第五投:世界の壁! 天才・ルーカスvs至宝・燕青!

「〈間もなく先頭集団です。よいペースですね、ワタル君〉」

「保坂さん! 巡航でかわされたけど、追いつかれないかな?」

 イザベルとの勝負から一夜明け、ワタルは今、先頭集団を追っている。バトルで速度が落ち、その後に意思を休める長めの夜休憩を取った影響で、他の選手に距離をあけられてしまったからだ。

「〈私は問題ないと見ています。あれだけのダメージ、そう簡単には復帰できません。もし不足と感じていたら、もっとうるさく連絡していましたよ〉」

「それもそっか」

 視界遠くに緑色服の人の形。シブシソの背中を見つけ、ワタルははしゃいだ。

「わ、見えてきた!」

「〈ダンテ選手がやや抜けているだけで、密集しています。乱戦になるかもしれません。全方位を警戒しておいてください。もしもの時は大音量で連絡しますので〉」

 保坂の言う連絡にはいくつかあり、緊急度に応じて通知の音量等が変わる。緊急度低は小さな音でメッセージ通知のみ、緊急度高は端末・イヤホンにいきなり通話+端末発光など。段階があるのは、選手の意思を乱さないため・意思を集中している選手に気づかせるため。

「ありがと! わかった!!」

 元気の良い返事で、来たる勝負にワタルは集中。

 端末から薄っすらと実況の声がした。

『ワタル選手が先頭集団に追いついた! だが、すでに場は大荒れ、ついていけるのか!?』


 現在の順位は、一位は変わらずダンテの【フォーミュラ・ワン】。以下は混戦模様で、二位燕青【満漢全石】、三位マリーナ【ダイヤモンドダスト】、四位ローブ男【コール】、五位ルーカス【フロンティアスピリッツ】、六位アーデルベルト【ビスマルク】、七位シブシソ【ギフト】、八位ワタル【大和錦】の順。


「あれ? シブシソさんの順位が上がってない?」

 ワタルの知る範囲でもシブシソの実力は、トップ選手に引けを取らない。実況の言もあり、上位選手らと順位を入れ替えながらの激しいバトルを繰り広げていると思っていたのに、そうではなかったらしい。

 シブシソは顎に手を当て、六位のビスマルクを眺めていた。

「シブシソさーん! 何してるのー?」

「ム。久シブリダナ、ワタル。困ッタ事ニ、行ク手ヲ阻マレテイテナ」

「ビスマルクに?」

「あァ。ダガ、次コソハ!」

 困った顔で頭を掻いていたのが一変、鋭い表情に。

 ギフトがビスマルク後方についた。

「ユクゾッ。【ナイルの死の回転デスロール】!」

 勇猛なかけ声に合わせ、天面の二本角を向けギフトは突進。獲物に噛みつくワニのオーラを放ち、ビスマルクをえぐりにかかる。

「あの技! 当たればひとたまりも……って、避けないのぉ?!」

 ワタルは驚いた。ギフトの強力無比な技を前にして、ビスマルクは一切の回避行動を取らない。隣で操るアーデルベルトは、ワックスでビッチリ固められた金のオールバック髪と同じくらい微動だにせず、腕組みしている。

 ほどなくして強烈な摩擦音が鳴り響き、ギフトに組みつかれたビスマルクは海面に押さえつけられた。

『あーっと、ギフトの攻撃がビスマルクを襲う! 強烈な一撃!! さすがのビスマルクもこれは効いて――』

 カメラドローンが集まる。

 実況が煽った。

『――なーい!!! ビスマルクの美しい多面体ボディには傷一つついていないぞォ!』

「ウウム……」

 攻撃が通じず、シブシソはギフトを下がらせた。組みつきを逃れたビスマルクは、攻撃など無かったかのように、通常の跳躍に戻っている。

 沈黙していたアーデルベルトが口を開いた。

「……。コレが、我がドイツが誇る技術の粋を集めた――」

『――【絶対防御】!! その名に恥じぬ鉄壁っぷりだァァァァ!!!』

 もったいぶった話は、実況にかき消されてしまう。

 アーデルベルトは表情こそ崩さなかったが、咳払いを一つ。

「……コホン。とにかく、誰であろうと私の居場所を奪う行為は許さない、と言うことだ。わかったら妨害行為は止めろ。ならばこちらも、危害は加えない」

 再び腕組み。後方など気にする必要がないと言わんばかりに黙って前を向いた。

 攻防を見ていたワタルは感心する。

「すごい。ギフトの突撃でキズ一つついてないどころか、跳ねるリズムもバランスも乱れてない! となると、ビスマルクに前を取られるのって……!」

 予想を確かめるため、大和錦を横に離れた位置へ。するとビスマルクも動いてきて、進路を合わせて前を塞いだ。

 アーデルベルトが前を向いたまま反応。口を開いた。

「少年、人の話を聞いていなかったのか? 私の順位を奪うつもりなら容赦はしない」

「やっぱりそうだ。立ちふさがる壁、ってことね。……でも!」

 頬を叩き、気合の入れ直し。ワタルは大和錦を下がらせる。

 しかける気配を感じ取り、アーデルベルトは強い目つきになった。

「妨害するなら、身を守らせてもらう」

「壁があったら越えたくなっちゃうんだよなー! いくぞ、大和錦っ!!」

 呼びかけ応え、大和錦が速度を上げる。

「先手必勝だ! くらえ超大技、【クサナギ】ッッ!!」

 ステップの要領で斜め横跳びに右、左、右、左。最初はゆっくり、だんだん速く。左右に跳ねながら迫った大和錦が、ビスマルクのすぐ後方左側に着水……した瞬間に、後方右側へ高速移動。一瞬遅れで甲高い接触音が響き、巻き起こった風が前方選手達にまで及ぶ。

『斬撃が如き強烈な技ァ!! コレは効いたか!!??』

 モニタに流れるスーパースロー映像には、大和錦が左から右へと動き、側面の鋭いエッジ部分で一閃。斬撃の要領でビスマルクを攻撃した様子が映っていた。

 映像をじっくり見て、実況が声を張り上げる。

『……無傷! 無傷です! 大和錦の一太刀を受けながら、ビスマルク、かすり傷すらついておりません!!!』

 ビスマルクは無傷。むしろ、攻撃した大和錦が、バランスを崩して跳躍を乱した。

「さすがだね。だけどっ!」

 しかしワタルは落胆しない。瞳はビスマルクの前を見据え、次の展開に備えている。

「避ける相手には当てらんない大技が、この程度だと思わないでね! 第二刃、いくよ!!」

 視線の先で突然、海が三日月型に斬り取られた。場所はビスマルクの進路上、次に着水する位置。

「そのまま落っこちて沈むか、技を使って避けるかっ。どちらにせよ動いてよね! アーデルベルトさんッ!!」

 ニヤリと笑みのワタル。アーデルベルトがどんな行動を選ぼうとも、その際に生じる(であろう)隙を利用し抜き去る算段。自信があった。

「……面白い技を使う」

 アーデルベルトもまた、フッと笑み。回避行動を取らず、ビスマルクを前進させ続ける。当たり前にビスマルクは、斬り取られた海に落下。海の切れ目は流れ落ちる海水で閉じられた。

 まさかの無抵抗に、ワタルは目をぱちくり。

「え……? アーデルベルトさん、せめて何かした方が良いと思うよ? 間に合ってなかったのかもしれないけどさ」

「……」

 無言のアーデルベルト。

「ま、いっか。じゃあね!!」

「……て」

「もー、なに?」

「待て、少年」

 横を通り過ぎようとするワタルを、アーデルベルトは呼び止めた。

「先の二つの選択肢は誤っている。訂正したまえ」

「あやまり? なに言って──」

 ワタルは気づいていないが、ビスマルクと連動しているアーデルベルトのフロートは、未だ進み続けている。つまり、ビスマルクは止まっていない。

「──それと注意が一つ。ストーン着水地点に気をつけておけ」

「着水地点?」

 視線を大和錦に。ちょうど次に着水する位置の海に、黒い影が見えた。

「なっ……、これって、もしかして……!」

「注意はした。残念ながら回避できないようだが」

 まだ空中の大和錦、海面に上がる水の柱、宙を舞う大和錦。海中から勢いよく飛び出したビスマルクが、下から上に大和錦をかち上げた。命中角度と瞬時な動作が絶妙で、飛ばす方向は真後ろ。投石器で放たれるストーンの放物線で、大和錦は数メートル後ろに着水させられた。

 アーデルベルトが胸を張る。

「一つ、海に落ちるが沈まない。二つ、避けもしない。わかったか、少年」

 通常の跳躍に戻ったビスマルクが、付着していた海水を弾く。太陽光を反射した透明ボディが、プリズムの輝きを放った。


「硬いだけじゃなくて、潜水もできるの!?」

「硬いだけとはなんたる侮辱!」

 悔しがるワタルの言葉に、アーデルベルトは即応。説教っぽく話し始める。

「少年は防御の何も知らんのだな」

「バカにして! 敵の攻撃を防ぐってことでしょ?」

「それだけではない!」

「どういうこと???」

 妙な迫力にワタルが狼狽える。

 対するアーデルベルトは自信満々、というより、上機嫌に口角が上げた。本人は感情を抑えているつもりである。

「少年は守りを固める我がビスマルクを見て、攻撃という手段を選んだ。つまり私の防御が【先手】で、少年の攻撃は【後手】。つまり、【先手必勝】だったのは私だ!」

 今度は実況に邪魔されまいと、息継ぎ短く続ける。

「これこそが【絶対防御】の真髄! 圧倒的防御力で敵を後手に追いやる守りの技!! 最強の戦術!!!」

 言い切ったアーデルベルトに、端末のスピーカーを通して観戦会場のまばらな拍手と歓声が届けられる。

「あぁ、そうだ。もう一つあった。ビスマルクは潜水ができるのではなく得意――」

『──硬いストーン、堅い守り! 【絶対防御】ビスマルクは、攻略もし難いのかァ!!』

 長引く前に実況が遮り、見せ場は終了。独特の性格・戦術の選手だが、実力が本物であることは間違いない。

 ワタルは素直に強さを認め、数度頷いた。そして……。

「なるほど、さすが絶対防御。そうやって順位を守ってきたんだね。……あれ?」

 ある疑問に到達する。

「ビスマルクって、最初は三位だったよね? なんで今六位なの??」

「ッ! それは……!」

 アーデルベルトの話をそのまま受け取るなら、追い抜けないので順位の下降は不可解。

 さほど悩まず、ワタルは前方に答えを見つけた。

「……アー、ワタルよ、聞コエルカ? コウイウコトナノダ」

 バツが悪そうに振り返り、頭をさするシブシソ。

「やってくれたね、シブシソさん。オレが真剣に勝負してるってのにさ」

 大和錦とビスマルクが勝負している間に、ギフトはこっそりと進んでいた。ビスマルクが順位を落とした理由のほとんどは、一人の選手に対応している隙を突かれ、別の選手に追い抜かれ続けたから。

「コレモ戦術ダ。悪ク思ワナイデクレ、ワタル」

「思わないよ。一対一じゃないんだから。……思わないけど、はぁ」

 まんまと利用され、肩を落とす。だが、そんなワタルよりショックが大きい者が一人。

 同じ戦術を幾度も繰り返され、アーデルベルトは憤りの気持ちを隠せない。

「ええい、またしても! なんと姑息な!」

 拳を握り、悔しさを滲ませる。なのにどういうわけか、ギフトに攻撃し順位を奪い返そうとはしない。

 不思議に思い、ワタルは尋ねた。

「ねぇ、アーデルベルトさん。守りを固めるのも良いと思うけど、なんで攻撃しないの?」

「それが私の信念だからだ。私は攻撃を望んでいない」

 即答。

 アーデルベルトは多くを語らず、やや離された上位選手の背中を見つめる。

「信念……」

 そう表現するほどだから、戦術の変更は期待できない。ワタルは手をこまねいた。他の選手を利用しようにも、ビスマルクの速度はさほど速くなく、上位選手に追いつくには時間を要する。後続者も視界範囲にいなかった。

「〈聞こえますか、ワタル君。こちら保坂です。少々まずそうですね〉」

「保坂さん!」

 見かねて入った通信に、ちょうど良いとばかりに問い合わせ。

「次の順位の、イザベル選手は合流できそう?」

「〈少々お待ちを……。イザベル選手の速度は、未だ上がっていません。ストーン調整にかなり苦戦しているのでしょうね〉」

「さっきの予想通りかぁー。どうしよう、困ったな……」

 後続がいなければ、シブシソと同じ手段は利用できない。有効な対策が思い浮かばぬまま、ワタルは大和錦を見つめた。まだまだ元気だが、これまでのバトルのダメージで(自ら身を削ったのもあり)一回り以上小さくなっている。

「〈ダメージが気になりますか?〉」

「まぁ、うん。砕かれたり砕いたりするものだけど、どうしても」

「〈それが『使う』ということ。とは言え、苦しさや寂しさはありますね〉」

「……そうだね」

「〈形ある物にはいつか終わりが来ます。人だって同じです。せめて身を削る大和錦に応えられるよう、一生懸命がんばりましょう!〉」

「っ! そうだね! オレもがんばんなきゃ!!」

 フロートを踏みしめる足に力を込め、明るく返事。順位が上がらずとも、ワタルの元気はまだまだ失われていない。


~~


 一日が過ぎた。未だワタルは、ビスマルクの攻略には至っていない。一応、ビスマルクの巡航時間を利用した一時的な順位入れ替えには成功したが、逆に自らの巡航時に追い抜かれ、元の状況に戻ってしまっている。保坂らサポートチームの見立てでは、ワタルの競技継続上必要な巡航時間では、逆転を維持することは難しいとのことだった。

 さすがのワタルも、元気であっても焦りはある。

「一人で攻略できるかな……。どうしよう、こんな時は……。とりあえず、【手裏剣】!」

 ハッキリとした狙いのない、牽制や様子見の意味での攻撃。大和錦から放たれた石欠片はビスマルクに命中するも、傷一つつけることなく四方八方に弾かれる。……だけで済めば良かったが、弾かれた石欠片の一部は威力を上げて大和錦に跳ね返った。

 軽く掠め、表面の一部を削られてしまう。

「あっぶな! 直撃してたらヤバかった……。反射されると威力が上がるんだ……! ……ん? 反射……?」

 ぶつぶつ言って考え事。しばらくして何かを思いつき、ワタルは大和錦に連続で石欠片を放たせる。一度上空へと上がった石欠片が、激しい雨の様相でビスマルクに降り注ぐ。

 鉄壁のビスマルク相手にめげない姿を見て、実況が反応した。

『ワタル選手が攻撃を再開! 連続で石欠片を飛ばし始めたァァ! しかァし、ビスマルクには全て弾かれてしまっているぞォ!!』

 大和錦の攻撃は一切ダメージを与えられておらず、石欠片は四方八方に飛び散るばかり。

 それでもかまわず、ワタルは攻撃を続けさせた。

『まさか自暴自棄になってしまったかァァ???!!!』

 自暴自棄ではない。

 実況の言葉のすぐ後で先頭集団が慌ただしくなり、燕青が迷惑そうに声を上げた。

「何カ、この破片は! 鬱陶しいヨ!!」

 燕青操る満漢全石は、アクロバットな動きで石欠片を回避していた。他の選手もそうで、一位のダンテ以外全員が何かしらの対応に追われている。特に、重量が軽く防御力が低いストーンにとっては、それなり以上のプレッシャーになっているらしい。

「チィッ、ビスマルクがめちゃめちゃに弾くせいで回避しづら……、シット! 危ねェ!」

 ルーカスは舌打ち。フロンティアスピリッツに回避させつつ、命中コースは水弾で撃ち落とさせた。その他では、マリーナのダイヤモンドダストは氷壁を作り防御。シブシソのギフトは防御力で受け止め。謎のローブ男のコールもまた、ストーンの棘で弾いている。

 決定打ではない。しかし完全に無視もできない。大和錦の攻撃は、多くの選手に不確定なリスクを発生させた。

『自暴自棄じゃない、作戦だァァァ! ビスマルクから跳ね返った石欠片が、先頭集団を襲うゥゥゥゥ!』

 盛り上がる実況に合わせ、ワタルも煽った。

「さぁさぁ、いつまでもつかな! 前の人達!!」

 不敵な表情と言葉。これも作戦の内。『いつまでもつか』は、ワタルにも言えること。悟らせたくなかった。大量の石欠片を放つ攻撃方法は大和錦にとって負担が大きく、これまでのダメージや回避技と合わせ、ストーン表面は攻撃に使う予定の無い深さまで消耗。スタート時から二回り以上、子ども用サッカーボールサイズまで小さくなってしまった。

「(無茶させてごめんよ、大和錦。絶対応えるから……!)」

 飛び散る石欠片、削れていく大和錦。

 苦しさが心の外に漏れ出る寸前で、ワタルの作戦は成功する。

「~~あ~、もうっ。朕の国宝級ストーンに傷がついたら、どう責任とってくれるカ!!??」

 燕青が痺れを切らした。二位の位置で回避に徹していた満漢全石を、三位以下と十数メートルほど離れた前方まで一気に進める。

「ガキんちょにスケールの違いを教えてやる。四千年の歴史を味わうが良い!!」

「〈燕青様ッ、こんな中盤で大技を使ってはスタミナが──〉」

 サポートチームの制止を無視し、燕青は片足立ちで拳法のポーズ。直後に満漢全石が紫色のオーラを放ち、直下の海面がせり上がる。

「コレぞ必殺【山八珍・万里の長城】!!!」

 上昇する海水が作り出そうとしているのは、どこまでも左右に広がる長大な壁。高さ十数メートル、厚み五メートル以上、幅は見えないくらい。満漢全石の速度で進む海水の壁【海壁かいへき】の建造が進む。

 そこに待ったをかけたのは、三位マリーナ。ダイヤモンドダストが速度を上げた。

「高く作り過ぎだ。実物は三メートルほどだったろう。どうあれ、建設は中止してもらう。【氷柱サスーリカ】!」

 極寒の空気を身に纏い、タイヤモンドダストが一度横向きになり跳躍。海水を弾いて長城に飛ばした。海水は空中で急速冷凍され氷柱に変わり、せり上がる海壁に突き刺さる。

「何をするかッ! ちょっと、待っ――」

 刺さった氷柱により、海壁の一部が瞬時に凍結。上昇が停止。燕青が停止分を持ち上げる意思を込めるよりも早く、ダイヤモンドダストは低いままの壁を、あっさりと飛び越えていった。


「──ぐぬぬ、朕の話を聞かないとは無礼な! ……ま、一人くらいは問題じゃないカ」

 見上げるほどの高い海壁が、後続選手達に立ちはだかる。

 燕青と満漢全石は紫色のオーラを出したまま、頂上から見下みくだす視線を他の選手にぶつけた。

「ふははっ、見よ! 長城は完成したっ!!」

『高く、とにかく長ァァァァァァい! 選手達の行く手を阻む万里の壁が完成したぞォォ!!』

 実況が強調するだけあり、高さも脅威ながら長さが尋常ではない。

「ナントイウ技ダ。先ガ見エン」

 目の良いシブシソをもって、果てが見えないほど。しかも、満漢全石と共に前進までしている。

『壁の先を進むのは、あらかじめ先にいたダンテ選手と、跳び越えたマリーナ選手の二名だけ……ではなァい! もう一つストーンが抜け出しているゥゥゥゥ!!!』

 カメラドローンが映す壁の先の海。ダイヤモンドダストの数メートル後方を跳ねる、黒いモヤに包まれたストーンが映っていた。

 予想外の越境者に、燕青は驚く。

「どうしてアイツも抜け出て──なッ……!?」

 壁を越えた方法は明白だった。遠くで壁が大きく穿たれていたのだ。他の選手が乗じる前に海水で修復し、やってのけた選手を不審がる。

「(まるで大砲でも受けたみたいな損傷。アイツ、油断ならな──)」

 黙って考える燕青。

 その『何かあった』らしい雰囲気を察し、ルーカスが挑発した。

「──なんだァ? 四千年の歴史っつーのも、案外大したことねェんだなァ!」

 大げさに言い、嘲笑う。壁から数メートル離れた位置にフロンティアスピリッツが移動、攻撃の予備動作に入った。

「こんな壁なんざ、粉々にしてやらァ! 【ウォーターマグナム】!!」

 ボディが斜めに傾き、低い側から三発の水弾が発射される。海壁中央に命中する水弾。

 しかし、貫通には至らず。残した弾痕も海水により修復され、攻撃はまるで効果をなさなかった。

「……ッハ。ダサいやつ。その程度の技、朕には無力。歴史の重みが違うヨ」

 燕青も嘲笑。挑発の仕返し。続けて得意気な顔つきで語り始める。

「朕の持つ満漢全石は覇王のストーン。国家を統べる王の傍らには、常に満漢全石が輝いていたと言われている。例えば、かの有名な項羽と劉邦にも関係していたとされ~~」

 説明の間、満漢全石は海壁の頂上で高速回転。怪しげな妖気を広げた。

「~~快進撃を続ける項羽が所持していたが、劣勢で烏江に追い詰められた際、河に落としてしまい~~劉邦がひそかに拾い上げたことで──」

「──話がなげェんだよ! 【ウォーターマグナム・FMJフルメタルジャケット!】」

 痺れを切らしたルーカスが再び攻撃を開始。

 撃ち出された鋭い水弾が壁を貫き、穴をあける。

「よっし! このままバラバラに……!」

 手ごたえを感じたのも束の間、海壁の穴は静かに修復されてしまった。

「どうして人の話を黙って聞くことできないカ! 話が長いのは当然。なんたって歴史が長いからな! あっはっはっは」

「チィ、だったら連射だ! あるだけ撃ち込め!!」

 高笑いする燕青とは対照的に、ルーカスは血管を浮き出たせ苛立っていた。フロンティアスピリッツに何度も攻撃指示、水弾を乱射させるが、いくら撃ち込もうとも海壁は迅速に修復。崩壊の可能性などみじんも感じさせない。

「こんな壁でオレ様が止まる?? 今までぶっ壊してきたってのに???」

 何度も瞬きするルーカス。

 哀れむ眼差しの燕青。

「老いってやつヨ。四十代の選手なんかいない。ロートルは大人しく引退しろ」

「老い? このオレ様が……? 馬鹿な、そんなこと……」

 はじめこそ技を乱発し暴れるルーカスだったが、次第に静かになった。ただ拳を握り、海壁とフロンティアスピリッツを見つめる、それだけに。


 そんなルーカスの隣を、シブシソが追い越した。

「高イ壁ダガ、飛ベル! ギフトよ、【スプリングボック・ジャンプ】!」

 巨岩とは思えない軽やかな跳躍で、ギフトは海壁をリズム良く駆け上がる。垂直に近い壁をジグザグに登り、頂点付近で大ジャンプ。

「フーム。無名してはなかなかのジャンプ。でも、ここに朕がいる理由を考えるべきネ!」

 跳び越えんとするギフトに、満漢全石が体当たり。

 サイズ・重量に圧倒的な差があるにも関わらず、ギフトはまるで小石の軽さで弾かれた。

「ナルホド。隙ヲツきバランスを崩セバ、体格差ハ覆セルと。ナラバ!」

 壁の前に落とされるギフトだったが、数回の跳躍で即座に体勢を立て直し。今度は先程より大きい水飛沫を上げ、海壁を駆け上がった。

「何度来ても同じ事。チョット小突けば真っ逆さまヨ!」

 迎撃すべく、燕青が構える。

 シブシソはニヤリと笑った。

「今度ノ狙イハ違ウゾ? ギフトよ! 【跳び上ガル黒イ耳カラカル】ダ!!」

 海壁の中間地点を足場に、ギフトは一息に跳躍。巨体が向かうのは壁の先ではなく、頂上に座す満漢全石。

「ドウスル? コノママ、力比べデモスルカ?」

 満漢全石は横に移動。一直線に進むギフトに進路を譲った。

「ふんっ。正面からじゃ満漢全石に傷がつく。邪魔だからサッサと行け」

 不貞腐れる燕青。

 横目にシブシソは、ギフトと共に横を悠々と通過──。

「……なーんて、タダでは通さない!」

 ──しようとした瞬間。満漢全石が強烈な体当たりをギフトの背面に叩きこんだ。

「ヌオォ?!」

「それは通行料。払えなければ海の藻屑ヨ……っと。思ったより持ち合わせがあったカ」

 思わぬ攻撃にバランスを崩したものの、ギフトはフラフラながら壁の向こうに着水。

 シブシソが頭をさする。

「サスガハ前回覇者……。手痛イ一撃ヲ貰ッテシマッタ」

「オマエこそ、朕の技を受けて立っているとは生意気。首を洗って待っていろ」


『さぁ、これで四名の選手が長城の向こう側へ! 続く選手は、もういないか!?』

 実況が声を張り上げる中、静かに海壁に向かって行ったのはアーデルベルト。

「水を吸い上げているのか。素潜り程度のストーンならばこれで封じられるのだろう。……だが生憎、私のビスマルクは潜るのが得意だ。【急速潜航】開始ッ!」

 ビスマルクが跳ねるのをやめ、海面を滑り進む。海壁の前に到達したところで沈み、水をかき分け深く潜った。アーデルベルトのフロートも変形し潜水。じきにどちらの潜影も見えなくなる。

 燕青は特に何も妨害せず見送った。

「アイツ、深く潜り過ぎヨ。どうせしばらく上がってこないだろうから無視ネ」

 それから、未だ壁の後ろに残るルーカスとワタルを見下みおろす。

「さて。ガキんちょが暴れるから秘技を見せてやったが、随分と大人しいナ。力の違いに、戦意を喪失したカ?」

 煽る言葉。

 ワタルは真っすぐ見つめ返した。

「……いーや。すごい技なもんだから、どうやって攻略しようか考えててさ! ビスマルクもいなくなったし、オレも挑戦――」

「――待てよォ、ボーイ」

 海壁に挑もうとするワタルを、ルーカスが遮る。

「アイツを黙らせるのはオレ様だ……! おい、燕青! オレ様を無視してんじゃねぇ!」

「……まだ言うか」

 強い語気のルーカスと違い、燕青は静かだった。馬鹿にして煽る雰囲気がなくなり、ただただ冷たい態度に変わる。

「今のルーカスには不可能。わかるだろ、それぐらい。これ以上醜態を晒す前に引退しろ」

「引退……?」

 失望もしくは諦めを感じさせる、光の無い眼差し。今までであれば許すわけがない反応であるのに、ルーカスは拳を握り黙った。言い方は侮辱的でも、燕青の言うことはおかしくないからだ。水切り選手の競技年齢は十八歳~三十二歳くらい。四十代のルーカスはそこから大きく外れている。

 世界を熱狂させた、十代半ば・二十代前半での二度の優勝。世界に衝撃を与えた、十年近い失踪・その後の三十代半ばでの優勝。前回大会での燕青との激闘も記憶に新しい。【天才】を体現した圧倒的な活躍に、誰もが当たり前の事を忘れていた。

 この世界に永遠は無く、どんな天才にも老いはやってくる。ルーカスもまた実感し、無意識に考えないでいた兆しの数々が頭をめぐる。

「(上げられるウェイトも、意思のスタミナも落ちた。国内予選もしんどかった。今回のグレートジャーニーも……。調子が悪いで片付かねェわな)」

 全盛期であれば、ウォーターマグナムの一発で海壁に大穴をあけていた。見つめた掌に、皺やシミが目立って見える。引退、つまり、終わり。意識した瞬間から、刺々しい感情と感覚がなくなっていった。

「潮時、か……」

 自分に言い聞かせる意味で呟いた言葉。自然と引退後のことを考える。指導者でも目指すか、すっぱり水切りを断ち、十年ほど世話になったホットドック屋でまた働くか。関わらないなら、歴代フロンティアスピリット達フロンティアスピリッツは博物館に寄贈してしまって良いな、とか、地元の観光名所にも残してやらないと、とか──。

「──ねぇ、ルーカスさん」

 終わった気分の思考が遮られる。横から声をかけられたために。

 ワタルは返答を待たず、勝手に話し始めた。

「こんな感じの展開、前にもあったよね? 壁を作る技を使う選手がいて、ルーカスさんが撃ち抜いて……」

「……ベルリンの壁か。壁挟んでモメてやがる奴らがもどかしくて、つい、顔見て話せって穴を開けちまったよ」

「壁で分かたれた双子の選手! ドラマチックだったよねー……。あの大会は激闘続きで熱かったなぁ……」

「そうだなァ……って、お前生まれてねェだろ」

「何回もビデオで見たんだ! 実況の人のセリフも覚えちゃうくらいに!!」

 無邪気に向けられる、キラキラした眼差し。これまでは素直に受け取れていたそれが、終わりを自覚した身には煩わしい。ルーカスは悪態をついた。

「なんだお前、オレ様のファンか? それとも、あの時みたいにできねェのを馬鹿に――」

「――ファンだよ!」

 すごまれるのにも引かず、ワタルは即答。得意気に語る。

「アメリカ代表ルーカス選手! 十六歳でグレートジャーニー初出場初優勝! 出場した大会は必ず上位入賞で、通算優勝数はなんと三回! 失踪せず競技を続けていたら、競技史が変わってたと言われる生ける伝説! 実力もさることながら、常に観客をわかせるエンターティナーな競技スタイルを知らない人はいないよ!!!」

「お、おう……」

 熱意に引き気味の反応を気にせず、さらに一押し。気持ちの良い笑顔でしめた。

「大会終わったらサインちょうだい!」

「……。……。……サイン?」

 あっけに取られて数秒。思いもしなかったサインの要求に、ルーカスは可笑しくなって笑いだす。

「クッ、ハハハッ。お前も代表選手だろ? ライバルにサイン求めるなんてどうかしてるぜ。……まぁいいや、終わったら書いてやるよ」

 しかし長続きはせず、暗い顔に変わる。

「どうせ、これで最後だろうからな」

 引退をほのめかす話。ワタルには不思議に聞こえた。

「どうして? アメリカにルーカスさんより強い選手はいないんでしょ? だったら──」

「──そうじゃねェ」

 ルーカスは首を横に振る。

「国で一番だろうと……、どこで一番だろうと関係ねェんだ。オレ様はオレ様の水切りをしたいだけなんだよ。それができなくなっちまったとしたら、続ける意味はねェ」

「自分の、水切り……」

 少し考え、ワタルは尋ねた。

「ルーカス選手のやりたい水切りって、どんなの?」

「そんなもん、決まって……」

 言いかけて、ルーカスは考える。答えを探していた。

「派手な技で相手をぶっ飛ばす、じゃねェな。圧倒的なスピードでぶっちぎって優勝、でもねェ。オレ様のやりたい水切りは……」

 たどり着いた答えを伝える声色は素朴で、表情は照れくさそうなものだった。

「皆を、楽しませる水切りがしてぇなァ……」

「みんなって、見てる人のこと?」

「いいや、『皆』だよ」

 視線が動く。カメラドローンからワタル、燕青、フロンティアスピリッツへ。

「水切りってのは、ストーンと水辺さえあればどこでもできるだろ? ガキの頃は貧乏で、遊びっつったらコレしかなくてよ。でも不思議と退屈はしなかったし、オレがストーンを投げると皆、楽しそうにすんだ。それでダチもできたりしてさ。ありゃあ楽しかったなァ……」

 ポケットからボロボロのリストバンド取り出し、懐かしげに眺めるルーカス。小さい頃の子ども大会の景品であり、今も地元の記念杯で賭けている思い出深い品。

「選手になったのは金持ちになりてェってのもあったが……。たぶん、ダチやみんなと一緒に楽しむのが好きだったんだ。誰も見たことがねェ展開を、技を、景色を見て、見せて、一緒に楽しむのがな」

「〈昔話をするなんて【天才ジーニアス】ルーカスも随分と老け込んだね。こりゃあ、今年のリストバンド・マッチは僕でも勝てるかも〉」

 通信機が起動。サポートチームのニックが話した。

「お前も同じだけ更けてんだろ。ジジイになろうと、ホームじゃまだまだ負けねェよ」

 子どもっぽく笑って、ルーカスが返す。

 声色の寂しさを感じ取って、ワタルは言った。

「ルーカスさん。だったらまだまだ、やりたいことできるんじゃない?」

「どういう意味だ? オレ様はもう、昔みたいに派手な技は撃てないらしいぜ?」

「できなくったってやってたじゃない! 初出場の時のルーカスさん、技の威力はあっても命中率はダメダメだったでしょ?」

 ワタルが思い浮かべるのは、小さい時から何度も見ている、歴代グレートジャーニーの映像。天才が天才と呼ばれる前。初優勝を決めた時のルーカスは、水弾の威力は凄まじかったが命中率は劣悪で『宝くじ』と揶揄されることもあった。

「あの時も、何発撃ってもなかなか有効打にはならなかったよね? だけど何度も挑戦して、チャンスを作り出して決めてた! 外れても良い戦術にしたり、密着して当てたり!」

 まるで今見ている調子の語り口調。

 ルーカスは驚く。

「ダメダメとは失礼だが、よくもまあ、生まれてもない頃の試合をペラペラ喋れるもんだ。で、それが何だ。今のオレに同じ手は使えねェよ」

「別の手を考えれば良いんだよ!」

「別の手ってなんだよ」

「わかんない!」

「お前なァ……」

 呆れるルーカスに対し、ワタルは能天気だ。

「オレはルーカスさんじゃないし、そういうのは勝負の中で探すもの! なんだっけ、トライアンド……」

「トライ&エラーだ。……ずいぶん久しぶりに聞いた気がするぜ」

 ポツリと呟き噛みしめる。できなくてもがくトライ&エラーなど、もう何年もご無沙汰。懐かしい気分がした。目の前で話す少年の時分には、当たり前だったのに。

「何度もぶつかって、工夫して、最後は思わぬ方法で勝利をつかんでびっくりさせてくれる。ルーカス選手のそういうとこが好きなんだ! あっ、苦戦してるのがいいってことではなくて……」

「……ハハッ、オーライ」

 ワタルの──ファンの言葉で、ルーカスの口元にニヤリと、いつもの勝ち気な笑みが戻ってくる。

「そこまで言われちまったら仕方ねェ。いっちょ魅せてやるかァ!!!」

 フロンティアスピリッツが壁の前に進み、ボディ下部を数回海水に沈める給弾動作。強い意思が感じられる白いオーラを纏い、超高速で回転し始めた。

「いくぜェ、フロンティアスピリッツ! 【ウォーターマグナム・FMJ】!!」

 海壁へと飛び上がったフロンティアスピリッツは、数発の水弾を発射。放たれた水弾は、満漢全石を守るため反り返った海壁上部に阻まれる。

「ッハ、そんな攻撃じゃ、満漢全石には届かない!」

 余裕の燕青、の不意を突き、海壁を貫通した水弾が満開全石を下から襲う、が──。

「──甘い! この程度で脅威になると思ったか!?」

 瞬時の横方向スライド。

 高速の水弾を、満漢全石は見事に回避した。

「これでわかっただろ、天才ルーカス! もうお前の時代は終わり、せめて朕の前で散れ!」

「まだだッ! まだオレ様には何かできるはずだ……! まだ……!」

 ルーカスは諦めず、水弾を連続発射。タタタタタ、タン、タタン、タン……給弾を挟み何度も、限界まで速く。

「あがくか! まったく無様な!」

 老いたとはいえ、そこは天才。繰り返し動作で滑らかになった連射は、リロードの隙も僅かな高速さ。完全回避に成功しているのは、優勝候補の燕青と満漢全石だからこそ。

「(老いてこれか。思ったより意思が粘る……、ちょっと面倒)」

 燕青は未だ余裕ながら。ほんの少し対応に負担を感じ始めた。

 一方で攻撃側のルーカスは額に汗。息を荒くする。

「はぁ……はぁ……」

「〈ルーカス、無茶してるね。何か狙いはあるの?〉」

「……今はねェ。だが、これから作る。トライ&エラーだからなァ!!」

「〈わかった! 期待してるよ、天才ジーニアス!!〉」

 チャンスは見えず、意思は残りわずか。しかし、やぶれかぶれではない。ルーカスの青い瞳は、フロンティアスピリッツと満漢全石をしっかりと捉えていた。

「(このまま追い込めば当たるか……? いや、足りねェ! もっと、もっとだ……!)」

 ありったけの意思を込めて放たれた水弾は、これまでにない特殊なモノ。

「【ウォーターマグナム・ダブルバレット】!!」

「ッ、ここにきて知らない技を……!!」

 満漢全石直下の海壁に突入する、連なって飛ぶ二発の水弾。ダブルバレットは一度の発射で二発の水弾を放つ技で、一撃で仕留めていた過去には使う場面がなかった、ある種の秘技。さすがの燕青も面食らい、満漢全石は一発目を回避しつつも、軌道のややズレた二発目はボディ側面にかすめてしまう。

 ただし、かすめただけ。ダメージはなく、低く浮かされた程度。影響はないと見積り、燕青は海壁の下に視線を戻した。


「隠し弾でもこの体たらく、いい加減に──」

「──まだだッ! まだ弾は残ってる!! 全弾くらってけッ【ロケットマグナム】!!!」

「なっ……!」


 着水の隙を狙った一撃。黄色ストーンを下から跳ね飛ばす、赤白ストライプに青と星柄のストーン。射撃後間もなく逆さになり点火イグニッションしたフロンティアスピリッツは、天面から圧縮海水を放ち飛翔。自身を弾丸にして満漢全石を撃ち抜いた。

 宙を舞う満漢全石と、空を飛ぶフロンティアスピリッツ。横を通り過ぎるカウボーイ男ルーカス。目に映る光景を、燕青は信じられない。

「どこにそんな海水がっ! あんなに乱射してたのにっ!!」

「ちゃんと数えてたか? 残弾もリロードも管理してるに決まってんだろ。後先考えずに撃ちまくれる歳じゃねェんだから」

 燕青に言ってから、ルーカスは海壁で見えなくなるワタルへ通信機越しに声をかけた。

「楽しめたか、ファンボーイ?」

 思い出語りの時以上に、ワタルは目を輝かせる。

「うん! さっすがジーニアス!! びっくりしちゃった!!!」

「そいつはなにより。……お、ちっと残ってんな。せっかくだからサービスしてやるぜ」

「サービス?」

 海壁を越え見えなくなる、ルーカスとフロンティアスピリッツ。と、次の瞬間。海壁の中ほどを突き抜けて、水弾が海面に命中。大きな水の柱を作った。

 狙いのわからない攻撃らしき何かに、ワタルは困惑。

「えええ? なに???」

「ノーレイン、ノーレインボウ。人生色々あるが、せいぜい頑張れよ、ボーイ」

「……わぁ! 虹だ!!」

 通る頃には水の柱が消えていても、本命は残った水飛沫の方。反射・屈折した太陽の光が、小さな虹を作った。

 虹の下を抜け、ワタルはハッとする。

「って、そうだ! オレはボーイじゃなくて、ワタル! そこんとこよろしく!」

「へっ、そうか! サンキューな、ワタル! お前も絶対挑んで来いよ!!」

「もちろん! またね、ルーカスさん! ……よーし、オレも──」

 ルーカスに続けと気合を入れるワタル……だったのだが。肝心の勝負相手、海壁の城主である燕青にその気はナシ。声を張り上げ、ルーカスがいるであろう方向に文句を言っている。

「──待てー! ルーカスぅ!! 何が弾数管理か! そんなキャラじゃなかったのに! 卑怯だ!! もう一回勝負しろ!!!」

 フロート上で地団駄を踏む燕青に、ルーカスは軽口の通信を送った。

「挑戦ならいつでも受けつけてるぜェー。悔しかったらかかってきな!」

「ハァ?! 前に勝ったのは朕! ルーカスが挑戦者ネ! 今すぐわからせてやるヨ!!」

 大声の勢いのまま、空中から海壁に戻った満漢全石を伴い、燕青も壁の向こうへ。一心不乱にルーカスを追いかけて行った。残念ながらワタルは無視されたが、実力が理由ではない。眩しく輝く瞳に、他の誰も映らなかっただけである。


「……おーい! オレを無視するなー!」

 去っていく背中にワタルは叫んだ。行く手に依然として立ち塞がる海壁は、城主がいなくなった影響で徐々に速度を落とし、遠方では形が崩れ始めている。

「まぁいいや。動かない的なら!」

 気を取り直し、腰を落として低い構え。

 大和錦が一旦スピードを落とし、海壁から距離を取った。

「オレ達の力も見せよう、大和錦ッ!! 【四十六センチキャノン】!!!」

 かけ声で加速開始。一つ、二つと跳躍の度に高さも増す。速度が限界まで高まった瞬間に大ジャンプ。大和錦はストーン下部を壁の中腹に向け飛んだ。バチンと接触音がし、風船が弾けるがごとく。一撃で海壁は爆散した。さながら砲弾の破壊力にカメラドローンが集まったが、ワタルは一切気に留めない。

 前に進む瞳に映るのは、乗り越えた壁ではなく、遠くの選手達なのだ。


「もしもし保坂さん? どのくらいで追いつけるかな?」

「〈急げば、今日の遅い時間には。ですが、無理はしない方が良いかもしれません〉」

「どうして?」

 保坂と通信を繋ぎ作戦会議。通信端末の投影モニタに、サポートチームが作成した映像資料が送られてくる。海洋と天候情報を地図上にまとめたもので、進行方向に広く黄色のモヤと、たくさんの矢印が表示され、雨雲の出現と強風を表した。

「〈この先、ルート選択では回避できない悪天候が予想されます。嵐の海でのレースに備え、今日は無理に追走せず、休息に充てる方が良いかと〉」

 嵐、と言われてワタルは納得。頬に感じる風が生暖かくなり、額に汗が滲んでいた。

 湿気を帯び始める風に、緊張感と冒険心が高まる。

「了解! ……嵐かぁ。いよいよ、グレートジャーニーっぽくなってきた!」

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