第11話 新たな同居人

 「なぁにやってる! そんなこともできないのか? 強くなるんだろう? もっと……もっとだ! 自分だけでなく、私も興奮させてみろ! 早く、早く持ち上げるんだ。そして直ぐに下す。下ろしたら間髪入れずに持ち上げろ!」


 今俺は自分の何倍もある大岩をロープで縛り上げて持ち上げる、そして下ろす。


 そんな、鬼畜な作業……いや、トレーニングをさせられている。


 やはり、ルーチェリアのうさ耳に興奮していたことを覚えてやがる……。


 その腹いせか? こんなのを連続300回しろだと。


 興奮させてみろって……すでに大興奮しすぎだろ!


 やっぱり、フサフサ黒豹フサクロは鬼……鬼畜だ。


 「ハルセ~がんばれ~」

 

 この死地にそぐわない、緩い声援。

 唯一の癒し、ルーチェリアの声。


 むさくるしい野獣の声。

 それしか聞こえなかったこれまでとは違う……俺の中に大いなる力が湧いてきそうだ。


 「うおおー!」


 俺は雄たけびをあげ、上下運動を加速させる。

 まさに神の領域に達するかの如く。


 そして、力尽きた……。



 ◇◆◇



 気を失うほどの修練。

 俺はしばらくして目を覚ました。

 この世界ではこれが普通であるかのように、ガルは平然としている。


 「やっと起きたか? 叩き起こしてやろうと思ったが。これくらいでへばっているようでは、まだまだだな」


 不満そうな表情のガル。

 その前に俺の頬が少し腫れている気がする……。



 (……起こそうとだいぶ叩いただろ? ひどくホッペが痛いんだが)



 それに、体力錬成の修練はまだ2回目。

 少しはよくやってると褒めてもらいたいものだ。


 確かに俺はまだまだで、ガルのいうことは分かるんだけど……。


 体力といえばこの間、街でルーチェリアを庇ったときのことだ。


 俺は必死に大地盾纒アースシールドを使ったが、石畳で作られた盾の重さに腕を持っていかれそうになった。


 あいつの攻撃が単発だったから良かったが、連続攻撃だった場合、到底防ぎきるのは無理だっただろう。


 あの時は運が良かったとも言えるが、もう一つ、奇跡的に良かったこともある。


 ……それは、盾形成が異常なまでに早かったことだ。


 「ガルベルトさん、街で大地盾纒を使ったとき、修練の時と比べて、かなり早く作れたんだ。何でか分かる? 石畳の盾だったんだけど」


 「そうだなぁ、場所の状況と言うべきか、環境によるのかも知れぬな。それと貴殿の場合、私の風属性と違って物質を扱うものだ。その構成する物の大きさも関係するのではないか?」


 確かに石畳で盾を作る場合、構成する物質の一つ一つが大きい。


 逆に修練の時は、土や石ころがほとんどだ。


 小さな物質で大きな盾を形成するにはそれなりの時間を要する。


 言われてみれば、ガルの言う通りかもしれない。

 一理どころではなく、ほぼ確定ではないだろうか。

 

 「ハルセ、ガルベルトさんの言う通りだと思うよ」

  

 俺がトレーニングで逝かされそうになっている中、日陰でジーっとしていたルーチェリア。


 目をこすりこすりで、眠そうだ。


 いや、寝ていたに違いない……。


 たまたま会話を聞いていたのか、俺達の会話へと言葉を差し込む。


 「ルーチェリア、何でそう思うんだ?」


 「うん……私もね。回復のために〝水麗癒滴ウォーターポーション〟を使ったときに、水場の近くでならすぐに水滴が集まるのに、水場が全くない場所だと、結構時間がかかったんだ。だから使う魔法の性質にあった環境とかって、発動までの時間にも影響があるのかなって」


 それ以外にもルーチェリアの話によれば、魔法書にある〝備考欄〟には特性に関する追加情報があり、参考になるとのこと。

 

 俺の大地盾纏はというと……。


 "環境変化の影響及び防御特性に変動あり"とある。

 環境変化の影響ってことは、発動時間への影響も十分考えられるか……。



 (──そう言えば、ルーチェリアも水の?)



 俺は頭によぎった疑問を口にする。


 「ルーチェリア、水麗癒滴って水の魔法だよね? 水属性を使えるのか?」


 「う、うん。私、水属性。少しなら使えるよ」

 

 ルーチェリアが魔法を使えるってことに驚きはしたが、この世界では属性を持つということは、ごく自然のことだ。


 水属性か、回復も攻撃も万能そうなイメージ。

 

 「無属性の人もいるって聞いてたから、そうなのかなって思ってたんだけど……属性があるんならルーチェリア! 一緒に修練しないか? 俺も一人より二人のほうが頑張れるし。な! どうだ?」


 俺の誘いに少しもぞもぞとしているルーチェリア。でも、その表情はまんざらでもなさそうだ。


 「……ハルセがそう言うなら、一緒に頑張ってみようかな」


 俺の為とはいえ、滅茶苦茶なトレーニングを強いてくるガル。


 これがどれだけ続くのか……。

 先の見えない絶望に包まれていたが、ルーチェリアと一緒ならやる気も出るってものだ。


 「よーし! では、今日の修練は早めに切り上げて、ルーチェリア殿の装備調達に行くことにしよう。流石にその服だけでは心許ないからな。貴殿は年の頃はいくつになるのだ?」


 「私は9歳だよ」


 「では、服も今の替えと10歳以降のものが必要になるな」


 「……うん。10歳に着れる服は1着だけならあるよ。お母さんの形見。私の育った町の民族衣装みたいなものだけど……」


 「ああ、見たことがある柄だ。今着ているものもそうであろう? 流石にハルセ殿のお下がりを女性レディに着せるのも、見るに堪えぬからな」


 「ガルベルトさん、どういう意味だよ!」


 「ビハハハハ、ハルセ殿! 元気そうだな、もう休憩はいいだろう。次はその岩を腹に落とす。聞いてのとおり、ルーチェリア殿の件で所用が出来た。今日の所は、たったの100回だ」



 (──たった……の?……)



 明日、生きてるかな? 俺……。



 ◇◆◇


 

 「ハルセ、おはよう、朝だよぉ」


 ルーチェリアの優しい声が心地よい目覚めへと誘う。天使のような癒しが、俺を包み込んでくれるかのようだ。


 ただ……うん、野鳥よりも目覚めが早いんだよな。


 流石すぎると言うか……ここに来て間もないのに、俺よりも我が家の朝に対応出来ている。


 それに最近は、日の出が結構早くなってきた感覚がある。


 は結構、日の入りは遅めだし、異世界にも夏時間サマータイムとかあるのだろうか。


 当然ながら、ガルも既に起きてるようだが。

 

 「ご飯できたよ。今日は私もガルベルトさんのお手伝いをしたの」


 朝からにこやかなルーチェリア。

 胸元には昨日、ガルが街で買ってきてくれた革製の胸当てブレストプレートが装着されている。


 手袋一体型腕防具フルアームガードに靴と一通りは揃えてきたようだ。


 「おはよ、ルーチェリア。装備は朝食後につけたほうがいいんじゃないか? 窮屈だろ?」


 「ううん。意外と見た目よりも軽いんだよ。それに横のベルトを緩めてれば楽ちんなんだ」


 身につけた装備の調整用ベルトを指差しながら、嬉しそうに説明してくれる。



 (──よっぽど嬉しかったんだな、ルーチェリア)



 俺もこの服を貰ったときは凄く嬉しくて、『早替えかよ!』と、ガルにつっこまれるレベルで着替えたのを覚えている。


 そんなに昔のことではないが、妙に懐かしい気分だ。


 もう少し、幸せな気分に浸りたいところだが、いつものモーニングルーティン後には、間髪入れずに鬼畜の修練が始まる……。


 天使のようなルーチェリアの笑顔を俺は守りたい。


 つい誘ってしまったはいいが、いつまで持つかが心配だ。


 そして、厳しい陽の光を背に修練は始まった。



 ◇◆◇



 「よーし! その調子だぞ! もっと、もっと上げろ」

 

 ガルの威勢のいい声が響き渡る。

 俺は昨日に引き続き、鬼畜な……いや、巨大な岩のリフト作業に勤しんでいる。


 汗が清々しい……なんて到底言えない……。



 (あれ? そういえば、ルーチェリアの姿が見当たらないな)



 一緒に修練をしているはずのルーチェリア。

 近くにその姿は見当たらない。

 俺はぐるりと辺りを見回す。


 そして見つけた……。

 少しばかり距離があるようだが、俺はその姿を捉えた。


 「フッ、ウッ、ウ……」


 「ルーチェリア殿もその調子だ。いいぞ、少しずつでいいからな」

 

 ルーチェリアの吐息が漏れる。

 ちゃんと修練に参加している。

 よかったよかった……いや、ちょっと待て……何かが違う。


 トレーニングメニューは一緒。

 だが、木陰であんなに小さな岩……だとぉー!


 獣人って、人間よりも身体能力は遥かに高いんじゃないのか?


 それなのに俺はこんな日陰もない野ざらしで、10倍くらいはある巨大な岩……。


 しかも、少しずつでいいだと。

 俺にもそんな台詞セリフをくれよ~!


 ガルへの不満を気合へと変換させていく。

 体を流れる果てなき力は、今ここに開放されたのだ。


 「うおりゃあー!」


 「おぉ、今日は一段と凄いじゃないか、ハルセ殿! よし、その分だと早く終わりそうだから、もう300回追加だ。流石だぞぉ!」


 ……チーン。


 と俺の心には、この世界との別れ告げるような悲し気な音が木霊している。


 俺には労りの言葉はなく、厳しい言葉だけが容赦なく飛んでくる。


 もはや、これを快感へと昇華させる能力を身につける以外に逃れる術はないのだろう……。


 そして俺は力尽きる。

 今日もまた、倒れるように眠るのであった。




 ── 魔技紹介 ──


 【水麗癒滴ウォーターポーション

 ・属性:水

 ・属性領域:低域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:回復特性

 ・発動言詞:『癒しの雫』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び水の雫による癒し効果を想像実行。

 ・備考

  単体指定魔法。魔法強化段階及び環境変化の影響あり。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る