第15話 VS ルーチェリア その3
眼前にはルーチェリアの姿。
鋭い視線が俺を捕らえて離さない。
ここからが勝負だ。
斬撃変化を加える際、剣先に僅かな揺らぎが生じる。
(剣先は左……このまま右薙ぎか……)
俺はルーチェリアの手元に全神経を研ぎ澄ませる。
柄巻上部にかけられた手の力が弱まり始めると、流れるように下部側に添えられた手元の力が強まっている。
ルーチェリア特有の剣先を返す動き……。
(いや……違う!左だ!)
俺の読みどおり、ルーチェリアの剣先は扇を描くように回転を始め、斬撃変化を加えるために力を込めた手元の動きは止まっている。
「!?」
一瞬の隙。
俺は力の籠った手元を掴み、体を反転させる。
それと同時に、ルーチェリアの首を後ろから抑え込む。
だが、そのまま大人しくしている相手ではない。
ルーチェリアもすぐさま体を反転させて、掴まれた木刀を離し、俺を足場にして蹴るように回避する。
距離をとられてはダメだ。
俺のほうがダメージが多い。
これ以上長引かせるのは、確実に劣勢になる。
……ここで決める。
「まだだ、ルーチェリア! 大地よ、我を守護せん防壁となれ!〝
即座に発動する地属性魔法。
ルーチェリアは現状を理解するのに頭が追いつかない様子だ。
「え、えぇ~!? 何??」
ルーチェリアが避けた先に大地が壁となって立ち塞がる。
魔法の用途が防御特性だからと言って、出来ることが防御のみに固定化されるわけではない。
俺はルーチェリアの逃げ道を封じる障害物として大地防壁を発動した。
魔法書の用途はあくまで分類上のもの。
全てを自由にとはいかないが、使用者次第で変わるものもある。
「あえっ、しま……っ!?」
振り向くルーチェリアの顔を掠めるように俺が壁に手をつく。
ルーチェリアは大きく目を見開き、驚いた表情で俺と目を合わせる。
「──勝負あったよな?」
今度こそ抑えた。もう逃げ場はない。
とはいえ、ここでの油断は禁物。
俺はすでに大地拳を右手に纏って、次の攻撃の準備をしている。
それに目の前には俺が、後ろには大地の壁がルーチェリアの行く手を遮っている。
「は、ハルセ。わ、わかったよぉ。私の負けだよ。だからさ、その……」
「ん? どうした?」
つい先ほどまでの冷静なルーチェリアは影を潜めたかのように、一転して酷く動揺している。
それに、だいぶ頬が赤いような気がするが、その意味することを知るまでに大した時間はかからなかった……。
(……はっ!? 今の俺達って……)
大地の壁に俺が手をつき、目の前には頬を染めたルーチェリア……。
(──こ、これは、前の世界で昔流行っていた〝壁ドン〟というやつ!)
まさか異世界で、こんな大胆なことをするとは夢にも思わなかった。
状況に気づいた俺は、恥ずかしさというか……気まずさからというか……直ぐに壁から手を放すと両手を上げる。
「ご、ごめんごめん。大丈夫か? 怪我はないか?」
「う、うん。大丈夫。ハルセ、私を傷つけるような攻撃はしてこなかったし。でも、最後はしっかり攻撃する体制が取れてたね」
「ルーチェリアがここまで強いとは思わなかったんだ。俺も本気にならなきゃ、やられると思った」
平静を装って話をしているが、初めての壁ドン……もとい、ルーチェリアとの緊迫した戦いに、まだ俺の鼓動は高鳴って落ち着かない。
そんな俺たちの傍へ「ゴ、ゴホン!」とわざとらしく咳き込みながら、ガルが近づいてくる。
「盛り上がっているところを悪いのだが、勝負はついたようだな」
「ごめん、ガルベルトさん。俺……」
「何を謝る必要がある。ハルセ殿が声を荒げたことか? 誰であっても怒るであろう。大切に思う者に刃が向けられれば、当然のことだ。ハルセ殿は何も悪くはない。それに最後までよく頑張ったな」
「それでも、感情的になりすぎた……。ガルベルトさんはいつだって、意味があること教えてくれていたのに、俺は今回、そのことを真剣に考えてなかった。だから……謝りたい」
俺はガルへ深く頭を下げる。
何もかも自分の思う通りに進めたいといった傲慢さが招いた結果でもあると、自分自身感じてしまったからだ。
「わかった、わかった。だが、もう終わりだ。ハルセ殿は試練を乗り越えたのだ。私はそれだけで満足だ。それにルーチェリア殿もよく頑張った。……それで勝負はどうなった? 舞い上がった砂煙で一番いいところが見れなったぞ」
「ああ、それなら、ルーチェリアの勝ちだ」
「え? ハルセ??」
「俺は正直、今回、勝てたとは思えない。属性の使い方においても、物理攻撃でも、ルーチェリアに引けをとっていた」
「でも、でもね、ハルセは私を傷つけないように戦ってた。最後はちょっとドキッとしたけど……。私は初めからガルベルトさんに言われたとおりに〝殺す気〟でやったんだけど……」
!?
「……」
(……あれ? どういうこと?)
今のは空耳じゃないよな?
確かに〝殺す気〟と言っていたな……。
それに、ガルが何事もなかったかのように小刻みに俺達から離れていくのがわかる。何やら惚けたように、ヒューヒューと口を研がせているが……。
(なんだそれは? 口笛か? 口笛のつもりなのか?)
まぁ全然できていないが、その場を無かったことにしようとする無駄な努力は認めてやろう。
これは形勢逆転とでも言うのだろうか。
俺はちゃんと自分の非を認めて謝罪した。
ガルも俺に対してあって然るべきだよな?
「さぁて、お腹空いたろう。なぁ、ルーチェリア殿……ご飯の準備でもするか……」
「ガルベルトさん、今日の試合って…知らなかったの俺だけ、なの?」
「いやぁ~まぁ、そうだなぁ……」
(何が『まぁ、そうだなぁ』だよ、惚けすぎだろ! 絶対に裏工作があったはずだよな?)
「〝殺す気〟って何? 確かに、水の中に閉じ込められそうになったり、木刀の一振り一振りが俺の急所を狙っていたような気もするし……ハハハハ」
「ビ、ビハハハハ……気のせい、気のせい。考えすぎだ。ハルセ殿の悪いところでもあるぞ。まずはリラックスだ」
修練でも心の中での文句はあるが、今日は直接言いたい気分だぞ、ガルよ。
「まぁ、無事に終わり、いい成果が得られただろう。それでよいではないか。ご飯でも食べながら、なぁ、その、なんだ、ゆっくり話そうか。ビハハ……ハ……ハ」
そんなこんなで、俺とルーチェリアの〝命懸け?〟の勝負は終わった。
が! 事の真相を聞かなければならない。
まだまだ、今日の夜は長そうだ。
◇◆◇
── 夕食の時間 ──
「今日は豪勢だろう! 疲れたよな? お腹空いたよな? 一杯食べて、ゆっくり休んで英気を養うんだぞ」
ガルが自慢の料理をいつも以上の品数で並べていく。
今日の試合、仕組まれていたな……誤魔化すことはできないぞ。
「ハルセ、こ、これ美味しそうだね。と、取り分けてあげるね」
ルーチェリアの態度もどこかよそよそしい。
その理由も分かっている……ルーチェリアも
「ガルベルトさん。今日の真剣勝負、ルーチェリアとどんな打ち合わせをしていたんだ?」
「ガ、グフッ……」
虚を突かれたように咳き込むガルにルーチェリアは、
「あわわわ" ガルベルトさん、お水、お水です!」
と手渡す。
水を飲み、一呼吸したガルは落ち着いた表情になった。
「ハルセ殿、私が勝負の開始前に言ったことを覚えているか? 真の強さとは、思いがけないことを乗り越えた先にこそある。修練を開始して三期が経過した頃、私はそのことを貴殿に上手く伝えるにはどうすればいいか考えていた」
「それが、今回の勝負だと?」
「あぁ、ハルセ殿がルーチェリア殿をここへ連れてきてからというもの、常に気にかけ、大切にしているのが伝わってきた。そこへ刃を向けるとならば確実に迷いが生じるであろう?」
「まぁ、そりゃあ……って、ガルベルトさん! 急に恥ずかしいことを言うなよ!」
「ハルセ……」
俺とルーチェリアは互いに頬を赤くして顔を見合わせる。
「何を照れておるのだ。無論、私にとっても二人は大切だ。今や家族と同じように思っている。その家族を守るためには、強くなければならない。だが、私一人の力ではそれも難しい。貴殿らを危険だからと籠に閉じ込めておくわけにもいかぬからな。自分の身を守る手段を身につけさせる。これが私に唯一してあげられることだとも思っている」
「ああ、俺も強くなって大切なものを守りたいと思っているよ」
「えっ?」
ルーチェリアが驚いたように目を見開き、更に頬を真っ赤に染める。
……しかし、ここは流すとしよう。
そりゃあね、素直に今のルーチェリアは可愛いですよ。
妹的ではくくれなくなる程に。
でもな、今日は君に倒されかけたんだ。
どんな裏工作があったのかを聞く権利がある。
……そして、それは今なのだよ。
「今回の勝負。ハルセ殿のためには必要な通過点だった。自分の思うようにいかないこと、避けたいこと、それらは不意に襲ってくる。迷いが生じることもあるだろう。迷いながらも戦いを乗り越える……その経験こそが今回の目的だ。それには大切にしている者と戦わなければならない状況こそが一番の迷いとなると考えた」
ガルは、俺達を大切に思ってくれている。
それは十分に分かっているつもりだ。
真剣勝負の趣旨もわかる。
だけどね、俺が聞きたいのはそこじゃないんだよ。
君達の裏での悪巧みを白状しなさい。
そんな俺の意向はお構い無しに、ガルは話を続けた。
「そんなときだ。ルーチェリア殿に水属性の力があることは分かってはいたが、防御特性に優れていることに気づいたのだ……」
――――――――――
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