第13話 対ルーチェリア戦 その1

 暁色に染まる夜明け。そろそろ野鳥も目覚める時間だ。

 我が家に寄り添う大樹の中は、雀のような姿のスズリ、燕に似ているクルル、羽先が虹色に輝くリトべニアといった多くの野鳥の棲みかとなっている。


 「あの鳥、見たことがないな。新種発見か?」


 最近はこうした野鳥観察バードウォッチングも趣味のひとつ。

 

 俺はエルリンド茶を片手に朝の空気を肩で切り、大樹の周囲を散策している。


 相変わらず、俺の異世界での朝早い。


 「フフ~ン、フフ~、ル~ルル~」


 いつになくご機嫌なガルの鼻歌も、静寂に乗るBGMとなって耳に届く。


 (なんだろう、嫌な予感しかしない……)


 俺は家の中に目を凝らし、その先に佇む獣の背に不穏な空気を感じていた。

 


 ◇◆◇


 

 吹き抜ける風と心地いい日差し。

 俺とルーチェリアはガルに連れられ、いつもの場所から更に離れた平原の中に立っていた。


 ガルは両手を上げて伸びをし、大きな体を解きほぐしている。


 「ビハッ、いい風だな。まさに修練日和。さてと、お待ちかねの課題だが、貴殿らには〝真剣勝負〟で挑んでもらう」


 「勝負?」


 「ハルセと私で、ガルベルトさんに挑むってことよね!」


 俺とルーチェリアは顔を見合わせ、コクリと頷く。

 だが、ガルは「チッチッチッ」と立てた人差し指を口の前で振り、俺たちに目配せをした。


 「違う。私も貴殿らとはいつかは真剣に手合わせしてみたいものだが、それは今日ではない。ハルセ殿とルーチェリア殿が、互いの力をぶつけ合うのだ」


 「え?…… はっ?! 俺たち?」


 「わ、あわわ、私たちで?!」


 彼の返しに、俺たち二人に動揺が走った。

 というのも、これまで数多くの模擬戦自体はこなしてきたが、その多くは捕らえてきたモンスターとばかりで、対人戦はといえば、ハンデ付きのガルと数回こなした程度だった。


 そのうえ彼は、『貴殿らの試合も観てみたいが、まだまだ先だな。属性力の制御に問題がある。修練で再起不能になられては敵わぬからな』などと、ほんの数日前に小言を漏らしていた。


 にもかかわらず、まさかこのタイミングで、俺とルーチェリアが一戦交えることになるとは夢にも思っていなかったからだ。


 「その通りだ。何か問題でもあるのか?」


 「いやだって、ガルベルトさんが言ってたじゃないか。属性力の制御がどうとか、俺たち二人での試合はまだ早いとかさ」


 「ふむ……。そのような昔のことなど、もう忘れた」


 「ついこの間だよ!」


 俺はガルの惚けた返事に噛みついたが、彼は気にする様子もなく、顎先を撫でながら不敵な牙を覗かせた。


 「まあ、貴殿らの属性力ではまだまだ制御など考えるだけ無駄であったわ。さて、よいな? やると言ったらやるのだ。二人とも、覚悟を決めよ」


 「か、覚悟って……真剣勝負、だよな?」


 「ああ」


 「ってことは、この拳でルーチェリアを殴れってことだよな?」


 「無論だ」


 俺は拳を握り、視線を落とす。

 ルーチェリアを殴る? 昨晩、彼女のことであんなに楽しく話をしていたはずなのに──と、頭の中は戸惑いに染まる。


 「ガルベルトさん! それはちょっ、んぐっ!?」


 俺の反論も、ガルの素早い手によって口元を覆われ遮られた。


 彼は怜悧な目で俺を見据え、ゆっくりと諭す。


 「ハルセ殿──よもや物事全てが何の辛苦もなく、貴殿が思うがままになり得るなどとは考えてはおらぬな? 戦いとは、時に不条理なものだ。真の強さとはそれらを乗り越え、自らの答えを見出すこと。己が自身で導き出すことにあるのだ」


 告げられた言葉に、俺は眉をひそめて彼の手を払った。


 「──でも俺、これまでの修練で、自分でも信じられないくらい強くなったと思ってる。それもこれも、大切なものを傷つけるためなんかじゃない。俺は守るために強くなりたいんだ!」


 俺の訴えにガルは笑みを浮かべながら、そっと肩に手を置いた。


 「ハルセ殿、もう一つだけ付け加えよう。今の貴殿の心配は攻撃がの話だ。では、始めるぞ」


 「……ん?」


 どこか言い方が引っかかる。まるで俺の攻撃が当たることはないとでも言いたげだ。


 俺が首を傾げて思案していると、小さな両手のひらを丸めたルーチェリアが、やる気を漲らせたファイティングポーズで飛び込んできた。


 「ハルセ! 真剣勝負、しよ。私も頑張るから!」


 拳をシュッシュッと前に突き出し、はにかんだ笑顔で俺を見上げる。

 

 ついさっきまで俺と一緒に慌てていた彼女だが、今は無邪気に笑っている。


 ルーチェリアを傷つけたくはない──俺がそう思うのは、ごく自然なことだろう。


 彼女は俺にとって大切な存在だ。守るべき仲間だ。それに家族でもある。


 俺はゆっくりと瞼を閉じ、深い息を吐いた。

 

 (ガルはこの勝負から何を学べと言っているんだ? 真の強さだの、答えだ導きだのとよくわからない御託並べやがって……)


 気持ちの整理がつくことはなく、ガルがお構いなしに開始の声をあげる。

 

 「互いに全力で挑め。手抜きなど一切許さぬからな。では勝負、はじめっ!」


 半ば強引に開始された、対ルーチェリア戦。


 俺は迷いのままに構えを取った。

 間合いをはかりながら、互いの視線が静かに交わる。  


 (もうやるしかない……。でも、彼女を傷つけないためにはどうすれば……)


 俺が分かっているのは、ルーチェリアが水属性であるということだけ。彼女の戦術のことなど何もしらない。対処しようにも、相手の出方が分からなければどうにもならない。

 

 思えば、ルーチェリアとは体力修練以外は個別に分かれて励んでいた。何故、二人遠く離れて修練する必要があったのか。考えれば考えるほど、不自然極まりない。想像修練だって、一緒に切磋琢磨したほうがより練度は上がるというものだろう。


 もしや、ガルが『攻撃がの話だ』と言っていたのは、今日この日のための秘策を練っていた?──なんてことは、俺の考えすぎか。

 

 (無駄なことに意識を割くな。目の前に集中だ)


 俺は唇を一文字に結び、ルーチェリアの動きを目で追う。


 ここからどう出るか。与えるダメージを最小限に勝負をつけるには、やはり短期決戦しか道はない。


 (彼女の出方が分からない以上、ここは俺が先手を取る。動きさえ封じてしまえば、そこで勝負は終わりのはずだ。傷つけず決着をつける)


 俺はすぐさま片膝をつき、掌を地面に押し当てた。

 

 「大地よ、我に仇名す者を大地の檻に封じよ、〝大地封鎖アースチェーンシール〟!」


 魔法を叫ぶと同時に「ゴガガガガッ」と激しい地響きが大気を揺らした。続けて地面が次々と隆起すると、ルーチェリアを取り囲む大地の檻が露わとなる。

 

 捕縛特化型の地属性魔法、大地封鎖。

 相手を大地の檻に捕らえる中域魔法であるが、その効果はここから更に激しさを増す。

 

 檻の中では、壁から射出される無数の鎖状石が逃げ惑う獲物を執拗に追尾し、手足を縛って無効化する。


 現状、俺が使える中でも最上位ともいえる魔法の一つだ。


 (頼む、このまま大人しくしてくれ。傷つけたくないんだ……)


 しかし、俺の気持ちとは裏腹に、ルーチェリアもまた対抗魔法の詠唱に入った。


 「水の息吹よ、我に流麗なる水の保護を与えよ、水麗ウォーター 防衛プロテクション!」


 彼女の詠唱後間もなく、辺りは静寂に包まれる。

 壁の向こうで響いていた、砂利や岩が崩れ落ちるような音も、何一つ聞こえてはこない。


 俺の魔法が先に彼女の体を拘束したのか? それにしてはあまりにも静かすぎた。


 「──あれは?」

 

 そのとき、俺は壁の上端に異変を見つけた。

 水がなみなみと注がれたコップのように液面が波立つように揺れ動き、壁を伝って滴り落ちている。


 危険を感じた俺は急いで後ずさろうとしたが、ルーチェリアの一声がそれを阻む。


 「──押し流せフラッシュ!」


 静寂が決壊する。動くはずのない大地の檻がミシミシと軋み、弾けた石が俺の頬を掠め、消えていく。


 その直後、「ゴババババーッ!」と轟音を響かせ、大地の檻は脆くも崩れ去る。


 「た、大量の水?!」


 大地封鎖を圧倒的な水量で押し流す。

 俺は慌てて大地防壁アースブロッカーで眼前に防壁を生み出し、押し寄せる土石流から身を守る。


 やがて濁流が静まり、再び顔を合わせて対峙した二人。


 ルーチェリアは何事もなかったかのように平然とした面持ちで、挑発めいた言葉を投げる。


 「ハルセ、何を驚いているの? この程度で私に勝ったつもりなの?」


 この程度? 俺が放った大地封鎖は中域魔法だ。それをこうも容易く破られるとは──あまりの出来事に俺の目は驚きに泳いだ。

 

 「じゃあ、お返しするね。水の息吹よ、彼の者を流れの障壁に封じよ。〝水麗流障ウォーターフロー〟」


 「!」


 回避の暇すらもない。俺の足元には瞬間的に凍りつくような冷風が押し寄せ、大きな水たまりが出現した。そこから数多の水滴が浮かび上がる。


 水滴は一つ一つが連なって、ドーナツ状のいくつもの水流の円環を生み出すと、その流れをグルグルと加速させる。


 そして輪投げのように、俺に立て続けに覆い被さり水の牢獄へと変貌した。


 気づけば足元の水嵩も増している。もはや地面を踏みしめていた感覚すらもなく、水のクッションを踏んでいるかとすら思える。


 今度はこちらが捕縛されたわけだが、今のところは水玉の中でも自由に動くことはできているし、魔法障壁とはいえ、所詮は水だ。


 流れがあろうと水の層も薄く感じるし、何とかなるだろう──などと考えつつ、俺は躊躇なく、水の障壁へと手を突っ込んだ。ところが──。


 「おわっ?!」


 あまりの流れの強さに、俺は思わず驚声をあげる。体ごと引きずり込まれそうな想定外の激流に、俺は両足を踏ん張り、何とか腕を引き抜いた。


 「はぁ? なんだよ、この水」


 俺は目を細めて、改めて水の流れを注視した。

 

 「これは厄介だな……。見かけによらず意外と厚みもあったし、それに──」


 一番の厄介ごとはこの水の流れだ。

 複数の水流の円環で生み出された障壁は、個々に流れを持ち、あらゆる方向に回転していた。


 「ん? これって流れの出口が全て内側だな……ってことは」


 闇雲に突っ込んで流れに飲まれれば、運が良ければすぐに内部へと吐き出され、逆に悪ければ、目まぐるしい渦の中を彷徨い、窒息の危険すらある。


 まさに水の牢獄と呼ぶにふさわしい魔法だ。


 俺が片方の唇の端を吊り上げピクピクとさせていると、外からルーチェリアの声が聞こえた。


 「ハルセ、もう降参なの?」


 彼女の嘲笑混じりの尋ねに、俺はムキになって言い返す。


 「降参なんかしねぇよ! こんなとこ、すぐに出てやるから待ってろ!」


 「へえ~、そう? わかった。でもね、実戦は待ってはくれないんだよ?」


 片目をパチリとさせたルーチェリア。俺に翳した手のひらをグッと強く握りしめた。


 「水閉クローザー


 彼女の言葉で障壁の流れが変わった。


 「ど、どうなってんだよ!」


 驚きの連続だ。ルーチェリアは一度発動した魔法を、その後も自在に操れるとでもいうのだろうか?


 俺を捕えた水の障壁は、まるで生き物のように内側へじわりじわりと迫りはじめた。




 ── 魔法紹介 ──


 【大地封鎖アースチェーンシール

 ・属性:地

 ・属性領域:中域

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『大地の檻』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び大地を構成する物質が他者を閉じ込め、捕縛する鎖と化す想像実行。

 ・備考

  魔法練度、環境による影響あり

 

 【水麗ウォーター 防衛プロテクション

 ・属性:水

 ・属性領域:中域

 ・用途:防御特性

 ・発動言詞:『流麗なる水の保護』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び保護対象を中心とし円周状に水柱が生成される想像実行。

 ・備考

  魔法練度、環境による影響あり

 

 【水麗流障ウォーターフロー

 ・属性:水

 ・属性領域:中域

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『流れの障壁』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び複数の水流が牢獄を形成する想像実行。

 ・備考

  魔法練度、環境による影響あり

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