〈6〉第1話

〈6〉


 宇宙葬はなくならない、という報告を受けた。奈沙は歯噛みして怒りを抑えるのに精一杯だった。

 何故? 何故わからないのだ? 毎日どこかしらで見られる火球。形のあるものは必ず宇宙局の敷地内にピンポイントに落下する。こちらが荷電粒子砲の角度の調整に手間取っている間に、宇宙はどんどんスペースデブリを集めている。それは〈観測室〉の画像で確認済だし、相手ももう隠すつもりではないようで、〈ひとみ〉の三番モニタの左下方の不明瞭だったもやの部分が見えるようになった。やはりガスなどではなく、故意に隠してあったことがわかる。そこにはうまい具合にフックのような形になった死んだ人工衛星の一部があった。

 もしも向こうに意志があるというのなら、ぜひともその声を聞かせて欲しいと思う。音のない宇宙ではそれも叶わないが、何らかの方法で伝えられないものだろうか。

「上官、今ならいけます」

 モニタに数値を打ち込み、荷電粒子砲の角度の最終調整を追えた涼介が声を掛ける。刻一刻と微妙に位置がズレていくため、今ここと言われれば、あとは奈沙が放出の最終許可を出すだけだ。

「責任はすべて私が持つ! 撃て!」

 涼介が赤くて大きなボタンを押す。体重を掛けて思い切り。そうやすやすと放射できないように、ボタンを押すにも結構な工夫がいるようにしてあった。

 外の芝生から顔を出すように空を向いた砲身の先から、赤黄色のレーザーのようなものが放出される。これもどこかで民間人に光の柱として映り、拡散されていくのだろう。人の口に戸は立てられない。せめて荷電粒子砲で宇宙にいる白い巨人を撃破できれば、公にもできるのだが。

 ただ真っ直ぐに空を走る赤黄色のレーザーは、もうとうに遥か彼方だ。奈沙は〈計測室〉のモニタで後を追う。〈まなざし〉のカメラも見ながら、放射したレーザーがスペースデブリの塊に直撃することを確認した。しかし、四散した遺骨は燃え残り、第二波のための電気が充填されるのを待つ。

「日向、準備はいいか?」

 通信機用のイヤホンで、対宇宙用戦闘機に座っているはずの日向に声を掛ける。

「大丈夫です」

 大丈夫とは言っても、実戦経験がないのだから、離陸さえできるかどうかも怪しい。しかしもう他にやることがないので、「大丈夫」と答えるしかない。カタパルトになるよう、開いた地下の前の芝生がオセロのようにパタパタと裏返って滑走路になっていく。デバイスには第二波までのカウントダウンが忙(せわ)しなく秒単位で回る。それに合わせるように日向は最終的に飛び出すまでのシミュレーションを頭の中で反復した。

「第二波、行きます!」

「撃て!」

 ミリ単位で微調整された荷電粒子砲は、先程と似た軌道を通って成層圏を抜ける。

 日向は奈沙の合図が出る前にカタパルトを滑走した。そしてほぼ垂直になるように宇宙を目指す。地上でも訓練はしたが、実際に戦闘機に乗って宇宙に出るとなると、さすがにシミュレーション慣れしていてもキツかった。シートの背中に押し付けられてGを思い切り感じる。酸素ボンベを装着していなければ、一瞬止まった呼吸を元に戻せなかったかも知れない。

 戦闘機の位置も地上から把握できるので、日向はまっすぐに白い巨人の、いわば残り滓のようなものをその目で見た。第二波でほとんどが形を保っていなかったが、残り滓の遺骨は寄り集まって小さな白いヒト型を保っていた。巨人ではなくなっているが、寄せ集まった遺骨には違いない。

 日向は少し考えた。彼らは一度死んだ人間だ。骨になって宇宙に散骨されて、宇宙ゴミになってしまった憐れな存在。それを一斉掃射するのは、同じ人間を二度殺していることになるのではないかと思ってしまう。

 彼らは何を伝えたい? どうやったらそれを訊ける? 意志があるのなら、コミュニケーションの方法はないのだろうか?

 日向は戦闘機に備えられたレーザー砲を撃つのを躊躇ってしまう。何も訊かずに彼らを消し炭にしたところで、今後も続く宇宙葬によって新たな白い巨人ができてしまうだけだろう。その都度荷電粒子砲や対宇宙用戦闘機でどうにかできると上は考えているのか?

「もしもし、聞こえますか?」

 真空の中で伝わるはずのない質問を投げ掛けてみる。小さくなった白いヒト型に集まった遺骨が、一瞬躊躇ったように見えた。聞こえたのか?

「あなた方の伝えたいことは何なのですか?」

 一回目が聞こえた、という前提で日向は畳み掛ける。見た感じでは、こちらの意志は通じているらしい。ただ、向こうに意志を表現する手段がないようだった。

「ごめんなさい、俺たちの都合で亡くなった方の遺骨を宇宙ゴミにしてしまったことは後悔も反省もしています。ただ、ご存知の通り、地上にはもう墓地を立てる余裕もないんです」

 ゴゴ……と聞こえるはずのない音がした。何の合図だろうか。日向にはわからない。

 この時地上で奈沙たち宇宙局職員は、日向の駆け引きに注目していた。第二波が放たれたところで、あとは日向の駆る対宇宙用戦闘機のみが頼りだ。誰も「早く攻撃しろ」などとは言わない。それぞれに思うところがあるようだった。

 ──寂しい。

 ──哀しい。

 ──恨めしい。

 そんな感情が伝わってくる。死んだら宇宙に捨てられ、誰も会いに来てはくれない。金銭的な問題もあるのだろうが、思い出してすらもらえないのは辛い、という思いがどこからか伝わってくる。

「それを知らせたくて落下物を墜としていたんですか?」

 ゴゴゴ……と地響きのような呻きが上がる。肯定と捉えていいのだろうか。

「けれど民間人には影響が出ないように、宇宙局の敷地内にばかり落下物を墜としてましたよね? あれはやはり俺たちに何かを伝えたかったのですか?」

 ゆらり、と白い小人になった遺骨が揺れる。多分日向の言うことで正しいのだろう。すすり泣くような声が聞こえた気がした。

 左腕のデバイスと共有している戦闘機の緑のホロは、向こうに攻撃の意志がないことを伝えた。むしろ早く成仏させてくれと言わんばかりだった。

「残念ながら宇宙葬はやめられないそうです。国がそう決めたので、俺たちは見守るしかありません。けれど、あなた方のことはきっと家族が思い出してくれているでしょうし、忘れるはずがないでしょう」

 白い小人は考えるような仕草をする。日向にはそれがわかる。もし自分が死んだら、やはり宇宙に散骨されるのだろう。誰にも思い出されず、手も合わせてもらえないのは寂しい。しかし、かつての墓参りのように、物理的に弔慰を示す行為ができない以上、宇宙を漂うしかないのだ。

「あなた方の哀しみや寂しさはわかります。けれど、故意に落下物を地上に墜とす行為は誤解を招きかねません。国の上層部にそんなものわかりのいい人はいないでしょう。だから荷電粒子砲で燃やしてしまうしかなかったんです。宇宙と地球で離れてはいますが、きっときっとあなた方のことを思い出して懐かしんでいる遺族はいるでしょう。信じてください」

 日向は思いの丈をぶつけるように人類の援護をした。もちろん宇宙ゴミになってしまった遺骨の哀しみもわかる。だからこそ、話し合いたかったのだ。これが話し合いと呼べるのなら。

 ──コ、

 ──ロ、

 ──シ、

 ──テ。

 白い小人はどうにか意思表示と思われる幻聴を聞かせた。

 ──コロシテ?

 日向は耳を疑う。一度死んで宇宙に撒かれ、もう一度死んでしまいたいと言うのか? それこそ一人の人間の二度目の死を確信した。そこで日向ははっとする。

 落下物を宇宙局の敷地内にばかり墜としてきたのは、人類の敵だとみなされて抹殺してもらおうと考えたからではないのか? だから大気圏で燃え尽きて火球となる状態を作り出し、民間人に煽られて宇宙局が出張ってくるしかないようにした?

 そこまでの意志や思考力が、一度は燃やされた遺骨に宿るものなのだろうか。しかし、日向は現状それに対峙している。相手は確かに「コロシテ」と言った。いつまでもいつまでも、それこそ宇宙葬がなくなって、衛星軌道が一掃されるまで、彼らは中途半端な意志や感情を持って宇宙を漂っているしかできない。そしてその永さは想像がつかないほど遠い。

 万一日本が宇宙開発から撤退することになろうものなら、彼らの後の面倒は誰が見ることになるのだろう。日本が世界第四位の宇宙関連企業を持ち、もっと上位に食い込みたいと考えている間はまだいい。しかし、他国に負けて、後進国にまで抜かれてしまえば、彼らは本当に宇宙を漂うゴミになってしまう。誰かが気付いて燃やし尽くしてくれればいいが、それを待っている間にも日本の宇宙葬は続く。

 今ここで、対宇宙用戦闘機の威力をもって白い小人を燃やし尽くすことはできる。しかし、宇宙葬がなくならない限り、十年に一度くらいの頻度でスペースデブリとなった遺骨たちを荷電粒子砲か何かで燃やし続ける必要がある。

 日向は大いに戸惑った。殺してと乞う彼らを焼き尽くすのは簡単だが、根本の問題が解決されなければ、いつも後手に回るしかない。ならばここで白い小人を消したところで何の意味があるだろう。

「俺には、あなた方を殺すことはできない」

 日向は言う。白い小人はブルッと震えた気がした。

「不満かも知れませんが、それでは何も解決しない」

 これらのやりとりは、もちろん宇宙局とダイレクトに結ばれている。涼介には、そんな一度死んで無機物になってしまったものと真剣に話す日向の気が知れない。けれど、効果がないとは言い切れないとも思っている。実際今は宇宙からの落下物はないし、完全に向こうからの何らかの意思表明は日向に向いている。

 日向は宇宙服に近い身体にピッタリ張り付く対宇宙戦闘機用のスーツを身に着けているせいか、なんだか暑く感じる。快適な温度と湿度に保たれているはずなのに。手に嵌めた薄手のホロ専用手袋も、じっとり汗ばんでいるような気持ちになる。自分の言動に彼らの、そして自分たちの行く末が託されているのだと思うと、安易に思いついたことも口にできない。

「俺たちはあなた方をゴミだなんて思っていません。ただ地上に住む人間の居場所すら失くなり始めた爆発的な人口増加で、墓を掘り返してまであなた方を宇宙に撒くことしかできなかった。遺族の方も、あなた方を無為に考えているわけではないはずです」

 白い小人はおとなしい。肩を落としてでもいるのか、自分たちの願いが叶わないことにがっかりしているのか、反応はなかった。日向は落ち着いたトーンで話す。

「悪い方に考えないでください。宇宙葬になって、遺族には会うこともままならないかも知れませんが、これから先のことを俺たちは考えます。あなた方の意志も伝えます。ですから時間をください。その間も宇宙葬は続くでしょうし、なかなかあなた方の望む結末にはならないかも知れませんが、このままということはないはずです」

 一呼吸置いて、もう一度口を開く。

「その代わり、あなた方の遺骨以外のもの、つまり遺品などは掃除します。明らかに〈ゴミ〉と呼ばれるものを失くしましょう。そうすれば、宇宙葬も報われるのではないでしょうか?」

 ゴミと一緒くたに放置されているから寂しいのだろうと日向は踏んだ。それは当たっていたようで、白い小人になった遺骨は、遺品や死んだ人工衛星などの本物の宇宙ゴミを寄せ集めた。どういう仕組みかはわからないが、意志の力でものを動かせるようだ。だから自在に地上にものを落下させたりできたのだろう。

 日向が駆る戦闘機のちょうど真正面にそれらを配置した。白い小人は少し離れたところに移動している。

「遺品に思い入れなどはないですか?」

 白い小人は静かだった。日向はこれでいいのだと判断して、自身の位置を調整する。真っ直ぐに置かれた宇宙ゴミは、操縦に不慣れな日向でも十分に当てられるほど整然と並んだ。〈計測室〉から送られてきた数値をホロに映し、一度の照射ですべてを燃やせるような位置取りをする。

 そして、日向はトリガーを引いた。

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