第9話 俺、少女と出会う

 ── 王都リゼリア裏路地 ──


 中心街から路地を奥へ進むと、何やら怪しい雰囲気を醸し始める。


 華やかな看板らしきものが見え隠れしているところを見ると、お店もそれなりにあるのだろう。


 あれは……ダメか、まだ時間も早いし。

 その前に金も絶対足りない。

 もっと稼ぐようになったらいつか……。


 俺はこの場所が何なのか、すぐに気づいた。

 この路地は〝怪しい〟……ではなく〝妖しい〟のだ。


 やはりここは夜の街。

 後ろ髪を引かれるほどの名残惜しさをその場に残し、俺は更に奥へと歩いていく。


 前の世界でもこういった路地によく迷い込んだものだ。


 まぁ、大抵がお酒が入っての話だけど……。

 ぼったりに遭ったらどうしようとか考えたりもしたが、不安よりも欲求が勝っていたのは想像に難くない。


 奥へ進むほどに人影は薄くなるが、妖しさだけは未だに続いている。


 そこかしこから溢れる色気や危険な雰囲気が俺を誘惑する。


 とはいえ、ここまで話しておいて何だが、今回の目的は違う。

 いいアイテムとか掘り出し物があるようなお店がないかと、つい来てみただけに過ぎないのだ。


 ちょっとばかり入る路地を間違えただけ……。


 異世界に来てまで、そんな場所に興味など……興味……など……。


 (いや、ある……興味ある!)


 俺も男だ。

 何と言われようと、仕方のないほどに頭の中はそれで一杯だ。


 ま、いいお店は発見したし収穫はあったと言えるだろう。


 不純探索を終えた俺が出口を目指していた頃、一台の馬車が道を塞ぐように目の前に止まっていた。


 こんな狭い道に馬車なんか止まってたら他は何も通れないだろ!……と声には出さないが心の中ではそう叫んでいる。


 道を引き返すにも遠すぎるし、このまま僅かに開いた隙間を通り抜けるしかない。


 不満を心に念じ馬車の横を通過しようとしたその時、バシッ!っと何かを打ち付けるような音が響き渡る。


 「おい、お前! これは大事なお得意様の商品だぞ。何をボサっと持っておるのだ」


 声が聞こえた先へ目を向けると一人の少女が、何やらビンを割ったのか、雇い主と思われる男に罵声を浴びせられている。


 馬車から降り立つ、いかにも儲けてそうな商人って感じの服に身を包んだ小太りの男。


 この馬車で何かを納品に来たのだろうか。

 しかしあの男、あんな小さな女の子に怒りすぎだろ。

 

 尚も男の罵声は止まらず、手に持った鞭を地ならしのように打ち付けながら、今にも少女に振りかざしそうに近づく。


 (あいつ、鞭で打つなんてことしないよな……? )


 そう考えると同時に俺の体が反射的に動く。

 少女と男の間に割って入り、両手を大きく広げた。


 「おじさん、鞭は危ないよ。そんなので打ち付けたら、この子死んじゃうよ」


 「なんだ、お前は。大切な商品を壊したことを叱るのは当然だろぉ? 部外者が口を挟むな。それに、こいつは獣人の捕虜だ。死んでも文句は言えねぇ。こいつらがどれだけ人間を殺したと思っている。ほら、どけ」


 男が俺の肩を突き飛ばすように押す。

 この男、〝捕虜〟と〝奴隷〟を履き違えてないか? 物みたいに扱いやがって……。


 これは自然な感情だろう。

 沸々と湧き上がる怒り。俺は物凄くイラっとした。


 そして、男に向かって言い放った。


 「どかない! 理由がどうあれ無抵抗な子供を殺していいわけがない。異世界だろうが、そんなことがあってたまるか!」


 その様子に男は憤慨ふんがいし、更に距離を詰めてくる。

 

 「異世界? 何言ってやがる、クソガキ! 厚顔無恥こうがんむちにも程がある。貴様にもお仕置きが必要だな。大人に歯向かった罰だと思え」


 男が鞭をしならせ、勢いよく俺達目掛けて振り下ろす。


 だが、今の俺は怒りで恐怖感覚が麻痺しているのだろう。


 その程度の恫喝どうかつでは全く動じない。


 「大地よ、我を守護せん盾となれ!〝大地盾纏アースシールド〟!」

 

 俺の腕に石畳のブロックで形成された盾が瞬時に形成されると、バシン!と乾いた音とともに男の攻撃を遮る。


 「な、なんだこれはぁ!?」

 

 男は慌てふためき、打ち付けた反動で後方へ転倒する。


 ざまぁみろ、丸々してるから転がりやすいんだよ。ついでに似合わないちょび髭も剃り落してやろうか?……と、ついつい毒ついてしまうが、そんな場合じゃない。


 「今だ!」とばかりに俺は少女の腕を急いで掴んだ。


 「いくぞ!!」


 「あ、え、え……?」


 少女は戸惑っていたが、今は構っていられない。

 とにかくこの場を離れるんだ。右手に収まった細く小さな手を俺は強く握りしめる。


 息も切れ切れ、俺達は必死に路地の出口へ向けて走り出す。



 ◇◆◇



 「あの、クソガキ! どこ行きやがった。ワシをコケにしおって。このままで済むと思うなよ」

 

 男も必死の形相で追ってきたが、俺達は店のテントの陰に身を潜め、何とかやり過ごすことができた。

 

 「ふぅ、行ったか。もう大丈夫」

 

 少女に目を向けると、少し照れくさそうな顔をしてうつむいていた。だが、その理由はすぐに分かった。


 それは……俺が、がっちりと肩を抱き寄せていたからだ!


 「あ、あ、ご、ごめん!」

 

 いつの間に俺はこんな大胆なことをしていたんだ。


 前の世界ならこんなことしたら大変だったろうな……でも、ここは異世界だし……この子も嫌がってはいないみたいだし……。


 「あ、あの、ありがとう」


 少女は俺に申し訳なさそうな、どこか暗い表情で感謝を口にした。


 「俺はハルセ。君は?」


 「ル、ルーチェリア」


 か細い声で自分の名前を口にする少女。

 その体は少しだけ震えているようだ。


 「……ルーチェリアって呼んでいいかな? あと……このままここにいるのは危険だし、どこか帰る場所はあるのか?」


 「え、うん……えっと……わ、私は〝捕虜〟なの。だから、どこも行く場所がないんだ。庇ってくれて……ありがとう、嬉しかった。でも……また戻らなきゃ。いつかは故郷に帰ることが出来るかもしれないから」


 「あの男がそう言っていたのか?」


 「うん……」


 捕虜を奴隷のように扱うあの男が、仮にその話が本当だとしても守るとは到底思えない。


 俺はルーチェリアと名乗る少女へある提案をする。


 「ルーチェリア、あのままだと君は死んでいたかもしれない。それに、戻ればどんな仕打ちがあるか分からない。他に帰る方法があるはずだ」


 「でも、私には……」


 「一つ提案なんだけど、俺も帰る場所がなかったんだ。でも、そんな俺を守ってくれている人がいる。君と同じ獣人なんだけど、ガルベルトさんって言うんだ。これから一緒に相談に行かないか? ここからそう遠くはない。どうしてもあの男のところへ帰るというなら、その後でもいいだろ?」

 

 ルーチェリアと名乗った少女は薄っすらと涙を浮かべながら、ゆっくりと頷く。


 その表情からも痛い程に伝わってくる。

 あの男の下には戻りたくないと……。


 奴隷のような扱いの一端を見ただけに過ぎないが、少女は長い間、耐え続けてきたんだろう。


 体は痩せ細り、目に光を感じない。

 恐怖による支配……そんな目をしている。


 (この子を守ってあげないと……)


 俺はルーチェリアと二人、秘密の扉を抜け、城下街を後にした。



 ◇◆◇



 「そうか、そんなことが……」


 ルーチェリアを連れて家に戻った俺は、ガルに街であった出来事を伝えた。


 「ルーチェリア殿といったか、人間の街に連れて来られてどのくらいになる?」


 「う、ん、半年くらいです……」


 少女は少し落ち着かない様子ではあるが、受け答えは割としっかりしている。


 「辛かったろうが、まだまだ日が浅いから分からないのだろう。少々、酷な話になるが聞いて欲しい。捕虜としてここへ連れて来られたと言っていたが、それは間違った認識だ」


 ガルはこの国の〝捕虜〟の実態について、少女へ話始めた。


 一般的な捕虜の考えは、争いごとが終わるまでの拘束措置であるとか、交渉材料の一つとして、話し合いによっては故郷へ帰ることができるといった、僅かながらも希望を持つことができるものだと考えられている。


 当然、王国としての捕虜の考えはそれに沿ったものであるだろうが、この国には、捕虜身請け人制度というものが存在し、身請けをした者の中には、"捕虜"を〝奴隷〟と勘違いしているものも少なくないようだ。


 ルーチェリアを身請けしていた男も多分に漏れず勘違い野郎だったのだろう。


 そういった連中に身請けされた場合、その多くは返還される前に命を落とす。


 つまりは、このまま今いる場所で耐え続けたとしても故郷へ生きて帰ることは難しいとガルは言っていた。


 その話を聞いたルーチェリアは俯き肩を落とした。きっと、辛い中にも希望を捨てずに懸命に生きてきたのだろう。

 

 ガルが慰めるようにその小さな肩に触れると、ルーチェリアは一瞬、顔を歪めた。


 「ハルセ殿、急いで水を汲んできてくれるか?」


 ガルは静かにそう言うと、自身は薬の調合台で何やら準備を始めた。俺は急いで水を汲んでくるとその容器をガルへ手渡す。

 

 「よし、出来た。ルーチェリア殿、これを飲みなさい。体の痛みが消えるぞ」


 改めてルーチェリアを見ていると、さっきまで気づかなかったのが嘘のように、その手や足、首元には何かで打たれたような痣が浮き出ていた。


 特に肩は酷く腫れあがっている。

 あの男に打ちつけられた痕なのだろう。


 気づくことが出来なかった自分も情けなく感じる。


 俺が手を引いたりしているときも、きっと痛かっただろう。


 「ルーチェリア、ごめん。痛かったな……俺、気づけなくて……」


 「大丈夫だよ。私は貴方のおかげでここに居るから……」


 ガルの手渡した調合薬を少し苦しそうに飲んでいたが、あの味は仕方がない。むしろ、頑張ったと褒めてやりたいほどだ


 とはいえ、その効果は抜群。

 薬を飲んで少し楽になったのか、ルーチェリアは俺達に故郷で起こった出来事を話してくれた。


…… 

………

…………


 ルーチェリアの故郷はここ王都リゼリアから北西、獣国ルーゲンベルクス南東に位置する【リフトニア】という小さな町。


 町の北側には【ライール川】と呼ばれる大河。

 肥沃な土壌と水源に恵まれ、農作物の栽培が盛んな緑豊かな町だったようだ。


 半年前のある日、ルーチェリアの故郷は人間の襲撃を受けた。


 町は火に包まれ、多くの獣人が無惨にもその場で首を落とされた。


 女や子供関係なく。

 全てが焦土と化し、そして消えていく。

 大切にしたものが目の前で理不尽に奪われる。


 こんな小さな少女の心には余りにも、耐えきれないショックが残っているだろう。


 ルーチェリアと両親も捕らえられると、地面にうつ伏せにされた。


 盗賊らしき男が剣を抜き、眼前へと迫る。

 嘲笑うかのような視線と笑みは、人の皮を被った獣のようだった。


 希望などない。

 僅かな光さえも遮断される。

 そして、命を諦めたその時だった……。

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