爆誕、女装メイド探偵

第6話 ジョブ獲得――女装メイド探偵

「さて、これで一通りいい感じかな」


 結局、最低限の生活用品は使うか使わないかはともかくそろえることにして、和之は新居に落ち着いた。

 ガス、水道、電気を契約。ネットはスマホで何とかすることにした。

 そして屋敷との出口だが、廊下にある物置の扉を使うことにした。

 全く方角が逆だが、それでもちゃんとつながるのは、さすが魔法の技術といったところだろうか。そしてつながる先も、屋敷の手前の長い通路ではなく、執務室に直通としてもらったので、あの部屋を生活空間の一部として使うことができるようになった。

 なお、元の物置からつながる通路もそのまま存在している。

 これは、この世界とあの空間との位置関係を固定する役割があるらしく、ここをふさいでしまうとあの屋敷が世界の狭間で迷子になってしまうとのこと。

 なので、あの物置はしっかり鍵をかけて泥棒や知らない人が空けられないようにした状態でそのままにしてある。


「さて、じゃあ行ってみるか……」


 どこに?

 それは市役所だ。

 と言っても転居届などはすでに提出済み。

 今から行くのはダンジョン探索の申請を行うためだった。

 現在、未成年だとダンジョン探索は親権者の同意が必要になっている。


――まあ、僕の場合はあの人だから……


 年齢不詳の孤児院の院長先生は、実は元探索者だ。そのため、ダンジョン探索には理解があるし、孤児院にいるときから何回も話し合って高校に行ったらダンジョン探索を行うことは言ってある。

 ただ、こういうのは最初はほとんどお金が入らないので、それを生活の糧にするというのは元から想定外だ。

 そんなわけで、そこそこ学生なりにダンジョンを体験しながら徐々に慣れていき、高校を卒業するころにはそれで生活できるようにする、というペースのつもりだった……メイドさん達と出会うまでは。

 今、もしかするとそれ以上のことができるのではないかと考え始めているが、それも実際に体験してみないといけない。

 ということで、親権者たる院長先生の同意書を持って、和之は芦ノ原市の市役所に向かう。



「白井さん、白井和之さん」

「はい」


 平日の昼間、であるが、市役所にはいろいろの手続きのために人が多い。特にダンジョン申請周りは春休みということで高校生、あるいは大学生らしき姿が多く、かなり待たされた。

 やっと自分の名前が呼ばれて、和之は書類を持って窓口に向かう。

 窓口は白髪の小さなおじさんが担当してくれた。


「なるほど……はいはい、書類は大丈夫ですね」


 慣れているのだろう。手早く書類の各所の漏れが無いかどうか、印鑑が押されているかというのを確認して、おじさんは書類を処理してくれる。


「はい、じゃあ仮証を渡します。正式な証明書は後日郵送ということになります」

「この仮証って、使ってもいいんですか?」

「ええ、危険度の低い……えーと、地図だとこことかここですね。このEって書かれたところならこのまま行ってもらっても大丈夫です。ですが、危険が少ないといっても全くないわけではないので……」

「ええ、そこは自己責任ですね」

「はい、なのでお気をつけて……」


 そうして、仮の証明書を持って和之は市役所を出る。

 昼間だとそろそろ日差しが気になる時期だ。

 気温という点ではそうでもないが、何より和之は色素が薄いこともあって日差しに当たるとすぐ赤くなってしまう。夏場など麦わら帽子と長袖は必須だった。むしろ、この時期ぐらいでないと半袖は着れない。


「はあ……じゃあ、行ってみるか……」


 これは不思議な事なのだが、ダンジョン探索者はゲームのようにレベルが上がり、スキルを獲得することがある。フランに聞いても、向こうの世界でもそんなことは無いらしいので、これはこの世界のダンジョン特有のことらしい。


「恐らく、世界の敵のシステムではないだろうか?」


 とのことだった。

 そんなものに乗っかって強くなっていいものか……とも考えられるが、どの道強くならないとダンジョンの奥には行けない。


「システムに関しては、私の方でも解析してみよう」


 と、フランは請け負ってくれた。



 今から入るのは、この市役所がある駅、羊ヶ原から徒歩で行ける範囲にある小さなダンジョンだ。

 元は昔ながらの八百屋だったらしく、そのせいか中に出るのは植物を由来としたモンスターが多い。とはいえ、実や種を飛ばしてくるような危険なモンスターは奥に行かないと出ず、手前にいるのは「絡みつく草」という種類で、運が悪ければ足を取られて転ぶぐらいのものだ。

 もちろん、転んだままじっとしていると段々草が絡みついてそのうち取り込まれて命を失うことも理論上はありうるのだが、普通に起き上がって移動してしまえば問題なく、危険度は非常に低いといえた。

 ダンジョン前の管理局分室の窓口で仮証明書を提示して入場を記録してもらう。

 そして、特に着替えも武器もなしでダンジョンに入る。


「あ、なるほど、こうなるんだ……」


 よくゲームだと目の前の空間に表示が浮かんだりするのだが、そうではなく頭の中にホワイトボードみたいなものが浮かぶ感じだった。

 それによると、和之は今レベル0、スキル無し、ジョブ無し、ということだった。


「まあ、そうだよねえ」


 力とか賢さとかそういうのは表示されない。

 それは自分自身でわかっているでしょう? ということだし、HPやMPのような表示もない。HP1でぎりぎり耐えた、なんていうのはほぼ死にかけで死ぬまで時間の問題だろう。体の仕組みや健康の度合いなどはもっと複雑なもので、1つの数値の上下で示せるものではない。


「だけど、レベルはあるし、レベルが上がったらジョブっていうのも出るみたいだし……」


 これは、そのままの意味の職業というよりは適正、というのが正しいか。

 例えば「戦士」「魔法使い」「盗賊」など表示されるが、どの方面のスキルを獲得しやすいかという程度の違いでしかない。それに、実際には戦士の中でも「剣士」「槍士」「格闘士」などバリエーションがあるので、意外に周囲の他人とはかぶらないことが多い。

 中にはユニークと呼ばれる珍しく、また尖った性能のジョブもあるらしいが、そういうジョブが最初から出ることは少なく、成長していくにつれて変化していくらしい。


「……はずなんだけどねえ」


 絡みつく草を蹴飛ばし、30分の奮闘の末についにレベルが上がった和之が獲得したジョブは……


「何これ? メイド探偵? メイドの部分はなんとなく心当たりがあるけど……探偵?」


 探偵なんていうジョブがあっただろうか?

 メイドの部分から目をそらしながら和之は考える。

 これ以上意味不明のジョブのままでダンジョン探索をしても実りは無いので早々に外に出る。

 なお、ジョブは探索者の個人情報なので報告は義務ではない。

 管理局に帰還の報告をして、備え付けの情報端末で検索をする。

 一般のネットではなく、管理局のデータベースから情報を取ってくるので、こちらの方が深い情報が得られるのだ。

 メイドで検索――0件。

 探偵で検索――1件。

 残念ながらメイドは分からないが、これに関してはあの子たちを連れてくるしかないと感じている。

 探偵は……どうも盗賊の一種らしく、隠されたものを見つけたり幻術にかかりにくくなる性質があるらしい。

 どうしてそれが出るのかはよくわからないが、ともかくジョブの後半部分は判明したので、それを収穫として和之は帰ることにする。



「……というわけなんだけど……」

「なるほど、それは興味深いねえ」

「メイドは……君たちを連れて行くとして……探偵なんてどこから出てきたのか……」

「いや、そっちの方が心当たりがある。何せ我が主は名探偵でもあったからね」

「って、僕のご先祖様が?」

「ああ、降りかかる難問をてきぱきと片付けていたね」

「そうなんだ……」


 フランたちの主であるはずの和之のご先祖様、当然探偵「でも」あるということだから本業は別なのだろうが、まさか本業がメイドではあるまい。


「あと……そうだな。ご主人、一つ心当たりがあるんだが……」

「何?」

「とある衣装を預かっているんだ。もしかするとそれを身に着けることで何らかの効果があるかもしれん。一度試してもらえないかな?」

「うん、いいよ」


 この言葉を数分後、和之は後悔することになる。



「何これ?」

「見たまま、メイド服さ」

「何でそんなものがあるの?」

「ご主人にぴったりだね」

「ご主人、って言ってるのに、何でメイド衣装を着させようとするの?」


 残念ながら和之に選択肢は無い。

 なぜなら、小さなメイドさんたちが複数で和之を押さえつけているからだ。

 特にヴィキは力持ち、というだけあって全く抗えない力で押さえつけてくる。

 というか、小さい子たちに群がられた状態で、身動きするのも気が引ける和之だった。


「いやいや、これも正しく和之様の血筋に関係のあることなんだよ」

「嘘、絶対嘘だ」

「詳しく言う権利はありませんが、本当です」と、レーネ。

「ほらほら、おとなしくして」とカナ。カナも力が強い。

「……」何も言わないが、当然ヴィキは力が強い。


 そして、しばらくの後、和之は完璧なメイド姿に変身させられてしまった。


「おお、素晴らしい」


 姿見を持ってくるフラン。

 和之がそれを見ると……目の前には完璧な美少女メイドが存在した。

 白い肌で小柄な体。普段から詰襟の制服を着ててすらかわいい、と言われてしまうような美少女顔。それがメイドの衣装をまとっており、髪の短さが男の子の名残といえなくもないが、全体としてみれば、ショートカットの美少女メイドという印象しか受けないだろう。


「うん……けっこう、いいかも……」


 別に元から女装趣味が和之にあるわけではない。

 だが、それはそれとして目の前の姿見に映し出されたメイド姿は、彼自身の美的感覚からしても「あり」であった。

 自分の姿に見とれるというのは、なんか変な感じがしないでもなかったが、それはそれとして「あり」だった。


「だけど……ちょっと露出多くない?」


 メイド姿としては、フランたちのような全身を包んで肌がほとんど見えないのが正統派のはずだ。だけど、和之が着せられたメイド服は、なぜか肩が露出していたり、スカートがミニで太ももが半分ぐらい見えている。

 足が捕捉、華奢で、また体毛も薄い和之だから似合っているものの、もうちょっと年齢が上がって男っぽくなったらたちまち似合わなくなるのは明らかだ。そういう意味ではこの衣装の賞味期限は短いのかもしれない。


「問題ないね。この衣装の本来の持ち主もこの姿で皆に愛嬌を振りまいていたものさ」

「へえ、かわいい女性ひとだったんだね……」

「ええ、かわいい男性ひとだったよ……それと、そのダンジョンの……」

「ああ、表示ね……ちょっと待ってね」


 ダンジョン内で頭の中に浮かぶ表示は、普段でも意識すれば表示させることができる。ちょっと頭の使い方にコツがあって、まだ慣れていない和之は少し手間取ったが、なんとか表示できた。


「えっと、レベルは変わらず2、職業がメイド探偵で、あ、スキルがある……えっと『親戚の誰かの名に懸けて』? と『真実は大体1つ』? なんか微妙に有名なセリフに近いようで遠いね」


 確かに、両方とも有名な名探偵マンガのセリフに似たようなのがあったはずだ。


「ふむ……ちょっと試してみようか」


 そう言って、フランはコインを取り出した。

 少なくとも日本のコインではないので、向こうの世界のそれだろうか? 金色なので金貨かもしれない。


「どっちにあるか当てられるかな?」


 両手の拳を握って、コインがどちらにあるかを聞いてくる。

 すると、和之にはどちらにあるかすぐに分かった。


「こっちでしょ」

「当たり。じゃあもう一回……」


 そうして数回やってみても、和之は全て当てることができた。

 さらに続ける。

 すると、8回目に初めて外れた。


「あれ?」

「なるほど、もっと回数を試さないとわからないけど、かなりの確率で見えないものでも知ることができる……と」

「そうか、『大体』だから……」

「うん、『いつも』ではないので確率だと考えたけど、思ったより確率は高いね。充分実用になるだろう」


 そんなに時間がかかる確認でもなかったのでやってみると、およそ9割ぐらいの確率で当てることができるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る