〈6〉第2話
一瞬だった。酸素のない宇宙でも通用する荷電粒子砲の改造版のようなレーザーを発射する。目の前に整然と並んだ遺品や他の宇宙ゴミは、燃え尽きるように消えていった。
そしてそこに、白い小人は飛び込んだ。自らの意志で自殺した。
「あっ」
思わず日向がトリガーから手を離す。しかしレーザーは放射を続ける。そういう仕組みなのだ。操縦士に何らかの異変が起きた時でも、躊躇した時でもきちんと照射できるようにと。
日向は慌てて手動でトリガーを戻す。やっとレーザーは止んだが、もうそこに白い小人はいなかった。初めからそのつもりだったのかも知れない。してやられた、と思った。
「日向。帰還しろ」
左側のイヤホンから奈沙の声が聞こえる。もう目の前には何もない。大方は地上からの荷電粒子砲で燃やし尽くされ、中途半端に燃え残ったものは今掃除した。残った遺骨とともに。
「はい」
日向は答えたが、しばらくそこを動けなかった。
まさか遺骨になっても自殺という概念があったとは。そしてそれだけの覚悟があっての「コロシテ」のメッセージ。日向だって普通の人間だ。いくら感情が希薄だといえども、罪悪感や後悔、残念な気持ちはある。
せっかく、わかり合えたと思ったのに。最善を尽くせたはずなのに。
「日向。帰還しろ」
再度奈沙から通信が入る。日向は小さく「はい」と呟いて、帰還用のジェットを噴射した。大気圏を突破し、宇宙局の敷地内の滑走路に降りる。初めて使ったにしては、大気圏で燃え尽きないように頑丈に作られていた。しかし形は歪になり、もう二度と飛ぶことは不可能だろう。
キャノピを開けてゆっくりと地球の大気に慣れる。酸素ボンベを外し、身体を伸ばした。そしてゆっくりとした動作で降りてくる。そこには宇宙局の職員が勢揃いしていた。大きな拍手で迎えられるが、日向にとっては複雑な歓迎だった。
「よくやった」
奈沙は肩を落とす日向に声を掛ける。同僚たちも惜しみなく褒め言葉を掛けてくれたが、正直微妙な気分だった。
あれで、良かったのか?
もっと他の手段はなかったか?
しかし即座にそんなものはなかったと自覚する。ヒトではないが、日向はヒトの心を持つものを死に追いやった。その事実は変わらない。日向の中では。
「副長、今後の宇宙葬についてですが」
「わかっている。全力で上と掛け合うよ。しっかりデータもとれたしな」
「ありがとうございます」
ふらつく足取りで拍手を続ける同僚の方へ行き、律儀に「ありがとうございます」と挨拶して回った。そして少し離れて見ていた、拍手をしていない涼介のもとに辿り着く。
「さすが主席サマですね。どうですか、ヒーローの気分は」
「それは嫌味ですか」
ぐ、と涼介は言葉に詰まった。今まで自分のどんな嫌味も暖簾に腕押し状態だったのに、その日向が初めて嫌味だと認識した。
「嫌味だよ。何しろお前にデータを送り続けてたのは〈計測室〉のメンバーだ」
涼介は率直に言った。「そうですね」と日向は力なく返す。ナイーブになっているのだろう。それで感覚が敏感になっている。涼介はそう踏んだが、日向の変化には本気で驚いた。
「とりあえず中に入って解析をしよう」
奈沙の言葉に全員が返事をし、再び自分の持ち場へ戻っていく。まだまだ仕事は終わりではない。今度は〈解析室〉が悲鳴を上げる番だろう。
「よくやったとは思ってるよ、俺も」
涼介は言い訳をするように横を向きながら日向に言う。
「でもお前はヒーローじゃない」
「わかってます。俺は殺人者と同じだ」
「そこまでは言ってないだろう」
「けれど、一度死んだ人をもう一度殺したようなものですから」
「それを言うなら俺もだろう。荷電粒子砲を二発も撃ったんだぞ」
「おかげで助かりました」
覇気のない言葉に、脇で聞いていた奈沙が中に入るよう促す。二人はついてきた。
「日向、お前は〈医務室〉へ行ってこい。精神解析をしてもらう必要がある」
「はい」
「瀬川は私と一緒に〈解析室〉だ。纏まったデータを確認する」
「わかりました」
そして左右の分かれ道でそれぞれの行く方向へ別れ、日向は多分初めて行くと思われる〈医務室〉へと足を向けた。精神状態は多分良くない。自分でもわかっていた。
「失礼します」
無造作に〈医務室〉の扉を開けた。
「上官、もうこれてんてこ舞いですよ!」
〈解析室〉に足を踏み入れた途端、声が降ってきた。室長の女性だ。
「それを見込んで頼んだだろう」
奈沙は文句を言うなとばかりに堂々と振る舞う。
「対宇宙用戦闘機のデータは取れてます。けれど、スペースデブリ、いわば遺骨の方の声というか、主張みたいなものが一切入っていなくって」
地上にいた皆が同時に感じた日向と白い小人のやりとりが、掘り返したデータに記録されていないという。かろうじて日向の声が独り言のように入っていただけだと。
「画像はどうだ?」
「遺骨の集合体として映ってはいます。でも口があるわけではないので、話しているかどうかもわからないでしょうね」
「やはり亡霊だったというわけか」
奈沙の呟きを、涼介が拾った。
「俺たち全員が証人になって信じてもらえませんかね」
「上は面倒事を嫌がる上に、そこへ亡霊だの白い小人だのの話をしても聞く耳を持つまい。どうにかデータを拾えれば真実として提出できるのだが」
奈沙も困った様子で腕を組んだ。涼介も考える。自分たちが日向とシンクロするように見聞きしたことは現実だ。間違いでも妄想でもない。しかし証拠がない。日向があれほど衰弱するほどの駆け引きをした現実が、物理的に証拠として存在しない。
「日向と体験を共有した我々が援護するしかない、か」
「〈医務室〉でデータは取れないですか?」
涼介が言う。多分今頃問診をいくつも受けて、全身をスキャニングされているだろう。
「デバイスだ!」
思いついたように奈沙が声を上げる。〈解析室〉の室長の女性も「あっ」と言った。
「日向のデバイスを解析しよう。それならあいつが経験したすべてが記録されているはすだ」
「取ってきます!」
涼介が挙手して使いを申し出た。「頼む」と奈沙が答えるやいなや、〈解析室〉を飛び出して行った。
「パワフルですね、瀬川くん」
室長は微笑みながら言う。
「日向とはいいコンビだからな。それを本人に言うと嫌な顔をされるが」
「同期入局でしたっけ。私の時は女一人だったから寂しかったですけど」
「切磋琢磨できる相手がいるというのはいいものだな」
「羨ましい限りです」
女性二人で穏やかに話し込む。
「失礼します!」
ノックもそこそこに、涼介は〈医務室〉へ駆け込む。医務室の医師は驚いたように顔を上げ、涼介の姿を認めた。日向はいない。
「有明日向のデバイスを借りに来たんですが」
息を切らしてそう言うと、老年の医師は目尻にたくさんのシワを寄せて微笑んだ。
「有明日向くんのデバイスはここだよ。今はスキャニング中だから外してもらっている。声を掛けれるようになるまで待つかね?」
「副長命令なので、本人の許可は不要かと」
控えめに声のトーンを落として涼介は話す。日向本人はスキャニング中で声を出すこともできないが、〈副長〉命令であれば通るだろう。老医は「そうかい」と言ってデバイスを貸してくれた。
「終わったら本人にも伝えておくよ」
「ありがとうございます」
直角に頭を下げて深い礼をし、くるりと踵を返して〈医務室〉を出てもと来た通路を引き返す。〈解析室〉では先程と変わらず女性二人が楽しそうに話し込んでいた。奈沙の笑顔がいつもより柔らかい。やはり同性の前だと砕けて話せるのだろう。
「戻りました」
「早かったな。日向はどうしていた?」
「スキャニング中だそうで、デバイスを外していたので借りてきました」
「よし、じゃあこれを頼む」
涼介から受け取った日向のデバイスを、奈沙が〈解析室〉室長の女性に手渡す。彼女はテキパキと無駄のない動きで日向のデバイスを機械にかけた。
ぐうぅん、と低いファンの音がして、日向のデバイスの中身が映し出される。ここには日向の体験したことや見たもの聞いたものがすべて登録されている。容量は限られているため、せいぜい一週間ほどで新たに上書きされていくのだが、本人が保存を望んだものは残される。そしてそれは外部メモリに保存されるのだ。
果たして日向のデバイスには、白い小人とのやりとりがくまなく残されていた。向こうの姿も映っているし、「コロシテ」の部分もわずかだが聞き取れる。
日向が宇宙用戦闘機で出撃してから帰還するまでのデータを取り出し、別の外部メモリに完全にコピーされる。
「これで証拠は揃ったな」
「上官が直訴するんですか?」
「一応私にも上官と言える相手がいるので、そこを経由してになるだろうな。聞き分けの悪い上官なら私が直接訴える」
「さすが」
「ここまで証拠が出揃った以上、上も政府も無視を決め込むことはできまい。これ以上目を逸らし続けるなら、私が黙っていない。〈副長〉に就くにあたり、多くの秘匿事項を知ったからな」
前例のない、しかも極めて危険な〈副長〉の椅子に座らされる時、奈沙はトップクラスの情報を得た。権限も大きなものをもらい、それでも足りないなら何でも言ってくれと言われて座った椅子だ。利用しない手はない。
「次の〈かけはし〉の散骨までにはまだ余裕があるな。いくら頭の回転の遅い国家でも、それを中止にするくらいのことはしてもらおう。これまでさんざん危険な目に遭わされてきたんだ」
宇宙局の敷地内にピンポイントで落下する宇宙ゴミ。国内のあちこちで散見された火球。SNS上でも宇宙局を叩く発言も多かった。政府は耳を貸しもしない。対応の遅い国家に対する不満も多かったが、やはり餅は餅屋ということで、宇宙局は激しく叩かれた。
しかしそんなことはどうでもいい。国民を守っている代わりに、頂いた税金を給与としてもらっている立場だ。情報を出さないのもこちらの都合なのだし、一概に民間人に不満をぶつけたりはしない。ぶつけるなら老害になりつつある政府だ。ろくな答えも出せないくせに、検討には相当の時間を要する形骸化した組織。不満はいくらでも言える。
奈沙は〈解析室〉の室長から預かったコピーの外部メモリを受け取り、涼介に日向のデバイスを返しておくように頼んだ。確かに日向の手柄は預かった。
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