らぬ。時に不条理さも伴うもの。むしろその方が多いかも知れぬな。どのような状況であれ、己が答えを解き、そして導く。真の強さを得るためには、決して避けては通れぬ道だ。修練開始から三期経過後の話になるが、私はこのことを、貴殿にどう伝えていくべきか、頭を悩ませていた」
「で? 今回の勝負が、その結果ってこと?」
「ああ。率直に言えばそのとおりだ。ハルセ殿がルーチェリア殿をここへ連れてきてからというもの、常に気をかけ、愛おしむ気持ちが十分なまでに伝わってきた。そんな貴殿にとってのかけがえない存在と敵対したとき、否が応にも最大限の迷いとなるのは想像に難くはないからな」
彼はそう言うと、ルーチェリアの背中をポンと叩いた。
「ハルセ……私が、いとおしい?それっ、て?」
「いや待てよ、今はそういう話じゃないだろ? って、ガルベルトさん! 急に恥ずかしいことを言うなよな!」
俺とルーチェリアは互いに頬を赤くし、顔を見合わせた。
その様子にガルは「ビハハハハ!」と大口を開けて笑い、テーブルに両手を乗せ、前のめりになって顔を寄せた。
「ほほーう? 何を照れておるのだ?」
「て、照れてねぇし……。その前に、話を続けろよ。なんだかよく分からなくなったじゃないか」
俺は彼の顔を押し退け、話の続きを催促する。
ガルは椅子に座り直すと、両肘を置いて頬杖をついた。
「そうであったな、すまぬ。では、続けるとしよう。これは貴殿の感情云々の話だけではないのだ。私にとっても二人は大切な家族のようなもの。到底、私一人の力では、その家族を守り抜くのは難しいと考えた。さすがに貴殿らをここに閉じ込めておくわけにもいかぬからな。外に出れば自ずと危険は増える。だからこそ、身を守る術を身につけてもらわねばならぬのだ」
彼の口から零れ出た家族という温かな言葉。
この場所は俺にとっての家であり、居場所。彼に言われずとも、守りたい気持ちは同じだ。
俺は頭の後ろをポリポリと掻き、籠り声で返す。
「そんなこと……分かってるよ。俺だって、二人を家族同然に思ってるし、そのためには俺自身強くならなければならない。大切なものを失うわけにはいかないからな」
「──えっ? わたしのことが、大切……」
ルーチェリアは更に頬を赤くし、俺を見つめる──が、ここは流すとしよう。
もちろん、彼女のまんまるに潤んだ瞳、ケモ耳をフワフワ揺らして恥らぐ姿は紛れもなく可愛い。もはや、妹的ポジションからは逸脱するほどに俺の心に響いている。
しかし、今日俺は、ルーチェリアの手によって倒されかけた。否、殺されかけた。
その裏にどんな謀略が巡らされていたのか、俺には聞く権利がある。その時が、まさに今なんだ。
俺は緩みそうな頬を無理やり強張らせ、目の前の野獣に視線を戻した。
「ハルセ殿。思うようにはいかぬこと、避けたいこと、愁訴に苦しむこと──それらは不意に襲い来るもの。乗り越えるためには、力は当然ながら、自らの答えをどのように導くか、迷いを断ち切り進む意志が必要なのだ」
ガルは俺たちを大切に思ってくれている。それは十分に分かっているつもりだ。
言いたいこともわかる。けれど、問題はそこじゃない。俺が聞きたいことは別にあるのだ。
君たち二人が裏でコソコソと何をしていたのか。俺に隠れてどのような修練を積んでいたのか
(さあ、すべてを白状してもらおう)
俺は訴えかけるように、目に力をこめて彼を見た。ガルは鈍感だ。そんなことはお構いなしに、「──そんなときだった」と話を続けていた。
「ルーチェリア殿の属性は水。それは分かっていたが、あまりにも桁違いの属性力を持っていることに、気づいたのだ」
◇◆◇
さかのぼること、約二期前。
「えいっ! えいっ!」
ハルセの姿が点に見えるほどに遠く離れたラグーム平原南方で、ガルベルトとルーチェリアは、とある修練を重ねていた。
「いいぞ、ルーチェリア殿! その太刀筋! どこかで剣を学んでおったのか? 実に見事なものだ」
木刀片手に飛びかかり、ガルベルトに向けて、連続して剣の軌跡を描いたルーチェリア。
その場に足を止め、彼の質問に笑顔で応じた。
「うん! お父さんが剣術の師範だったの。村の人たちにも教えてたんだ。でも私、本格的な練習はこれがはじめて。あんまり習う時間もなかったから、ほとんど見てたの……」
話しながらその表情を曇らせた彼女に、ガルベルトは申し訳なさげに頭の横を掻いた。
「すまぬ、辛いことを聞いてしまった」と、気遣う言葉をかけつつ話を切り、本題へと繋いだ。
「さて話を変えるが、貴殿は水属性であったな。今の属性力がどの程度か見ることはできるか?」
「えっと、属性、力? あっ! 集中して見るやつのことかな?」
「そうだ、さすがによくわかっておる。さっそく、見てみてもらえぬか?」
「うん、わかったぁ!」
彼の指示に従い、ルーチェリアは右目に意識を集中させた。
「ガルベルトさん、見えたよ」
◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆
名前 :ルーチェリア=シアノ
種族 :獣人 (混血種)
年齢 :10歳
属性 :水 (955)
魔法 :
◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆
「ええと~、属性力ってどれかな? 属性のとなりに〝955〟って数字が書いてあるけど、これのこと?」
「ああ、それで間違いはな、ん?! ルーチェリア殿! 今何と申した?」
「えっ? その、955って見えるだけど、何かおかしいの?」
不思議そうに目を丸め、小首を傾げたルーチェリアに、ガルベルトの視線は釘付けとなった。
彼女のいうとおり、おかしい。それはあまりにも、現実からかけ離れた数値だった。
「──一つ聞く。貴殿はこれまでにどの程度、魔法を使ってきた?」
「どの程度っていっても、そんなには使ってないよ? 私がまともに使えるのって
ガルベルトは顎を下げ、腕を組み、彼女を見つめて黙考した。
(これは一体、どういうことだ?)
仮にこの話が真実であれば、ルーチェリアが嘘をついている、ということになる。
そもそも属性力を鍛えるためには、想像修練が必須だ。何の努力もなく、一朝一夕で身につくものではない。にもかかわらず、彼女の口から修練の話は一切なく、村人の治療に使った程度だと話している。
如何な
そのうえ、彼女が挙げた他二つの魔法はどちらも水の
ガルベルトは頭を悩ませた。あまりにも有り得ないことばかりが空回りしている。
しかし、ルーチェリアが嘘をついているとは、到底彼には思えなかった。
そして、一つの結論に達した。
(──もしや、これが本物の適正というものか?……それにしても、想像をはるかに超えるものだ)
彼が頭を抱えるのも無理はない。適正というにはあまりにもずば抜けている。
彼女の年齢で、仮に一般的に適正があるとされた獣人が修練を重ねたとしても、せいぜい400前後が関の山だ。
そんな中、ルーチェリアの属性力はこの倍以上を凌駕し、すでに中域魔法まで習得済みとなっている。
いくら伸び盛りの獣人といえど、はいそうですかで鵜呑みにできるものではない。
ただ、ここのところの彼女の成長は著しく、冴えわたる剣技に加え、その身のこなし、魔法練度の高まりを見ていれば、自ずと驚異的な属性力を持っていたとしても頷けてしまう。
ここに来て約3期──このままいけば、ガルベルトはいずれ自身とすら渡り合えるだろうと、末恐ろしくもあり、鍛えがいのあるルーチェリアの才に心中密かに息まいていた。
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