第15話 対ルーチェリア戦 その3

 「やっとやる気になったね。じゃあ、私も本気でいくよ!」 


 俺の心境の変化を読んだのか、ルーチェリアの目つきが鋭くなった。


 利き足を踏み切り、飛ぶように俺の眼前に彼女が迫る。


 命の危機にさらされながらも、取り乱した様子は微塵もない。


 初めから一貫して、俺の力を見定めようとしているルーチェリアからは、同じ人物とは思えないほどの気迫が伝わってくる。


 ブンッ!


 俺の前髪を掠める、迷いのない太刀筋。木刀が真剣と見まがうほどの鋭利な光を放ち、洗練された剣技が次々と繰り出される。


 俺は寸でのところで避けつつ魔法を詠唱、「負けてられるか!」と彼女の瞳に挑発的な笑みを映した。


 傷つけることを恐れた俺は影を潜め、両手に纏った大地拳アースフィストで、振るわれる木刀を「ガゴンッ!」と弾き飛ばす。


 「──くっ! やるじゃない、ハルセ」


 重く鈍い音を鳴らし、ルーチェリアの手元から木刀が離れて宙を舞った。俺は無防備となった彼女に向けて、そのまま拳を振り切った。


 だが、彼女の防御を完全に崩すのは容易ではない。


 「──水麗ウォーター防衛プロテクション」との囁き直後、彼女の周囲に水柱が噴き上げ、俺の拳は水圧で鈍る。その隙を突いて、ルーチェリアは軽快な身のこなしで場を逃れ、手放した木刀を再び手に取る。


 そのうえ、彼女に同じ攻めは通用しない。俺がまた木刀を狙っても、直前に太刀筋を変化させて攻撃の隙間を掻い潜ってくる。


 彼女の防御すらも崩せず、技術どころか、学習能力でも劣っている──悔しいが、その差は歴然だと俺は思った。


 しかし一つだけ、突破口を見出してもいる。今の俺が勝てる、唯一の可能性だ。


 俺が手をこまねいていたように見えたあの時間。ルーチェリアが放つ斬撃の隙を数えていたことも、あながち無駄ではなかったということだ。


 彼女の剣術の凄み。それは〝斬撃変化〟によるところが大きい。勝つための結論を言ってしまえば、木刀の太刀筋に変化を加える際に、俺には一瞬だけ手元が止まったように見えていたということだ。

 

 「ハルセ、何をぼやっとしているの? そんなんじゃ、やられちゃうよ」

  

 悪戯な笑みを浮かべ、俺に向かって小首を傾げたルーチェリア。


 木刀を水平に倒して構えると、一気に前へと踏みこんだ。


 (──来る! やるしかない!)


 俺は魔法を使わず、革製手袋レザーグローブのままで両手を翳し、白刃取りの構えを取った。とはいえ、実際にやったことはない。ぶっつけ本番、一発勝負だ。


 それに俺の狙いは木刀ではなく手元。

 彼女の斬撃が先に、この腕を直撃すれば、今度こそ持ちそうにない。


 俺の皮製手袋なんて、ルーチェリアの斬撃の前ではほぼ素手といっても過言ではないからだ。


 うまく木刀を避け、止まった手元を押さえる。行動原理はこれだけだが、失敗すれば全てが終わる。大きな賭けだが、やらなければ、どちらにしろ俺は負ける。


 唇を結び直し、俺は彼女の動きを注視しながら、神経を研ぎ澄ませる。


 ルーチェリアの攻撃は直線的だが、斬撃変化が加わることで、その単調さは打ち消される。


 それどころか、最短距離で多様な斬撃がくることを考えれば脅威としか言いようがない。


 (集中だ……。斬撃変化の隙にこそ逆転のチャンスはある)


 眼前に飛び込むルーチェリアの姿。鋭く光る瞳孔が俺を捕らえて離さない。


 ここからが勝負だ。斬撃変化を加える際、剣先に僅かな揺らぎが生じる。


 (剣先は左……このまま右薙ぎか? それとも変わるか?)

 

 俺の目が、剣先、そして彼女の手元となぞるように吸い寄せられる。


 剣先が陽炎のように揺らぐ。柄巻上部にかけられた手の力が弱まりだすと、流れるように下部に添えられた手元の力が強まっている。


 ルーチェリア特有の剣先を返す動きだ。


 (──見切った! 変化がくる!)


 一瞬の隙をつき、俺は彼女の手元を両手で掴むと、力づくで地面に引き倒そうとした。


 しかしルーチェリアは、「さすがだね」と余裕の笑みで返し、俺に腕を取られたまま跳躍すると、錐もみ状に体を回転させて、振りほどいた。


 (マズい、このまま距離を取られてはダメだ。これ以上戦いを長引かせるわけには……)


 俺はこの機を逃がすまいと、即座に魔法を発動した。


 「まだだ、ルーチェリア! 大地よ、我を守護せん防壁となれ!〝大地防壁アースブロッカー〟!」


 「えっ!?」


 ルーチェリアが驚くのも無理はない。

 彼女の背後には、突如として、行く手を阻む大地の壁が突きあがった。


 魔法は特性によって種類が分かれてはいるが、それによってできることが固定化されているわけではない。


 大地防壁は防御特性の魔法だが、俺は彼女の逃げ道を封じるための障害物として利用した。


 使い方は特性をも超える。魔法は想像、何事もイメージが大切だ。 


 「あ、えっ、しま……っ!?」

 

 袋小路の現状に、初めて焦りを見せたルーチェリア。

 俺は、振り向く彼女の頬を掠めるように、大地の壁に手をついた。

 

 ルーチェリアは驚きの眼で俺を見た。

 

 「勝負、あったよな? 武器を下ろせ」


 今度こそ抑えた。彼女にもう逃げ場はない。とはいえ、ここでの油断は禁物だ。


 俺はすでに大地拳を右手に纏って、次の攻撃に備えている。

 目の前には俺、後ろには大地の壁がルーチェリアの行く手を遮る。


 彼女は「あわわわ……」と何とも落ち着かない様子で、木刀を落とし、両手をブルブルと振って観念した。


 「わ、わかったよぉ~、私の負けだよ。だからさ、その……」


 「ん? どうしたんだ?」


 ルーチェリアの様子に、俺は片方の眉を上げ、首を傾げた。


 つい先ほどまでの冷静な彼女はどこにいったのか? 一転して激しく動揺しているし、だいぶ頬が赤くなっている気もする。


 俺は冷静に、今の状況を考えてみた──いや、もはや考えるまでもなかった。


 (──はっ!? これって、俺たち……)


 大地の壁に手をついた俺、目の前には恥ずかし気に視線を外す、頬を染めたルーチェリアが佇んでいる。


 (こ、これは……前の世界で流行っていた〝壁ドン〟というやつじゃないのか?!)


 まさかの異世界で、こんな人前で、こんなにも大胆なことをするはめになるとは──と、夢のような現状に、俺もまた頬を赤くした。


 俺は恥ずかしさと気まずさからか、直ぐに壁から手を放すと両手を上げて、顔を激しく左右に振った。


 「ご、ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだ。いや、その……大丈夫、か? 怪我はないか?」


 慌てる俺を前に、ルーチェリアは指先を唇にあて、小さく頷く。


 「……うん、大丈夫。でも、やっぱりハルセはすごいね。私ももうお手上げだよ。これじゃあさすがに避けれないもん」

 

 見つめ合う二人。俺とルーチェリアは壁ドンの余韻、否、戦いの余韻に浸っていた。

 

 そんな俺たちのところへ「ゴ、ゴホン!」とわざとらしいまでの豪快な咳ばらいを挟みながら、鬼教官ガルが近づいてきた。


 「盛り上がっているところ悪いが、勝負はついたようだな」


 「ご、ごめん! ガルベルトさん。俺……」


 開口一番、俺は彼に謝罪の言葉を口にしたが、かたやガルの顔はいつもと変わらず穏やかなものであった。


 「ん? 何を謝る必要がある? もしや、ハルセ殿が声を荒げたことか? そのことならば気に病むことはない。あの状況であれば、誰であっても怒るであろう。大切に思う者に刃が向けられれば、当然のことだ」


 俺は彼の優しさに甘んじることなく、深々と頭を下げ、なおも詫び続けた。


 「いや、それでも、謝るべきは謝る。それが礼儀だし、俺も気持ちを新たにできる。感情的になりすぎたのは事実だし……それに、ガルベルトさんはいつだって意味があること教えてくれていた。俺は今回、そのことを真剣に考えてなかった。だから、謝りたいんだ」


 何もかも、思い通りにいかないことへの不満、自分の傲慢さが招いたことだと、気づいてしまったからだ。


 ガルは「ふっ」と鼻を鳴らし、俺の肩を軽く叩いた。


 「わかった、わかった。だが、もう終わりだ。ハルセ殿は試練を乗り越えたのだ。私はそれだけで満足だ。それにルーチェリア殿もよく頑張った」


 彼の褒め言葉に、ルーチェリアは両耳をフワッと持ち上げ、嬉しさを露わにした。


 「はい! 頑張りました! ガルベルトさんに言われたとおりにでやりきりました!」


 「・・・」


 誇らしげに答えた彼女の声に、その場の空気が凍りついた。

 

  (……あれ? どういう、こと?)


 俺の頭に並んだ、数多の疑問符。決して空耳なんかじゃない。


 それを証明するかの如く、ガルは唇を尖らせ、「ヒューヒュー」と下手な口笛を吹きながら、小刻みに俺の元から離れようとしている。


 (口笛も誤魔化しも下手すぎる。ガルの命令だと? 俺を殺せと、ヤツは言ったのか?)


 プルプルと震える体は怒りなのだろうか。俺はちゃんと、自らの非を認めて謝罪した。


 一方、ガルはこのまま逃げおおせようとしているのか? それは断じて許されない。


 「さぁて、これだけ派手に動けばお腹も空いたろう。な、なあ、ルーチェリア殿……ゆ、夕飯の準備を始めなくては、な?」


 ルーチェリアを引き連れ逃れようとするその背に、俺は重たい声で投げかけた。


 「ガルベルトさん、少し待ってもらえるかな?」


 「ビ、ビハッ……ど、どうしたというのだ、そのような顔を。せっかくの男前が台無しであるぞ?」


 「そんな世辞はいい……。今日の試合ってさ、知らなかったの俺だけなの?」


 「いやあ~まぁ、その、そうだなぁ……」


 何とも歯切れの悪い返事だ。一言、「そうだ」と言えばいいものを。俺はさらに問い詰める。


 「ルーチェリアが元気一杯に言ってたけどさ、殺す、覚悟って何のこと? 今思えばさ、おかしいことばかりだったんだ。水の中で窒息死させられそうになったり、彼女の一太刀一太刀が、俺の急所ばかりを狙っていたんだよな──これって、どういうことかな? アハハハハ……」


 「ビ、ビハハハハ……気のせいだぞ? 気のせい。ハルセ殿は考えすぎなところがあるからな。それに疲れも相当溜まっておるだろう。まずは、夕食でも食べて、リラックスをしようではないか」

 

 何がリラックスだ、この戯けが──と俺は思う。

 数々の鬼畜を極め抜いた修練でも、吐き出したい文句は山ほどある。不満で富士山が作れそうなほどだ。


 これまでは我慢し耐え続けた──が、今日は直接ぶちまけて、発散したい。


 「まあ、無事に終わり、いい成果が得られたであろう。それでよいではないか、ご飯でも食べながら、なぁ、その、なんだ、ゆっくり話しでもしようか。ビハハ……ハ……ハ」


 とりあえず、俺とルーチェリアの真剣勝負は無事に終わりを迎えたが、ガルの口から全てを白状させなくては気が済まない。


 俺は「じゃあ、そうしようか」といつにない上から目線で静かに答え、二人と共に歩き出す。


 まだまだ、今日の夜は長く続きそうだ。




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