〈7〉第1話

〈7〉


「どこの部署とは指定しない、すべての宇宙局職員のおかげだ。よく聞け。今後〈かけはし〉による宇宙葬は一旦停止となる。完全に中止とまではいかなかったが、しばらくの間でも時間があれば何か考えつくだろう。楽観的な意見だが、今はこれで妥協する。宇宙局でも遺骨の保存先および取り扱い方法を考えろというのが上からのお達しだ。これには協力して欲しい」

 宇宙局の上層部に掛け合ったあと、煮え切らない態度に苛立った奈沙は、その足で総理官邸へと向かった。「すべては私の責任で構わないので、首相と話せるようお膳立ての根回しをしておいて欲しい」と言って、文字通り飛び出していったらしい。

 なんとか宇宙局上層部も、一職員が独断でいろいろな禁忌を犯したまま後始末をしないわけにはいかず、電話で「宇宙局の責任者が今回の事象の説明に行くので、話を聞いて欲しい」というアポイントメントだけはどうにか取れた。電話を置くと同時に奈沙が宇宙局代表を名乗って総理官邸に辿り着いたらしいので、ひとまず出遅れずに済んで胸を撫で下ろしただろう。

 そして首相及びその周辺の要人を集め、証拠となる映像を見せながら強く危機感を訴えた。政府もそこまでリアルな映像を見せられては、まさか合成ではないかとケチをつけるわけにもいかず、また判断を先延ばしにするのも躊躇われた。そこで首相の判断でその場で決定されたのが、先程奈沙が言った言葉だった。

「宇宙局は今後も今まで通りに観測、計測、解析など、さまざまな職務をこなす。おかしな点があればいつでも言ってくれ。民間人への説明は政府がしてくれるらしい。そこまで宇宙局に借りを作りたくないのだろう。よって、今後は遺骨などのスペースデブリではなく、隕石や彗星の軌道をはかる業務に戻る。よろしく頼むぞ」

 大勢の「はい」という力強い声が重なって、大人数の体育会系の部活の円陣のようになった。

「あの、副長」

 日向がおずおずと手を挙げる。皆の視線が集中する。

「何だ」

「副長への罰則などはなかったですか?」

 ついでに言えば、涼介や日向の行為に対しても、だ。

「結果オーライだったみたいだな。上が指示を出すのを渋っている間に大事(おおごと)になるよりは、宇宙局の〈副長〉が勝手に最終兵器のボタンに手を掛けた、という体のいい言い訳ができたようだ。それで万事丸く収まったのだから、罰則などあるはずもない」

「それはよかったです」

 奈沙は「責任はすべて私が持つ」と言っていたので、最悪の場合首が飛ぶ可能性もあっただろう。加えて宇宙局内で人望が厚く、仕事もできて判断力のある、若い女性の〈副長〉だ。これまでの穏やかなポジションではなかった〈副長〉の座に、新たな武勇伝が加えられるかも知れない。今後は〈副長〉の椅子には女性しか座らなくなるかも知れないな、と日向は思った。

「以上、今回の案件のおさらいだ。皆よくやった。私も副長として鼻が高い。今後も今まで通りに変わらず職務をまっとうしてくれ」

 再び大きな「はい」という返事が返ってくる。

「では、解散!」

 宇宙局の人間を全員入れても余りある体育館のような建物で行われた今回の説明会は、誰も不快になったり犠牲となることなく終了した。隣のグラウンドにはまだ、墜ちてきた落下物が作った抉れた芝生もあるが。

 解散の声に皆が持ち場に戻っていく。ようやく非日常から日常へ戻ることができる。安堵の吐息とともに、日向はぐっと伸びをした。

「有明日向」

 自分を呼ぶ声がする。フルネームで呼ぶのはたった一人だけだ。瀬川涼介。

「何ですか?」

 振り返りざまに日向は応える。涼介はやや斜め上を見て、日向と目は合わない。

「上官に感謝しろよ。俺もそうだが、俺たちのしたことがミスっていたら上官の立ち位置が危うくなる行為だった。信頼されて結果的にうまくいったものの、そこに胡座をかくのは危険だ」

「承知しています」

「あの戦闘機の本当の実力をお前が引き出せたかどうかはわからないが、〈計測室〉で弾き出した情報は役になっただろう?」

「はい、おかげで一斉掃射できました」

「もう躊躇うなよ」

「それは約束しかねますが」

 言うと涼介は手を額に当てて天を仰いだ。やはりこいつにはリミッターがない。

「俺に約束しなくていい。ただ、上官の顔に泥を塗るようなことはするなよ」

「それはわかっています。俺もそう努めます」

「なら、いい」

 それだけのために呼び止めたのだろうか? 日向は軽く首を傾げ、不思議そうな表情をする。

「要件はそれだけで?」

 一応歩き出す前に確認する。何か言いたいが、どう切り出せばいいのかわからないという顔だ。

「……今回は正直助かった。荷電粒子砲は二発が限界だったし、対宇宙用戦闘機の存在も知らなかったが、お前はいい働きをしたと思う。もしもまだ最後の遺骨の嘆きが気に掛かるなら、もう気にしなくていい。お前は十分で的確な判断をしたんだ」

 白い小人の言葉にならない言葉。自死を選ぶという意志。一度死んだ人間にとどめを刺すようなことをしたのかも知れないと、日向は捉えていた。

「人間は一度しか死なない。お前が掃除したのはスペースデブリの意識の集合体だった。だから胸を痛める必要はないし、自分で背負い込む罪なんてない」

「はい」

 涼介なりに気遣ってくれているのだとかわった。だから日向はなるべく穏やかな声で返す。

「気が楽になりました。ありがとうございます」

「別に、お前に感謝される謂われはないんだが」

「気に掛けてくださってるというだけで嬉しいです」

「上官だったらもっとうまく伝えるんだろうな」

「突付いてくるだけですよ」

 日向は本気の顔で見返す。思わず涼介は吹き出した。

「突付いてくるのはいつもだが、気に掛けてくれているんだろう。上官はそういう方だ」

「ええ、それは感謝しています」

 二人して宇宙局の建物の中に足を踏み入れる。まだあちこちでダベっている職員が多く、奈沙の活躍ぶりが見て取れた。今はどこにいるのだろう。

「じゃあな」

〈計測室〉と〈観測室〉に分かれる丁字路で、涼介は言った。

「ではまた」

 日向も言葉を返す。互いに左右の廊下に歩き出した。

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