〈4〉第3話
「もしかして狙われているのは人類そのものではなく、我々宇宙局なのではないか?」
やかましいビープ音の中、大声で奈沙が言う。
「またこの施設の範囲内に落下物がある可能性が高いんですね。今度のは確実に形を保ったまま落ちてくるなんて」
奈沙はコーヒーを飲み干して紙コップを捨てる。
「任せたぞ」
そう言い置いて奈沙は〈観測室〉を出ていく。日向はデバイスが表示するホロを見ながらあと一分程度で落下物が着地する施設内に出る準備をした。今回は確実に施設内に落ちるはずだ。ヘルメットをかぶって軍手を着用しながら裏口を使って外に出る、
空を見上げるが目視はできない。着々と更新されていく宇宙局職員用デバイスの表示を見ながら、日向は行くべき場所を把握した。南東のグラウンドに落ちる可能性が高い。グラウンドなら広大で平らなので、墜ちてさえくれれば後の回収作業は楽だった。
日向がグラウンドに着いた時、芝生が少し抉られたような場所を見つけた。そこに落下物があるに違いない。フェンスの隙間を通って中に入る。近付くと、少し煙のようなものが立ち上っていたが、熱源というよりは芝生との摩擦という方が正しいだろう。
慎重に近付いていって、日向は覗き込む。白い物体が緑の芝生の中に埋もれていた。触れてもいいものか逡巡する。しかし、一応宇宙局の敷地内に墜ちたのだし、自分は宇宙局の職員だ。発見した異物に触れる権利はあるだろう。
そっと手を伸ばしてそれを手に取る。摩擦で削られたせいか、角のない楕円形をしていた。
すると背後で忌々しそうな声がする。
「ちぇ。また主席サマのお手柄ですか」
涼介だった。〈計測室〉に所属しているため、自分の仕事が一段落するのはどうしても日向よりも遅くなってしまう。落下物の着地ギリギリまで〈計測室〉で落下物の着地地点や着地時刻を算出しなければならないせいだ。〈観測室〉同様、同じ作業をしている職員は他にもいるが、だからといってデータの計測を放って自分だけが外に出るわけにはいかない。
「瀬川さん」
涼介に何の感情もなく日向は答える。
「〈観測室〉は緩くていいな。主席サマ以外にもエリートが揃っていて」
それを言うなら、宇宙局に務めるすべての人間がエリートだ。「宇宙が好き」というだけの子供の憧れのような気持ちでは入ってこられない。
「今度も人骨か?」
溜息混じりに涼介は問う。自分の嫌味にも動じない日向が憎らしいが、それに付き合うほど暇でもない。
「恐らく」
短く日向は答える。軍手を外して触れた感触は、前回触ったものに似ていた。多分軽く爪で擦ればすぐに砕けそうな。
「〈解析室〉だな」
「はい」
二人は揃って施設の中に戻る。他の職員が出てこないのは、〈観測室〉では日向が、〈計測室〉では涼介が誰より早く動くことを知っているからだ。
途中の備品室でパレットを取り、そこに落下物を置く。〈解析室〉に行くと、待ちかねたように奈沙が「見つかったか?」と訊いてきた。二人は頷いてパレットを渡す。奈沙はしみじみとそれを眺め、〈解析室〉の職員に渡した。結果はその場ですぐに出た。やはり人間の骨とDNAが一致する。
「これは……どう説明したらいいのだろうな」
奈沙が呟く。
「故人の特定はどうします?」
〈解析室〉の女性職員が奈沙に問うが、奈沙は「いや、いい」と断った。それが誰の遺骨であろうと、この案件には関係ないと察したのだろう。
「お前たちの考えたことは、あながちないとは言えなくなってきたな」
「俺たち?」
涼介が不思議そうに訊ねる。
「瀬川は幽霊、日向は宇宙の意志、そんなあるかどうかもわからないものの仕業ではないかという話をしていただろう」
日向と涼介は思わず互いの顔を見合わせる。そうなのか? 涼介は思わず嫌そうな表情になったが、「主席サマ」も同じ考えをしたのかと少し驚く。ムカつくような、安心するような。
「そうなると放ってはおけないですよ。今後も今まで以上に落下物が墜ちてくる頻度が上がったり、大気圏で燃え尽きない大きさのものが増えてきたりしたら、それこそ一大事じゃないですか」
涼介が言う。奈沙はコクリと頷く。局長の椅子に踏ん反り返っているだけの年配男性よりも、今では奈沙に大きな権限が与えられている。それも〈副長〉の呪いから逃れるためらしい。もっともらしい言い訳だと思う。
「瀬川、〈計測室〉では次の落下物の可能性は出ているか?」
「予定では二日後くらいでしたが、今回の結果と照らし合わせると、もっと早くなるかも知れません」
「だろうな。先方に何らかの意志があるのなら、こちらの予想通りにはなるまいよ」
「でも、何を知らせようとしているんでしょうか」
日向が素朴に零す。先方は、一体地球や人類に何を知らせたくてスペースデブリを投げ掛けてくるのか。しかもピンポイントに宇宙局を狙って。
やはり故人の意志では──と涼介は思ったが、幽霊などの類を信じているように日向に勘違いされたくなくて、言葉を飲み込んだ。その日向が口を開く。
「遺骨が墜ちてくるということは、戻りたがっているんじゃないでしょうか。宇宙に捨てられるように扱われた人間の魂の声というか、うまく言えませんけど、嘆きのようなものが」
「墓もなく、参ってくれる遺族もいない。宇宙ではゴミのように扱われ、どんどん捨てられていく……もしも遺骨に意志があるのなら、そう考えるのもない話ではないな」
「上官はこの先どう思われますか?」
「遺骨が怒りの意志を持っているのだとすれば、それこそ燃え尽きないほど大きな塊になってどんどん地上に墜ちてくるだろうな」
「ただの骨だけで済めばいいんですが」
日向がそこへ水を差す。
「俺が〈観測室〉で見る限りでは、遺骨と遺品は混じり合って放置されています。もし遺骨が意志を持っているなら、他のスペースデブリ、つまり金属片やプラスチック類なども落下させられるんじゃないでしょうか」
涼介は苦い顔をして返す。
「〈計測室〉でも似たような話はあった。もちろん、宇宙の意志だとかそういうオカルトめいた話じゃなくて、常識の範囲内で考えられる可能性で、だけどな」
奈沙は二人の話を聞いて、少し顎を引く。二人の優等生の言うことだ。可能性としては十二分にある。笑って済ませられる状況ではないのはわかっていた。今後はもっと問題は大きくなるだろう。
宇宙に捨てられた遺骨の反乱? 誰にも手を合わせてもらえない嘆き? 人類に忘れ去られてしまう怒り?
衛星軌道上にばら撒いたのは、所詮ヒトの遺骨と遺品だ。地上に墓地があった頃、夜に肝試しをするほどに怖がられていた遺骨の集まる場所。人口の増加により日常の営みに支障を来し始めて、墓を掘り返してまで宇宙にばら撒いた。その墓地跡に、今はタワービルや大型商業施設や人間の住むところが高くまで築かれている。
本来なら「墓地の跡地」というだけで地価が下がったものだが、今やそんなことを言ってはいられない。既に死んでしまった人間の最小限の場所さえない地上。使えるものはなんでも使う。たとえ古い故人の墓であろうと、先祖代々の墓であろうと、中身を取り出して〈かけはし〉に乗せて宇宙に放り出した。
これはみんな、生きている人間のエゴだ。死人に口なしとはよく言ったものだが、遺骨にも主張できる手段はない。
だからかなりの量が集まり、同じ意志を持ってくっつき合うようになったとしたら──?
日向は不意に少し前に夢を思い出す。はっきりとは覚えていないが、ロボットアニメのような白い巨人。自分は何らかの機体に乗っていた。あれは何だった?
「副長」
「なんだ」
「世界中にある宇宙局では、未知の生命体やロボットと戦う準備などはしていますか?」
「はあぁ?」
突拍子もない言葉に、思わず涼介は呆れた声を凝らした。未知の生命体ならまだしも、ロボットという考えはどこから出てきたのか、と。
それは奈沙も同じらしく、バカにすることこそないものの、リアリスト故に首を傾げた。
「私の知る限りでは、未知の生命体が見つかった場合は戦う意志はないと伝える手段を考えてはいても、戦う手段を準備している国はないな。ロボットというのももちろんだが……どうしてだ?」
思わず日向は口ごもる。が、恥ずかしがって隠すようなことでもないし、万一それをきっかけに何かが進展すればいいと腹を括った。
「……夢を、見たんです」
「夢?」
「俺が何らかの機体に乗って操作していて、戦っているようでした。相手は白い巨人。詳しくは覚えていないのですが、今思えばあれは一体の巨人ではなく、小さな白骨の寄せ集めだったような気がして」
「それでロボットか」
「さすがに非現実的過ぎて、誰も公式には言わないだろうな」
「それはそうでしょう」
それは日向も理解している。だからこそこの二人には打ち明けたのだ。
「日向の言いたいことはわかった。非現実的であろうと、荒唐無稽であろうと、可能性としてはキープしておこう。何しろ我々人類は、宇宙のことを一割も理解していないのだ。そのくせ我が物顔でゴミ捨て場のように扱っている。万一それを快く思わない何かの存在があるとすれば、倫理的に我々の負けだろうな」
初めは突拍子もないと思っていた日向の想像も、自分の幽霊説を思えば似たようなものか、と涼介は納得した。考える方向が「主席サマ」と同じというのはあまり嬉しくはなかったが、奈沙が受け入れてくれるのなら心強い。
「本当なら上に上げるべき意見だが、誰も聞く耳を持たないだろうな。それこそ自分のこれまでの経験を軸に生きている連中だ。良くても豊かな想像力を褒められるくらいだろうよ」
「ある意味バカにされるわけですね」
「よくあることだ」
涼介の言葉に奈沙は苦い表情で返す。
「多分今後、もっと落下物の頻度が増えたり、大きさもそこそこのものが墜ちてくると予想されますよね」
「それは〈計測室〉で調べるまでもないだろうな」
「既にもういくつかの目星は付いています。上官の言う通り」
「それならこちらもいろいろ準備をする必要がある。アレを使う時が来たようだな。良くも悪くも」
「準備します」
「頼んだ、瀬川」
「はい」
涼介は〈計測室〉に走っていく。
「日向」
「はい」
「お前は私と来い。〈観測室〉よりもお前向きの仕事がある」
「わかりました」
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