第2話 新居到着――謎の屋敷

「ここか……」


 見た感じは普通の田舎の小さな家だ。

 壁は板張りで屋根は瓦、農家のような大きな家ではなく、こじんまりとしている。

 前の道は一応アスファルトが敷かれているが、道幅は狭く、軽トラが走るのがせいぜいですれ違いもできないぐらいだ。

 庭は前面にあるものの、草ボウボウであり、その隅に納屋というか小さい倉庫が見える。

 家の奥は深い森があって、その奥は暗くなっていて良く解らない。地図に寄ればこの森は神社の裏の森とつながっており、不動産屋さんに聞いたところでは境界がはっきりしないとのことで、木を切るときには神社と話し合ってくれ、とのことだった。


「とにかく入ってみるか……」


 すりガラスが張られた引き戸に鍵を差し込むと、固かったが何とか回り、鍵が開く。引き戸も動きがスムーズとは言い難く、後で油をひく必要があるだろう。


「意外と、埃っぽくは無いんだ……」


 入ったところには小上りがあって廊下がある。

 平屋なのは外から見てわかっていたので階段は無いのは分かっていたが、右に扉があって、これはトイレだ。昔ながらの和式便所だったが、一応水洗らしくて嫌な臭いはしない。これだったら孤児院の便所の方が臭い。

 左にはふすまがあって開けると1、2……8畳敷きの部屋がある。

 室内に何もないので殺風景だが、一面がガラス戸でその先が縁側になっているので、電灯が無くても明るい。明るいだけじゃなくて、日光で畳が色あせているのはしょうがないが、それでもボロボロと崩れるほどではなくて充分住むことができる状態だった。


「で、こっちが台所か……」


 昔ながらのビニールの床が敷かれている年月を感じさせる作りだったが、流しと給湯器が存在していて、これが動けばちゃんと使うことができるだろう。

 和之は孤児院でも料理当番をすることが多く、しっかりした台所は生活費を抑えるための自炊にもありがたかった。


「やっぱり奥側は暗いなあ……」


 台所の奥の窓は、森に面している。

 中に入る前に裏に回ってみたが家のすぐ近くまで木が張り出しており、薄暗い状態だった。


――このままだと虫とか心配だね。あの吊るす虫よけとか買っておこうかな……


 などと考えながら、他の扉も開けていく。

 とはいえ、後は物置と裏口、それと風呂があるだけだった。

 1K? 1DK? 家族で住むには狭い一軒家だったが、和之にとっては十分だしちょうどよかった。

 風呂が比較的まともそうなのも良かった。

 ユニットバスで手すりがついているのはおじいさんが一人暮らしをしていたからだろうか? トイレは古臭かったが、風呂は新しい感じだった。

 部屋を見回りながらも、和之は注意すべきところを調べている。

 水回り、雨漏り、電気配線、給湯器など、ひとまず文化的な生活ができそう打ということが確かめられて、彼は安心した。

 8畳の和室のど真ん中に仰向けに寝転んで、一人の部屋を満喫する。

 これまで自分だけのスペースなんてない生活だった。元から、高校に入ったら孤児院を出て一人暮らしをする予定だったとはいえ、このタイミングでこんなにまともな家が手に入るのはラッキーだ。


「しかもタダで……あ、でも税金とかあるのか……」


 それでもこの小さな田舎の家だと大した額ではない。

 一人暮らしをしている勤労学生であることも考えると減免もされるはずだ。

 もっとも、和之にはそこまでの事情は今わかってはいないのだが。

 しばらく、一人の自由さを味わった後、和之はふと気になった。


――そういえば、もう一つ見てないところがあったっけ……


 この8畳間から見渡せば家の中のほとんどの場所が目に入るような小さな家だった。だけど、一つだけまだ中を見ていない扉がある。

 庭にある納屋の扉だ。


「いってみよう」


 確認したらそのまま孤児院に報告に戻ろう。高校のこともあるし、早めにここが住める場所だということを院長先生に伝えておく必要がある。と、和之は荷物をまとめ、そもそも開けてもいないがガスの元栓と電気のブレーカーを確認して家を出て戸締りする。

 庭は、テニスをするというより卓球台が2面ぐらいおける程度の小さなものだったが、今は一面に草が生えている。表は生垣だから、その生垣からつながって草むらが広がっているという状況だが、これは住むとなったらちゃんと草刈りをしないといけないだろう。

 森が近いこともあり、夏場の虫が大量発生するのを和之は心配していた。

 それに、ここまで草が深いと蛇とかいるかもしれない。

 どちらも苦手な和之であった。

 草を踏みつけ、倒しながら和之は納屋に到着する。

 こちらも家と同じく木で張られていて、屋根も木で作られている単なる倉庫だ。

 鍵はかかっておらず、木を渡したかんぬきになっている。


「虫とか……いないよね?」


 本当に苦手な和之だ。

 恐る恐る閂を外し、扉を開ける。

 そこには、バケツとかのこぎりとかロープとか、そういう物が積まれていると思っていた。スペース的には、それぐらい、奥行きも1m無いぐらいの小さな納屋のはずだった。


「え?」


 だが、そこにあったのは道だった。

 どこまでつながっているかわからないぐらいの暗い道。

 ひんやりした空気が漂ってくる石づくりの通路。


「まさか……ダンジョン?」


 大変だ。

 こんなところにダンジョンが出たということになったら、新しい家もどうなるかわからない。近所に迷惑だし、そもそもこんな狭い家なのだから和之自身が追い出される可能性も高い。

 何より、ダンジョンだとしたらいつ広がってしまうかわからない。

 祖父が死んだのがいつかは聞いていないが、いずれ参るつもりでお墓の場所も聞いている。お墓があるということは少なくとも数か月は経っており、その間このダンジョンは放置されている。

 さっきまでバラ色だと思っていた未来が急速に闇に包まれるのを和之は感じた。


――いや、何とかなるかもしれない。


 このダンジョンが数か月の放置でも広がっていないということは、それほど規模が大きいものではないのかもしれない。そういう小規模なダンジョンだったら、定期的に誰かが中に入ってモンスターを倒していれば危険ではないとされることもあるのだと和之は知っていた。


「何か、武器になるもの……」


 和之は思い出す。

 そういえば、家の脇に角材が放置されていたはずだ。

 祖父が何かに使うつもりだったのかもしれないが、すぐに使い道も思いつかなかったので、和之は放置していた。


「……よし」


 和之は角材を取りに戻り、そして覚悟を決めてダンジョンと思われる通路に向かう。

 家が暗い場合を考えて持ってきた懐中電灯を左わきに挟み、角材は左手は添えるだけ、右手で振り回すように何回か素振りをして足を踏み入れる。

 不安定な固定の懐中電灯の光が揺れ、壁も天井も石造りであることがわかる。

 幅は2mぐらい、天井も2mぐらい。そして奥行きは分からないぐらい深い。

 2mx2mの時点ですでに納屋のサイズを超えているが、ダンジョンとはそういうものだということを和之は聞いて知っている。

 空気は幸い呼吸するのに不足は無いようだが、においが外とは違うことに和之は気づく。


――なんだろう? 遺跡? やっぱり洞窟……にしては乾燥している感じが……


 白い肌の和之は肌も敏感で湿気に弱い。

 夏場や梅雨など温度がそれほどでなくても湿気で不快になることが多く、だからこそ学校ではエアコンの効いた図書室の常連だったし、休みの日も大体近所の公立図書館に入り浸っていた。

 静かに読書するその姿を見た者がまた、「シラユキ姫」として噂をすることになるのだが、それは一種の憧れからくるもので決して悪い意味の噂ではない。


――エアコンか……一人暮らしをするならぜひ欲しいな……アルバイト代を貯めて……


 幸い、家が小さいから小さいエアコンでもなんとかなるだろう。安売りのを探してみよう……と関係ないことを考えながら、和之は歩みを進める。

 段々温度が低くなっている感じがする。


――大丈夫かな……まだモンスターは出てないけど……


 そして歩を進めると先が広くなっているのが見える。

 ひらけているだけではなく、明るいようだ。

 和之はそこまでの通路を照らして敵の姿が無いことを確認すると意を決して懐中電灯を消し、ポケットに突っ込む。

 両手で角材を握り直し、足音を立てないように注意しながら進む。

 暑さでも湿気でもない原因で汗が流れるのを感じる。

 あと10m……5m……

 そして、灯りが通路に入り込んでくる境目でいったん立ち止まり耳を澄ませる。

 何も動く気配は……ない。


――よし……


 和之は慎重に壁に沿って先に進む。

 広場の光景が徐々に見え……そして、和之はその場でぼうっとそれに見とれてしまった。

 広場は庭だった。

 それはさっきまで居た草ボウボウの荒れた庭ではなく、しっかり管理された西洋の庭園。

 それが半球状の広い空間の中に広がっていた。

 空間の壁、あるいは屋根の半球は今までの通路とは違って洞窟の壁面のようだったが滑らかに弧を描いていて、人間の手が入っていることは明らかだった。

 そしてその庭園の真ん中に、大きな屋敷があった。

 つくりは中央に大きな建物があって、その左右に長く棟が広がっている洋館。

 現実に見たことがあるどころか、写真でも見たことが無く、創作の中でしか見たことが無いような貴族が住みそうな屋敷。

 そして、その屋敷が半球状の青っぽい光におおわれているのが見える。


――少なくとも、超常の存在……だよね


 ダンジョンをはじめとした超常の現象でもなければ、こんな光景はあり得ない。

 入り口からありえないぐらい広く長く続いた通路、その奥のこのような幻想的な屋敷。だいたいが、こんな日光もない場所でこんな庭園が維持できるのがおかしいし、あの光も普通ではない。

 きっと、ここはダンジョンなのだ、ならば敵に襲われることを注意しなければ、と和之は気を引き締める。

 どっちから襲われてもいいように気を張りながらしばらくじっとしている。

 だが、動くものは何もない。


――とすると、植物?


 普通の植物のように擬態して、獲物が近づいたら襲うという植物型モンスターのことは和之も知っている。

 そうだとすると、慎重に進まなければいけない。

 幸い、今いる場所から屋敷まで石畳の通路が広がっているので、足元は大丈夫だろう。

 左右の生垣を警戒しながら、和之は足を進める。

 だが、結局襲われることもなく、和之は光のすぐ前に到達する。

 ぼんやりした境界のわかりにくい光ではない。

 まるで色ガラスでできているかのようにくっきりとその光は和之の前に存在する。


――このまま報告しちゃおうか……


 今少なくともこの場まではモンスターに襲われることもなく和之は無事だ。

 そのことは幸運だったのかもしれないが、その幸運に感謝してこのまま帰るという手もあるだろう。

 だが、和之はもうちょっと試してみようかとも思っていた。

 今日だけで自分の立ち位置はずいぶんと乱されてしまった。

 元々孤児院は出ることは確定としても、祖父の存在を知った、家を手に入れた、それに伴って高校も変わるかもしれない。

 そして今、信じられない超常に触れ、そしてまだ自分は無事である。

 これは、単純に運だろうか?

 あるいは誰かに導かれているのだろうか?

 今、和之はむしろ後者の方がありそうな気がしていた。

 だから……

 和之は、その手を前にかざした。

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