第5話 与えられた力

 ガルは静かに頷き、俺の問いに答えた。


 『うむ。地属性か……。基本属性には含まれるが、発現自体が稀。それ故によく分かっておらぬな。この世界では様々なものに属性が宿っている。人もモンスターも皆、属性を持ち生まれてくるが、中でも最上位とは極域魔法を使える者のことであり、それは四彗魔人のみなのだ。言ってしまえば、地属性は四彗魔人が存在しない唯一の力……。結果的に、この世界においては〝弱属性〟とも揶揄されている』


 『なるほど、弱属性……か。ってそれより、モンスターも属性を持っているのか?』


 『ああ、もちろんだとも。この世界に生きるものに例外はない。ただ、力という意味では一部例外はある。属性としての特筆した力のない者たち──いわゆる無属性ってやつだな。まあ、そうであっても悲観することはない。この世界には魔法石がある。使える能力は限られるが、それらを上手く使って立ち回る者たちもおるからな』


 無属性。火や水といった基本属性のような特化した力は持たない、無力な存在。


 ガルはああ言っているが、この世界でせっかく人生をやり直す機会を得たのに、それだけは何としても避けたい。


 (無属性になるぐらいなら、地属性のほうが……。いや、それもそれで外れクジみたいなものか……)


 俺は頬杖をつき、眉をひそめた。

 正直な話、ここが異世界である以上は、よくある〝チート能力〟や〝伝説の武器〟といったボーナス要素が、是非とも欲しいところだ。


 (もし願いが叶うなら、そうだな……。属性は火がいいかな)


 見た目はカッコいいし、そのうえ実用的だ。

 獲った獲物も火で焼けるし、風呂だって沸かせる。明かりにだって困らないし、生存競争生活サバイバルには必須の力だろう。


 そういえば、ガルは何属性なのだろう──と、俺の頭にふとよぎった。


 俺に飛びかかるモンスターを遠くから一刀両断し、またあるときは威圧だけで、化け物カマキリを退かせた。出会いからして、強い獣人なのは間違いない。


 対して俺は、この世界でただ生きることさえ難しい。すぐにでも、逝ける自信ならあるのだが。


 俺は気分を紛らすために別のことを考えた。


 (でもまぁ、俺もここから強くなるはず、だよな? ここは異世界、転生ってそういうもんだろ? というか、ここに来てからまだ、異世界の女の子を見たことがないんだよな。やっぱエルフとか、いいよなぁ。いや、ケモ耳の獣人もいいよなぁ……。そうだよな、いいよなぁ~)


 俺は頬に温かさを感じた。少し体が火照ったのだろうか。心の中での旅立ちに自然と顔が歪んでいた。


 その様子に、ガルが首を傾げて小言を言った。


 『ハルセ殿、どうしたというのだ? 貴殿の顔、何やら可笑しいことになっておるぞ……』


 『──うっ!?』


 俺は彼の言葉で呼び戻された。頭を掻き、わざとらしく視線を逸らした。


 『お、可笑しくないだろ、余計なお世話だ! ……って、いや、それよりもガルベルトさん。俺も強くなりたいんだ。そのためには、ここで何をすればいいんだ? モンスターを倒して経験値を得るとか、そんな感じかな?』


 ガルは真剣な眼差しで平然と答える。慌てる俺とは対照的だ。


 『貴殿にモンスターを狩れるほどの腕前があるのならば、それもよかろう。力と一口に言っても、魔法、薬学、武器の扱い──人それぞれに適正はある。だが、まずは自らの属性に対する理解を深めることこそが何よりも重要だ』


 『属性、ね。その前に、俺の属性って何なんだ?』


 俺はまだ、自分の属性が何なのかすら分かっていない。非力な俺にとって、残された唯一の希望だ。

 

 『ああ、そうか。知らぬのも当然か。なに、簡単なことだ。貴殿の右目に「属性を示せ」と心の中で呼びかけてみるのだ。意識を集中するのだぞ』


 右目に呼びかける。それはつまり、念じろという意味だろうか? この世界に来てからというもの、何か異世界らしい力はないのかと常々思っていたが、いよいよだ。


 今後を決定づける俺の〝属性〟を知るときが、ついにきたのだ。


 ゆっくりと瞼を閉じ、右目に意識を集中させる。逸る気持ちは深呼吸で抑えつけた。


 (属性を示せ──)


 幾度も幾度も心で叫び、自らの属性を見ることだけに神経を巡らせていった。




 始めてからどれだけの時間が経っただろうか──。

 瞼に浮かぶ暗闇はいまだ晴れることはない。それでも、俺は集中することを諦めなかった。


 ずっと無力で守られるだけの人生なんてまっぴらだ。力が欲しい。

 

 悔しさから拳を強く握りしめたそのときだった。

 瞼の裏が急に明るくなった。暗闇に陽が差し込むように、温かな光で満ち溢れた。


 『──っつ!』


 続けて痛みが走った。右目が焼けるように熱い。たまらず目を開けた次の瞬間、左右のバランスが崩れた。


 眼前の景色が、まるで地割れのように上下に引き裂かれたのだ。


 『うぐっ、な、何だ……』


 だが、それも長くは続かず、徐々に痛みが引き始めた。視界が鮮明さを取り戻すと、景色を背景にして目の前に白い文字のようなものが浮かび上がっていた。


 『こ、これのことか? 何か、書いてある』


 うっすらと浮かぶ文字の羅列。

 俺は何が記されているのかを確認しようと、懸命に目を細めた。


 しかし、文字の輪郭はぼかされ、判別は難しい。


 『ハルセ殿、これは……』


 俺の耳にガルの声が届いた。

 ふと彼に目をやると、驚いた表情でこちらを見ていた。


 (何だ? ガルにも見えているのか?)


 茫然と立ち尽くす彼の姿からは、期待よりも不安のほうが確実に勝る。


 (基本属性なら、そんなに驚くこともないはず……。となると、見たこともない属性とか? いや、それともまさかの無属性だったりとか?)


 夢も希望もない想像ばかりだが、ガルは静かにその答えを告げた。


 『直接は初めて見た……。ハルセ殿、貴殿は〝地属性〟だ……』


 属性力を開放する際、身体の一部にそれを示す紋章が浮かび上がると、ガルは言う。


 人や獣人であれば、基本的に右目に現れることが多く、俺の場合はそれが〝地属性〟を示すものだった。


 『……』


 ガルはそれ以上、何も言ってはくれなかった。


 静寂の帳が二人を包んだ。まるで音が消えた世界のように静かだ。


 (何だろう、この微妙な空気感は……)


 『無属性よりはマシ』と自分をなだめたが、異世界に来ても前世と何も変わらず、弱者からのスタートが確定した。


 俺のテンションは、文字通り地に落ちた。


 (よりにもよって、弱属性か……。極域魔法が存在しないとか何とか言ってな。まぁ、決まっちゃったわけだし、悲観してても仕方ないんだよな……)


 そこで、俺は気を取り直し、超絶ポジティブに考えてみることにした。


 地属性は発現するのが稀な属性だ。

 ガルも初めて見たと言うくらいだから、極めて希少価値の高い属性なのだろう。


 となれば、あまり知られていないだけで弱いかどうかなんて断定はできないはず。むしろ、その逆だってあり得るかもしれない。


 (最強の属性ってことも十分に考えられる……はず)


 楽観的すぎるともとれるが、どちらにしてもこのまま腐るか、強くなるかの二択でしかない。


 確かなのはそれだけだ──。


 …………

 ………

 ……


 世界の現状に加え、強くなるための〝属性〟という力を知った。


 俺が地属性であることに疑いようもないし、落胆よりも考えるべきは山ほどある。


 これから多くを学び、この世界で生き延びる術を身につけていかなくてはならない。


 ──がその前に、俺はさっそく生きるための壁にぶつかっている。


 「さてと、備蓄も尽きた。ビハハハハ! 流石に二人分ともなると減りが早い。ハルセ殿、飯の調達に行くとしようか」


 ガルは「早く行くぞ」と、俺を見てブンブン手を振っている。


 物騒な得物を背中に背負って、明らかに嫌な予感しかしない。


 (買い物って雰囲気じゃあ……ないよな?)


 この世界にも働きに応じた対価があり、食事も同様稼がなければありつけない。


 働かざる者食うべからず──この言葉は、時空を超えるらしい。




 「よし! ハルセ殿。 いい狩り日和じゃないか」


 思った通り、今日は買い物ではない。

 俺は朝早くから狩りへと連れ出されていた。


 ガルの家から歩いて数分。場所は【ラグーム平原】と呼ばれる、大陸南東に広がる大平原。


 当然、平原だけあって見晴らしがいい。この良好な視認性も、重要な狩りの要素となるのだ。


 「ここって……。なおさら、嫌な予感しかしないな」


 この場所には苦い思い出がある。あの万死の散歩事件。忌々しいカマキリや多くの魔物に追われ続けた、決死隊の如き地獄の一日だ。


 (今日は流石に大丈夫、だよな?)


 そんな俺の一抹の不安も、この後すぐにかき消される。


 「ハルセ殿、私が仕留める。ここまで走れー!」


 「うおおおおー!」


 平原に響き渡るガルの声と、必死の形相で駆け抜ける俺の姿。


 こんなに叫んだのは生まれて初めて……いや、ここにきて二度目か。


 前世では記憶にないが、それもそのはずだ。

 俺はここに来るまで、何かに追われるという経験がなかった。


 何に追われてるかって? それはもちろん、


 「魔物の群れだあああぁー!」



 ◇◆◇



 ──狩りを初めて数時間後──



 「ふぅ~今日も大量だぞ、ハルセ殿。食えないやつは腐る前に売り行くぞ」


 満足そうな笑みを浮かべ、獲物を選別しながら、次々と袋の中に放り込んでいくガル。


 かたや俺は、体の痛みに悶えている。


 「ガルベルト、さん……確実に俺を囮にしたよね? あぁ~痛ってえ……。ケツを半分持ってかれそうだったよ」


 不満を横目に、ガルは唇の端を吊り上げ、白い牙を覗かせた。


 「ビハッ、ちゃんと仕留めたであろう? 文句ばかり言うでない。食べていくのもタダじゃあないんだ。貴殿のケツも無事なうえに、今日も上手い飯が食える。それでよいではないか。さて、行くぞ!」


 ラグーム平原での狩りを終え、俺たちは帰路についた。


 まさかとは思うが、このまま王都に向かうつもりではないだろうか?


 散々走らされた上に、荷馬車を引いているのも俺なのだ。ガルはこの事実を分かっているのだろうか?


 (ああキツイ、だるい……。獲物が大量すぎて、荷車が重すぎるのだよ、ガルベルト君……)


 身体中から負のオーラが立ち昇るほど、俺の顔には不満が満ちていた。


 彼はようやく気づいたのか、目尻をやんわりと下げ、気遣いの言葉をかけた。


 「そんな顔をするな。心配せずとも家には立ち寄る。食えるものは置いて、売り物だけを持っていくぞ。あと少し、頑張って牽け。これも体力錬成の一つだぞ。強くなりたいのだろう?」


 ガルは意地悪に口元をニヤリとさせ、俺の背中をバンと叩く。


 さっさと牽けと言わんばかりの彼に、俺は思わず、「ちぇっ」と毒づく。


 (このフサフサ黒豹、略して〝フサクロ〟め。少しは手伝え)


 不満あるが、ブルファゴという小さな猪程度でも苦労する俺だ。


 現状は自分の無力さ故のこと。冷静に考えても、出来ることと言えば、自ら生餌になるのが一番効率的だろう。悔しいの一言だ。


 やっとの思いで、家に着いた俺たち。

 食料となる獲物だけを置き、売却用の素材袋のみを荷車に残す。


 「ふぅ~、やれやれ、だいぶ軽くなったな。ガルベルトさん、もう行く?」


 「ああ、あまり遅くなるわけにもゆかぬからな」


 俺は手の甲で額の汗を拭い、ガルは親指を立ててグッジョブのサインを送る。


 これから俺たちは街へ素材を売りに行く。


 異世界に来て初めての街。俺の胸は疲れを忘れ、高揚感で高鳴っていた。

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