第7話 異世界修練

 ── 翌朝 ──



 ちゅちゅーん! ピョロロロロー! グワグワ!!



 清々しい寝起きなど望めないほど騒々しい野鳥たち。


 目覚めたばかりの頭がボーっとしていて、瞼もしっかり開かない。


 俺は眠たい目を擦りながら、

 

 「おはよう……」


 と隣で寝ていたガルに目を向けるが姿はない。

 既に朝食準備すらも終わっているようである。


 (あれ? どこに行ったんだろ……)


 俺が入り口の戸を開けて外を確認すると、朝とはいえ遠くの空が赤く染まり始めた程度で、まだまだ辺りは薄暗かった。


 澄み切った空気。

 朝の静けさの中、何かが聞こえる。


 その音の先へ視線を向けると、湖の前で素振りをするガルの姿があった。


 ブンッ!ブンッ!と空を斬る音が響く。

 木刀を振るうガルの汗が飛び散る。


 その一振り一振りの風圧がこちらまで伝わってくる。


 俺の姿に気づいたガルが木刀を下ろすと、息を切らしながら笑顔で声をかけてきた。


 「やっと起きたか。さっそくはじめるか!と言いたいところだが……」


 ガルはグゥっと鳴るお腹を押さえて苦笑する。


 「腹が減っては修練できぬだ、朝食にしよう」

 

 我が家の前には、木を切り出して作った大きなテーブルがある。


 木目が非常に綺麗な食卓で、椅子は切株を利用したもの。自然の中で食べる食事は最高だ。


 コトッ、コトッ……。

 ガルが自信満々の表情で料理を並べる。

 朝から豪華な食卓に俺の頬は緩みっぱなしだ。


 野鳥スズリの卵かけご飯はふわっとした白米に、濃厚な黄身が絡んで絶妙な味わいだし、昨日狩ったブルファゴのステーキはジューシーで柔らかく、サラダと一緒に食べるとさっぱりした口当たりだった。


 それにガル特製のスパイスを組み合わせたハーブスープは香り高くて温かくて、体の芯から元気になる。


 「うまい!これは本当にうまい! ガルベルトさんは天才だ!」


 その言葉に尽きる。

 朝からこんなご馳走なんて、これだけでもここに来てよかったと思える。


 考えてみればこの世界に来て食事に困るどころか、前の世界のほうが困っていたな…。


 それに回復薬調合はともかく、ガルは料理が上手い。


 朝食を終えると、後片付けもしっかりする。

 ガルはさらに綺麗好きだ。


 俺も片付いていないと落ち着かない性分だから、そこも気が合う。


 片付けが終わるとガルは木刀を手に取り、軽く一振りする。


 ブワッ!と圧迫されるかのような風圧が肌を伝い後方へと吹き抜ける。

 

 「ハルセ殿、まずは〝属性〟というものがどういうものか、これから私が手本を見せる。よく見ていなさい」


 そういうとガルは木刀に意識を集中し、何やら詠唱のようなことを始めた。


 「刃を纏いし切り裂く風、我が剣に集え」


 木刀に流れ出す気流。

 風を纏っているような現象が生じ始める。


 そして……。


 「〝獣波斬じゅうはざん〟!」

 

 大気を切り裂くが如き力強さで木刀が振るわれる。


 その重き一刀は、飛び道具のように数メートル先にある薪をザシュっとした音を立てて真っ二つにする。

 

 「私の属性は〝風〟だ。今の技は、属性を武器に纏わせて攻撃を放つ。属性付与というやつだ」


 (この技は……俺を助けてくれたときのもの、凄い……)


 俺の心は高鳴り、体は熱くなる。


 (これが属性か……これが魔法か……)


 ガルの技に目を奪われ、思わず声を上げたくなった。


 「まずは〝レベル〟を上げること。体を鍛え、精神を鍛えること。それは、属性魔法や技を発動したときに耐える肉体を作ることだ。そして、魔法には想像力も必要だ」


 ガルの力説は続く。

 魔法や技はレベルだけで使える能力ではない。

 習得のためには、自分の属性をどう使えるのかを想像する能力も高めなければならない。

 

 あと、ガルの説明の中で特に重要だと思うところがあった。


 それは、自分の〝属性〟と〝適正〟は別物。

 例えば、火属性だからといって、誰でも高域魔法を習得できるかと言われればそうではない。


 魔法には低域・中域・高域・極域と階層が存在する。


 魔法は上位階層になるにつれて、発動に必要な属性力も高くなっていくものである。対して自分の属性に適正がなかった場合、いくらレベルを上げようとも、属性力だけはある時を境にパッタリと止まる。


 適正がなければ、使えない魔法も出てくる……そういうことだ。


 まぁ、適正云々を今考えても仕方ないが、気にはなる。


 ……才能がないと言われるようなものだしな。


 体力錬成は言葉どおりに体を鍛えればいいだけだろう。


 でも、想像修練の場合はどうなんだろう? 魔法や技は、既に名称や発動するための方法が決まっていたりするのだろうか?


 ついさっきも技を放つ前に、魔法詠唱のように何か言っていたし。

 

 「ガルベルトさん、魔法を覚えるのに参考になる書物はないの?」


 「当然、属性ごとの魔法書がある。私も〝風の魔法書〟を持っている」

 

 そう言うと、ガルは古めかしい本を俺に手渡してきた。

  

 「今日は読書ではない。最初の魔法だけ読んでみるといい」


 

 俺は、風の魔法書の一番はじめに記された〝風切波ウィンドカッター〟に目を通す。



 【風切波ウインドカッター

 ・属性:風

 ・属性領域:低域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『刃を纏いし切り裂く風』

 ・発動手段(直接発動及び属性付与)

  発動言詞の詠唱及び風が対象物を切り裂く想像実行又は所有物への付加効果の想像実行。

 ・備考

  魔法強化段階に応じた影響及び所有物の性能による影響あり。



 発動手段は詠唱と想像すること。


 (発動言詞はつどうげんしとは何だろう?……これが詠唱に必要なキーワードなのだろうか)


 今一番知りたい想像方法については詳しく書かれていない。

 

 「この世界にある全ての魔法は、〝創造者〟が想像したものを【発動言詞はつどうげんし】として記憶する。風切波ウインドカッターという魔法であれば、創造者が〝刃を纏った切り裂く風〟を想像したのだろう。魔法を発動するには記憶された発動言詞を詠唱したうえで、その想像をする必要がある」


 生み出した人の想像を発動言詞として記憶するというのが魔法の原理……しかし、この原理をどう解釈するかについては、聞くところによれば諸説あるらしい。


 その中でも一番有力な説によると、魔法は精霊の力を行使するもの。


 この世界には【精霊大樹の森】という場所があり、魔法はその大樹の幹に発動言詞が刻み込まれることで生み出されるそうだ。


 そして、魔法書は各属性ごとに枝分かれした大樹の枝葉から作られている。生み出された魔法は、その名称を含めて魔法書にも自動的に記録されるらしい。


 これだけでも十分に魔法的だと思うが、魔法書自体も便利アイテムということだろうか。それにしても、精霊大樹とかファンタジーが溢れすぎてワクワクする。


 まずは、原理は置いておいたとしても使えるようになることが最優先だ。


 俺は他にも、疑問に感じたことを色々と質問してみた。


 まず気になったのが、各属性には優劣はないのかという点。


 結論から言えば、あるとのことだ。


 水は火に強く光に弱いといった感じで、その体系は五芒星の関係で描かれている。


 ただし、魔法の属性領域による優劣といったことも影響するため、あくまで目安ということらしい。流石に火の高域魔法を水の低域魔法で打ち消すなんてことは難しいだろう。


 次に気になったのが、魔法には創造者がいるということ。

    

 「創造者って言うけど、俺みたいな魔法初心者でも生み出せるのかな?」


 「当然可能だが、これまでの歴史の中で既に多くの魔法が生み出されている。似たような魔法の重複はできぬから生み出すことは大変だぞ。だが、貴殿は地属性。魔法書も地属性はほとんど見たことがないうえに発現者自体が希少。生み出されたものもごく僅かだろう」


 そう言って、ガルが俺にノートのようなものを差し出した。


 「これは?」


 「昨日、リコリッドに行ったろう。そのときに地属性の魔法書がないか確認していたのだよ。魔法書はなかったが、これを見つけた」


 俺はそのノートのようなものを受け取りペラペラと捲ってみる。


 魔法書とは全く違うが、いくつか地属性魔法が載っている。100ページほどあるようだが、記載されているのは最初の数ページだけで、後はほぼ白紙だった。



 ……どうやら地属性魔法のメモらしい。



 地属性ってそんなに歴史がないんだ……と肩を落とす俺の背中をガルが軽く叩く。

 

 「今日は読書じゃないといっただろう? それだけ白紙だからこそ、これから自分で生み出せる可能性もあるんだぞ。まずは発動に耐えることができる肉体と精神を鍛えねば。なっ!」


 そうだ、これだけスカスカなら自分で埋めていけばいい。


 極めたやつがいないのなら、俺が極めればいい。



 地属性……大地の力。



 イメージ的には、ゲームとかで召喚される神に〝大地の巨人タイタン〟とかいたよな。大地を震わすほどの力、そんな感じだったか。


 そう考えるとカッコイイんじゃないか?

 弱いイメージばかりが先行しているが、俺は今までにないくらい前向きに考えているんだ。決して強がりじゃない。


 「ガルベルトさん! 俺を鍛えてくれ。強くなる……必ず」

 

 俺の言葉にガルもよし来た!と言わんばかりに目を輝かせながら答える。

 

 「徹底的に絞ってやるから覚悟しろよ、ハルセ殿!」



 ◇◆◇



 ── 数時間後 ──


 俺は自分のやる気を呪うことになる……。


 「245、246、247……ハァハァ……ウグッ……」


 「声が小さいぞ、もっと深く!」


 腕立て連続300回。

 今日のノルマとして俺に課せられた。

 浅かったり、早いとノーカウント……。


 勿論、途中で力尽きたら最初からだ。

 鬼畜すぎる、このフサフサ黒豹フサクロめ。


 そんな俺の気持ちを汲む様子は微塵も感じられない。


 ガルはさらに熱弁を振るう。


 「腕立ては肉体と精神、両方を鍛えることができる万能な修練。回数が増えるほど肉体的にもきつく、それに耐え達成させるための精神力も必要となる。今日のところは300回にしておいてやる。せめてもの慈悲だ」



 (いや、鬼!おにぃ!おににぃ──!)



 体力の限界を幾度も感じながらやっとの思いで250回まできた。絶対に失敗は許されない、そんな緊張感が俺の体力を余計に奪い去っていく……。


 トータルならもう1,000回は超えてそうだが……。


 苦しそうな俺にガルは更なる死刑宣告を発動。

 

 「早くするんだ! それが済んだら次は腹筋500回だ! 終わるまで飯抜き」


 調子に乗って鍛えてくれと、大地を震わす力を得るんだと意気込んだ自分は、今、後悔に打ち震えている……。


 「も……もう……限界だ……」


 「ハルセ殿。一日目にしては、よくやりきった」


 ガルよ、もう少しだけでいい。

 もう少しだけ、ゆっくり成長を見守ってくれ。

 俺はこのままでは、強くなる以前に昇天してしまいそうだ……。


 突き刺さるようなさげすむ眼差しに気づいたのか、ガルは俺の目の前にそっと膝をつく。


 「今日は徹底的に体を苛め抜いたが、毎日やっては成長を阻害する。よって、明日は朝から魔法書の想像修練、昼からは自由時間とする。ま、明後日はまた這いつくばることになるがな」


 助かった……こんなのが毎日続いていたら……。

 どうやら、メリハリはつけてくれるようだ。


 明日は想像修練か。

 ノートには数は少ないが地属性魔法がいくつかはあった。


 まずはそれを習得することが俺の直近の課題だろう。


 「ハルセ殿! 飯の前に湖の周りを走ってくるといい! 10周くらいはいけるか。くれぐれも平原には行くなよ。それと湖周辺もモンスターは出るからな、気を抜くな。今日も飯が旨くなるぞ」


 「……」


 やっぱ、鬼すぎるわ、このフサフサ黒豹フサクロ──!






 ※ここから先は本編外の読み物になります。


 ── 魔技紹介 ──

 

 【獣波斬じゅうはざん

 ・ガルベルト=ジークウッドの斧技。

 風を纏わせた黒斧を振るうことによって生じる飛び道具。

 ・風切波ウィンドカッター属性付与+斧技


 ── 参考 ──


 <属性間の関係>

 水は火に強く、光に弱い。

 火は風に強く、水に弱い。

 風は地に強く、火に弱い。

 地は光に強く、風に弱い。

 光は水に強く、地に弱い。


 ※五芒星の関係から外れる場合、例えば水と地はどうなるかといった場合は属性力に依存するのみで大きな差異は生じない。

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