第3話 メイド長、なぜかタメ口――まずは5人

「うわっ!」


 色ガラスのようなその青い光に手をかざしたとき、和之の想像を外れたことが起こった。彼自身は、何らかの抵抗を受けるか、弾き飛ばされるか、そのまますり抜けるか、そのようなことを考えていた。

 だが、実際に起こったことは、触ったところから6角形のかけらになってボロボロと崩れていくのだ。

 その崩壊はすごい勢いで広がり、たちまち屋敷を包んだ光全てに広がり、そして一瞬で砕け散った。

 ガラスのような実体のあるものではなかったので、破片が落ちてきても危険ではなかったが、青色のかけらが次々地面に落ちてそのまま溶けてなくなるの和之は眺めるだけだった。

 しばらくしてそのかけらの落下が収まり、石の地面のかけらも全て消えた時、目の前に音が聞こえたので和之は慌てて角材を構え直す。

 音の正体は、屋敷正面の大きな両開きの扉だった。

 それはギギギィときしみ音を立てながら開いていく。

 自分が触っていないものが動くということは、すなわち他者がいるということ。

 それがモンスターかなんなのか、どちらにせよダンジョンの中の何かであり、敵対している可能性は高いだろう。

 だが、その次に聞こえた声は野獣のうなり声でもアンデッドの叫び声でもなかった。


「やれやれ、相当時間が経ってるね、これ……油はどこにあったかな」


 その声は、若い女性のものに聞こえた。

 若い女性だが奇妙に老成しているような。それは、女性の声にしては低めの声であったということもあるだろう。

 だが、今まで、少なくとも和之が知る中では、ダンジョンの生物が日本語をしゃべったという記録は無いはずだ。

 ならば人間か?

 和之は、扉の向こうにいる何者かの正体を確かめようと目を凝らす。

 薄暗い中、ようやく目が慣れて、奥がわかる。

 だが、そこに人影は無かった……普通のサイズの人影は……


「おや、お客さんだね。いや……ああ、そういうことか、なるほど、そういうことね、ふんふん……」


 そうやって、あごに手をやって何やら納得しているその女性は……僕の腰ぐらいの背の高さしかなかった。


「えっと、モンスター? じゃないよね?」


 和之は話しかけてみた。向こうが日本語をしゃべっている以上はこちらの言葉が届かないということは無いだろう。


「ああ、ごめんね。もちろん、いわゆる、魔獣とかそういう類の存在ではないよ。ようこそ、ご主人様」


 そう言って近づいてくる女性(幼女?)は、既視感のある色彩をしていた。色素の薄い白い肌に黒いまっすぐな髪、それは外にいる和之が持っているそれらと同じ特徴なのだ。

 だが服装はメイド服、そして身長は1mほど、あと眼鏡をかけていてその表情がなんか邪悪に感じられた。最後の「ご主人様」も半ばからかうようなニュアンスが込められているように和之は感じた。


「ご主人様? どういうこと?」

「それはねえ……まあ、いろいろだね。様子からして多分事情は知らないと思うけど、それを説明するには私に権限が無いんだよね……言えることだけだと、まずこの屋敷は君のものだ。正式に前の主から君に譲られたものだ。そして、私を含めた7人のメイドも君の部下ということになる」

「屋敷……それに7人も?」

「ああ、いずれ姿を現すだろう……1人以外は……まあ、最初に来るのは食いしん坊か剣術女か……」

「フラン! どうなっておる?」

「ああ、剣術女の方が先だったか……レーネ、目覚めの時だよ。ご主人様がいらっしゃった」

「なんと、それは一大事。全員起こして来ねば……」

「ああ、ルリちゃんとシノはやめといたほうがいいよ。食糧とか残ってないでしょ?」

「むう、そうだな。よし、残りの連中は起こしてくる」


 闇の中から声だけ聞こえるので、剣術女、あるいはレーネと呼ばれたその女性の姿は見えなかった。だが、聞いた感じでは気真面目そうな感じがするので、なんか話すと気疲れしそうだな、と和之は思った。


「そうだ、ご主人の名前をうかがってもよいだろうか?」

「ああ、僕は白井和之」

「ここへは、どのようにして?」

「死んだおじいちゃんの家の納屋を通って……ねえ、ここはダンジョンじゃないの?」

「なるほど、になっているのか……ええ、ここはダンジョンという場所とは違うよ」

「じゃあここは何?」

「そうだね……世界と世界の狭間、と言ったところだろうか……まあ、詳しく話をするためにも、まずは落ち着かないか? ご案内しよう」

「う……うん」


 とんでもないことになった、という気持ちが和之に湧き上がる。

 単なるダンジョンらしき場所を探索していたはず、いや、それをいうなら亡き祖父の遺産の家を見に来ただけだったはずだ。

 それがどうだろう?

 謎の通路と空間、そして庭園と屋敷、そして謎の小さなメイドさん、そしてその主人が自分自身ということ……


――ちゃんと説明してもらわないといけない、ああ、でも遅くなるとみんなが心配するかなあ……


 そんなことを考えながら、フラン、と名乗ったメイドに続いて和之は屋敷に足を踏み入れる。

 フランが手をかざすと、壁の高い位置に着いたガラス製のランプに明かりがつく。

 揺れる火を見る限り、電灯とかではないはずだ。


「ねえ、それって魔法?」

「そのとおり。ああ、確かご主人の世界では魔法は一般的ではなかったか……」

「うん、ダンジョンができてちょっと状況が変わってるけど、誰でも使えるって感じじゃないね」

「そうだろうとも。だが、ではそうではない」

「異世界……ってこと?」

「そうなるね。さ、こっちの部屋へ」


 案内された部屋は、ソファが備え付けられた応接室という感じの場所だった。

 進められるままに、和之はソファに腰を掛ける。

 ここまで、廊下も部屋もチリ一つ見当たらず、ソファもきれいだった。


「ねえ、ずっとここで誰もいない屋敷を掃除していたの?」

「いや、この屋敷は長らく封印されていてね。中の時間は停止したままだったので、汚れたり劣化したりはない」

「時間停止⁉」


 それは、探索者が増え、魔法が現実のものになった現在でも夢物語の一種だった。

 高位の魔法や、マジックアイテムによって劣化を遅らせるとか時間の流れを緩やかにして物を長持ちさせるという効果はあるものの、それらも希少であり、そこいらに存在するものではない。


「さあ、まずはお茶でも……失礼」


 そう言うと、フランは手をテーブルに置いて、何やら指で文字を書く。

 たちまち光とともにポットとカップがお盆の上に乗った状態で現れる。

 ポットからは湯気が立ち上っており、彼女の言葉によるとお茶が入っているのだろう。


「さ……どうぞ」


 お茶をフランがカップに入れて勧めてくれる。

 色からして紅茶のようで、フランは砂糖壺もふたを開けて近くに置いてくれた。

 和之はお礼を言って砂糖を二杯カップに入れてかき混ぜて飲む。

 いい匂いがして糖分も感じられ、彼は気持ちが落ち着くのを感じた。


「どうやら来たみたいだな」


 フランの言葉と同時に、ドアがノックされる。

 フランは和之をじっと見ている。

 何も言葉を発しようとはしない……


――あ、そういうことか……


「ど、どうぞ」


 ご主人、というのがどういう意味なのかはいまだ不明だが、少なくともお客であるはずの自分が許さなければ外の人は入ってこれない、ということに気付いて、慌てて和之は声を発する。


「失礼します」


 そうしてぞろぞろと入ってくる3人。


「おや、ヴィキは……?」

「……はい、居ます」


 開いた扉の影から声が聞こえる。


「さっさと出てきなさい」

「は、はいっ!」


 出てきた一人は長い銀髪で、前髪も長くて目が隠れていてよく見えない。


「すまないね、あの子は恥ずかしがり屋だから……」

「へえ……というか……一ついい?」

「何かな?」

「なんでみんな小さいの?」


 そう、フラン、そして入ってきた3人+1人の全員が同じぐらいの背の高さだった。

 今時、小学校低学年でももっと背が高いはずだ。

 それが5人が5人とも1mぐらいの背の高さ。

 さすがにその体の大きさ通りの幼児であるとは思えないものの、メイドの仕事をするのに支障がありそうな体の大きさだ。


「うーむ、いろいろ解説しなければいけないことがあるね……まず、私たちはこの体が本体ではない」

「え、どういうこと?」

「私たちはそれこそ、各々成熟した大人の女、『ないすばでい』……そう、『ないすばでい』なのだが、訳あって力を封じ、この仮の省エネな体に宿っているのさ」

「本体は……その、生きているの?」

「ええ、それは問題なく生きている。今は動けないけどね。我が主とともに、眠りについているだけで、主の目覚めの時には元の体で復活するはずだ」

「主? って僕のことじゃないよね?」


――もしかして、僕の前世とか?


「ああ、そうじゃない。だけど、ご主人様は我が主の血を引く者であることに間違いない」

「そうなの? じゃあ……おじいちゃんがそうだとか?」


 フランは、そこで何か言おうとして顔をしかめる。


「……申し訳ない、そのことはそれ以上詳しくはお話できないんだ。そのように制限がかかっていてね……まったく、不便なことだ……」

「……そうなんだ……」


 思ったより自分は面倒なことに巻き込まれているなあ、と和之は思った。


「じゃあ、その主……とかいう人はいつ目覚めるの?」

「時間経過……ではないね。目標が達成されないと我が主は目覚めない」

「目標……それは?」

「ズバリ、世界の敵の排除」


 その言葉を発した時、フラン、それに他のメイドたちの様子が張りつめたものになった。そのことを感じて、和之はくつろいでいたソファで姿勢を正した。

 和之の様子を見て、フランが申し訳なさそうに微笑んだ。


「申し訳ない、怯えさせるつもりじゃなかったんだよ。ただ、その敵は強大で、我々の力をもってしても太刀打ちできなかった苦い記憶が……みんなにはある」

「それって、その敵って、君たちの世界の敵、なんでしょ? こっちの世界にいて大丈夫?」

「いえ、それがそうでもなくってね。その世界の敵は、世界を征服したのち他の世界も侵略しようと企んでいる。そして目を付けたのがこの世界、そして、その侵略の手段が……ダンジョンなのさ」

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