第5話 墓参りと残りの2人――メイドハトイレニイキマセン(嘘)

 次の日、和之は田舎に出かけていた。

 芦ノ原駅から、その先は単線で山の方に向かって線が続いている。

 昨日教えてもらった祖父の墓というのは、芦ノ原から3駅のところにある墓地にあるらしい。

 まだ季節は肌寒く、それは山の方に行けば顕著だった。

 和之は山道を歩いていく。

 ここはまだ電波が届いているのでスマホの地図を見ながら目的地を目指す。


「ここか……」


 そこは小さな墓地だった。

 平地にある大きな霊園というわけでもなく、寺に併設された墓地というわけでもない。地元の集落で亡くなった人たちが葬られる山道の途中のこじんまりとした墓地。


「えっと白井、白井……っと」


 こんなさびれた墓地、しかも季節でもない。いや、もう少しすれば春のお彼岸だが、それにしてもちょっと外れているこんな時期に、何と他の墓参り客がいる。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは……今日は一人で?」

「ええ」

「そうか、感心なことだ」


 そんなことを立ち話する。

 参っているのは体の大きな男だ。若者とも中年とも言い難い微妙な年頃。だがその体はしっかりしておりスポーツ選手といってもおかしくないような体をスーツとコートで覆っている。声も低く、渋い感じでかっこいい。


――いいなあ、僕も大人になったらこんな感じになりたいなあ


 今はまだ体も小さくどっちかというと美少女といった感じの和之だが、あこがれるのはやはり目の前の男のような男らしい大人だ。

 それは、ダンジョン探索者に対するあこがれでもあるのかもしれない。

 ひょっとすると目の前の男もダンジョン探索者なのかもしれない。そうであってもおかしくないような存在感があった。


「失礼しますね」

「うむ」


 すれ違うのにも苦労するぐらいの狭い墓地だ。

 墓石を踏みつけにするのはバチがあたるので、うまくすれ違うのに苦労する。和之は男の横を抜けて奥に足を進める。


「あ、あった」


 そこにあったのは古い墓。

 確かに「白井家ノ墓」とある。


「そうか、こんなところにご先祖様が……」


 ということは、白井家はこのあたりの出身なのかもしれない。


「だけど、親戚はいないんだよね……だったら、僕はしっかりお参りしよう、これからも……」


 そういえば、不思議なことがある。

 周りの墓に比べてちょっとこぎれいなのだ。

 一応草むしりをするぐらいの準備はしてきたがその必要もなかった。

 他の墓を見ると、長らく放置されたような墓もあればきれいにされた墓もある。

 それらと比べてみると、白井家の墓は中間ぐらいだろうか?


「お爺さんを納めるときに掃除してくれたのかな?」


 ありがたいことだ、と思いながら、和之は線香を取り出してマッチで火を点け供える。このあたりの墓参りの道具などは、孤児院でもらえた。孤児院内にも仏壇があって、毎年お盆にはお坊さんに来てもらう。

 なにせ、孤児というからには誰かしら身内が亡くなっていることがほとんどだ。そのあたりの備えは抜かりない。


――おじいちゃん、会ったことないけど……会いたかったなあ……あと、おうちありがとう


 写真でしか顔を見たことが無い祖父に、和之は手を合わせる。

 線香は……もうすぐ燃え尽きるので、放置でかまわないだろう。

 ふと気が付くとさっきの男の人は姿を消していた。

 和之は、忘れ物が無いか確かめて、墓地を後にする。



 今日、屋敷に足を運んだ和之を出迎えてくれたのはレーネだった。


「和之様、おかえりなさいませ」

「すごく変わってるからびっくりしたよ」

「ふふ、昨日総出できれいにしました」


 確かに元から汚れていたとは言えない。

 だけど、やはり人が生活していないことで寂しい様子だった屋敷が、一変していた。

 廊下の花瓶には花が生けられ、廊下も広間も明るさを増している。

 何より、屋敷中を小さなメイドさんが動き回っているので活気がある。


「そうでした、昨日は時間がありませんでしたが残りの2人についても紹介に上がらせたいのですが……」

「うん、よろしく」

「では、和之様のお部屋にご案内いたします」


 そうして連れて行かれた部屋は、左棟2階の一室だった。ちょうど昨日の応接室の真上ぐらいにある。

 入ると応接室よりも広く、壁の一面は天井まである書棚で埋まっている。小さな応接セットはここにもあり、その奥、窓のそばに大きな執務机があって革張りの椅子が置かれている。


「すごいなあ。立派過ぎる……」

「ふふ、ですが和之様が使わなければ誰も使いません。ご遠慮なく……」


 仮に、この机に高校の宿題を広げても似合わないことは明らかだ。こういう机に似合うのは、やはりもっと高度な研究とかそういうものだろう。断じてマンガを読むためには使いたくない和之だった。


「そちらにお座りください。今呼んでまいります」


 言われて和之は執務机の椅子に座る。

 体が小さいこともあっておしりの座りが悪い。

 深く腰掛けると足が宙ぶらりんになり、足を下ろそうとすると背中が付かない。


――やっぱり、もっと大きい人が使うものじゃないかなあ……


 落ち着かない様子で、あれこれ姿勢を変えて何とかベストポジションを見つけようとするが、結局徒労に終わった。

 コンコン


「どうぞ」


 ノックの音に返事をする。

 入って来たのはメイド長であるらしいフランと、その後ろにやはり同じ背格好の二人。

 一人は、水色の髪の毛がうねうねとしていて、ハルカとはまた違った感じで髪の毛のボリュームが多い女の子。彼女はどちらかというと表情が薄いというか……なんか眠そう?

 そしてもう一人は紫色の髪の毛を後頭部の高い位置でくくっている。ポニーテールというやつだろうか。こちらの子は表情が豊かでにこにこしている。


「ごきげんよう、ご主人。この二人がルリとシノだ。ルリは体質の問題であまり長く起きていることができないんだが、非常に強くて頼りになる。シノは、一言で言うと忍者ということになるかな」

「よろ……ぐう」いきなりカクッと居眠りを始めるルリ。

「よろしくでござる」とはシノ。

「ああ、二人ともよろしく。白井和之です。って彼女大丈夫?」

「ちょっと時間が合わなかったみたいだね、運び出させよう」


 フランが、パンパンと手を叩く。


「……はい」


 やってくるヴィキ。


「ルリをお願い」

「わかり……ました」


 そしてペコっと和之にお辞儀して、ルリを肩に担ぐ。

 力持ち、というのは誇張では無いようだった。自分と同じサイズのルリを担いで余裕のある足取りで部屋を去る。代わって、ここに案内してくれたレーネが入ってくる。


「まあ、あれでも働く時は働くから……」


 フランのフォローが入る。

 その時、謎の異音が周囲に響き渡る。

 グウウウウウウウ……


「あ、ごめん。フラン、もういい?」

「はいはい、いいよ。食堂は昨日のうちにちゃんとしておいたから」


 そしてシノは和之にお辞儀をして部屋を出る。


「えっ……と、あれは?」

「シノはねえ、新陳代謝が激しすぎるんだよ。だからすぐお腹が減ってしまう。さらに食べる量も多い」

「はあ」

「まあ、皆少しずつ弱点はあるんだよね、でも、能力は高いから……」

「フランの弱点は?」

「私にそんなものは存在しない。だからこそメイドのまとめ役なのさ」

「そうなんだね」


 感情が抜けた声で和之が返す。


――あれだ、きっとマッドサイエンティストとかそういうのだ……人体改造とか言ってたし……


 なんとなくフランの本質を理解している和之であった。


「そうだ、この屋敷の場所って大丈夫なの?」

「大丈夫……とはどういうこと?」

「いや、入り口があんなぼろい納屋だから、崩れたりしないのかなって……」

「それは心配いらないが……ああ、ちょっと表から遠いのは不便だね。それなら別の入り口を開けようか……」

「え? できるの?」

「あまり離れた場所だと難しいんだけどね……そうだな、表の家につなげよう……」

「そんなことできるんだ……」

「その方が、こっちに足を運びやすいだろう? 準備しておこう」

「あ、ここってトイレはある?」

「はい、こちらに……」


 そしてレーネに和之が案内されたのは、執務室近くのトイレだった。

 中は意外にも普通の洋式トイレだった。

 用をたして執務室に戻ると、扉のそばにはレーネが控えていた。

 扉を開けようとするレーネに、ふと気になったことを和之は聞いてみた。


「ねえ、聞いていい?」

「はい」とレーネ。

「みんなご飯食べるんだよね?」


 そのことは、シノの件でも明らかだ。


「はい、それで?」

「出すの?」

「え?」

「いや、食べたものを全部消化できるわけじゃないんでしょ? だったら……」

「ストップ、和之様、ストップです。ダメです。それはあまりにもデリカシーに欠ける質問だと思います」

「でも、気になるし……ダンジョンに行ったら……」


 そう、ダンジョン内での排泄の問題はある。

 特に男女混合パーティーの場合には問題になる。

 そのことは和之はダンジョン関連の雑誌でよく知っていたので確認したのだ。


「メイドはトイレに行きません。リピートアフターミー、メイドは、トイレに、行きません」

「メイドハ、トイレニ、イキマセン」

「はい、よくできました……」

「レーネ、トイレの紙切れてるよ、補充しといて……」

「ああ……シノ……」


 残念、レーネちゃんのご主人様洗脳計画はシノの乱入によって挫折した。

 それはともかく……


「とりあえず、こっちで暮らすこともできそうだね」

「そうですね。メイド一同、ご主人様に奉仕できることを待ち望んでいます」

「引っ越しは、まだ先だよ?」

「それでもです」


 一応、歓迎されているようで、和之はうれしかった。

 扉を開けてもらって中に入ると、フランが紅茶の用意をしていた。



 そんなこんなで、時は過ぎ、3月の末、和之はいよいよ孤児院を離れることになった。


「じゃ、みんな、またね」

「たまには顔を出せよ」

「シラユキにいちゃーん、げんきでねー」

「うん、みんなも元気でね、それとシラユキはやめてほしいな」


 最後まで締まらない別れだった。

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