第4話 似ている人たち(考)
サトシが高級店である「エレガンス」に行ったのは、その時が最初だった。
大衆店に比べれば、高級店というのは、最近はだいぶ数が減ってきているのかも知れない。昭和の頃までは、そのほとんどが高級店と呼ばれていて、他の風俗とは完全に違った「聖地」のようなものが、ソープランドにはあった。
昔は、「トルコ風呂」などと呼ばれていたが、訴訟問題などもあり、ソープランドというものが一般的な名前になり、いわゆる「市民権」を得たのはその頃だっただろう。
ちょうどその頃と言うと、レンタルレコードが出始めた頃で、茶策兼の問題などから、大きな訴訟問題に発展していたが、こちらも打開策により、お互いに譲歩し、著作権を地保証する形で、レンタルレコードの店が市民権を得たのである。
その延長戦が、今のレンタルビデオ屋であり、今ではすでに古いものとなったが、それ以降平成を通して一つの業種として十分社会に君臨してきたのは間違いないだろう。
ソープランドの歴史もそんな平成という時代を通して時代の流れに沿ってきた。
元々、単独の店が多かったのだが、こちらも世相を表しているかのように、次第にグループ会社が多くなってきて、それに合わせて大衆店なるお店がどんどん流行ってきた。
サラリーマンの一月のお小遣いなどでは、賄えるはずもない一回の入浴料、昔はそんな店しかなかったので、いけるとすれば、半年に一度の賞与が出てからというのが、昔は一般的だっただろう。しかし、大衆店が出てくるようになってから、サラリーマンでも、一月に一度くらいは行けるような手軽な金額になってきた。
店としては、昔のような、
「嬢のテクニック」
というよりも、アットホームな雰囲気を作り出すことで、誰でも気軽に来れるようなったのが一つの売りである。
昔からのイメージを頭に描いているから、大衆店であっても。店で受付をする時はドキドキしたものがあり、それを楽しみに行く人もいるだろう。
そして、女の子も明るくて、まるでスナックの常連と店の女の子と言った雰囲気がまかり通っているかのようである。
「久しぶりだね」
「また来てくれたの。嬉しいわ」
という会話がニコニコしながら繰り広げられる。
久しぶりと言っても一か月前にあっているのだから、それほど久しぶりというわけでもない。それなのに、久しぶりという言葉がまかり通っているのは、それだけ常連感がお互いに頭の中にあるからではないだろうか。
サトシは、いつもいくお店は決めている。ソープ「アマンド」であった。
贔屓の女の子はあやめ、一度写真指名をしたことで、実際の彼女と写真とにギャップが感じられ、そこが好きになる理由となったのだ。
あやめとは結構気が合っていた。
サトシは最初の頃、ソープの女の子というと、どうしても、借金を抱えている人が多く、その心根にあるものは、暗いイメージなのではないかと思い込んでいた。
しかし、実際に相手をしてもらうと、彼女たちにそんな素振りは見受けられない。あやめを贔屓にする前には何人かの女の子に入ったことがあったが、共通したイメージは、自分がソープに来ているという感覚を与えられない違和感のなさが素敵だというものであった。
中には、マニュアル通りのサービスしかしない女の子もいて、明らかに事務的な女の子もいるにはいると聞いているが、サトシの場合はそんな女の子に当たったことはない。
やはり店の受付で写真を見て、そんな雰囲気を感じさせない女の子ばかりを選んでいるからであろうか、
「自分の見る目も、まんざらでもないな」
と感じさせるものがあった。
まだ、その頃のあやめは、入店してすぐくらいの頃だったので、
「最初から知っている女の子」
というシチュエーションは、サトシを大いに喜ばせた。
お気に入りになったのは、おそらく自分が最初だったに違いないと思ったのは、彼女の雰囲気が、どちらかというと明るいというよりも、人懐こさを感じさせるからだった。こういう店で求めている女の子は他の人であれば、どちらかというと、明るい女の子の方ではないかと勝手に思い込んでいたからであった。
何と言ってもお金を払っているんだから、奉仕やサービスが一番だと思っている人が多いだろう、そういう意味ではあゆみはまだまだだった。
ただ、人気は徐々に上がっていき、サービスやテクニックもしっかりできるようになると、他の女の子と比較してもそん色はなく、逆に、人懐っこさが、癒しに感じる人も増えてきて、人気は出てきたのだろう。彼女の場合のような人気の上がり方を、
「右肩上がり」
というのだろう。
たぶん、みゆきとあやめ、両方に入ったことのある人はまずいないだろう。
これはあくまでもサトシの勝手な見解であるが、
「大衆店を中心に行っている人は、たまに高級店に行くことはあっても、高級店ばかり言っている人は、まず大衆店に行くことはないだろう」
という発想であった。
大衆店を中心に言っていて、たまに高級店に行くという感覚は、サトシと同じである。基本は大衆店を定期的にいくのだが、たまに高級店という変化球がほしくなる。その感覚を自分では、
「ソープが好きだから」
と感じていた。
大衆店では、女の子と一緒にいる時間が楽しみに行くもので、高級店には、昔からの雰囲気と、高級店なりのサービスを楽しみに行っているのだ。もう昔のいわゆる老舗と呼ばれているような店をあじわうことができるのは高級店しかないのである。
高級店にソープの喜びを得ると、半年に一度などという本当にお金を貯めたり、ボーナスが入ってからという臨時収入があった時にのみ行く高級店が日頃の自分へのご褒美のような気持ちになり、たまに大衆店にでもなどという軽い浮ついたような気持ちになることはないのである。
大衆店での女性への好みが、そのまま高級店での女性への好みに繋がるわけではない。
どちらかというと大衆店にいるような女の子には、自分の好きなタイプをイメージして指名するだろう。なぜなら大衆店に求める女の子は、
「一緒にいて、楽しい女の子」
である。
しかし、高級店で求める相手は、
「普段であれば、高嶺の花と感じるような、自分に似合う似合わないは関係なく、グレードの高い女性」
を求めるのであろう。
この場合のグレードとは、見た目でテクニックがありそうな、その店で誰が見ても最高級の女性を求めるのだ。
ただ、それがその店のナンバーワンかどうかというとその限りではなく、あくまでも自分にとっての最高級なのである。
大衆店ばかりにいる人が求める最高級は、実際のナンバーワンとは違っていることが多い。だから、大衆店であゆみを選んでいる人が高級店に行くと、みゆきを選ぶことはなかった。二人には、写真で見ただけで、似たところをいくつも発見できるからであった。
だから、サトシは、二人を共通で知っているのは、自分だけだと思っている。
ある日、サトシはあゆみに、言ったことがあった。
「俺さ、たまにエレガンスにも行くんだよね」
と言ってみた。
もし、他の店のことを話題にして嫌であれば、何度も指名して気心知れた自分にであれば、きっと最初に嫌だというに違いないと思った。
しかし、あやめは嫌だとはいわずに、
「エレガンスってあの高級店の? サトシさんは高級店なんか言って、浮気してるんだ。嫌な人」
と言って、ニッコリ笑っているのか、それともはにかんでいるのか、少なくとも嫌がっている様子はなかった。
「いや、ごめんごめん。そこでね。一人の女性を指名したんだけど、それが何と、あやめちゃんに生き写しだと言ってもいいくらいの女性だったんだ」
というと、
「まあ、そんなに私に似ているの? 世の中には似た人間が三人はいるっていうけど、その人がその人なのかしらね?」
というので、
「僕も最初はそんな風に感じていたけど、見れば見るほど似ているんだよ。普通だったら、目が慣れてくると、徐々に似ていないところが目立ち始めて、最初ほど似ているとは思わなくなるものなんだろうって思っていたけど、そうじゃなかったんだ」
とサトシはいう。
「どういうこと?」
あやめは、彼が何を言いたいのか、よく分からなかった。
「つまりね、それだけよく似ているということなんだよ。まるで父親か母親のどちらかが同じであったりしてね。だから、似ているというよりも、まるでドッペルゲンガーでも見ているかのような感じなんだよ」
とサトシは言った。
「ドッペルゲンガーなんて、怖いことをおっしゃるのね」
とあやめは言ったが、あやめにはドッペルゲンガーという言葉の本当の意味が分かっているようだ。
まったく同じ人間が、別の場所に同じ時間、存在しているという現象。普通では考えられないが、過去にはたくさんの事例が残っている。
ただし、ドッペルゲンガーというのは、見たという事例を残してしまうと、その人は近い将来に死んでしまうという言い伝えがある。それは全世界で確認されていることで、言い伝えも、歴史上の人物に多く見られている。逆に、歴史に名を遺すような著名な人間によく見られることなのかも知れないが、逆に皆平等にドッペルゲンガーが存在していて、それを実際に見ることができる人は、運命のいたずらに翻弄されやすい人なのかも知れない。
今のあやめの返事からみると、どうやら彼女はこのあたりの話まで知っているようであった。
意外とこのドッペルゲンガーの話を知っている人は多いようで、逆に最近まで知らなかったサトシは慌てて、ネットなどで検索して勉強した。
サトシは、そういう研究熱心なところが結構あり、それが勉強不足であっても、づぐに補えるところであった。
「いやいや、ちょっと僕も不謹慎だったか、ごめんごめん。でもね。そう思いたくなるくらいに似ているんだよ」
とサトシがいうと、
「せっかく、さっき、わざと世の中に三人似ている人がいるって言ったのに、分かってくれなかったようね」
とあやめは言った。
――そうだったんだ、あの時に言ったあの言葉は僕に、ドッペルゲンガーの話をさせたくないから先手を打ったつもりだったんだ。それなのに僕はその気持ちを分からずに、口にしてしまった。あやめには悪いことをしたな――
と感じていた。
謝っても謝り切れない思いは、下手にこれ以上こだわることをよしとしないと思えた。サトシはあやめを見ながら、みゆきを思い出していた。みゆきはあやめほど、いろいろと話をすることはないが、ふとした瞬間、ドキッとさせる面持ちがあった。それはあやめにはないものである。
「俺があやめを指名するようになってから、どれくらいが経ったかな?」
というと、
「そろそろ一年くらいじゃないかしら? 私、これでもサトシさんには本当に感謝してるのよ。ほとんど指名のなかった私をいつも指名してくれるのは本当に最初の頃はサトシさんだけだったもんね。私だって、自分がサトシさんの彼女になれたような気がして嬉しかったくらいだもの」
と言いながら、あやめは泣いているようだった。
これには、さすがにサトシもビックリした。
どちらかというと、感情に脆いところがあり、涙も流すことが多いと思っていたあやめだったが、初めて自分の前で泣いてくれた。その涙のわけはハッキリと分からなかったが、少なくとも自分の話をしてくれている時に流した涙なのだから、サトシのために泣いてくれたのだというのも、まんざらでもないだろう。
「ねえ、あやめちゃん。僕はあやめちゃんといると、本当に楽しいんだ。今まで彼女なんていたことがない僕だったんだけど、高校時代までは、彼女がほしいって思っていたんだけど、大学に入った頃から、少し変わってきたんだ。それまで彼女というものを持ったことがなかったからなのかも知れないんだけど、大学に入ってからは、なぜか彼女というよりも、恋人という意識が強くなってきてね。そう感じるようになると、なぜか恋人だったらいらないかもなんて感じるようになったんだ。おかしな感覚だよね?」
とサトシがしみじみいうと、
「そんなことないよ」
と、あやめも、同じようにしみじみと答えた。きっと、あやめも何か思い出していたような気がするのであった。
あやめは続けた。
「私は以前、お付き合いしていた人がいたんだけど、本当に優しい人だったんだけど。その人に裏切られちゃってね。こういうお店にいるんだから、何となく分かるとは思うんだけど、私も今から思えば、普通の恋愛がしたかったような気がするわ。でも、今はサトシさんと同じで、私も恋人ということになるといらない気がするの。それに、いまさら彼氏なんていうのも、いらないわ」
というではないか。
「あやめちゃんも苦労したんだね?」
と言われると、頭を下げるしかなかった。
「さっき、ドッペルゲンガーのお話があったでしょう?」
と、またしてもあやめが話を蒸し返した。
あのまま、スルーするつもりでいたのに、どういうつもりなのだろう。
「私ね。ドッペルゲンガーって信じてるんだ。それでね、もし何かの原因で寿命をまっとうせずに死ぬことがあったら、きっとドッペルゲンガーを見ると思うの。いや、ひょっとすると寿命をまっとうしてでも、ドッペルゲンガーを見るような気がするのね。だって、考えてみれば、どれが寿命だったかなんて、本人には絶対に分からないでしょう? ひょっとすると予感めいたものはあるかも知れないけど、確証があるわけではない。実際に死んでから、医者なりが死亡診断書に『老衰』と書いて、初めて寿命だったと分かるわけじゃない。特に死んだ人間には、もっと分からないわよね。事故死とか病死だったら、分かると思うのよ。年齢が若かったりすると特にね。でも突然市が訪れることだってあるだろうから、そんな時は死んだという意識すらないかも知れないわね」
と、あやめは言った。
「そうなんだ。僕は実はドッペルゲンガーには興味はあるんだけど、正直にいうと、ドッペルゲンガーを見たから人が死ぬということに関しては迷信だと思う。同じ自分が、同じ次元にもう一人存在するということは、信じられる気がするんだけどね」
と、サトシは答えた。
「パラレルワールドであれば、別次元だから、ドッペルゲンガーとは違っているわよね。それを思うと、確かにサトシさの言われるように土ppれうげんがーの存在はどこかありえないような気がするのよ」
とあやめは言った。
「あやめちゃんは、結構勉強しているんだね。僕は興味を持ったから調べたんだけど、あやめちゃんも調べたりしたの?」
とサトシが聞くと、
「ええ、人生のどん底に叩き落された時、本当に自殺を考えたんだけど、その時、いろいろな自殺の方法について調べたりしたのよ。でも、自殺って一言でいうのは簡単だけど、そう簡単にできるものはないと思うの。だって、自殺が成功した人からはお話が訊けないでしょう? 訊けるとすれば、それは生き残った人からしか訊けない。そう思うと、調べたとしても、その成功確率は数字的なものだけであって、死にきれなかった人にもいろいろ言い訳があるように、自殺に成功した人にもそれぞれ言い分があると思うの。中には、本当は死ぬつもりはなかったのに、死んでしまったなんて人もいたりしてね。それを思うと、自殺について調べている自分が滑稽に思えてきたの。それで、調べるのをやめたのよ。そうするとね、今まで興味もなかったことに興味を持って着た自分がいてね。ドッペルゲンガーというのもその一つ、普段なら死ぬかも知れないと思うようなことであっても、何か他人事のように思えたのよ。でも、これも私の勝手な思いであって、あくまでも他人事として見ているだけなのよ。やっぱり死ぬということを考えると、考えているというだけで気持ち悪くなるものなのね」
と、あやめは言った。
「僕は、本当に臆病なので、自殺何て考えたことなかったな。でも、いつも自分は不幸なんだって、絶えず思っていて、まわりが皆幸福に見えているのは、いけないことなんだろうか?」
とサトシがいうと、
「そんなことはないわよ。臆病だって自分で認めているだけ、私はいいと思っているわ。臆病なくせに、臆病でないと思っていると、人を欺きかねないでしょうからね」
とあやめは言った。
「サトシさんは、自分によく似ている人の存在が今までに見たり聞いたりしたことってありました?」
とあやめは訊いてきた。
「中学生の頃にはあったよ」
それは同じ学校の人なの?」
「いやいや、似ていると言っても、年齢が近いわけでもなかったんだよ。その人は学校の近くにある工事現場で働いていた人だったんだけど、似ているどころか、見た目はまったく違う。その人は、小太りで、髭を生やしていて、農家から出稼ぎに来た人そのものって感じで、?せていて、まだ子供だった僕とどこが似ているのかって思っていたんだよね。でもね、まわりが似ているっていうので、そのつもりで見ていると、本当に似ているように思えてきたんだよ。まったく二人は変わっていないのにね」
というと、
「どっちが近づいてきたのかしらね?」
とあやめが訊くので、
「僕だったんじゃないかな? 少なくともその人はまったく変わっていく様子がなかったからね。でも、自分の顔なんて、成人した女性でもなければ、毎日のように自分の顔を鏡に映してみたりはしないでしょう? 特にあまり自分の顔なんか気にしていなかった僕は、見るとしても、数日に一回くらいじゃないかな? それくらい久々に見るとね。前に見た時の残像すら覚えていなくてね。だから、替わったと言われれば変わった気がするし、替わっていないと言われると変わっていない気がしてくるんだよ」
とサトシは説明した。
「成長期というのもあるから、次第に変わっていくのも分からなくはないわね」
とあやめがいうと、
「というよりもね。確かに成長期は大人になっていくものなんだろうけど、皆が皆同じような大人になっていくわけではないでしょう? 大人になった自分が子供の頃の写真を見せて、これを自分だと言っても、信じられないという人だっていると思うんだ。それに自分の成長が見えていなくても、まわりの同年代の友達の成長は見えているわけでしょう? その成長が似ていると思って見ていると、実は人それぞれに違いがあるので、ひょっとすると、鏡を見た瞬間、これが本当の今の自分なのかって疑いの目で見てしまうかも知れないね」
とサトシは言った。
「年齢の違う人を、似ているか似ていないかという目で見る時、どっちを基準にして見るかということも大切だと思うの」
「どういうことだい?」
「さっきも言ったように、片方は成長期で、成長しているわけでしょう? ということは、まわりが見る時、似ているというのであれば、どちらかに合わせてみると思うのよね。つまり、子供の方に大人を合わせるとするならば、その大人の人の子供時代を想像するわけですよね。でも逆に大人の方に合わせてみようとすると、子供が成長した姿で見るわけですよね。もし、大人に合わせた場合にしか似ていないと思うのであれば、ある人は似ているといい、ある人は似ていないというのであれば、それは見ている方向が違っているからじゃないかって私は思うのよ」
と、あやめは言った。
「なるほど、そうかも知れないね。相手を見る時、下から見上げる時と、上から見下ろす時では、その距離感というのは、違って見えるものだというからね。もっとも、僕も違っているという意見には大いに賛成なんだけどね」
とサトシは言った。
「似ていない人を似ているという風に見るとすれば、どうしてその人が似ていると言っているのかということを考えるよりも、単純に、それぞれを見比べてみる時、どっちから見るかという考え方を柔軟にしてみれば、分かることもあるのかも知れないわね」
あやめのその意見が、ある意味、この話の結論になるのではないかと考えたサトシであった。
「要するに似ているという人もいれば、似ていないという人もいる。そんな時、診る角度が違っているからとは思うんだけど、そこを一歩深く入って考えた時、今のようなあやめちゃんの意見に行き当たることになるんだろうね。僕も今、あやめちゃんと話をしていて目からうろこが落ちた気がしてきたよ」
とサトシがいうと、
「そんな風に言ってもらえると嬉しいわ。私もね、ここに来るまでは本当に平凡な生活しか知らなかったので、一気に視野が広がった気がしたの。死のうと思ったことがバカバカしく感じられたくらいにね。でもその考えってどこまでが本当なのかって自分で思うの。やせ我慢かも知れないし、見栄を張っているだけかも知れない。どっちにしても、軽々しく人に話せることではないと思っているのに、サトシさんにだけは話せちゃうの。不思議な感じがするのよ」
とあやめは言った。
「僕にそんな風に感じてくれて嬉しいな。やせ我慢や見栄を張っているように見えたことはなかったよ」
それは、サトシの本心だった。
だが、サトシは、心の中であやめを大切に思いながらも、話をしていて、どうしても頭に浮かんでくるのが、エレガンスのみゆきであることを意識していた。
確かに二人は、
「ドッペルゲンガーなのでは?」
とまで思うほど似ている。
それだのに、似ているというだけで思い出すということに、サトシは違和感を覚えていた。それだけ、あやめのことを大切に思っていたからだ。
だが、あやめと会った後、その日の帰り道に思い出すのはみゆきのことだった。逆にみゆきに遭った後、思い出すのはあやめのことだった。自分の中で、誰を大切に思っているかが分からなくなる意識が次第に大きくなってくるのを感じるサトシであった。
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