〈5〉第3話
その後も多くの火球が散見され、SNS上ではその正体を推測する言葉で埋め尽くされた。運良く写真を撮れた者はそれも添付し、「地球滅亡の日は近い?」などと無責任なことを言っている。
その中にはもちろん「宇宙局何してる?」「税金だけ持っていって対処なしか?」という厳しい言葉もあった。だが、宇宙局に頼りたいという言葉の方が多い。「宇宙局がきっと何とかしてくれる」「今は迎撃の機会を伺っているんだろう」というリアルな言葉も多い。
確かに民間人の収める税金から給与をもらっている公務員なので、国民を守るのはボランティアではなく、義務である。だが、その方法は知られるわけにはいかない。もともと宇宙局の広大な敷地内の中央部に施設を作ったのも、すぐ脇が民間の土地であると、高いコンクリートの壁を超えてしまおうという輩が出てくるかも知れないから離してあるのだ。コンクリートの上には鋲を打ってあるし、監視カメラもあるし、ドローンの飛行禁止区域にも指定されているので、侵入者を防ぐには十分な予防線を引いている。今までずっと、敷地内に入ろうとする輩もいなかったし、正規の門に回っても門前払いをしている。
その無駄に大きな敷地の地下に荷電粒子砲が設置してあって、反対側の敷地に対宇宙用戦闘機のためのカタパルトになる芝生があった。戦闘機も地下に保存してあるが、切込みの入った地上が上がり、芝生と一体になるまでせり上がってくる。マニアなら一度は見てみたい光景だろう。
しかし宇宙局はあくまで、宇宙を観測して落下物の可能性を計測して落下物があれば解析する施設だ。ロケットは飛ばせないし、種子島と画面を共有することはできるが、〈ひとみ〉も〈まなざし〉も、特殊な作業をさせる指揮下にあるのは、種子島宇宙センターなのである。もちろん散骨機〈かけはし〉も種子島に動作権限がある。
埼玉にあるこの宇宙局ですることは、人工衛星のカメラを通して宇宙を見守ることで、また万一のことが起こる前に察知して処理することだ。だから民間人にはこの特殊なシステムの存在は明かされていない。荷電粒子砲に戦闘機。そんなものがあるなんて通常の平和な日本からは考えつかないだろう。荷電粒子砲においては自衛隊にも存在しないし、戦闘機と言っても実際に戦闘に用いられたことはない。それほど長らく平和だったのだ。上層部が楽天的なのも頷ける。
奈沙が上層部を通さずに荷電粒子砲と対宇宙戦闘機の使用を決めたのは、日本という国の物事の決定の遅さにある。向こうはお構いなしに大小問わずに何かを墜としてくるというのに、こちらは「今回も被害が出なくて良かった」としか言えない状況だ。万一のことは、万一の時に考えよう、という平和ボケした人間に何を訴えても無駄だ。
一応情報は逐一上げているようだが、実際に目を通してもらえているかは怪しいものだ。それでも奈沙は報告書や稟議書を書いては出して、早急にと判断を仰いだ。
上層部では海外の宇宙局とやりとりし、世間話程度に奈沙の上げた書類を翻訳しているのだろう。そして面倒がゆえに、「まぁ考えすぎですな」で終わらせてしまう。せっかく世界規模のモニタ会議であっても、自国でたいしたことはないと考えているところに、「いや、それは危険でしょう。一刻も早く手を打たなければ」などとアドバイスしてくれる国はない。宇宙関係の技術では位の低い日本なので、他国もあまり真剣には聞いてくれない。それが現状だ。
涼介は昔から数字が好きだったので、宇宙局に入局した時も当然のように〈計測室〉に配属された。自分でも向いていると思っている。人工衛星から送られてくる画面を数値化し、スペースデブリや大きめの隕石の落下を計算する。もちろん手作業ではなく、コンピュータを使うのだが、それでもその数値のブレの修正は人の目によるものになる。
加えて勘も鋭いため、初動が早い。数字の先を読んで手を打ち、その計算が合っていたおかげで大事に至らなかったことも多々ある。
そして日向も鋭い洞察力を持っているため、〈観測室〉のモニタから真っ先に異変を感じる。他部署とも情報を共有して、〈副長〉にも確認し、心配しすぎるほどに心配性な傾向にあったりもするが、それがマイナスに働いたことは今までになかった。
だから奈沙は信じている。この二人がともに行動する時、必ず良い方向に物事は進むと。多少の想定外も想定内であるとも。
一見犬猿の仲とも受け取れる涼介の突っ掛かりや、暖簾に腕押しの日向の反応を見ると、かなり相性が悪いように思われるかも知れないが、奈沙は二人の相性はいいと考えている。まったく性質の違う二人だが、だからこそ補い合える部分も多いだろう。
奈沙は腕のデバイスを起動させる。下の方でひっきりなしに数時が回転し、上方では数秒に一度くらいのペースでデジタル数字が回る。〈計測室〉では荷電粒子砲の角度の調整をして、放射のための電気をチャージしている。そろそろ地上に上がってくる頃合いだろう。
だがそれを民間人が「カッコいい!」と見に来れるほどに宇宙局は余裕はないし、一応秘匿案件なので、荷電粒子砲でスペースデブリを燃やすという情報も公にはされていない。
なんだかんだで眠れなかった日向だったが、元来のショートスリーパーなので体調には問題ない。頭もはっきりしているし、身体にも疲れはない。最近では戦闘機のコクピットに座って、座面などを調整している。シミュレーターではわからなかった実機の中のボタンやバーなどを整備士に訊ね、ホロで計算されたように自身が操縦桿を動かし、これらのアナログな戦闘機を飛ばすのだ。ハッキングされて操縦権をどこの誰とも知らないハッカーに持っていかれることを危惧して、戦闘機は〈計測室〉のホロデータ以外はほとんどがヒトの手足で動かす古い機体だった。だが、日向はそういうのは嫌いではない。むしろ好ましいと思う。
だいたい世の中便利になりすぎだ。かつては二十一世紀半ば頃には、だいたいの仕事をAIに奪われると危惧されていた。だが実際は今でも人間がAIを動かす立場だ。注文を入力しないAIはただのでくのぼうで、やれと指示されたことしかできない。自動運転車もあるにはあるが、安全のために運転手は必ずハンドルに手を置いておかなければならない。
夢も希望も四半世紀前の人間が抱いていたような世の中にはなってはいない。ただ、コンピュータの性能は日進月歩で向上しているので、人間が置いていかれることはないだろう。そのコンピュータを開発しているのは人間なのだから
AIを恐れるよりも、今は宇宙から何者とも知れないモノを宇宙局では恐れている。それを民間人には公にせずに対処しようというのだから、なおさらハードルが上がるだろう。宇宙局の広大な敷地には地下に眠る獅子を起こすためのものだ。
グラウンドだって、ジョギングを習慣にしている者が休憩中に走っているくらいで、野球とサッカーが同時に何試合かできるほどの敷地面積がありながら、その役目は果たされてはいない。
しかし、本来の役目を果たす時がとうとう来たようだ。
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