第8話 想像修練と王都の街

 熾烈なしごきで幕上げとなった、修練初日。

 ガルやつに対して報復の〝猫じゃらし〟をしたくなるほど、俺の心がふにゃふにゃに萎えた。いや、あのままでは命の危険すらあった。


 かといって、身体の芯が悲鳴を上げることもなく、リコ・リッドで買ってきた回復薬のおかげで、今日も朝から快調だ。


 (さてと、そろそろ起きるか。今日は想像修練と言っていたし、午後からは自由時間だからな。昨日よりはマシだろ……)

 

 月明かりが残る早朝。当然、ガルは起床済みだ。

 目覚まし時計アラームなしでも安定感抜群の体内時計は、見た目通りの野生の勘か。


 俺も頑張って起きたつもりだが、早起きすらも勝てる気がしない。


 目を擦りながら入口の戸を開けると、澄んだ朝の新鮮な空気が入れ替わるように流れ込んでくる。


 外のテーブルには、既に朝食の準備が整っているようだ。


 「おはよう、ガルベルトさん。いつも早いね」


 「おっ、おはよう! もう起きたのか? 昨日は疲れただろう? もう少し寝ていてもよかったのだぞ。でもまあ、朝食の準備もできたところではあるし、そろそろ叩き起こそうと思ってはいたが」


 「……」


 なんか言っていることが矛盾してる気はするが、まあいい。


 俺とガルは朝食を済ませ、後片付けと周囲の清掃を行う。これも毎朝のルーティン。正直、食後は少しくらいゆったりしたいものだが、


 「掃除を後回しなど言語道断だぞ。特に朝は浄化の時だ。場を正し、清め、そして新しく始めなければならぬ」


 と、それすらも許されない。


 そして間髪入れずに修練へと繋がっていく。

 

 「──ハルセ殿、今日は想像修練だ。まずは貴殿にを掴んでもらいたい」


 「発動、感覚?」


 「そうだ。魔法は発動の際、身体の内外を属性力が巡り、そして周囲へと波及する。それは言葉で伝えて理解できるものではない。さぁ、とにかくやってみろ。実践こそが全てだ!」


 ガルは拳を握りしめ、「フンフン!」と鼻息を荒く、早くやれと言わんばかりだ。


 俺は頷き、昨日もらったノートを開いた。


 いよいよ始まる想像修練。自分の属性に何ができるのか。属性を使ってどんなことがしたいのか。


 ペラペラとめくり、集中力を高める。


 「ここにあるのは地属性魔法が3つだけ。まあ、手始めとしては十分だろ。さてと、一つ目は──」



 【大地盾纏アースシールド

 ・属性:地

 ・属性領域:低域

 ・用途:防御特性

 ・発動言詞:『守護せん盾』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び大地を構成する物質によるシールド生成過程を想像実行

 ・備考

  魔法練度、環境、物質、武具による影響あり



 最初に目にとまったのは、盾の魔法だ。守りは戦いの基本、最初に覚えるべきものに間違いはないだろう。


 ここには発動手段は載っていない。詠唱に必要な発動言詞を使い、俺の中で詠唱を組み立てる。


 わかるのはそれだけ──。


 俺はノートをそっと閉じて懐に仕舞い込むと、静かに瞼を下ろした。


 深く息を吐き、再び瞼を開け、拳に目を落とす。


 (──やってみるしかないか)


 大地の盾。大地を構成する物質の集合体。その構成する物質とは何か。土や石、岩、あるいは砂、微粒子レベルのもの。細かすぎるのも考えものだが、一つ一つ試してみることにする。

 

 (まずはこの場にある土と石、その二つが収束し、俺の左腕に盾を作る。他のことは考えない。発動言詞は、守護せん盾──)


 俺は、魔法らしく思い描いた詠唱をゆっくりと口にする。

 

 「大地よ、我を守護せん盾となれ、〝大地盾纏アースシールド〟」


 言葉を閉じ、俺は少しの余韻に浸った。


 ザザッ……。


 「ん? 何だ?」


 地面が揺らいだ? 一瞬、俺の目にはそう見えた。だが、何も起こらない。


 「まあ、さすがに初めから上手くいくわけがないか。う~ん、詠唱が悪かったかな? じゃあ次は、別の台詞で──」


 俺がもう一度詠唱を試そうとしたそのとき、


 ザザザザッ──と足元の地面が波打った。

 やはり見間違えではなく、大地そのものが揺らいでいる。


 地面から伝わる振動が大気へと土埃を舞い上げ、俺のイメージどおりに左腕には土と石だけが集まり始めた。


 繰り返される土の粒子と石片の接合。層を成して六角形の盾を模っていく。


 魔法が完了すると同時に、俺の左腕にはそれまで感じることのなかったズシッとした重さが圧しかかってきた。


 「うっ、お、重っ?!」と俺の顔がひきつる。


 かなりの重量だ。おそらく構成する物質次第では、この盾を更に強固にすることも出来るだろうが、重さもそれに比例するのだろう。


 たとえ岩の盾を作れたとしても、今の俺が持つには厳しいかもしれない。


 (作る過程、そのうえ、重さそのものまで考えないといけないのか……これはムズイ)


 こうして俺の意識が逸れている間に、大地の盾は瓦解するように消失した。


 魔法の効果を保ち続けるためには、常に意識を傾けておく必要もありそうだ。


 相当な集中力と身体能力。その両方のバランスが、魔法という未知なる力を生み出す原動力となる。


 思いに耽る俺の背後では、ガルが目を丸くしてこちらを見ていた。


 「まさか、初手で成功させるとは……。普通は失敗するものだぞ、それをハルセ殿は……」

 

 俺は彼の驚嘆する様子で、ようやく魔法が成功したという実感を得た。


 初めての想像修練で魔法を成功させた。ということは、俺には適性があるということでいいのだろうか?


 そこからの俺は大地盾纏を自分のものとすべく、時間の限り、発動と解除を交互に繰り返した。


 体を流れる血のように、全身に迸る気の流れ。おそらくこれが属性力というもの。


 今の俺に可能なのは土と石、それに砂、これらを操って盾にすることができる。大地盾纏の怖いところは、盾として完成するまで重さを全く感じさせない点にある。


 体力錬成の大切さを身をもって感じたが、それでもガルのしごきは辛すぎる──いや鬼畜だ。


 やがて集中力も底をついてきた頃、ガルが俺の隣に立って語り始めた。


 「初日としては十分すぎる成果だ。貴殿は成功したが、その多くは失敗する。主な要因は、魔法をどう使うかまでを想像できていないことにある」


 「どう使うか、ね」


 「ああそうだ。魔法は発動言詞の意味を想像するだけでも使うことができるが、どこに発動するのか、どのようにして対象を狙うのか、用途に合わせて考えることは多い。その点、貴殿はしかと想像を巡らせた」


 「まあ、盾だからな」


 自分でも分かっていることだが、今回の魔法はあくまで盾だ。盾ならば腕に纏うことは自然なことだし、迷うこともない。だが、魔法によってはそうもいかないことは深く考えずともわかること。


 確かに、中々難しい──が、ともかく初日としては上々だろう。


 「ハルセ殿、今日はこれくらいにしておくとしよう。約束通り、昼からは自由とする。ただし、街から遠く離れたりはするなよ。まだまだモンスターを相手になど出来ぬからな。とはいえ、さすがにブルファゴ程度はいけるかもしれないが」


 (おいおい、ブルファゴはこの前、俺単独でも狩ったじゃないか。ま、時間かけ過ぎたせいで生餌にされたわけだが……)



 ◇◆◇



 俺は昼食後、王都リゼリアの街へ向かうことにした。


 「ガルベルトさん、そういえば門限ってあるの?」


 「ん? まあ、街ならば問題はないであろうし、時間はまかせる」


 「へぇ、そっか」


 時間はまかせる……ということは、夜遅くなってもいいってことだよね?


 少しお小遣いも貰ったが、銅貨15枚っていくらだ? 全く相場がわからない。


 (とりあえず、その調査も含めていろいろ見て回るとするか)




 街で初めての自由行動。俺は一人、ガルに手を振り家を出て、王都への橋を渡っている。


 心が弾みすぎているのか、歩幅のせいかはわからないが、この橋が結構長く感じる。


 しばらく歩いて、ようやく王都の城門前に辿り着いた。


 街で初めての自由行動。俺一人なら城門からでも出入りできるのでは? そう思って、意気揚々と城門をくぐろうとした俺の前に、騎士が二人、互いの槍を交差させ、行く手を遮った。

 

 「待て。子供が一人で何の用だ? 商人でもあるまいし。〝通行許可証〟は持っているのか?」


 通行証? 俺はブルブルと顔を横に振った。


 「あ、いえ、持ってません」


 「はぁ~ったく、出直してこい」


 「……」


 全然、獣人関係ないじゃん! 人間同士でも通行許可証が必要ってどういうことなんだ? 同じ国内でも、他の街が他国みたいな扱いなのだろうか。


 結局、秘密の扉を使うことにした俺は、不満たらたらに踵を返し、城壁東側へと向かう。


 バサッ、バササッ、ギィィィ……。


 扉を隠す草木をどけて、ひっそりと城下街へと潜入──違う、街に遊びに来ただけで後ろめたいことは何一つない。


 (最初からこうしてれば、無駄に歩かされずに済んだな。あの騎士たち、二人してお堅いこといいやがって)


 それにしても、王都だけあってやはり活気がある。ラックルの串焼きも相変わらず旨そうだし。


 そういえば、この間から気になっていたんだ。


 (高密度魔法石って、普通の魔法石と何か違うのか?)


 俺は香ばしい匂いにつられて、店先の商人に声をかける。


 「こんにちは、おじさん。高密度魔法石で焼き上げるって、普通の魔法石で焼くのと何か違うの?」


 商人は振り向き、軽快に応じる。


 「いらっしゃい。お客さんは高密度魔法石を知らないのかい?」


 「はい。魔法石は知ってるけど、高密度は初めて聞いた。少し遠方からきたから、都会のことには疎くて」


 「ほーう、高密度魔法石もめずらしいほどの田舎か。【魔法源石】とは違って、流通品なら値は張るが、どこにでもあると思うんだがね。まあいい、普通は低密度魔法石のほうが一般的だが、うちでは高密度を使っている。高密度と低密度の違いは何と言っても火力。圧倒的に火力が違う。調理は火加減が大切だ。肉の旨味を瞬時に閉じ込める。ゆえに味も最高だ。どうだ、食べていくかい?」


 「いいなぁ~、そうしたいのはやまやまなんだけどね。今、銅貨15枚しかないんだ、足りる?」


 「そうだな。本来なら、銅貨10枚はいただくところだが、お試しってことでサービスだ。銅貨5枚でどうだ?」


 試食であれば無料ただが嬉しいのだが、ラックルは食べたことがないし、買ってみるか。


 「ありがとう、おじさん。じゃあ銅貨5枚ね。もう一つ聞きたいんだけど銅貨の上って銀貨だよね? 銅貨何枚で銀貨1枚になるの?」


 「ああ、銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚と対等だ。お客さんのとこは通貨が違うのかい?」


 「まぁ、そんな感じ。ありがとう、おじさん。これ、めちゃくちゃ旨いよ!」


 異世界の街で、肉の串焼きを食べながら散策する。

 食べ歩きなんて、祭りとかくらいでしかしたことがなかったけれど、この世界にも祭りとかってあるのだろうか?


 しかし、ラックルの肉ってこんなにも旨かったのか。脂身が口の中でジュワっと広がったと思ったらすぐに無くなる。

 

 しつこく残らず、旨味だけが残り続ける。

 肉汁も凄いし、いつも食べてる肉とは別次元の旨さだ。


 これがラックルと他のモンスターの旨さの格の違いか。やっぱり肉は火力も大事なんだな。 


 この前来た時はゆっくり街を見る感じではなかったけど、こうして見ているといろんな店が目につく。 


 「あれは、りんごかな? 銅貨3枚でカゴ盛り。こっちは、キャベツ? 1玉、銅貨1枚」


 まだまだお金の価値が掴めないが、銅貨1枚で100円くらいの感覚なのかもしれない。残りの手持ちが銅貨10枚ぽっちでは、夜遊びなんて到底無理、そのことだけはハッキリとわかる。


 不満を抱きつつ、街の本通りメインストリートを歩いていると、あちらこちらに路地のようなものが見受けられる。こういったところに掘り出し物のお店とか、何か新しい発見がありそうだ。


 俺は好奇心に従い、足早に路地へと入っていった。

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