第4話 激動の一日は終わる――敵はワンパン
「ダンジョンが⁉」
確かに、いきなり現れたダンジョンで、世界中の多くの人が死んだ。
そういう意味で、ダンジョンは好ましくないものだという点は誰でも同意するだろう。。
だが、まさか、それが他の世界を征服したような『世界の敵』による侵略だという話は、和之にも想定外だった。
「そう、だから我々はもちろんご主人様のお世話をさせていただこう。そういう存在だからね。だけど同時にダンジョンを攻略するということも目標なのさ」
「その体で?」
「そう、この体で……」
――サイズ的に難しいのではないだろうか?
今ダンジョンを探索している探索者を、和之も町中で、あるいはテレビなどで見たことがあるが、誰もが大柄でいかにも戦えそうな人ばかりだった。
確かに、魔法使いなどはそれほど大柄でもないかもしれないが、それでも大人であり、こんな小学生よりも小さい体で探索できるとは思えない。
「大丈夫、私たちは強い。それぞれの強みは違うけれど、並の魔物なんかワンパンなのさ」
「……ワンパン」
なんでそういう言い回しをするのかは分からないが、ともかくすごい自信だった。
フランは得意げにしているし、獣耳の子はシュッシュッとシャドーボクシングをしている。
「さ、それでは他のものも紹介しよう。まず、剣術使いのレーネ」
「よろしくお願いいたします。レーネです」
そういったのは、金髪を編みこんで脇に下げたメイドさんだった。
メイド服の脇に剣を吊っている。
だが、あのサイズだと50cmもないので、一般的には小剣ということになるだろう。果たして、モンスターを相手にできるのだろうか? 和之は心配だった。
「そして、カナ。見ての通りの野生児さ」
「よろしくな~、ご主人様……くしゅん」
最後がくしゃみになってしまったが、この子は見た目では一番特徴的だ。
なんせ獣耳だ。
茶髪を短くしているが、耳の位置にあるのは同色の茶色の獣毛におおわれた耳だった。本来の大きさはもっと小さいのかもしれないが、毛の分大きく見える。そして野生児、というのは肌の色が黒っぽいというか小麦色であることからもイメージ通りだった。
「それで、こっちがハルカ。こう見えて魔女だ」
「えいっ」
紹介されたハルカは、持っていた木の杖を振ると、目の前のテーブルにフクロウが煙とともに現れる。
『よろしくね』
そして、そのフクロウの口から女性の声が聞こえる。
「すごい」
『へへー』
声はフクロウから聞こえるが、得意そうな顔をしているのはハルカ自身だ。彼女は目が覚めるような赤毛が波打っていて、頭が大きく見える。
そして、得意そうな顔をしたと思ったら、フクロウがポンと音を立てて消えて、後に赤い液体が残される。血か?
「いけない……また失敗しちゃった……」
「この子は……本当に……」
ため息をついたフランがちょいと指をはじくとテーブルの上の血はきれいさっぱり無くなった。
「で、最後にヴィキ。こう見えて一番の力持ち」
「よろしく……お願い……します」
部屋に入ってきたものの、カナの後ろに隠れてヴィキがとぎれとぎれに挨拶する。
すごく恥ずかしがり屋で引っ込み思案な子なのだろう。
全員が紹介され、応接室に沈黙が広がって、和之は次が自分の番だと察して、慌てて立ち上がる。
「みんな、よろしくお願いします。白井和之です。本当は……屋敷とか、メイドさんとか、ちょっと受け入れるのは難しいけど……確かなのは、僕もダンジョンは嫌いなんだ。だから、なんかダンジョンの攻略でお手伝いできることがあったら協力したいと思う」
「さすがご主人」とフラン。
「やる気ある~いいじゃん」とカナ。
「お守りいたします」とレーネ。
「ダンジョンなんて一発よ!」とハルカ。
「……がんばる」とヴィキ。
みんな、やる気になっているようだった。
そして、和之も。
――実際、良く解らないけど、楽しくなりそうだね
正直なところ、和之としてはメイドさんとか屋敷とかはなんか巻き込まれた感じがして素直に受け取れない。だけど、ここに至るまでの何かに導かれたようないきさつや、元々ダンジョンが嫌いだったことから、ここは彼女たちと協力していくのが吉だと考えるようになった。
「あ、でも……そのご主人様とかは勘弁してほしいかな……僕はそんな偉い人じゃないし……」
「いやいや、大切な主のお血筋だから……皆が敬うのも当然さ」
「なんかそういうの……好きじゃないなあ」
生まれが最底辺だった和之としては、血筋や生まれた環境で苦労もせず恩恵が与えられるということに否定的だった。
「……そうですね、じゃあこうしようか。ご主人は私たちとダンジョンを探索する。それに対して和之様の暮らしを私たちがお世話する。それで貸し借り無しということにしないかな?」
ちょっと考えて、和之はうなずく。
「それなら……まあいいかな……あっ、そうだ、今の時間は……」
腕時計を見ると、すでに夜の6時だ。
孤児院の門限は6時半、そして夕食が7時になっている。
「お急ぎかな? ご主人」
「うん、僕は孤児院でお世話になっているから、時間を守らないといけないんだ」
「そうか……ハルカ」
「はいはーい、転送?」
「ああ、お願いする。ご主人を送り届けてもらえるだろうか?」
「じゃあ
「和様」と呼びかけられて、やはり呼び方に個性があるのだな、と和之は思いながらも自分のかばんをあさる。
「えっと、地図でわかるかな……」
そうして、和之はスマホで地図を出して遥かに見せる。
もしゃもしゃのハルカの赤毛が顔にかかって、くすぐったい。
「うん……わかった、ってこれがいわゆるスマホってやつなのね……いいなあ。そうだ、フラン作ってよ」
「そうだな、必要かもしれないし……」
「え、作るって?」
「申し遅れた。私、フランはメイドの
「……って、魔法使ってたのに?」
「魔法ぐらい誰でも使うんだがね、私はどちらかというと科学者なのさ。精密機械から大量破壊兵器、肉体改造から細菌兵器までなんでもござれさ」
「できれば、あんまり危険なものは作らないでほしいなあ……」
「そうだね。不要だと思うけど……必要なら……」
「不要です、不要ということにしておいてください」
「ええと、いいかな? 急ぐんでしょ?」
「そうだった」
そして、ハルカの魔法で、和之は孤児院の門の前に送られた。
誰かに見られていたら……と思ったものの、幸い周囲には誰もいなかった。
胸をなでおろし、和之は門をくぐる。
◇
「あ、お帰り。どうだった?」
部屋に帰ると静馬がいた。
夕食当番は持ち回りだが、中3の2人は基本的に当番を外れている。
ダラダラさせるためにそうなっているわけではないが、静馬はそのあたり気にせずマンガを読んでいた。
「うん、一応ちゃんと住めるよ」
「広いの?」
一瞬、屋敷が頭に浮かんで、すごく広いと言おうとして、そうではなかったと思い直す和之。
「いや、8畳の1部屋に台所と風呂とトイレがついてるぐらい。一人暮らしにはちょうどいいぐらいだよ」
「へえ、でも風呂がついてるのはいいなあ。俺もアパート探してるんだけど風呂トイレがあるのはやっぱり高いんだよなあ」
「そうだよね」
和之も元はアパートを探して住むつもりだったので、そのあたりの事情は詳しい。
「とりあえず、雨漏りはしてないし、設備も使えそうだからよかったよ」
「そうか、じゃあ落ち着いたら遊びに行くよ」
「うん、い……一応連絡してね」
いつでも、と言いそうになったが、そういえばあの家には秘密がある。
事前に準備しておかないと妙なことになりかねなかった。
どこからかカレーのいい匂いが漂ってくる。
子供たちに人気だし、作るのが難しくないこともあって比較的ここではよくメニューに登る。
「腹減ってきた」
「そうだね」
今日はおやつも食べず、紅茶を飲んだだけだったが、緊張もしたし驚きもしてカロリーを多く消費した自覚がある。和之は、「今日はお代わりしよう」なんて思いながら部屋着に着替えるのだった。
◇
「じゃあ問題ないんだな?」
「はい、充分住める状態でした」
「そうか……学校の方だが、話してみただけだが感触としては悪くない」
「そうですか……よかった」
「ただ、偏差値としてはより高い学校に合格してはいるが、一応学校の方でも学力検査をしたいとうことらしい。日程が決まったらまた伝える」
「もう小笹高校と連絡とれたんですか?」
「ああ、実は俺も小笹出身だからな、何を隠そう今の校長は俺の同級生だ」
「そうなんですね」
院長先生が見た目に反して、結構年齢が高いのだと和之は意外に思った。見た目だけなら40代ぐらいに見えるが40代で校長ということは無いはずだから、10歳ぐらい若く見えていることになる。そういえば、小さいころから見た目はあんまり変わっていないな、と和之は納得した。
「持ち家となると補助金はほとんど学費の分しか出ないが……まあそれでもアルバイトは減らせるだろう。よかったな」
「ええ、よかったです」
◇
「じゃあ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
隣の静馬と声を掛け合って、和之は寝床に入り、目を閉じる。
――そうか、布団とかも買わないと……
新生活となると物入りだ。
これではエアコンなどは先になるかもしれない。
――まずはガスと電気、それと水道か……
ライフラインを使えるようにしないと生活もままならない。
――明日から、毎日向こうを見に行くか……フランたちのこともあるし……
すでに現在、学校は午前中だけの登校なので午後はフリーだ。
――ああ、それと、お墓参りに行かないと……それにしても、今日一日でいろんなことがあったなあ……
祖父の存在、祖父の死、家が手に入り、そして妙な屋敷と、メイドたち……
――あと2人いるんだよなあ……どんな子かな?
そんなことを考えながら、和之の意識は眠りの世界に引き込まれていった。
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