第12話 修練成果と異世界男子会

 三人での新たな暮らしと修練が開始され、俺は自分の限界を幾度となく味わってきた。 


 たとえ今日が終わろうとも、翌日、そして次の日も──と、絶え間なく続く鬼畜の所業。


 想像して走って、想像して滝から落とされ、想像して縛られたままモンスターの群れに投げられたあの日々。


 (命懸け過ぎるわ! 殺す気か!? あのフサフサ黒豹フサクロめ!)


 とまあ、言いたいことは山ほどあるが、なんだかんだ言っても、俺はこの世界に来てからの毎日にとても満足している。希望のなかった日常とは違い、俺は今、体全体で〝生〟を感じているのだ──などとポジティブ妄想を挟んでいかなくては俺の心は粉々に砕け散ってしまう。


 修練の時のガルやつは、鬼畜だ。とてもこの世の者とは思えない。あまりにも、俺に対するシゴキ方がスパルタに振り切っている。

 

 逆にルーチェリアはといえば、何をするにも手取り足取り。俺とは扱いがまるで違う。時間の流れもあの空間だけはとても優雅で、優しすぎる。


 本当に同じ修練なのだろうか? と、一日のうちで何度思ったことか。


 休憩の度、日陰で椅子に腰かけ、爽やかな湖風を浴びながら飲み物を口にする彼女を見ていると、余計別次元に感じる。


 (いくら身体能力に優れた獣人とはいえ、女の子だし……。俺と同じ修練をまともにしていたら、ホントに死ぬかもしれん。それに食事の準備もそう、いろいろと他で頑張ってくれてるからな……文句はいえない)


 だが、これまでの我慢も今日この日のため──修練の成果をついに見せる時がきたのだ。


 正直、生きているのが不思議なくらいだったが、開始から半年が経過した今、俺は──。


 「ゆくぞ、ハルセ殿! 〝獣波斬じゅうはざん〟!」


 風の刃と黒斧の融合。

 風切波ウインドカッターの属性付与を施した、ガル得意の魔技。


 巨大な斧から繰り出される飛ぶ斬撃は、猛烈な風を纏い、こちらへと突き進む。


 「いつ見てもすごいな、とても低域の属性付与とは思えない。さすがはガル、魔技の練度が別格だな」


 俺は関心しながらも、このままただ黙ってやられるわけじゃない。

 

 唇をニヤリと吊り、「大地よ、我を守護せん防壁となれ!〝大地防壁アースブロッカー〟!」と防御魔法を詠唱すると、拳を地面に力強く突き立てた。


 ゴガガガガッ!

 

 鳴り響く轟音とともに俺の眼前に次々と地面が隆起し、階段状に連なって、体を覆い隠すほどの厚い防壁を生み出した。


 「ほう、ハルセ殿も奥の手を隠しておったか」


 修練では一度も見せたことがなかった魔法。

 俺は密かに練習していたとっておきで、ガル自慢の一撃を迎え撃つ。


 そして、風の刃が大地の壁に激しくぶつかった。


 「ギシャシャシャ!」と大地を削り斬る凄まじい音と衝撃。


 幾重にも重ねた壁を隔てて尚、俺の耳をつんざいた。


 「ハルセ殿。そのままでは私の風が根こそぎ薙ぐぞ。さぁ、どうする?」


 壁の向こうからガルの声が聞こえてくる。

 これでもまだ、彼は本気のホの字も出してはいないのだろう。


 とはいえ、まともに喰らったら一溜りもない上に、俺の魔法で完全に止め切ることは不可能だ。そういう意味では全く容赦がない。


 所詮は時間稼ぎ──が、俺はここから反撃の狼煙を上げる。


 「大地よ、敵を粉砕せん拳とかせ!〝大地拳アースフィスト〟!」

 

 俺の声に共鳴し、地面から一斉に舞い上がった石や砂塵が、握りしめた両拳へと雪崩れ込んだ。


 拳をグルグルと周回しながら結着し、敵を殴り倒す堅牢で荒々しい大地の拳へと変貌させる。

 

 さらに攻めの布石が、目の前に立ち並ぶ大地の階段となって俺を呼ぶ。

 

 魔法は、想像の過程で形すらも操ることができる。

 

 俺は何も、防御のためだけにこの壁を築いたわけじゃない。この攻撃へと繋げるためだ。


 俺は大地防壁を駆けあがると、拳を構え、最上段からガルに向けて飛びかかった。


 「うおおー! 喰らえー!」


 上空から振り下ろされる大地の拳。

 ガルは「ふん!」と鼻を鳴らし、斧刃を返して盾のように構え、俺の拳を受け止めた。 

 

 ガギャン!


 「なっ?!」


 「ビハハッ、やるではないか。だが、まだまだだな」

 

 俺の渾身の一撃も、ガルの前には届かない。こうも容易に防がれるとは──と頭をよぎらす暇もない。


 彼は勢いよく俺の拳を弾き返すと、空いた脇腹へと痛烈な拳を突き刺してきた。


 「ごふっ!」


 声になり切れない息が、俺の苦悶の餞別としてその場に吐かれる。 


 体は横にくの字に折れ、俺は宙を側転するように舞った後、地面に勢いよく叩きつけられた。 

 

 一撃くらいは当てるつもりが、逆に俺が一撃の下に這いつくばっている。


 少しは強くなったつもりだった。それでも現状はこれか……我ながら情けない。


 力の差をまざまざと見せつけられた結果に、俺は悔しさで眉をひそめた。

 

 ガルは俺の様子を静観し、構えた斧を下ろした。


 「終わりだ。いい攻撃だった。半年でよくここまで成長したな」


 そう告げた彼の顔には、どこか安堵に満ちた優しさが浮かんでいた。



 ◇◆◇



 夕食を終え、俺たちは庭先のテーブルで歓談していた。


 俺はこの半年間、日々の修練はもちろんのこと、ノートに載っていた3つの魔法以外にも複数を生み出し習得していた。


 しかしながら、実践的に使えるのはまだ低域魔法のみ。中域ともなると属性力の消耗が激しく、今の俺には使いこなせない代物ばかりだ。


 属性力には言葉どおりの力としての強さと、魔法石と同様にその量自体が存在する。


 想像を磨くことで属性力が鍛えられ、体を苛め抜くことで属性量を増やすことができる。


 ガルが言っていたとおり、体力修練と想像修練の二つが属性力強化には必要不可欠だったというわけだ。


 (まだまだ鍛えないと、中域には届かないな……って、現時点で生きてるのが不思議なくらい、修練はしてるんだけどな……)


 俺は唇の端を片方吊り上げ、目尻をピクピクとさせながらガルを見た。


 「ん? どうしたのだ、ハルセ殿。何やら御せぬ顔をしておるな」


 「いや、別に」


 それよりも気になったことがある。

 俺は獣から天使へと視線を移す。

 

 「うん? なぁに? ハルセ」


 ルーチェリアは小首を傾げ、俺を上目遣いで見つめ返す。


 彼女はこの短期間で、色んな意味で大きくなった、気がする──。


 「だから、ねぇって。ハルセ、なんか顔が赤いよ?」


 俺はボーッとしていた。

 というより、見惚れていたのかもしれない。


 俺は慌てて顔をブルブルと振る。


 「いやいや、赤くねぇし……」


 「ええ~? もしかして、照れてる?」


 「いやいやいや、照れてねぇし……」


 「フフフッ」


 ルーチェリアは俺をからかいつつ、無邪気に笑みを浮かべていた。


 出会ったばかりの頃は、まだ彼女は小さな女の子だった──それが、この半年弱でこうも変わるのかと、俺はゴクリと生唾を飲みこむ。


 (おいおいおい、体を寄せすぎだ。当たってる、当たってるよ!)


 擦り寄るルーチェリアに表面上はたじろぎながらも、俺は見るとこだけはしっかりと、心と目に焼き付けていた。


 (そういえば以前、歳を聞いた気がするけど覚えてないんだよな。あの頃は10歳くらいにか見えなかったし、俺よりは確実に年下。それがどうだ? 目の前のルーチェリアは、もう俺と同い年くらいには見えるぞ。つまるところ、女子高生って感じか。ふむ、実に発育も……)


 俺は迫る彼女の肩を抑え、尋ねる。

 

 「ルーチェリア、今、何歳なんだ?」

 

 「ハルセ、いい? 女の子にね、そういうことを聞いたらダメなんだよ。わかったぁ?」


 何気なく聞いたつもりが、ルーチェリアは頬を膨らませて俺の顔をじっと見る。


 「……」


 正直、可愛い。今まで妹のようにしか思っていなかったが、それでも可愛い。


 だからといって、そんな感情を持ってはいけない。一緒に暮らす家族だし、ダメに決まっている。


 (いやでも、血のつながりはないし……俺ってルーチェリアのこと、好きになってる?)


 俺は困惑で瞳孔を開き、彼女から思わず目を逸らした。


 (これ以上は考えるな。今だって楽しくやれてるじゃないか。余計な軋轢を生む必要はないんだ。そうだ、無心にならなければ。何かいい方法は──よし! こんなときこそ、ガルの顔を見ればいいんだ。あのむさくるしい野獣の姿を)


 ある意味、狂気に満ちた顔で俺はガルを見つめた。


 「ハルセ殿、なんだか視線がきついんだが、具合でも悪いのか?」


 俺の眼差しをガルは敏感にキャッチした。

 その隙の無さはさすがだ。この世界を生き抜く重要なファクターに違いない。


 しばらくして落ち着いた俺は、ルーチェリアが眠りについた深夜、ガルにとある相談を持ちかけたのだった。



 ◇◆◇



 「ビハハハハハ! そういうことであったか! 様子が変だと思っておったが、なるほどなるほど」

 

 ガルは大声で笑い飛ばし、その声に俺は慌てふためく。


 「しーっ! ガルベルトさん、 静かにして。ルーチェリアが起きちゃうよ」


 「ああそうだな、悪い悪い。貴殿も男、関心を持つのはよいことだ。そういえば聞いておらんかったな。貴殿の齢を」


 「齢? ああ、年齢ね。実は俺も正確には分からないんだ。でも、15歳くらいかなとは思ってるけどね」


 「そうか。まあ、人間でそのくらいであれば、年頃ではあるのだろう。獣人よりも少しばかり発情が遅いと聞くからな」


 「は、発情って!」

 

 文字どおり興奮する俺に、ガルは穏やかな笑みで応じ、エルリンドの葉で入れたお茶を差し出してきた。


 「まあ、これでも飲んで落ち着け」


 「う、うん、ありがとう」


 俺はお茶を受け取り、一口喉を通して、ふぅっと息を漏らす。


 味はコーヒーに似通っていて、少しだけ苦味や香りは違うが遜色なく美味しい。


 ガルもまた、エルリンド茶で喉を鳴らし、ゆっくりと口を開く。


 「我ら獣人は10歳で成獣なのだ。人間でいう成人というやつだな。1歳から9歳までは、見た目の成長は人間と何ら変わらぬが、反面、思考能力や身体能力は人間の倍の速度で成長する。まあ、純血か混血かでも差異はあるが。10歳を超えると半年ほどで、人間の15、6歳くらいの体つきにはなる。それ以降は人間と比べ、成長速度は緩やかだ。ルーチェリア殿も10歳になったばかり。貴殿同様、年頃ではあるな」

 

 「……そう、か」


 俺はガルの話に、心が伏せてしまった。


 ルーチェリアは出会って間もない頃、この街に来て半年と言っていた。今が10歳ということは、親や故郷を失ったのは8歳か、9歳になったばかりのことなのだろう。


 彼女のことを知りたかったとはいえ、不純な動機で相談しているこの背徳感。どこか申し訳なさで一杯になる。


 そんな俺の陰りに気づいたのか、ガルは首をかしげて覗き込んだ。


 「どうしたのだ? 貴殿もルーチェリア殿も、ここに来て半年が過ぎた。ハルセ殿はもちろんだが、ルーチェリア殿もよく笑うようになったな」


 「ルーチェリアは初めから笑ってたよ」


 「ああ。確かにそうだが、どこか切なげな印象が強くもあった。だが今は、より笑顔に満ちておる。貴殿があの子を幸せにしている証だ。よく慕っておるではないか」


 ルーチェリアは来た当初から、俺にべったりだ。


 (ハルセ、ボール遊びしよぉ)

 (ハルセ、この実は食べれるかなぁ?)

 (ハルセ、もっとゆっくり歩いてよぉ)

 (ハルセ……ハルセ……)


 瞬時に再生されるルーチェリアとの記憶は、思い出すだけでも俺を笑顔にしてくれる。


 かたや彼女が時折見せる寂しげな姿は、今なお変わらない。何を思ってそんな顔をしているのか。少しでも、ルーチェリアの支えになれているのだろうか?──などと、俺は頭を悩ませる。

 

 「おいおい? 何を妄想しておる? ハルセ殿も隅に置けぬな」


 「そ、そんなんじゃねぇし……」


 人が真剣に考えていることも露知らず、ガルは牙を光らせニヤリと茶化す。


 でもこうして、話を聞いてもらえただけでも、俺の心はほんの少しだけ軽くなった。

 

 「ガルベルトさん。話を聞いてくれて、ありがとう」


 「ああ」


 ルーチェリアのことをもっとしりたい。わかってあげたい。


 俺の感情に答えはないが、今はその気持ちだけで十分だろう。




 ── 魔法紹介 ──


 【大地防壁:アースブロッカー】

 ・属性:地

 ・属性領域:低域

 ・用途:防御特性

 ・発動言詞:『守護せん防壁』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び大地を構成する物資を防壁となす想像実行

 ・備考

  魔法練度、環境、物質による影響あり

 

 【大地拳アースフィスト

 ・属性:地

 ・属性領域:低域

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『粉砕せん拳』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び大地を構成する物質が拳となす想像実行

 ・備考

  魔法練度、環境、物質、武具による影響あり

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