第13話 VS ルーチェリア その1
明け方、野鳥の声で目覚める朝。
雀のような姿のスズリ、燕に似ているクルル、そして羽先が虹色に輝くリトべニア。
それらの巣が我が家に並び立つ大樹の中にはあるらしい。
少しずつ明るくなっていく空を眺め、エルリンド葉のお茶を飲む。
最近はこうした
相変わらず、俺の異世界での朝は早いのだ。
本日も修練。
鼻歌混じりのガルの様子はいつになくご機嫌だ。
(なんだろう、嫌な予感がする……)
こういう悪い勘ってのは不思議と当たるし、余計に不安だ。
吹き抜ける風と心地いい日差し。
俺とルーチェリアはいつもの修練場所から更に離れた平原へと連れて来られた。
ガルは体を解きほぐすように両手を上へと伸ばしながら、俺達の前に立っている。
「いい風だ。修練日和だな。さて、お待ちかねの課題だが、本日、貴殿らには〝真剣勝負〟をしてもらう」
「し、勝負!?」
「私達で!?」
互いの顔見合わせ驚く俺とルーチェリア。
数多くの模擬戦をこなしてきたが、その多くはモンスターかガルとのものであって、ルーチェリアと一戦交えるなんて予想もしていなかった。
「その通りだ。何か問題でもあるのか?」
「ルーチェリアを俺が……?」
「あぁ」
「真剣勝負ってことは……俺がこの拳で殴るということ?」
「勝負だからな」
慕ってくれているルーチェリアを殴る……昨晩話したじゃないか、ルーチェリアのことを。
「ガルベルトさん、俺……!?」
訴えの言葉を制止するかのように、俺の口をその大きな手が覆う。
「ハルセ殿。戦いとは自身の感情を抑え込まなければならないこともある。真の強さとは自分の思い通りにいかないこと、それらを乗り越えた先にこそある」
告げられたガルの言葉。
俺は、塞がれた口元の手を払い反論する。
「でも俺、ガルベルトさんとの修練でだいぶ強くなったと思うんだ。この力をルーチェリアに向けるなんて……。俺は、守るために強くなりたいんだ」
ふっと笑みを浮かべながら、ガルが俺の肩を軽く叩く。そして、俺の耳元へと顔を寄せる。
「ハルセ殿、一つ言っておこう。心配しなくても大丈夫だ。今の貴殿の心配は攻撃が
「……ん?」と一瞬、ガルの言葉が心に引っかかる。一体どういう意味? 俺の攻撃が当たらないと言いたいのか。
それはそれでイラッとするが、躊躇した攻撃は当たらないって意味か。今の俺は毎回とはいかないが、ガル相手でも攻撃を当てることは出来ている。
軽い手合わせならともかく、これは真剣勝負。
俺の心に押し寄せる不安が顔に出ていたのだろう。
察するようにルーチェリアが、
「ハルセ、真剣勝負……しよ。私も頑張るから!」
と気遣う声を投げてくる。
ルーチェリアを傷つけたくない……。
大切な存在なら余計にそう思うのは自然のことだろう。
俺は、空を見上げ目を閉じる。
そして、ゆっくりと呼吸をする。
ガルはこの勝負を通じ何を学べと? 目に映る世界と仲間を守るために、強くならなきゃいけないのは十分に分かっている。
(それでも、俺とルーチェリアじゃ力の差は歴然だ。なのに、真剣勝負なんて……)
気持ちの整理がつかない。
だが、そんなことはお構いなしだ。
俺とルーチェリアの間に立ったガルが大きく声を上げる。
「二人とも手は抜くなよ。仮に手を抜いていると判断した場合は、覚悟をしておけ。では、真剣勝負、はじめっ!!」
VSルーチェリア。
気乗りのしない俺を余所目に今、試合の火蓋を切ることとなった。
間合いをはかりながら、向き合う二人。
俺とルーチェリアの視線が静かに交わる。
互いを結ぶ線状に中心でもあるかのように弧を描きながら、ジリジリと出方を窺っている。
(──俺はともかく、ルーチェリアはどの程度の力までなら、耐えられる……)
ルーチェリアは俺の戦い方をある程度は見ている。
それに引きかえ、俺はといえば全く予備知識がない。
ぶっつけ本番もいいところだ。
それになんだ?『手を抜いたら覚悟をしておけ』って警告とも言えるガルの台詞。
不安と不満。
俺の心は乱れている。
(余計な事を考えるな、集中だ……集中)
ルーチェリアは水属性。
修練はメニューも別で、場所も少し離れていた。
それどころか、ここ数日はものすご──く離れた場所で行われていた……。
今思えば、不自然極まりない。
それもこれもこの日のためだったとか?
……なんて、それは流石に考えすぎだろうか。
今は無駄な考えは捨てなければ……。
ルーチェリアとこうして対峙するのは初めてだ。
手の内なんて全く分からない。
俺はルーチェリアの動きをじっと見つめる。
どう出るか。
覚悟を決めたが、やはり傷つけたくない……せめて与えるダメージは最小限に……。
ダメージを抑えつつ勝負をつけるには、短期決戦しか道はない。
ならば、動きを封じるか!
勝負を決めるべく、俺が先手を取る。
「大地よ、我に仇名す者を大地の檻に封じよ、〝
激しい地響き。
音をたて地面が隆起すると、短時間のうちにルーチェリアを取り囲む大地の壁が形成される。
だが、これで終わりではない。
【大地封鎖】の本領発揮はここからだ。
隆起した地面からは次々と捕縛のための鎖状石が射出され、それは捕らえるまで執拗に追尾し続ける。
壁の中でどんなに逃げ惑おうとも無駄なことだ。
捕縛特化型の地属性魔法。
今の俺が使える中でも最上位ともいえる魔法の一つ。
(諦めてくれ……傷つけたくない……)
だが、気持ちとは裏腹。
対抗するようにルーチェリアもまた詠唱に入る。
「水の息吹よ、我に流麗なる水の保護を与えよ、
ルーチェリアが水属性魔法を発動した?
(頼む、このまま大人しく捕縛されてくれ)
傷つけることを恐れた俺の願い。
自身が放った魔法へとその望みを託している。
だが、この違和感の正体はなんだ? 急に壁の向こうが静かになった。
捕えたにしても、あまりにも静かすぎる。
「──あれは?」
ふと気づいた異変。
見上げるその先、壁の上部からは水が滴り落ち、何かが起きていることを視覚的にも伝えてくる。
そして、静寂は決壊した。
「……
とルーチェリアの更なる一声が響く。
壁の向こうで何かが……動くはずのない大地の壁が揺らいでいるように見える。
そしてミシミシと音を立て軋みだしたかと思うと、弾けた石が俺の頬を掠めて消える。
大きな轟音とともに、壁が一気に崩れだす。
「み、水!? 大量の!?」
俺が発動した大地の檻を水の力で押し流す。
平然とした顔でルーチェリアがこちらを見ている。
「ハルセ、簡単には負けないよ」
簡単なわけがない。
俺が放った大地封鎖は中域魔法。
……それをあんなに容易く打ち破るなんて。
「それじゃあ、お返しするね。水の息吹よ、彼の者を流れの障壁に封じよ。〝
!?
瞬間的に寒気が走るほどの気温低下を感じた。
同時に俺の足元には水たまりのようなものが出現し、そこから多くの水滴が浮かび上がってくる。
水滴は連なり始めて一気に流れを成し、俺を中心にあらゆる方向に回転するように加速する。
水嵩が増しているせいか、先ほどまであった地面を踏みしめていた感覚はなく、水のクッションでも踏んでいるかのような感じだ。
そして、周りを回転する連鎖の水滴はいつしか球体を形成し、俺を閉じ込める障壁となった。
今度は俺が捕縛されたような状態だが、大地封鎖とは違って自由に動くことが出来るし、おそらくは、この障壁内に閉じ込めるだけのものだろう。
それに障壁自体も流れがあるとはいえ水は水。
水の層もそこまで厚くはないだろう。
ちょっくら確認程度と安易に考えた俺。
躊躇なく、水の障壁へと手を入れてみる。
「お!? おおっ?」
体ごと持っていかれそうな激流に思わず声が出る。中から外を見てもルーチェリアの視認はできるし、この流れの強さは予想外だった。
それと、流れが厄介だ。
全てが内へ向かう流れとなっている。
闇雲に突っ込んでも流れに飲まれれば、行きつく先は内部。
まさに水の檻だ。
「ハルセ、もう降参?」
「降参しねぇよ。すぐに出てやるから待ってろ」
「そう? わかった。でもね、実戦は待ってはくれないんだよ?」
片目をパチリとして俺に目配せをするルーチェリア。開いた手をグッと握りしめるように閉じる。
「
「なっ!?」
驚きの連続。
……ルーチェリアは、発動後も魔法を自在に操っているとでもいうのか?
俺を取り囲む障壁は、まるで意思を持っているかのように内側へと迫ってくる。
── 魔技紹介 ──
【
・属性:地
・属性領域:中域
・魔法強化段階:LV1 - LV3
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『大地の檻』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び大地を構成する物質が他者を閉じ込め、捕縛する鎖と化す想像実行。
・備考
環境変化の影響及び攻撃特性に変動あり。
【
・属性:水
・属性領域:中域
・魔法強化段階:LV1 - LV3
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『流麗なる水の保護』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び保護対象を中心とし円周状に水柱が生成される想像実行。
・備考
魔法強化段階及び環境変化の影響あり。
【
・属性:水
・属性領域:中域
・魔法強化段階:LV1 - LV3
・用途:攻撃特性
・発動言詞:『流れの障壁』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び複数の水流が牢獄を形成する想像実行。
・備考
魔法強化段階及び環境変化の影響あり。
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