シラユキ君と7人の小人……姿のメイドが現代ダンジョンを探索して洋館で生活する話

春池 カイト

第一章

シラユキ君と謎の館

第1話 和之、家を相続する――美少年登場

 中学も卒業を控えたある日のこと、学校から帰った白井和之は院長先生に呼び出された。

 コツ、コツ


「入れ」

「失礼します」


 院長室は、相も変わらず殺風景だった。

 執務机と椅子、机の上には書類が山積みでノートパソコンを覆い隠そうとしている。一応存在する応接セットの周囲は一応整えられているが、ソファは破れを継いだ当て布の柄が、革張りの中で目立っている。

 孤児院の院長の実入りがそれほど多いとは思えない。

 もちろん、裏で人身売買をして私腹を肥やすようなものが居れば別だろうが、個々の院長はそういう類の悪人ではなかった。


「学校はどうだ? いじめられていないか?」

「問題なくやっていけてます。それに、同じような子も多いし……」

「そうだな、残念なことに……」


 体の大きな院長先生は、いつも白いワイシャツにスラックスをサスペンダーで吊った服装をしている。他に服が無いのかと思えるぐらいだが、清潔にしていることを考えると、単に服装に凝るのが面倒な質なのだろう。


「やはり、ダンジョンができてからこちら、親を失う子が多いのは残念だ、それに頼れる親戚が少ないのも、な……」


 和之としては、どう返事をしたものか、という言葉なので、沈黙を保つ。

 昔であれば、それこそ第二次大戦後すぐなどであれば、まだ親戚づきあいなどがあり、親を失ってもそちらを頼る方法もあったかもしれないが、そうした付き合いが希薄になった現在では、それすら望めない孤児が多発している。

 ダンジョンができ、街中で平和に暮らしていたはずの一般人の間に死者が増えたことが、この時代に起こってしまったことは問題だった。


「それでな、実はいいことがあるんだ。君にとって……」

「何でしょうか?」


 目の前の院長が人をだます詐欺師のようなことをするはずもない。その程度には和之はこの人を信用していた。 だから、彼が「いいこと」と言ったのなら本当にいいことなのだろう。


「君に家が残されている」

「えっ?」

「君の祖父という人の代理人から、君に家が残されていると連絡があったんだ」

「お爺さん? そんなの……どこから……」


 本当に、どこから湧いてきたのだろう?

 和之は本当に赤ん坊のころからこの孤児院にいる。

 両親はダンジョンの災害で死んだと聞いていたし、親戚がいないと聞いていたので、今までずっと天涯孤独でこの孤児院の友人以外は親しい人もいなかった。

 それが、突然降ってわいたように祖父?


「何で今まで放っておいたとか、そういうのは?」

「おっと、落ち着け落ち着け、向こうもお前が生きていることを知らなかったらしい。いや、生まれていることを知らなかったというか……お前の両親が、家を飛び出して駆け落ちしていたらしくてな。祖父母は二人の間に子供が生まれていることすら知らなかったらしい。それで、今回その祖父が亡くなったのだが、相続を整理していた時に、役所から問い合わせがあって、お前の存在が明らかになったということだ」

「それじゃ、僕の親戚がいるんですか?」

「いや、その爺さんだけだったらしい。だからそれこそあと一歩で相続者無しで国に全部没収されるという直前に、お前にたどり着いたということらしい」

「はあ、それでなんか住めそうな家なんですか?」

「わからん。俺も見に行ったわけじゃないからな。だから、一回見に行ってみんか?」

「近いんですか?」

「えーっと、ああこれだ。書類によると……芦ノ原市か……電車を乗り継いで1時間ぐらいかな」

「それは意外と……近いのかな?」


 新幹線で、とか言われたら拒否しようと思ったが、それぐらいなら電車賃もそれほどではないだろう。


「まあ、アパートを借りるのに比べれば住めるだけいいだろう」

「そうですね」


 孤児院で暮らせるのは中学生まで。

 高校、大学と進学する場合は補助金は出るが、基本的には自分で生計を維持しなくてはいけない。和之も、アルバイトをしながら合格した高校に通うつもりだった。


「だが、そうなると高校が遠くなるなあ。芦ノ原からだと1時間半ぐらいか……駅までを含めると2時間超えそうだな」

「ええっ、それはさすがに……」


 アルバイトの時間が取れなくなる。

 仮に家賃の分が無くても月に10万円ぐらいは稼がないと生活ができないだろう。


「……もし、その気があるなら高校を移す手続きしようか? 小笹高校なら1時間かからないだろう?」

「小笹、ですか……」


 この辺りは公立の高校が強い地域だ。

 地域トップといえるのは北山田高校で、和之が合格したところだ。

 それに次ぐのが小笹高校で、今の孤児院からは遠いことからあえてそちらを志望することは無く、あまりよく知らない。


「高校になると転校というのは確かに珍しいんだが、事情によっては認められる場合がある。親の転勤で遠くに転居するとかな……今回の和之の事情だったらもしかして可能かもしれないから、ちょっと教育委員会に話をしてみる」

「そうですね、その方がいいかもしれません。お願いします」


 確かに、多少は進学実績に差があるが、それより生活を維持することの方が大切だ。和之は別にどうしても北山田に思い入れがあるわけでもない。


「よし、じゃあ行ってこい。あとこの書類を……」


 まずは駅前の不動産屋を訪ねろと院長に言われ、和之はメモを取る。



「お、どっか行くのか?」

「うん、それがね……」


 同室の大崎静馬がベッドに横になりながら和之に話しかける。

 孤児院は基本的に4人1部屋になっているのだが、受験勉強の邪魔になるということで中3だけは下の学年とは分けられているのでこの部屋の住人は2人だけだ。

 そして、和之も静馬もすでに高校合格は決定しているのでのんびりしたものだった。静馬は寝ころんで読んでいるマンガから顔を上げて和之の説明を聞く。


「へえ、いいなあ……自分の家か……」

「まだ、住めるかどうかわからないよ。地図調べたけど駅から遠いし……」


 くだんの家は、駅から30分かかることが分かった。仮に自転車で駅まで行くとして、小笹高校に通うならば1時間ちょっとかかることになる。


「それでもまあ、ラッキーじゃないか。落ち着いたら遊びに行っていいか?」

「それは良いけど……期待しないでよ」


 そんなことを話しながら、支度をして和之は部屋を出る。



 電車に揺られて、和之はダンジョンのことについて考える。ちょうど、遠くに例の青と黄色とオレンジの屋根が見えたのだ。

 ダンジョンは、もう最近ではほとんど増えないが、その登場初期はいろいろな場所がダンジョンになって多くの人が死んだという。

 他ならぬ和之の両親がそうなのだが、当時は人の多い場所、有名な場所などを中心に発生したため被害者が多かったという。

 そして、ダンジョンは放置するのもまずいらしい。

 放置しているとどんどん広がっていき、周辺地域を飲み込んでいくらしい。決して中のモンスターが町中にあふれ出すということは無いのだが、それ以上に近隣に住む者にとっては迷惑なことだ。

 いったん広がってしまったダンジョンは、最奥まで攻略しないと小さくすることができないので、ある主要な鉄道の線路が飲み込まれた時には全国から探索者が集まって必死に攻略したらしい。

 そのおかげで、今のところはダンジョンに飲み込まれた鉄道路線は存在しないが、その陰には探索者の頑張りがあった。

 こうして和之が安心して電車に乗っていられるのも探索者のおかげだ。そして、探索者が集まるのが例の青と黄色とオレンジの屋根の建物だ。

 ダンジョンの前に必ず置かれる施設、管理局分室。

 町中を武器を持ち歩くわけにもいかないので、武器を預け、ダンジョンの中で救難が必要になった場合にそれを取りまとめる場所である。

 規模の大きな場所は、内部で手に入れた宝の買い取り窓口や更衣室、シャワーなどもあるらしいが、どんなに小さいダンジョンの前でも救難窓口と武器預け入れ所だけは存在する。


――いつか、僕も……


 和之はそのことだけは心に決めている。

 自分のような孤児は、ダンジョンの増加が収まった今となってはそれほど増えないが、それでも毎年一定人数の探索者の命は失われている。

 両親を亡くしているのだから、ダンジョンのことなど他人に任せて自分の人生を生きろ、と言われたこともあるが、和之はその言葉に素直にうなずくことができなかった。

 逃げ回って、人任せにしてダンジョンから目を背けるよりも、自分で立ち向かっていく方がいざというときに対処できるのではないか。ダンジョンなんておかしなことが起こる世界だ。自衛でき、周囲も守ることができる力を持つことは必要だと和之は思っている。

 世の中にはダンジョンで鍛えた力を悪用して暴力事件を起こしたり犯罪組織を作ったりしている悪い奴もいるそうで、治安も昔に比べればよくない。

 そんな世界で、社会的に無力なのはしょうがないとしても、腕力で無力なのは何とかできると思っていた。


――それに、男として生まれたからにはダンジョンとかロマンだよね


 ちなみに、彼自身の容姿はあまり男っぽくない。

 中学生ということを差し引いても、白い肌、さらさらの髪、背が低いことも相まって、服装によっては女の子と間違われることもある。

 その見た目も相まって、本名の白井和之の最初と最後を取って「シラユキ」「ヒメ」と呼ばれる美少年であった。

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