第10話 うさみみ少女の過去と現在

 雪崩れ込む馬の足音と制止の声が響き渡る。


 猛火を照り返し、朱色に靡く長い髪。

 流星の如き光輝を纏った長槍を携え、周囲へと指示を出す一人の女騎士。


 そして、取り囲むように展開する全防護鎧フルプレートメイルの騎馬の群れ。


 ルーチェリアたち家族が処刑される寸前、人間の騎士が止めに入った。 


 ──だが、遅かった。


 彼女の目に宙を舞う父親の首が映り込み、その直後、赤い飛沫が雨のように降り注いだ。


 ルーチェリアは「うぅあぁああああー」と慟哭し、赤い涙が頬を流れた。


 一方的に蹂躙されゆく町の中、住人たちは喚く声ごと斬り落とされてゆく。


 赤髪の女騎士は、首を刎ねた男の胸を槍で貫き、放心状態となったルーチェリアを急いで抱きかかえる。


 ルーチェリアはショックのあまり、自分の感情が壊れてしまったのだろう。そこで記憶が途切れたようだ。


 …………

 ………

 …… 


 「私の帰りを待ってくれている人は、この世界に誰もいない。お父さんもお母さんも殺され、街の皆も……もう誰も……」


 幼き心に刻み込む、忌々しい過去の記憶。

 怒りからか、それとも哀しみからなのか。

 その小さな体で、全身の震えに必死に抗い、服の裾をぎゅっと握りしめている。


 今にもあふれ出そうな涙を、彼女は瞼の裏に閉じ込め、目元にグッと力を入れた。


 ガルは憂いの目で、ルーチェリアを見つめる。


 「辛き過去、であったな……話してくれて感謝する。私も状況は違えど、家族を失う悲しみは少なからずわかる。故郷を離れ、長年、ここに一人で暮らしてきたが、今では二人暮らしになった」


 そう言いつつ、彼は伺うように、こちらを流し見た。


 俺は静かに頷き返す。


 「──さて、これは私たちからの提案なんだが、これ以上、貴殿を傷つける者の下へなど帰る必要はない。ルーチェリア殿さえよければ、ここにいないか? もちろん、むさい男二人との同居にはなる。ある程度の覚悟は必要となるがな」


 彼は唇の端を悪戯に吊り上げ、俺はムッとした顔で反抗した。


 「ガルベルトさん! むさい男って、それ俺も?」


 「むん? その言い草だと、私だけむさい男だと言っているようではないか!」


 俺とガルが、下らないことで火花を散らす。


 「私は師匠だぞ!」


 「むさい男に、師匠なんて関係あるか!」


 「ア、ハハ、アハハ……」


 俺たちのやりとりに、ルーチェリアから笑みがこぼれる。

 彼女はゆっくりと椅子に座り直し、口を開いた。


 「あ、あの……私、一緒に居てもいいのでしょうか? 戻らなくても、いいの?」


 おずおずと尋ねる彼女に、ガルは穏やかな表情で応じた。


 「ああ、もちろんだ。ここをルーチェリア殿の居場所にすればいい。私たちはいつでも、貴殿の帰りを待っている」


 彼の温かい言葉に、ルーチェリアの心が答えたのだろう。

 これまでため込んでいた涙が、まるで決壊したかのようにあふれだした。


 「うわぁーん、あ、ありがとう、ございます……。私、ここにいたいです」


 声に出して泣きながらも、反面、ニコリと笑う彼女の思いに、俺もまたもらい泣きしてしまった。


 そのまま泣きつかれたようにルーチェリアは眠りにつき、俺とガルはその寝顔に「おやすみ」と添えた。


 彼女の顔はようやく得た安堵感に包まれていた。相当疲れも溜まっていたことだろう。


 それぞれ違う境遇の三人。支え合うのに、種族や血の繋がりなんて関係ない。


 改めてこの世界に来て、俺も自分らしく生きていける気がする。


 今日はゆっくり寝れそうだ。


 (……あ、でも明日は地獄を見る日だった)



 ◇◆◇



 「おはよう、二人とも! 今日も自信作ができたぞ! 元気の源、朝食だ!」


 夜明けに響く野鳥の声よりも早く、ガルの大声が朝を告げる。


 「ったく」と口をつき、俺は天井に向かって腕を伸ばし、大きくあくびをする。


 (ふぅわああ~、毎回これじゃあ、早寝早起きどころか、早寝早すぎだろ……)


 そんな俺の耳に、獣とは対照的な可愛らしい声が届く。


 「おはよう、ハルセ」


 声の主はルーチェリアだ。彼女もまだ眠そうな目をこすりながら、むくっと起き上がる。


 「お、おはよう、ルーチェリア。ガルベルトさんは異常だろ? 毎日、朝が早すぎなんだよ。それと、朝食後はすぐに片付けと掃除が始まるからな」


 「OK、ハルセ」


 「……う、うん」


 なんだ、この感じ? 出会ったのは昨日だけど、結構慣れ合いじみた掛け合いだ。


 (まぁ、いっか。心を開いてくれた、ってことだよな?)


 俺たちは、桶に水を汲んで顔を洗い、戸を開けて外に出る。


 今日も清々しい朝だ。とはいえ、まだ薄暗く、木の枝にかけたランタンがほんのりとテーブル上を照らし出す。


 そこにはすでに、いつもどおりの豪華な朝食が、色とりどりに置かれていた。


 「お、ピーグルのヒレステーキに、これはクルルの卵焼きかな? このハーブスープも旨いんだよな」


 「さすがはハルセ殿、中々にいい目利きをしておるではないか。ルーチェリア殿も遠慮なくな」


 「私まで、いいの? こんなにたくさん……でも、お腹空いちゃった。ありがとう、ガルベルトさん。お言葉に甘えさせていただきます」


 俺たちはさっそく、和気あいあいと席についた。

 目の前には、ガルとルーチェリアが肩を並べて座っている。


 (……改めて見ると、この二人って同じ獣人なんだよな?)


 ガルは前髪があるとか、多少は人間味を感じる部分はあれど、その見た目は屈強な黒豹だ。


 一方のルーチェリアは、獣人要素が何もなく、人間じゃないのか?と思ってしまう。


 髪の長さはショートボブ。髪色は赤茶げていて、一部、毛先に白が混ざっている感じ。淡い青色の瞳がクリッと輝き、とても印象的だ。


 (う~ん、獣人にありそうな猫耳的なものも見当たらないし……。まあ、こうして考えてるより、直接聞いてみるか)


 俺はスープで喉を潤し、一息入れて尋ねた。


 「このスープ、いつもと薬味を変えてるね。すごく美味しい。そういえば、ガルベルトさんもルーチェリアも同じ獣人なんだよね? 部族ごとに見た目が変わるとか、何かあるの?」

 

 「ん? ああ、ハルセ殿は知らぬことであったか。簡単に言えば、純血か混血かの違いだ。純然たる獣人同士の交配では純血種、獣人と他種族の場合は混血種となる」


 「へぇ、じゃあ、混血同士は?」


 「それは無論、混血種だ。それら子の外見については、血統の強さで決まる純血種と、遺伝によって決まる混血種で大きく分かれる。私は見てのとおり、純血種だ。ルーチェリア殿は混血種であり、人間の遺伝が強かった、ということであろう。まあ、細かいことは省くがな」

 

 ガルの説明に、俺は「なるほど」と顎先を撫でつつ、エルフやドワーフといった混血種にも思いを巡らせていた。


 それにしても、獣人というからには、猫耳やうさ耳とか、何かしらを期待していた。


 (ルーチェリアの場合、人間の遺伝が9割? いや、10割といってもいいくらいだ……って、それだと人間か)


 俺は無意識のうちに、ルーチェリアのことを見つめていた。


 視線に気づいた彼女。頬を赤くし、もじもじとした様子で小声をもらした。


 「ハルセ、私ね、実はね……。獣人って気づかれないように、少しだけ我慢していることがあるんだ」


 どこか恥ずかし気な彼女に、俺は首を傾げた。

 

 「我慢? それって何を?」


 「う、うん……。隠しててごめん。嫌いにならないでね」

 

 ルーチェリアは肩を落とし、少し脱力したように見えた。

 が、次の瞬間、今まで髪の毛だと思っていた耳元が、ふわっと軽やかに浮いて動き出した。


 「こ、これって……耳?」


 「う、うん。私ね、たれ耳なんだ」


 「たれ耳? うさぎ……?」


 たった今、俺の頭の中を、たれ耳うさぎがぴょんぴょこ跳びまわっている。

 

 黙り込む俺に、ルーチェリアは不安を滲ませ俯いていた。


 「やっぱり……ひいちゃったかな? この国だと、獣人って忌み嫌われているし、あまり目立ちたくないというか……。だからいろいろ考えて、髪の一部的に隠してみたんだ。そしたら意外とね、髪型みたいで誤魔化せたの。おかげで周りの目もあまり気にならなくなったしね」

 

 獣国との戦時下。

 捕虜という立場も相まって、扱いも酷く、彼女は辛い日々を送っていた。


 これもある種の自衛とも呼べるし、ルーチェリアなりの周囲への気遣いでもある。


 自分は嫌われている、周りに不快な思いをさせぬようにと。


 だが、申し訳ない。ケモ耳万歳! 俺の心は興奮していた。


 彼女の手を握りしめ、


 「引くわけないじゃん! たれ耳、すごく可愛いよ。後で触ってもいい?」


 と、逆にこっちが引かれる勢いでおねだりをする。


 当のルーチェリアは、「あわわわ……」と戸惑いつつも、


 「い、いいよ?」


 と夢の招待状〝モフモフ許可〟を与えてくれた。


 「よしっ!」


 この機を逃してなるものか! 俺は急いで食事を平らげ、彼女の隣に滑り込む。


 もちろん、ケモ耳をモフモフするために。


 ファサッ、ファサファサッ……。

 

 (おお~、最高だ。手触り最高じゃないか! 俺は今、獣人のうさみみと触れ合っているんだ)


 心で叫び、体は喜びに悶えていた。


 「ルーチェリア、すごくふわふわ。気持ちいいよ」

 

 「ハルセ……ねぇ、気持ち悪いとかないの?」


 ルーチェリアの問いに、俺は首をひねる。

 

 (気持ち、悪い? ん? 何がだ?……もしかして俺か? 俺の顔がか?)


 俺は軽く咳払いでごまかし、その表情を真剣モードへと切り替える。


 「何が気持ち悪いんだよ、ケモ耳なんて最高じゃないか!」


 「ケ、ケモ耳?」


 「そうだ、ケモ耳だ。俺の前いた世界では憧れの的だったんだ。何も恥じることはない、自信を持てよ!」


 ルーチェリアは俺の返しに、口をあんぐりと開いていたが、静かに頷くと、キュッと嬉しそうに結び直した。


 「うん、わかった。ハルセの前では自然でいるね」

 

 俺は彼女と二人、どこか一線を越えたかのように仲睦まじく見つめ合い、それに続けて、ガルの茶化した笑いが響く。


 「おうおう、昨日の今日とは思えないくらいの熱々ぶりじゃないか。私のことを忘れておらぬか? ビハハハハ!」


 正解だ。俺はガルの存在を忘れて、ルーチェリアのケモ耳に夢中になっていた。


 彼は今までどんな顔でこのやりとりを見ていたのだろうか? 正直、恥ずかしさを覚える。


 しかし、そんなことはどうでもいい。

 彼女のフリフリと揺れる丸い尻尾を目の当たりにしてしまったのだから。


 (今更気づいたが……耳だけ隠しても、これじゃあ丸わかりだな。でもまぁ、いっか、可愛いし)


 過ぎ行く平和な時間──こうしている間にも、着々とガルヤツの鉄槌が下される時が、すぐそこまで迫っていた。




 ――――――――――

 ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。


 面白い! 続きが気になる!という方は【☆☆☆】や【フォロー】をしていただけると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る