第六投 黒いダイヤ・ロトス

「〈……ワタル君……丈夫で……応答を……〉」

「保坂さん、あの男とストーンのことを教えて!」


 ノイズ混じりの通信機に、ワタルは尋ねた。マリーナとの勝負から三日後。ダイヤモンドダストを傷つけた怪しい男を追って、ワタルと大和錦は移動している。

 現時点でスタートからは一万五千キロメートルほど進んでおり、ゴールの中国福州市まで残りはおよそ四千キロメートル。


「〈……あの選手……名……ロトス……マギルダスト…島国……〉」


 嵐の影響で通信状態が悪く、保坂の声は途切れ途切れ。サポートチームとの連携が難しくなっている。


「〈すみ……これくらい……情報……それよ……ル君……最短ルートを外れ……〉」

「保坂さん! おーい! ……あらら、切れちゃった」


 通信画面を閉じ、ワタルは前を向いた。しばらくして、保坂が補足説明用の資料を送ってきてくれた。資料によると、ダイヤモンドダストを襲ったのは、【ロトス】という名の選手らしい。それと、これまで最短ルートを進んでいたが、マリーナとの勝負以降、ルートを外れてしまっているとのことだ。


 ルートを外れたことで知らぬ間に他の選手から追い抜かれてしまい、今の順位は六位。しかし、同じくルートを外れたはずのロトスは、今日にも他の選手に追いついている。ロトスの操るストーン【コール】は相当な速度だ。


 グレートジャーニーは広大な海を進むため、選手が行方不明にならないよう、おおよそのルートが設定されている。初期設定の航路は範囲が広く、各国選手はサポートチームと協力して、最短でゴールを目指すルートを策定したり、気象や試合状況に応じて、安全性が高いルートを策定したりし、効率的に進めるよう調整している。


 結果として上位選手のルートは収束しがちなため、最短ルートに戻れば他の選手と遭遇するはずだ。


「GPSが不安定だから仕方ないけど、まわり道しちゃったのは……」


 ワタルは額の汗を拭った。レース開始から十四日が経過。航海と勝負疲れから、体力自慢のワタルも意思が弱まってきている。


「ここでへこたれるわけには、いかない! ダイヤモンドダストの敵を取らなきゃ……!」


 荒れた海を駆け抜けるため、疲労の色濃い体にもう一度力を込めた。


――翌日・現在一位・バハマ・ロトス周辺――


「もう終わりか? 大国の代表共がこの程度とは」


 先頭を進むコールの数メートル後方では、フロンティアスピリッツが黒煙を上げていた。停止こそしていないものの、至る所に痛々しい亀裂が走り、ところどころ欠けてしまっている。


「チィッ、フロンティアスピリッツをこんなにしやがって……! だがッ!」


 フロンティアスピリッツから撃ち出された二発の水弾が、コールに命中。大量に生えるトゲの一つを破壊した。コールはわずかにバランスを崩したが、すぐに元のように進み始める。


「ほぅ、悪足掻きにしてはやるではないか。ロートルかと思っていたが」

「ハッ、てめェもオレといくつも違わねぇオジサン選手だろ!」


 大したダメージはなく、ロトスは不敵な笑みを浮かべている。対するルーカスは頬に汗を滑らせながら、通信機から聞こえる小さな声に意識を向けた。


「〈……無理したね、ルーカス。今のでストーンの損傷率は四十七%。無茶な戦闘はできないし、【ダブルバレッタ】も使えなくなったよ〉」

「すまねぇニック。お前が調整してくれたフロンティアスピリッツが……」

「〈ルーカスのストーン扱いが悪いのは昔から。物は目的を果たすためにある。優勝してくれれば許してあげるよ〉」

「……サンクス」


 これ以上の戦闘を避けるため、ルーカスはフロンティアスピリッツを後退させた。


 現在、コールを先頭にフロンティアスピリッツ、満漢全石、ギフトが続き、一位から四位の先頭集団を形成している。順位表には五位フォーミュラ・ワン、六位大和錦、七位ビスマルク、八位ラリー・ダカールと表示されている。


 先頭集団の選手達は、コールの圧倒的な攻撃力の前に、いつストーンが沈んでもおかしくない緊張感に包まれていた。


「なんて憎たらしいことか。祖国が近いというのに、朕をこんな……」


 不貞腐れた顔で燕青が呟く。それが聞こえたのか、ロトスは鋭い眼光で睨みつけた。


「何か言ったか? 小皇帝よ。俺に歯向かうようなら、今すぐそのお宝とやらを海に沈めてやろう。【グローリーアイランド】の取引の話も無くなるな」

「……な、何も言ってないヨー。朕はただ、さっきから通信機の調子が悪いのが気になってるだけ。なんでルーカスの通信機がだけ生きてるカ……」


 威圧的なロトスに燕青が従う。抵抗せずに満漢全石をコールの後方につけ、従者のように一定距離を保っていた。


「さて、次はお前だな」

 ロトスは視線をシブシソに移した。


「ムム」


 シブシソのギフトはいくらか破損しているものの、まだ大きなダメージは負っていない。


「待てよ……! この牛ヤロウとはまだ決着が――」

「――黙れ、お前にもう興味はない。【バケットホイール・エクスカベーター】!!」


 口を挟んだルーカスに、ロトスは冷たく言葉を吐き捨てる。大きく横方向に動いたコールが、フロンティアスピリッツに突進した。


「ギフト! 【ナイルの死の回転(デスロール)】!!」


 接触する直前で、壁になるような格好でギフトが割って入った。コール側面のトゲと、ギフト天面の二本の突起が衝突。お互いを削り合う。

 ロトスは一度、コールをギフトから離れさせた。


「邪魔するのか? ならばお前にも消えてもらうぞ?」

「ウーム、邪魔トイウカ……。コノカウボーイとハ、勝負ノ決着ガついテいなくテナ」


 シブシソは頭を掻いた。


「……牛ヤロウ、余計な事をするんじゃねェ。テメェがこんなヤツからダメージを受けたら、オレ様が倒したことになんねェだろうが! それにお前は、リタイアするわけにはいかねェんだろう!?」


 ルーカスは威勢こそ良いものの、コールの攻撃に反応できておらず、余裕はない。


「ソレハオマエにも言エるコトダ。しかシ、ドウシタモノカ」


 シブシソもまた、頬に汗を伝わせる。致命的な一撃をもらいかねないという、緊張感からだ。しばらくの間、ロトス以外の選手は少しも動けず、膠着状態が続く。

 その状況を、後方から急接近したストーンが動かした。


「大和錦っ、【アマノムラクモ】!」


 ワタルの大和錦だ。高速で接近した大和錦は、稲妻のようなオーラをバチバチと発しながら、コールへと飛び込んでいく。


「何かと思えば小僧か。コールよ、削り取ってしまえ!」


 後方から迫る大和錦の突進を、コールは横方向にステップし回避。二つのストーンは横並びになると、お互いに何度もぶつかり合った。耳を貫くような甲高い摩擦音が響く。


「なるほど、策もなく突っ込んできたわけではなさそうだ」


 数回接触した後、ロトスはコールを大和錦から離れさせた。雨と風が、激しさを増し、オーラを発する大和錦を中心に空と海が暴れ始めた。


「逃がすか! ダイヤモンドダストの敵だ! 大和錦ッ【ヤマタノオロチ】!!」


 雷鳴が轟き、前進する大和錦に伴走して八つの【海流のうねり】が出現。まるで竜の頭のようなそれは、ワタルがコールを睨みつけた瞬間に暴れ出す。


「なかなか面白いじゃないか小僧! だが、水気が多いのはこちらにも都合が良い。コール、圧をあげろ!」


 うねりに追われるコールが黒煙を上げる。回転が加速し、速度も上昇。うねりを紙一重でかわした。


「またアレか……。ニック、技の分析はできたか?」


 後方のルーカスがコールを見た。通信機の画面に、コールのスキャン映像が表示される。


「〈うん、できてるよ。どうやらあのストーン、石炭の性質を持っているようだね。内燃機関で蒸気を作って、加速や攻撃に使っているみたい〉」

 ニックが説明する。


「〈それがさっきの強力な回転攻撃のカラクリ。あと、彼とは関係ないけど……〉」

 付け加えて、ニックは大和錦の分析映像を出した。


「〈ワタル君と大和錦は、嵐をコントロールできるみたいだね〉」

「いいや、ニック。ワタルのはありゃあ――」

「――暴走シテイルナ」


 ルーカスの横から、シブシソが話に入ってくる。


「他所の作戦会議を盗み聞くとはイイ度胸だ。……なんて。さっきの礼だ、許してやるよ」


 現在、嵐の影響で正常な通信を行えない状況が続いており、通信装置の性能が突出して高いアメリカ以外は、サポートチームとの連携が取れなくなっている。分析した情報はとても貴重だが、ルーカスはシブシソの盗み聞きを許した。


「礼ニハ足リテイナイ気ガスルガ、マァイイカ。ソレニシテモ、ワタルノ戦イ方ハ良くナイ。コントロールできナイ技ハ、無用ナ破壊ヲ生ム」


 シブシソはワタルのことを、哀しそうな目で見つめた。


「まァ……、あれじゃ楽しくはねェだろうなァ。あんまし肩入れするもんでもないが」


 ルーカスもまた、溜め息混じりに呟いた。


「ロトス、アンタは絶対に許さない!」

「この小僧、思ったよりやる……!」


 大和錦の【ヤマタノオロチ】で作り出されたうねりは、コールを追い詰めつつあった。しかし八つのうねりは、コールだけを狙っているわけではない。


「……キタカ」


 後方にいるギフトを、うねりのひとつが襲う。うねった海流は巨大な蛇のように、ギフトを海へ引きずり込もうと首をもたげた。


「随分大キイナ。シカシ、故郷のニシキヘビよりハ小サイ。ギフトよ、【ヌーの大群】!」


 シブシソは冷静に、ギフトを突進させてうねりを粉砕する。


「アナコンダよりゃ小せェが……、コイツら次から次へと湧いてきやがるじゃねェか!」


 フロンティアスピリッツもまた、うねりに襲われ、対処を迫られていた。何度も出現するうねりを、水弾で撃ち続ける。

 粉砕しても即座に再生するヤマタノオロチに、最初のうちは対応できていた両選手も、次第に追い詰められていった。ギフトは動きを鈍らせ、フロンティアスピリッツは射出する水弾の勢いが落ちてしまう。


「終盤ニ体力勝負トハ……。少々ツライ」

「チッ、射撃が追っつかねェ!」


 二人のストーンが弱ったことを見抜いたのか、数本のうねりが一束に結集。巨大な海流の塊となり進路を塞ぐ。

 その様子はさながら、海水でできた巨大な【龍】。


「Oh……。随分立派な【スネーク】じゃねェかよ」

「カウボーイ、アレハもう【ドラゴン】ダロウ」


 唖然とする二人と二つのストーンに対して、巨大な水流の塊【カイリュウ】は、その身を持ち上げ叩き潰すように飛び込んでくる。

 ルーカスとシブシソはお互いを見合わせた。


「……まァなんだ。牛ヤロウ、グッドラック」

「……オマエもな」


 二人は互いに餞別の言葉を贈り、しんみりとした空気が流れた。……のだが、その空気はすぐに一転する。荒れ狂う海から、一人の男と輝くストーンが浮上してきたのだ。


「フハハハハハ! やっと追いついたぞ!! まさか海面が凍結して、浮上できなくなるとはなぁ!!!」


 アーデルベルトだ。少し遅れて【ビスマルク】も浮上。ボディが海水を弾いて、キラキラと輝いた。


「ハッハッハ!! 潜水状態でも、私のストーンは高速を実現しており――」

「――こんなタイミングで出てくるか普通よォ!?」

「驚イタ、潜水デキルストーンもアルノカ」


 損傷甚大のフロンティアスピリッツ、損傷軽微なものの、疲労でふらついているギフト。その両者の間に、アーデルベルトのビスマルクは浮上。

 驚いているルーカス達に対し、アーデルベルトは意気揚々としている。


「誰かと思えば、ルーカスと、姑息な選手か。まぁいい。ここからは私の快進撃を──」

「──ヘイ、アーデルベルト。前見た方がいーぜ?」

「は?」


 ルーカスに促されて初めて、アーデルベルトは前を向いた。見えたのはカイリュウだ。カイリュウは、ビスマルク・フロンティアスピリッツ・ギフトに向かって頭から飛び込んできている。


「ぬぉぉ! どういうことだ!? ……どこに連れていくんだ貴様ッ! おおい!!」


 飛び込んできたカイリュウは、なぜかビスマルクをその身の海水に取り込み、海に引きずり込んだ。そして海面を沈んだり浮上したりと、のたうち回る。

 そうしながらも、ワタルがいる前方に向かって進んでいるのは、ビスマルクの抵抗によるものかもしれない。


「……九死に一生ってやつか」

「……幸運ナ事モあるモンダナ」


 一方、同様にカイリュウに飛び込まれたフロンティアスピリッツとギフトは、狙いがビスマルクに移ったのが幸いして、左右に飛ばされただけで済んだ。

 先程までピンチに見舞われていた二人はあっけに取られた顔で、カイリュウに飲まれて進むビスマルクを見送った。


──


「コレで終わりだッ! ロトス!!」

「チィィ! 小僧が、図に乗るなよ……!!」


 カイリュウの進む先では、大和錦とコールが激闘を繰り広げていた。コールは大和錦が作り出した海のうねりに左右を挟まれ、逃げ場を失いつつある。そこに、後方から先ほどのカイリュウが(ビスマルクを飲み込んだまま)突っ込んできた。


「む? あの少年はしばらく前に……。おい少年! 何をするつもりだ! やめろ!!」


 コールに向かっていることを察したアーデルベルトが、ワタルに呼びかける。


「大和錦ッ、【竜のアギト】!」


 その呼びかけに、ワタルは一切反応しない。無視したのではなく聞こえていない様子だ。


「このままぶつけるつもりか。……しかしあの少年、以前と雰囲気が違う」


 カイリュウは、ビスマルクを飲み込んで以降、さらに勢いを増している。今のカイリュウはただ海水の塊ではない。飛び込めば、ビスマルクをコールに叩きつけることになる。

 最強の防御力を持つビスマルクが命中すれば、コールは粉砕されてしまうだろう。


「少年! その技で攻撃すると、あのストーンは木端微塵になるぞ? いいのかっ?」


 アーデルベルトが呼びかける。ワタルはまるで反応しない。その瞳はロトスを睨みつけるばかりで、他に何も映してはいない。

 そんなワタルを見て、アーデルベルトは声のトーンを落とした。


「……あれを戦闘不能にするだけならこんな威力は不要だ。これは勝負か? それとも」


 口調は穏やかだが、アーデルベルトの言葉には力がこもっている。気が付いたワタルが返答した。


「……知らないよ、アイツが先にやってきたんだ。……ダイヤモンドダストは大切なストーンだったのに、アイツは壊したんだ! だから――」


 ワタルはアーデルベルトと視線を合わせず、ロトスとコールを睨み続けている。


「――だから同じ目に合わすのか? 少年。私は、それには賛成できないな」

 淡々と答えると、アーデルベルトは視線をビスマルクへと移した。


「目的はあくまで少年の技を砕くだけだ、ビスマルク。やり過ぎは余計な火種を生むからな。……攻撃形態に移行せよ!」


 指示を受けたビスマルクは、海水の中でありながらも変形し始める。ストーン上方に向けて細長い円柱型の突起を伸ばし、それを囲んで皿のようにストーン上面が湾曲。パラボラアンテナのような奇怪な姿になった。


 そうしているうちに、カイリュウがコールの目前に迫る。口に咥えるように、先端にビスマルクを閉じ込め、首をもたげて飛び込もうとした。


「通常攻撃では間に合わん。……だが、この天候ならばっ!!」


 空を覆う暗く厚い雨雲に目を向ける。もとの悪天候が大和錦によって強化された、とびきり重厚な雨雲だ。


「ビスマルク、【パルスレーザー照射】!!」


 変形したビスマルクが高速回転。円柱状の突起から雨雲に向かって、眩い光線が連続して照射される。


「誘起・誘導完了。ここだっ! 【落雷(ドンナーシュラーク)】!!」


 カイリュウが動いた瞬間。眩い閃光が辺りを照らし、轟音が響いた。空気が振動し、肌が痺れるほどの衝撃がする。


「……ドンナーシュラーク、落雷か」


 少し経って、ロトスが呟く。カイリュウは影も形もなくなり、霧散する水飛沫となっていた。ビスマルクは空にレーザーを照射することで雷を誘発。自身に誘導しカイリュウを打ち破ったのだ。

 なお、雷がほぼ直撃したにも関わらず、ビスマルクにダメージは一切なく、悠々と着水。余裕を感じさせる。


 その様子を見たロトスは、歯をギリギリと鳴らして苛立った。


「俺達を虐げて先進していった国どもが……! その力、憎らしくて虫唾が走る……!」


 自身を脅かしたカイリュウを、他の者に砕かれたことが気に食わない。ただ、カイリュウには脅威を感じていたのか、ロトスの額には汗が滲んでいた。


「そこの大男! なぜ俺を助けた! 情けをかけたつもりか!? あの程度の技、何の脅威でもない!」


 流れる汗をローブの端で拭い、声を荒げた。矛先は、アーデルベルトだ。そんなロトスに対し、アーデルベルトはきょとんとした表情で口を開いた。


「ん? てっきりアレを受けたらひとたまりもなかろうと。だが安心しろ、お前を助けるつもりなど毛頭ない」

「助けるつもりではない……? ならばどうしてあんなことをした! 俺と貴様達は今、一位の座の奪い合っているのだろう!?」


 問いかけに、アーデルベルトはキリリとした顔つきで答える。


「フッ。もちろんずっと勝負のつもりだ。だが私は先達として、あの少年の行為が気にかかった。『やられたらやり返す』、その意味を少年はもっとよく考えるべきだ」

「先達……? お前たちはいつもそういう態度を……! 憎らしい!」


 ロトスが拳を握りしめる。アーデルベルトは周りの空気感を察することに疎く、そんなロトスの心境を何も気にできず、気にしない。


「ん……、何か言ったか? まぁいい、ビスマルクよ! 防御形態に戻れ」


 ビスマルクが攻撃形態を折りたたみ、元の形に戻り始めた。その時だった。


「……なんで邪魔したの! 人の大切なものを傷つけるヤツなんか、どうなったって!」


 ワタルが声を荒げる。一度後退していた大和錦が、コールを追いかけて急接近。


「今度こそ! くらえっ、【四十六センチキャノン】!!」


 コールは速度を上げて退避するが、大和錦は逃がさない。どこまでも追いかけ、高く跳躍。放物線を描いて、ストーン下部からコールに飛び込んでいく。

 重量と硬度を活かした、大砲のように強烈な一撃。


「やめるんだ少年! 度を越した攻撃行為は禍根を残す!」


 コールを沈めようと放たれたこの攻撃も、アーデルベルトに防がれることとなった。四十六センチキャノンの射線を遮って、ビスマルクが飛び込んだのだ。

 大和錦とビスマルク、両ストーンの衝突で空気が揺れる。


「その行いは憎しみの感情の発露だ! 行動の意味を考えぬまま攻撃してはいけない!」


 ビスマルクが海に押し付けられたことで衝撃が伝播し、高い波が起こる。大和錦の強烈な回転摩擦でバチバチと火花が散った。


「ストーンを破壊された相手は少年を恨む! そしていつかまた少年に報復する!」


 顔に降りかかる火花を腕で防ぎ、アーデルベルトは声を荒げた。攻撃を受け止めているビスマルクは、【防御形態】への移行が間に合っていない。そのため、【絶対防御】の異名を持つ強靭な防御力を発揮できず、表面が削れてしまっている。

 アーデルベルトは苦しい表情を浮かべていたが、意識はワタルに向け続けた。


「報復の連鎖から、抜け出すのは容易ではない! それでもやるか? 少年!」


 ビスマルクが大和錦を押し返そうとする。大和錦もまた、それを更に強く抑えつける。


「それじゃあ悪いことしたヤツを、野放しにしていて良いってこと!?」

「そうではない! 行いの責任を取らせる方法は、他にもある!」

「それって、どんな!」

「レースを最後まで戦い抜き、証拠をもって大会運営に──」


 ビスマルクの欠片が飛び散った。しかし、【絶対防御】と称される防御型ストーンとしての意地を見せるように、砕け散らないぎりぎりのところで耐えている。


「――素晴らしいご高説だ。ならば報復を恐れない俺は堂々と破壊させてもらう」


 ロトスが言う。コールは速度を落とし、跳躍から海面を滑るような移動に。大和錦とビスマルクの前方、進行方向側より近づいた。


「いったい何を!?」


 アーデルベルトが気づいた時には遅く、コールは大和錦と反対方向から、ビスマルクを挟むように接触した。


「そうだな小僧。悪いことをしたやつらを野放しにしちゃあ、いけないよなぁ?」


 ロトスは嬉々とした表情で話し、ワタルに向けてニヤリと笑みを浮かべた。


「ち、違う……。オレは、オレはそんなつもりじゃ……」


 その笑みを見て、ワタルはゾっとした。報復を楽しむロトスに、自分の行動が重なる気がした。急に恐ろしい気分になり、動揺で固まってしまう。ビスマルクは、大和錦とコールに挟まれ、摩擦で火花を上げた。


「くっ、万全の状態ならこの程度……! だがこれ以上は……!!」


 挟まれたまま脱出できず、ビスマルクの欠片が舞う。


「どうした小僧。固まってしまっているではないか! せっかく俺と同じで怒れるお前に、報復のやり方を教えてやろうというのに」

「一緒……? オレは、アイツと……」

「聞くんじゃない! 少年とあの男は違う!!」


 ワタルは動揺しながらも、大和錦をビスマルクから離そうとする。しかし、離れようとする大和錦に押し付けるように、コールはビスマルクを押し込んだ。


「違うことがあるか! やられたままでは悔しいから、悲しいから、やりきれないから。だから憎らしくなって、小僧は俺にやり返したのだろう! 俺だってそうだ! 何も変わらない!!」

「頭に血が上っただけの少年と、悪意のあるお前を一緒にするな! 第一お前は何をそんなに憎んでいる!」


 煽るロトスと、それを制止するアーデルベルト。二人の声がワタルの前で交差する。


「ふん。目も向けず俺達を置き去りにしていった先進国連中には、この憎しみはわかるまい! ……まぁいい。ここで消える者に何を言ってもな」


 ロトスは話を切り上げた。


「無駄話は終わりだ! どれ、小僧諸共に砕いてくれよう!!」

 コールから炭塵が放たれる。爆発攻撃の前動作だ。


「どういう意味だ?! ……まさか! 逃げろ、少年!!」

「無駄だ! 爆ぜろ、【ダスト・エクスプロージョン】!」


 大和錦を逃がそうとするも、間に合わず。ロトスの掛け声によってコールは着火。瞬く間に、眩いオレンジの光と爆発音。


 立ち込めた黒煙の中から、ストーンの破片が方々に飛び散っていった。


──


 黒煙の中、アーデルベルトは肩を落として、飛び散った破片を一つ拾った。


「防御もままならずにアレを受けては、ビスマルクとて耐えられん。偉そうに説教したのだ、せめて少年のストーンだけでも無事でいてくれれば良いが」


 拾った破片を握って、ワタルのストーンを案じる。


「ああ、私と祖国の技術の結晶ビスマルクよ、このような姿に……、ん?」


 欠片をよく見る。白い。するとそれが、よく見るまでもなくビスマルクのものではないことに気がついた。


「……これは少年の!? そうか、逃がしてやれなかったのか」


 手に取った欠片は大和錦のものだった。


「それにフロートが止まらん。どういうことだ?」


 アーデルベルトは違和感を覚えた。ビスマルクの欠片を探すために戻ろうとしたが、フロートが進み続けている。


「なっ?!」


 周囲を見回していると、空からストーンが落下してきた。損傷こそあるものの、形状は保っている。その姿は見間違えようがない。


「ビスマルク! お前が無事だということは……!!!」


 前を見た。そこには漆黒のストーンと、その傍らで破片を散らす白いストーンの姿があった。


「ハッハッハ、まさか大男を庇うとはな!? 小僧、自暴自棄にでもなったか?」


 破損した大和錦のそばにいるワタルに向かって、ロトスは高笑いをした。大和錦が爆発によって受けたダメージは、大きく欠けた天面や中央に走る亀裂から、致命的なものだと伝わってくる。


「……ごめん、大和錦。もう少しだけ跳ねていて」


 普段の元気の良さはまるでなく、呟くようにワタルは言った。大和錦は沈んでいないこと自体が不思議な状態だが、まだ前進を続けている。


「……ねえ、名前、教えてよ」

 ロトスを見つめ、静かに問いかけた。


「名前だと? ……。……俺の名はバハマ・ロトス。マギルダストという島から来た」


 不審に思いながらも、ロトスは名乗った。


「じゃあ、ロトスさん。聞きたいことがあるんだけど」

「チッ……。答える義理はないが。……冥途の土産だ。言ってみろ」


 意外にもロトスは、ワタルが質問するのを聞いた。


「ロトスさんはさ、どうしてオレやみんなに怒っているの?」

 少し黙った後、ロトスは答えた。


「……お前達が先進国だからだ」

 ワタルは少し難しそうな顔をする。


「先進国……って、裕福になった国ってことだよね? なんでそれで、怒るの?」


 言葉を聞いたロトスは苛立った。


「そういうところだ! 何も知らぬまま自分達だけが豊かさを味わって、そこに至るまでに踏みつけていったものを忘れていく!!」

「自分達だけ? 踏みつける? いったい何を??」

「お前達が豊かになるために犠牲になった、人や暮らしのことだ。俺の故郷のように!」


 ロトスは語る。彼が先進国を憎み、グローリーアイランドを求める理由を。


「俺の故郷、マギルダスト島は小さな島だ。住人も少なく、これという産業もない。だが、畑で取れる作物や島の自然がもたらす木の実や動物、魚などがあれば、住人が食べるものや健康には困らず、暮らしは幸せなものだった」


 話は六十年近く昔のこと。ロトスが生まれ育った島の辿った運命。


「ある時、島に来訪者が来た。貿易をやっているという彼らは、滞在しているときに島を調べて、ある資源を見つけた。……その時から、島がおかしくなっていった」


 そう言ってロトスは、コールを睨み付ける。


「彼らが見つけたのはコイツ……石炭だ。島民も多少採掘して使っていたが、来訪者曰く、島には大量に埋蔵されているらしかった。石炭は先進国が【黒いダイヤ】と呼ぶほど重宝していて『掘って売れば暮らしが豊かになる』、そう言っていたそうだ」


 未だ続く嵐によって降り続く雨が、ロトスの顔を濡らした。それまでただ荒れていた海はさらに表情を変えつつあり、所々に渦潮のようなものが発生している。


「来訪者の言う通り、大量に掘るようになって島は豊かになった。それ以前と比べようがないほどに。取引をしていた先進国から次々と新しい機械や会社がやってきて、掘る量はどんどん増えた。石炭を売った儲けで島には外から様々なものが入り、島民は歓喜に湧いた。電化製品や娯楽施設など、どれも島にはなかったものだからな。『石炭を掘ってさえいれば幸せになれる』と、みな口々に言っていたらしい」


 話が進むほどにロトスの表情が曇る。この先の未来が暗いことを示すようだった。


「……それで、どうなったの?」

「終わるのは一瞬だったさ」


 恐る恐る尋ねるワタルに、ロトスは冷めた調子で言う。


「資源の主役が変わり、石炭は売れなくなった。石炭しか取れぬ島に、誰も見向きもしなくなったよ。島民は状況を変えようと別のやりかたを模索したようだが、無駄なあがきだった。……いや、無駄程度で済めばどれだけよかったか」


 ロトスが嘲る。


「島はあっという間に貧しくなり、幸せもなくなった。一生安泰だと思っていた先に待っていたのは、豊かさに浮かれ、石炭を掘る以外の生き方を忘れた島民と、大量の資源を得るために切り崩され、自然を失った島だけだ!!」


 叫ぶように言い、ワタルに鋭い視線を向けた。


「島民のほとんどは暮らしに困り、島を離れた。それから何十年も経って、俺が生まれた時には、島は出ることすらできなかった弱い人々と、惨めな暮らしだけが残っていた。……迷惑な話だ。外からきた甘い話と、それにそそのかされた馬鹿共のせいで、生まれた時からずっと惨めだ。俺も、家族も……」


 そう話すロトスの瞳は虚しい。


「それじゃあ、ロトスさんが言っていたことは――」

「――待て、ロトス!」


 ワタルが答えようとしたところに、アーデルベルトが割り込んでくる。


「それで先進国を憎むのだったら、逆恨みではないか! 確かに資源を輸出していた島にとって、先進諸国のエネルギー転換は不幸なことだっただろう。しかし、資源が売れるうちから別の産業を育て、石炭がダメになったら、例えば技術を売り物にしたり、最悪出稼ぎしたり、昔の生活に戻るなどすれば――」

「――小僧に命拾いさせてもらった分際で、まだくるか!!」


 ロトスはアーデルベルトを睨みつけ、怒りを露わにする。


「あぁそうだ! 俺達が備えていれば、すぐに変われば、初めから変わらなければ! それでよかった話だ! だが、お前たちさえ来なければ、こんなことにはなっていない! 逆恨みとでも、なんとでも言うがいい!」


 吐き捨てるように言い放ち、ロトスはビスマルクに狙いを定める。アーデルベルトもそれを迎え撃つ体勢だ。


「正論はもうウンザリだ、消えろ」


 憎らしそうに言い、コールをビスマルクに近づけようと動かした。しかし、両ストーンの間に大和錦が割って入ってくる。


「待って、二人とも! それと、ややこしくなるからアーデルベルトさんは黙ってて!」

「えっ、あ、あぁ、わかった、少年……」

「オレの名前はワタル!」

「す、すまない……、ワタル」


 ワタルはアーデルベルトをたしなめた。しゅんと落ち込んだアーデルベルトは、バトルを避ける目的もあって、ストーンを後退させる。

 そのまま残ったワタルは、遮られた話を続けた。


「ロトスさんが言っていたことは、そのこと? 悔しくて、悲しくて、やりきれないことって……」

「……何が言いたい?」


 ロトスは一瞬目を見開いた。


「他にもあるんじゃないかって。悔しさや悲しさは確かに感じたけど、どこか他人事って感じだから……。まだ言ってないことがある気がして」

「……言っていないこと?」


 静かに会話が進む。お互いがお互いの言葉に集中していて、二人は真っすぐに見合ったままだ。


「ええと。ロトスさんが言ってた、『復讐は、悔しくて悲しくて、やりきれないからやる』っての。オレがそうだってだけだから、違うかもしれないけど……。オレが怒ったのは、ダイヤモンドダストが壊されて、もう元には戻らないことだから、どうしたらいいかわからなくなって……」

「……」


 まとまりのないワタルの話を、ロトスは黙って聞いた。


「きっとこういうのが、やり切れないって気持ちなのかもって、思った。今の話は、恨みはあっても、やりきれないってほどじゃ無かった気がしたんだ」


 少し間を開けて、ロトスが答える。


「……違ってはいない。島のことには悔しさや悲しさがあるが、それだけだ」


 ロトスは表情をいっそう険しくした。


「島の変化は、俺が生まれる前から起こっている。……失った島の自然も、貧しさから離れていった島民も、まだこれから変えられる。だが――」


 拳を握りしめる。足元でコールが、黒煙を吐きながら回転を早めた。


「――無くしたものには、戻ってこないものもある」

「……戻ってこないもの?」

「石炭の代わりを探して無茶な採掘が行われ、島中で鉱毒が出た。有害物質が田畑や生活用水に流れ、混ざり、それを摂取し続けた者を蝕む。公害病だ。島に残された弱者は何も知らないうちにそれに侵され、苦しんだ。……いや、今も苦しんでいる」


 顔を覆っていた布を上げ、身につけていたローブを腕まくりした。


「!」

「右腕は骨折している。最初に投石した時に折れたよ」


 ロトスの腕を見て、ワタルは驚愕した。腕は酷く腫れており、痛々しい。顔も頬がこけ、濁った目には深いクマ、黒髪は艶が無くボソボソとしている。血色も悪く、良く言えば病人、悪く言えば……という見た目。


 それに手足のいたるところに、何かを注射したような跡があった。


「……チッ、またか」


 苦しそうな顔で足元を見ると、ロトスは懐から注射器を取り出し、太ももに打ちこんだ。


「どうしたの?!」


 ワタルは困惑するが、ロトスは苦しみながらも淡々と答えた。


「どこかの骨が折れたから、痛み止めを打った。骨が脆く折れやすい、そういう病らしい。まぁ、今となっては無事な部分を探す方が難しいだろうよ」


 ローブを着なおし、ワタルに視線を戻す。


「これが俺の、お前達先進国を憎む理由だ。逆恨みとでもなんとでも言え。報復の正当性がどうであれ、俺はきっかけとなったお前達が憎い! 俺達と違い貧しくならなかったお前らがいることが悔しい! 島が廃れてしまったことが悲しい!」


 身体の痛みを堪えるように、ロトスは唇を噛んだ。


「そして……、病に苦しむ者がいることが、そんな病をもたらす島で暮らすしかない弱者達がいることが、やるせないのだ!! だから俺はお前らを踏みにじって、グローリーアイランドを手にする! その力で島を、穏やかな場所に戻してみせる!!」

「ロトスさん……」


 ロトスの足は震えていた。見た目でわからないだけで、身体はボロボロなのだろう。それを聞いたワタルには、わからなくなってしまった。ロトスを許せない、そう思っているのに、彼が暴れるのを仕方ないことだと思ってしまう気持ちもある。


 勝たなければならない理由があるロトスや、シブシソのような他の選手と比べて、自分が勝負する理由がわからなくなった。


 そうしているうちに、ルーカスやシブシソ、燕青が追いついてくる。レースも大詰め、ゴールの中国福建省までの距離は三千キロメートルを切った。三日もあればレースは決する。


 旅の終わりが近づいていた。


──


「小僧、お前はどうする?」

 ボロボロの大和錦を見て、ロトスが言う。


「そのストーン、限界が近いのだろう? リタイアか? もし続行なら……、大人しくオレに従うと誓えば、見逃してやる」


 提案ともとれる言葉。ワタルは眉を寄せ考えた。


「……リタイアはしない。どうしてだか、大和錦は、まだ諦めてないみたいだから」


 大和錦は破片を散らして、ふらつきながら跳ねている。しかし注意してよく見ると、ふらつきは一定のパターンを保ち、不安定の中でバランスを取って跳躍していた。


「ふん。ならば従うか」


 問いかけるロトスは、嘲るような態度ではない。その問いに、ワタルは首を横に振った。


「そっちも違う。最後まで勝負していたいんだ」

「……そうか。ならば俺の邪魔をしないことだ。次は完全に粉砕する」


 ロトスは前を見た。すぐに大和錦を攻撃せず、逃げる機会を与えているように見える。ワタルは少し沈黙していたが、不意にそれを破った。


 最後の波乱を巻き起こす。そんな言葉によって。


「……ううん。邪魔しないってのも約束できない!」

「?!」


「で、あれば、容赦はしない……!」


 差し向けられたコールが側方より大和錦に迫る。なんとか回避。大和錦の速度を落とし、突進をやり過ごす。


「そうなるよね。でも、オレどうしたらいいか……」


 ワタルは悩んだ顔のまま話した。


「オレは世界一の水切り選手になりたいから、負けたくない! だけど……」


 悩みは、他の選手の事情を知ってしまったこと。特にロトスやシブシソは大変な事情を抱えている上、個人を超えた思いを背負って優勝を目指している。

 それに対してワタルは、その思いを押しのけてでも勝利を目指す、という気持ちが固められないでいた。


「オレが勝っちゃったら、ロトスさんやシブシソさんは……」

「ほう? 小僧は俺に、勝ちを拾わせてやるとでもいうのか? 馬鹿にするな!! 今すぐ粉々にしてやる!! コール!!!」


 ロトスが声を荒げる。蒸気機関を全開にしたコールが、黒煙を吐きながら大和錦に突っ込んできた。


「馬鹿になんか、してないよ! 大和錦っ、避けてっ!」


 慌てて回避を命じる。大和錦の反応は遅く、間に合いそうにない。


「(……これでいいのかな。マリーナさんとの約束は破っちゃうけど、オレには次があるし……。あぁ、でも。大和錦が壊れるのは、嫌──)」


 ワタルはぎゅっと目をつむった。頭の中でぐるぐると考えがよぎる。


「──随分難シク考エテいるナ、ワタルよ」


 コールと大和錦が接触する寸前、一つのストーンが間に入った。ギフトだ。ギフトはコールの突進を受け止め、火花を散らす。


「アフリカの。そう言えば、オマエの答えを聞いていなかったな」


 割り込んできたシブシソに、ロトスが尋ねる。シブシソは顎に手を当て考える素振りをした。


「ソウ言エばソウダッタ。ソノ答えダガ……」


 答える前にシブシソはワタルのすぐ隣に来て、頭を撫でた。そして柔らかい表情で優しく語り掛ける。


「ワタルよ、オマエのレースはオマエのモノダ。ドンナ思イデ勝負シテモ良イ。ソレニシテモ、最初にワタシノ考エを無視シテおいテ、今更他人ノ事情ナド気ニスルとハナ」


「う……、あの時はゴメン。でも、オレは苦しんでいることはないし、それに勝負することになったら、どうやって決着をつけたらいいか……」

「悩ンデイルナ。ナラバ」


 自信のなさそうなワタルを見て、シブシソは顔を上げた。ロトスの方に向き直り、問いかけに答える。


「ロトスよ、勝負シナイカ? ワタシト」

「勝負だと? 俺には従わないと言うことか」


 返答を聞いたロトスが失望した顔をする。


「残念だ。苦しい立場の者同士、協力し合えると思っていたが」

 一度離れていたコールが、ギフトに狙いを定めた。


「シブシソさん、どうして! 負けるわけにはいかないんでしょ!?」


 慌ててワタルが口を挟んだ。シブシソは変わらず前を向いたままだ。


「まァナンダ、ワタルよ。【勝負】ヲシタクナッタ。コレハ命ノ取リ合イジャナイカラナ。……ソレト──」


 シブシソは小声でワタルに耳打ちした。


「──今ノウチニ、体勢ヲ立テ直ストイイ」

 ウインクを一つし、シブシソはコールに向けてギフトを突進させる。


「ロトスよ! クラエ! 【ナイルの死の回転(デス・ロール)】!!」

「コール! 削り取ってしまえ! 【バケット・ホイール・エクスカベーター】!!」


 ギフトはストーン上部の角から突撃、コールは全面に生えるトゲで相手を削る攻撃を放つ。両者の回転がぶつかって、周囲に火花と石の破片が飛び散った。


「グヌヌ、コノ辺リが限界カ」

 角のうち一本を砕かれ、ギフトは距離を取った。


「逃がすか! 焼き払ってやろう!!」

「オット、ソレハ困ル。逃げロ、ギフト! 【スプリングボック・ダンス】!!」


 追ってくるコールを、ギフトは巨体に似合わない軽快な動きと跳躍でかわし、あっという間に横方向遠く逃げ切る。


「オーイ! ワタルよ!!」

 シブシソがワタルに向かって手を振った。


「肝心なコトヲ、忘レテいるんじゃナイカー?」


 そこまで話して、声が届かない距離まで離れていってしまった。


「それってどういう――」

「――どうもこうもねェよ、ワタル!」


 視線を遮って、今度はルーカスが現れる。


「ルーカスさん!?」

「随分慌ててんな! まァ、ちっと落ち着いて考えてみろって」


 ルーカスはワタルをいなすように、両掌を海と平行にするジェスチャーをした。


「コイツはグレートジャーニーだ! 水切りで遠路を進んで、ゴールする順番を競い合う勝負だろ? 目的を忘れんな。相手を倒すのは必要があるからやるだけさ!」

「……!」

「もっとも──」


 挑発的な笑みをルーカスは浮かべる。


「――あの野郎はいけ好かねぇから、ぎゃふんと言わせてやるけどなァ! オレ様達のフロンティアスピリッツをボロボロにしやがった落とし前、きっちりつけてもらうぜェ!」 


 コールの後方から、これでもかとフロンティアスピリッツは水弾を撃ち込む。ワタルは困惑した。


「えぇ!? こういう荒っぽいやり方は良くないんじゃ……」

「知らねェ! これはオレ様の水切りだ!! お前はお前の水切りをすりゃいい!!」


 撃ち出された水弾は、コールのトゲを削り取っていく。ロトスは、ダメージを抑えるためコールのフットワークを早めた。


「アメリカの……! 強大な力で世界を振り回している責任、とってもらうぞ!」


 コールが黒煙を吐きながら高速移動し、フロンティアスピリッツに迫る。みるみるうちに両ストーンの距離が縮む中、ルーカスは、全力で水弾を連射させた。


「ニック! 【ミネウチ】ってのをすれば、ぶっ壊れないんだろ? 【ミネ】ってどこだ?!」

「〈ルーカス、ウツって言うけどそれ、銃の話じゃないからね……?〉」

「ワッツ!? そりゃ初耳だ!」


 水弾を放つフロンティアスピリッツと、接近を試みるコールの攻防。しばらくして、コールがある程度距離を詰めた途端に、フロンティアスピリッツは射撃を止め、退避した。


「危ねェ危ねェ、この辺りが限界距離か! ハハハッ、ちょっとやばかったな、ニック!」

「〈笑い事じゃないよルーカス。危うくバラバラにされるところだったよ!〉」


 先のシブシソと同様に、コールの接近を避けるような立ち回り。それはコールには都合の悪い動きだ。しかしロトスは、笑みを浮かべている。


「ほぅ……。削られるのを恐れて離れる作戦に出たか。なるほど確かに、我がコールの爆発的突進も、それだけ警戒されれば効果は薄い」


 接触・突進による掘削攻撃と炭塵爆破攻撃はともに、接近しないと使えない。だが、ロトスは余裕の態度だ。標的を探すように、周囲に鋭い眼光を飛ばしている。


「ならばこちらも別の手を使わねばなるまい。さて、どれから狙ったものか――」


「――やぁっと追いついたYO! 海が凍ってたから冬仕様に作り変えたのに、また元に戻っちゃってさー!」


 後方より凄まじい速さで一つのストーンが接近。艶やかな深紅、理想の曲面と言える、滑らかかつ美しい形状。そしてそれが生み出す圧倒的なスピード。しばらく前に氷上でスリップし姿を消していた、イタリア代表のダンテのフォーミュラ・ワンだ。


「……まずはアイツにするか」


 ロトスはコールを、フォーミュラ・ワンに近づける。


「おっと、その手は食わないよローブのお兄さん! イザベルにやったみたいに、ぶつけて掘削しようってんだろう? フォーミュラ・ワンの機動力を舐めないでよね!!」


 ダンテは陽気に笑ってストーンを操作した。確かにダンテの言の通り、フォーミュラ・ワンは凄まじい速度とコーナリング(と言う名の素早い左右への移動)を繰り返し、狙いを定めさせない。


 そればかりか、速度を活かして、接近を回避しながらも追い抜きつつある。


「これが僕たちイタリアの誇り! 誰よりも速く誰よりも美しいストーン!! 一番にチェッカーフラッグを受けるのは、この僕たちさ!!!」


 誇らしげに語り、フォーミュラ・ワンが(無意味に)水飛沫を立てた。ロトスはその様子を見ても、意外にも怒りだすことはせず、余裕を崩さない。


「なんともふざけたヤツらだ。だがちょうどいい、その自慢のストーン、砕いてやろう!」


 僅かに前に出たフォーミュラ・ワンを追いかけ、コールが黒煙を吐く。小規模な爆発を起こして、その推進力で急加速する。フォーミュラ・ワンも速度を上げ、距離を詰めさせない。


「なるほど、スピード勝負だね! ファイナルラップらしいデッドヒートでもやるかい?」

「そんな訳ないだろう。お前と同じ土俵になぞ立つものか」


 コールは爆発を伴い、小刻みに位置を変えた。それに合わせてフォーミュラ・ワンも、左右への移動を繰り返す。


「突進しようったって無駄だYO! 追いつくまでに逃げ──」

「――やれ、コール。【スコルピオ・バリスタ】!」


──


「わぁーお……。こいつは、やられちゃった……」

 そう呟くダンテの足元には、数本のトゲに貫かれたフォーミュラ・ワンの姿。


「素早いだけじゃなくて、飛び道具まで使えるなんてね。参ったよ」

「まだ動けるとは。速いだけかと思ったが、存外タフな作りらしい」


 ロトスは少し認めた顔で、更なる追撃を試みてコールを接近させる。


「おっと、もう勘弁してもらうYO! 壊れちゃったら、悲しいし」


 フォーミュラ・ワンはコールをかわして、急激に速度を落とし後退していった。


「あっ、そうだ! ローブのお兄さーん」


 波間に消えながら、ダンテが手を振る。


「長持ちさせるには大事に扱わないとね! お兄さんもストーンも、あまり無茶はダメだYO!! アリヴェデールチ!!!」


 ダンテの姿が見えなくなる。ロトスはコールを見た。コールは連続の戦闘でかなりの量のトゲを失っている。


「……ゴールの瞬間まで持てば良いさ。……それよりも」

 後方にいる燕青を睨みつける。


「お前は何をしていたのだ? 小皇帝」


 近くも遠くもない位置にいる燕青は、ロトスの問いに白々しい態度で答えた。


「さっきのストーンは素早かったからナ! 朕の力が及ばず止めることができなかった。ブーハオイースー(ごめんなさいの意)」

「……ふん、まぁいい」


 ロトスはそれ以上何も言わなかった。燕青は不気味に思ったのか、慌てて喋りだす。


「朕はロトス……様、の味方! やることはやるから、満漢全石に近づくんじゃない! 【グローリーアイランド】の融通も忘れるんじゃないよ!!」


 慌てた燕青をロトスは一瞥するだけで、周囲を見回して高笑いした。


「クッハッハ、どうやら天は俺に味方しているようだ!!」


 コールを始めとする先頭集団(コール・フロンティアスピリッツ・ギフト・満漢全石・ビスマルク・大和錦)の左右を取り囲んで、渦潮が発生。明らかな異常現象と言える。

 渦潮によって各ストーンは、左右に大きく広がることができず、細長く、密集することを余儀なくされた。渦潮につかまれば脱出できるまで拘束され、渦潮に捕まらないルートを取れば、必然的にコールに接近してしまう。


「なんだァコイツは……!? 尋常な自然現象じゃねェぜ!?」

「……ウム、ナニカ精霊ノヨウナ空気ヲ感ジル」


 不自然な状況にルーカスは困惑し、シブシソは感覚を澄ました。後方にいた燕青は急にハッとした顔をして、大声を出す。


「やっぱりずっとおかしいと思っていた! 恐らくここは【ドラゴン・トライアングル】! ジャパンのガキんちょが暴れ過ぎたから、魔が目覚めてしまった!!」

「なんだそりゃ? 燕青! わかるように説明しやがれ!」


 ルーカスが噛みつく。燕青は得意げに話を始めた。


「【ドラゴン・トライアングル】は東洋版【魔の海域】! 朕達はそこを通り過ぎてきた。通信障害はそのせいネ。嵐はともかく渦潮なんて、そうじゃないと説明がつかない!」


 ドラゴントライアングルとは、多数の船や飛行機、人が行方不明になっていると言われる、いわゆる【魔の海域】である。千葉県野島崎、小笠原諸島、グアムを結んだ辺りを指し、もう少し広い範囲を指して【フォルモサトライアングル】と呼ばれることもある。


 燕青の言の通り、地点としてはすでに通過しつつあるものの、そこで戦闘を繰り返したことで、どうやら良くない何かを引きつけてしまっていた。


「そうだったのか? わっかんねェな」

「〈オカルトは……ルーカスの……〉」


 通信機からニックの声が聞こえたが、音声は途切れ途切れだ。


「まぁったく、ルーカスは無粋で鈍感。ドラゴン・トライアングルでジャパンのガキんちょが暴れたせいで、海域の魔物を怒らせてしまったということ。その証拠に──」


 燕青はそう言うと、後ろを振り向いた。


「――朕達のストーンを沈めようと、ずっと追いかけてきているわけ。……えっ?」


そこにはしばらく前に見た、巨大な海水の塊【カイリュウ】が、首をもたげるような姿で迫ってきている。


「はァ?」

「ムム」


 あっけにとられる燕青・ルーカスと、顔をしかめるシブシソ目がけて、カイリュウは先頭集団後方から距離を詰めた。左右の渦潮と後方から迫るカイリュウによって、先頭集団は一つの塊のように密集することになる。


「これは都合が良い。一網打尽といくか!!!」


 ロトスの声で、先頭に位置するコールが黒煙を吐き出し回転速度を速めた。先ほどフォーミュラ・ワンに使った、トゲ射出攻撃の予備動作だ。


「チィッ、こんな距離で飛び道具なんか撃たせたら……!」


 コールによるトゲ射出攻撃を止めようと、フロンティアスピリッツが水弾を放つ。しかし、水弾の到達よりもコールの攻撃動作は素早い。


「串刺しにならぬよう、せいぜい回避を試みるがいい。そら、踊ってみせろ! 【スコルピオ・バリスタ】!」

「同盟国である朕は狙わないでヨ、ロトスさまー!」


 コールから後方に、多数のトゲが放たれる。トゲは、満漢全石以外のストーン(フロンティアスピリッツ、ギフト、大和錦、ビスマルク)に向かって飛んだ。


「撃ち落としてやらァ! 【ウォーター・マグナム】!」

「避ケヨ、ギフト! 【スプリングボック・ダンス】!」


 フロンティアスピリッツは水弾による迎撃、ギフトは身軽な跳躍による回避。しかしどちらも完全な防ぎきることはできず、トゲがストーンを掠めた。


「シブシソさん達が無理なら……! 受け止めるしかない!」


 回避できなかった他のストーンを目の当たりにし、ワタルは受け止めて耐える選択をした。結果、大和錦にトゲは刺さったが、なんとか割れずに耐えている。ロトスの注意がシブシソ達に向いている間に形状を整えていたことが功を奏した。しかしトゲは亀裂に食い込んでおり、ストーン全体がミシミシと音を立てた。


 最後尾のビスマルクは、迫りくるトゲを防御形態で受け止めようとしている。


「思ったより耐える! さすが、ここまで生き残っただけはあるじゃないか」


 攻撃がしのがれているにも関わらず、ロトスは不気味な笑みだ。


「ロトスさまー? アイツらまだ沈んでないアルヨー。朕が助けてやっても――」

「――だが、もう少し周囲に注意すべきだったな」


 そう言うとロトスはワタル達に、『後ろを見ろ』とばかりに後方を指さした。


「……小皇帝、貴様もだよ」

「なっ」


 燕青の表情が固まる。皆が気づいた時には【跳ね返った】トゲは大和錦、ギフト、フロンティアスピリッツ、そして満漢全石の寸前まで迫っており、回避を許さず貫いていった。


「……いったい、どこから!?」


 ワタルは驚きを隠せない。攻撃の方向は完全に予想外のもの。


「後ろに一匹下がっていただろ? お堅いストーンが」

 ロトスの視線の先には、ビスマルクの姿がある。


「さすがは【絶対防御】! 自慢の頑強さで我が身だけは守れたようだな!!」

「……」


 アーデルベルトは俯いて黙ったまま、ロトス言葉を聞いた。コールが撃ち出したトゲは、集団の最後尾にいるビスマルクに命中。跳ね返されてワタル達を襲ったのだ。


「大男、憎しみの連鎖だったか? フハハハ悪くない展開だな! この技、【チェイン・バリスタ】とでも名付けておくか? それと」


 『したり顔』でロトスは邪悪な笑みを浮かべた。


「これはオマケだ。脱出できるよう祈るがいい」

「! ビスマルク、粉を落とせ!」

「遅い!」


 ビスマルクに付着した炭塵が爆発。ボディは無傷だが、衝撃によりビスマルクは吹き飛ばされ、渦に巻き込まれてしまう。追い打ちをかけるように、カイリュウがビスマルクに喰らいつき、渦に引きずり込む。


 アーデルベルトのフロートが渦の上で止まった。


「シット! ビスマルクを使って攻撃を弾くとは……!」

「脱落シタカ。……ワタシハ、セメテ完走シ、賞金ダケデモ……!」


 ビスマルクが消えたことは、選手達にとって大きな出来事。だがそれを気に掛ける余裕はない。トゲに貫かれた箇所はストーンごと違うものの、ダメージは大きく、コールが圧倒的に有利な状況と言っていい。


「さて」

 ロトスが燕青に冷たい眼差しを向けた。


「さっきは同盟国だのとのたまっていたが、オマエは俺に従う身。属国だ」


 見下すように言い放つ。燕青はフロートにしゃがみ込んで、トゲに貫かれた満漢全石に寄り添っていた。


「いいか小皇帝、次はない。最後くらい役に立ってみせろ」

「……。わかった」


 燕青はポツリと返事をした。満漢全石は、身を貫かれてはいるものの前進は続けている。しかし燕青は酷く落ち込んでいて、ロトスの言葉に反論することもなかった。


「……確実に始末しておくか」


 ギフトとフロンティアスピリッツを見て、ロトスが言う。両ストーンに、コールの攻撃を防ぐ手立てはない。シブシソとルーカスはさすがに限界を感じたのか、苦々しい顔をした。


 ロトスは満足気な表情で、トドメの一撃をコールに命じた。

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