第6話 素材の店リコ・リッド

 王都へと続く、湖にかけられた大きな石橋。

 水面に陽の光が煌びやかに反射し、俺の目を眩く遮る。


 「ハルセ殿、もうすぐだぞ」


 「ああ……やっぱ、すげぇな」

 

 感嘆する俺の頬を心地よい湖風がなぞっていく。

 橋の中腹ほどに辿り着いた俺たちを待っていたのは、歴史を感じさせる重厚感あふれる城門だった。


 今回、俺は初めて王都に入る。

 一体、どれほどの街並みが広がっているのか。どんな出会いが待っているのか。


 俺の心は期待で満ちていた。


 「そういえば、人と獣人って争ってるんだろ? ガルベルトさんは普通に入れるの?」


 王国と獣国の争いは今もなお続いている。

 そんな中、獣人であるガルが王都に入ることができるのか?──俺がそう思うのは、ごく自然なことだろう。

 

 ガルはこちらを見下ろし、少しおどけた表情で答えた。


 「ああ、心配ない。私は、だからな」


 「へぇ、特別ね……」


 獣人は基本的に捕虜や一部の者を除けば、人間の街には入ることができない。


 だが、彼は言葉通りに王都への立ち入りを認められているようだ。


 その理由を紐解けば、話は10年ほど前にさかのぼる──。


 王都リゼリアでは、絶え間ないモンスターの被害に悩まされていた。


 来る日も来る日も、各国を行き来する行商人はもちろん、薬草採りに出かけた街の人々もモンスターの襲撃に遭い、そのまま餌食となることも少なくなかった。


 弱いモンスターであれば、一兵士で事足りる。しかし、強力なモンスターに対しては兵士では到底太刀打ちできない。


 王国には騎士団と兵団の二つが存在する。騎士団はいわゆるエリートであり、互いの力の差は歴然としていた。


 結果、頼みの綱は王国騎士団となるのだが、獣国との戦闘が激化するにつれて、モンスターへの対応も難しくなっていった。


 ちょうどその頃、街では一つの噂話が流れ始めた。


 ──街の対岸に獣人が住み着いている。真っ黒な獣人が、モンスターを追い払ってくれた。


 初めこそ街の人々の警戒心は強いものであったが、付近のモンスターを排除し、王都周辺の安全を長年守り抜いてきたことで、彼らからもいつしか信頼されるようになっていた。


 そして今では街での了承を得て、商用取引までできるようになった。


 とはいえ、情勢が情勢だ。王国としての認可が下りることもなく、騎士の目がある正門から堂々と出入りなどできるわけがない。


 街へはもっぱら人目を盗んで、秘密の裏口から入るようだ──が、ここにきて思うところがある。


 本当にそれだけなのかと……。


 普通に考えれば、他国、しかも敵対国である獣人が王都の近くに家を建て、おそらく勝手に住んでいる。


 街の人々はともかく、役人たちにとっては、厄介払いの十分な理由となるはずだ。


 たとえこっそり裏から入り込んだとしても、見つかればたちまち追い出されるのではないか。


 (いや、追い出されるどころか……この状況はむしろ、討伐されてもおかしくない)


 俺は首を傾げて荷車を牽きながら、ガルの後をついていく。


 「着いたぞ。ここからなら大丈夫だ」


 彼は「フフン」と自慢げに鼻を鳴らし、入口を隠していた木々をどけた。


 「おっ!」


 現れたのは、ガルが街への出入りに使う秘密の扉、いわゆる勝手口だった。


 改めて作られたというより、元からあったものと思われるが、今となっては他に誰も使っていないのだろう。


 ただ、明らかに扉の形がいびつだ。妙にデカい。

 縦横ともに追加で採掘したような跡がまざまざと残っている。


 (さては、ガル。勝手に広げたな……)


 ガルは何食わぬ顔で、その大きな木製扉を「ガチャ……」と音を立てて押し開いた。


 「さぁ、ハルセ殿。さすがに荷車は通れんからな。手分けして持つとしよう」


 俺たちは荷物を脇に抱えて扉をくぐった。商業街への直通だ。


 その先に見た輝かしい光景に、俺の心は唸りを上げた。


 (うおおおお~!)


 これが、異世界の街! 城壁の中はまさに幻想的ファンタジーだった。


 武器に防具、それに道具屋。カンカンと打ち鳴らす鍛冶の音がリズミカルに響き渡る。


 多くのお店が軒を連ね、その間を真っ直ぐに流れる美しい石畳の先には、遠目でもわかるほどの、白く巨大な噴水が鎮座し、光り輝く水飛沫を天高く噴き上げている。


 街路樹や花壇も、まるで庭師でもいるかのように美しい彩りを添え、その全てが見事に調和した街並みからは、神々しささえ感じられた。

 

 「すごいや……。本当に、ここは異世界なんだな」


 俺は全身で感動していた。

 辺りを見回しながら街中を進むと、そこかしこから商人の活気ある声も聞こえてくる。


 「安くしとくよ! そこの君、持ってきなよ」


 「いらっしゃい、らっしゃい! 滅多に手に入らないラックルの肉が入ってるよ。高密度魔法石で焼き上げる絶品だよ~」


 金網から上がる香ばしい煙と、食欲をかき立てるスパイシーな香り。


 「おお~うまそう」と、俺は垂涎しそうな口元をキュッと引き締め我慢する。


 (ラックルって確か、あの丸まった角を持った鹿みたいなやつのことだよな?)


 今日も狩りで見かけはしたが、ガルの一撃も悠々と避けるほどに素早かった。


 あれを獲るのは、なかなか難しいのだろう。


 (ラックルあいつって、〝高級焼肉〟だったということか……)


 俺はその高級肉に後ろ髪を引かれながらも、ガルを見失わないように必死に後をついていく。



 街の西側。城門から入れば真っすぐ来るだけの位置に、目的の店はあった。


 店の名は、素材屋リコ・リッド。


 木の骨組みに煉瓦や石がはめ込まれた作り、いわゆる木骨煉瓦造りとでもいうのだろうか。


 外観は古く、叩けば埃が舞い散りそうだが、俺たちはその古びた店内へと足を踏み入れた。


 カランカランと甲高い鈴の音が鳴り響く。


 「よぉ、繁盛してるか?」


 ガルが声をかけると、


 「おう、ガルベルトか。久しぶりじゃないか。今日は何を──って、おお~、結構大量だな」


 と、カウンターの奥に佇む店主らしき男も、顔なじみらしく応じる。


 俺はガルと並び、店内をぐるっと眺めている。

 店の外観は古いが、中に至っては手入れが行き届き、陳列も綺麗だ。


 種類ごとに並んだ色鮮やかな薬草の束に、調合済みの回復薬。さらには、武器や防具の素材になりそうなものまで、多くの品が展示されていた。


 (へぇ~、薬草一つとっても、いろんな種類があるんだな……)


 これだけ見ても、確かに素材の店と銘打っているだけのことはありそうだ。


 「ほ~う、今日は見ない顔も連れてるんだな、よう! 名前は?」

 

 物珍しく見つめる俺に、店主らしき男が声をかけてきた。


 俺はその男に軽く会釈を交え、挨拶をする。


 「初めまして、ハルセといいます。以後お見知りおきを」


 「おう! こっちこそよろしくな。俺はリッドだ。ガルベルトとはちっとばかし長い付き合いでな」


 男の名はリッド。スキンヘッドに顎髭あごひげ、無骨な雰囲気の中に眼鏡が光る、中々にパンチの効いたスタイルだ。


 そのうえ、ガルに負けず劣らずの大男だ。


 俺の肩をポンと叩きながら、ガルが「フフン」と鼻を鳴らす。


 「ハルセ殿はな、私のなのだぞ。どうだ、羨ましいだろう?」


 誇らしげに胸を張ったガル。

 その鼻をへし折るように、リッドが言葉をかぶせる。


 「は? お前に弟子? そりゃあ世も末だな。変なことだけは教えるなよ。アハハハハハ!」


 「ん? 何を言うか。私がいつ変なことをしたというのだ? いつでも真剣そのものだぞ、ビハハハハハ!」


 互いに笑い合っている。きっと、いつものことなのだろう。


 実に、仲が良さそうな言葉の応酬だ。

 

 「さて、このくらいにして取引の時間だ。これでいくらになりそうだ?」


 俺とガルは持ってきた袋をカウンターの上にドサッと載せる。


 リッドは「少し待ってろ」と言い、商人らしい眼差しで一つ一つ丁寧に目利きしていく──。

 



 しばらくして査定が済み、彼は顎髭を撫でながら口元をニヤリとさせた。


 「かなり質はいい。全部で銀貨30枚といったところか? どうだ?」


 「ああ、それでいい。いつも助かる。あと、もう一つ頼みがあるのだが、ハルセ殿に銀貨10枚以内で装備を見繕ってはくれないか?」


 ガルは礼を言い、もう一つのお願いとして、俺の装備品を依頼した。


 (装備? え? ここって、素材屋だよな?)


 首をひねる俺を余所目に、リッドは「了解」と告げると、カウンターの奥へと入っていった。


 俺はガルを見上げて、遠慮がちに口を開いた。


 「なぁ、ガルベルトさん……いいのか?」


 彼は腕を組み、静かに俺を見下ろす。


 「ああ、もちろんだとも。その服では、修練も狩りも難しいからな」


 俺たちが一言、二言交わす間に、リッドが箱一杯に詰め込まれた装備品を目の前に運んできた。


 「ふぅ、お待たせだ。今出せるのは買取品ばかりだが、最初はこれで十分だろう。他にもオーダーメイドで作ることも可能だが、鍛冶屋の認可を受けてはおらんからな。このことは隠密にな」


 「ハルセ殿。コイツは元々、腕利きの鍛冶師だ。目利きも腕も保障できる」


 「さすがはガルベルト、よくわかっているじゃないか」


 ガルとリッドが会話する中、俺は箱に入った装備品をカウンター上に出せる分だけ並べてみた。


 (これでよしと。ガルにもらったこの服も動きやすいのはいいけど、薄手だし心許なかったからな)


 デザインや材質を入念にチェックしつつ、体にあてがい、一つ一つを試していき、俺は二つの装備品に目をとめた。


 一つ目は、茶色の外套がいとう

 襟元は、白と焦げ茶が入り混じったファー素材が縫い付けられ、全体的に羽毛が入って暖かい。


 それに適度な重量感もあって、風に靡きすぎることなく安定感もある。


 「これいいかもな。見た目にもカッコイイし、何より冒険者らしいし」


 次に二つ目は、軽量型鎖帷子ライトチェインメイル。 


 文字通り、軽くて動きやすそうだし、胸元はブラック塗装された金属プレートで補強されていて、見た目も防御力も申し分ない。


 「少し、サイズは緩めか……」


 でも、軽微な調整ならしてもらえるようだし、防具はこの二つでいいかもな。


 自分で言うのもなんだけど、似合ってる──と、俺は思う。


 ここまではとんとん拍子で決まったわけだが、問題は武器だ。


 そもそも、地属性に合う武器とは何なのだろうか? 前世の記憶で考えると〝グローブ系〟しか思い浮かばない。


 とにかく硬い手袋を身に着けて、敵をぶん殴る。拳を突き立て大地を割る。ただひたすらにそんなイメージ……。


 地属性から連想するレパートリーの少なさに、俺は「う~ん、う~ん」と左右に首を傾げる。


 せっかくの異世界。ファンタジーと言えば〝剣〟といきたいところだが、地面に剣を突き刺し折ってしまう、そんな光景しか俺には浮かばない。


 とりあえず今回は、イメージに合う〝グローブ系〟でいくことにした。


 俺は箱をまさぐり、底にあった手袋グローブを取り出し、さっそく身に着けてみた。


 「──見た目はいい。けど、この鉄甲手袋アイアングローブは少し大きすぎるかな……。それに重い。あれ? こっちも手袋か」


 さらに奥底。小剣の下敷きになっていた焦げ茶色の手袋。

 破れないよう慎重に手に取り、両手にはめて、拳をガチガチと突き合わせてみた。


 「へぇ~、これ結構丈夫かもな」


 着け心地は軽く、拳部分は厚めの革によって強化されている。


 少し強めに殴ったところで、これだけの強度なら拳を痛める心配はなさそうだ。


 「うん、これでいい。これにしよう!」


 俺は初めての武器に、この"革製手袋レザーグローブ"を選んだ。


 「ハルセ殿、決まったのか?」


 こちらの様子に気づいたのか、ガルが興味津々に尋ねる。


 「ああ、これにした。地属性って何が出来るか分からないし、まずは両手を使えるもので学ぼうと思う」


 「そうか、属性の把握か。しっかり考えて選んだのだな。さすがはハルセ殿、よいと思うぞ」


 彼の隣では、店主のリッドもニコニコしながら、

 

 「気に入ったものが見つかったのだな。それなら、調整込みで銀貨8枚でいいぞ」


 と会計の催促をしてくる。

 

 銀貨8枚。この世界でどれほどの価値があるかは分からないけれど、ガルは気にせず、リッドとの取引を進めた。


 「それは助かる。では、浮いた2枚で回復薬をもらえないか? これから、彼の修練が始まるからな」


 素材の売却、装備や回復薬の調達と、一通りの取引を終えた俺たちは談笑した後、ようやく帰路についた。


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 街灯のない王都の外へ出ると、夜空の星々がより一層明るく見えた。


 今日は初めての街にはしゃぎすぎたが、俺はやっぱり、長閑な空間の方が好きだ。


 空を見上げて歩いていると、その肩にガルの大きな手のひらが置かれた。


 「ハルセ殿、明日からは早速修練を開始する。今日は早めに休むとしようか」


 ガルはやる気に満ちている。弟子を育てる楽しみからか、あるいは地属性の物珍しさに惹かれているのだろうか。


 いずれにせよ、袋に入ったたくさんの回復薬を見ていると不安ばかりが嵩んでいく。


 (修練って、どんなことをするのだろうか……)


 それにしても本当に、人生とはわからないものだ。


 つい先日まで、夢のないサラリーマン生活を送っていたかと思えば、今は夢の異世界生活。


 俺はこれからが、楽しみで仕方がなかった。

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