第5話

0.

 弱い事は恥ずべき事ではない。弱くとも立ち向かわない事が恥なのだ。


1.

 その日は世界が終わる日だった。テレビやラジオの二  

ュースは大慌てで報道をし、人々は焦り、逃げ、諦めた。

 突如飛来してきた巨大隕石。それが人類の歴史に終止符を打つ。

 誰もがそう思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 巨大隕石が大気圏に突入した時、表層が剥がれ、なんらかの物質、または成分を撒き散らした。

 そしてそれはどんどんと剥がれ落ちていき、想定より何倍も小さくなって地球に激突した。

 死者は約三十億人。

 人類は多大なる犠牲を払いながら、運良く、たまたま、助かった。

 ただ、それは隕石被害の第一波でしかない。

 剥がれ落ちた物質は衝撃で粒子状になり、生き残った人類を襲った。

 目から、耳から、鼻から。

 あらゆる経路で人体に入り、そして、

新しい力〈セカンド〉に目覚めさせたのだ。

 不遇な少年、本木一〈もとぎ はじめ〉を除いて、、、

 敗北を喫した彼らは、決意を胸に立ち上がる。


2.

 登る湯煙、立ちこめた硫黄の匂いと賑やかな人の波。

 そう、ここは温泉街「島良しまら」。

 この山の近い自然豊かな土地と、街から離れた落ち着いた雰囲気の場所で、俺たちは傷を癒しに来ていたのだった。

 何故、俺が自分の街をほっぽって温泉に浸かりに来ているのかって?

 それは過去に立ち返る。

 俺は右左切との戦闘でボロボロになった後、検査した結果重度の打撲と骨折があることがわかった。クロームの力で痛みを抑え、無理やり動かせていたみたいだが、戦闘から数時間にはもう、激痛で歩く事はおろか、喋る事すらままならなくなっていたのだった。

 直ぐに、タレンが治療処置をおこなって、数日かけて何度もタレンの作った薬(間違いなくヤバい)を飲み、ベッドの上で療養をし、包帯をグルグルにまき、なんとか体調が良くなっていったが、もし戦いが長引いていたらと考えるとぞっとする。

 傷が癒え、少しは身体を動かせるようになった頃、俺は負けた相手である右左切の動向が気になった為、彼の家を訪れた後、彼のバイト先に向かったのだ。しかしやはりというべきか、彼の姿はもうそこにはなかった。お店の人に話を聞くと、ちょうど俺たちが出会ったあの日の夜に辞めるという旨の電話があってそれからは何処にいるのかすら分からない。あの子はいい子だから、何か悪い事に巻き込まれていないか心配という事だった。右左切の通うボクシングジムにも行ったがジムも同様にあの日以来、見ていないという事だった。

 俺は予想通りの結果に少し落胆して、居候しているタレンのラボに戻った。すると研究室のタレンがなにやらぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。


「…どうしたの?タレン?」

「ん?ああモノ君か。そうじゃのお。まずコレを見てくれんか?」


 そう言ってモニターにデカデカと映し出されたのは、相棒である俺の鬼鎧、クロームのデータだった。


「えっと、これは?」

「ここじゃ。ここを見てくれ。」


 タレンはカチカチッと画面を拡大する。

 そこには受けたダメージが数値として載っていた。


「いつもの戦闘で受けるダメージを100とすると、今回クロームが受けたダメージはその8倍。約800ダメージを喰らったわけじゃ。この値はクロームの耐久値ギリギリなのじゃから、むしろ耐えたことが不思議なくらいじゃな。」

「はあ、そんなに喰らってたのか。確かに、ボコボコにされたもんなぁ…」

「クロームだけじゃない。スイエンもそうじゃ。儂の作った鎧は確かに身を守る為の機能が沢山ついてあるとは言え、無理な使い方をすればいつかは壊れる。それは分かっておるな?」

「………」

「いつまでも、自分の身を捨てるような戦い方では心配なのじゃ。おぬしももう家族なのじゃからな。」


 いつになく真剣にタレンは俺の目を見つめる。

 

「うん。ごめんタレン。」

「うむ、分かっておるならいいんじゃ。調べたところによると、相手はかなりやり手のボクサーだったらしいじゃないか。確かに戦闘経験が薄い今のモノ君や亮がやられてしまうのも無理もない事じゃ。」

「めっちゃ強かった。正直俺は歯が立たなかったよ。」

「しかも、右左切は肉体が変化し、セカンドまで強化されたとか。」

「そう!あれどう言う事なの?」

「儂が辺りに飛び散った血痕等から調べた限りだと、バケモノ化するのと同じように、何か外部からのセカンドが作用しているみたいじゃの。しかしバケモノとは違い、完全に人間とは別物になったわけじゃないようなのじゃ。バケモノが黒一色だとすると、右左切はマーブル模様のように、右左切本来のセカンドと別のセカンドが混じっているようじゃと儂は思ったのぉ。」

「…は?よく分かんない。どういう事?」

「敵が何か良からぬ事をしておるという事じゃ。」

「なるほど!やばいね。」

「今後更に攻撃は激しくなっていくのじゃろう。おぬしたちがこのままだと、マズイじゃろうな。」

「そう、だね。」

「じゃから、おぬしに提案がある。」

「何?」

「湯治に行かない?」

「は?」


 そんなこんなで湯治に来る事になったのだ。健康な身体を取り戻す為に必要だとタレンが判断したそうだ。なんでも打撲、擦り傷に強い温泉もあるみたいで、この前、血気盛んなボクサーにボコボコにされた身としては、とてもありがたい。

 ただここに来た目的はそれだけではない。どうやら島良の温泉街としての歴史は古く、様々な昔の文化が色濃く残る場所らしいというのが関係している。

 そう、俺たちは野良兎ボクサー、右左切一葉に大敗したのだ。結構完膚なきまでに負けた。全力を出し切って負けた。

 これでは今後、右左切含め現れるだろう敵対勢力に対抗出来ないと考えたタレンの提案はこういうものだったのだ。温泉街で修行をしてみないか。と。

 そこで戻ってくるのが島良に残る文化である。

 ここ島良には温泉街として栄え続けているために、酔っぱらいやら悪漢やらがたまにではあるがやってきてしまうらしい。そこで昔の人々が考えついた答えが温泉街全体を守ってくれる用心棒を雇うというシンプルなものだった。その用心棒は恐ろしく強い剣士で独自の剣術を扱い、その流派は今もその子孫に引き継がれているらしい。

 そして今は剣術は形を変えて、護身術になり、警察のような治安維持の組織が街を守るようになった今も文化としてあり続けている。

 その他にも、タレンの知り合いである「最強」のセカンド使いが今、島良を観光中というのも今回ここに来た理由の一つだ。

 そんな情報をタレンに作ってもらった旅のしおりを見て俺は知ったのだった。

 で、そんな俺は今どこにいるかと言うと、島良の一角にある宿、その中にある温泉を亮と一緒に入っていたのであった。


「あ゛ー。あ゛っだげぇー。」


 なんでもこの露天風呂は源泉からお湯を宿まで引っ張ってきているらしく、温泉特有の硫黄の匂いがして、とても心地いい。眺めも山々や飛んでいる鳥などを見ることができて最高だ。


「でもさ、亮。」

「ん?なんだぁい…今、ゆっくりしているんだから、後にしてくれないかぁい…」

「いや聞いてくれよ。」

「もう、なんだい?」

「その、俺達、こんなくつろいじゃっていいのかな。」

「ああ、その事かい?」亮は毛程も気にして無いように言う。「心配症だな、はじめ君は。言っただろ?ひぃおじいちゃんが自動防衛システムを作動してから来るから、それまでは待機するしかないって。」

「でも、これ、待機に入るかな」

「入るさ。どうせ修行が始まったら、休む暇もくれないだろうからね。」

「うーん。そんなもんかな。」

「ところでだ。話は変わるがはじめ君。ひぃおじいちゃんが作った旅のしおりはもう見たかい?」

「うん。なんか護身術?とか最強?とかよく分かんない事がかいてあった。」

「そう!最強!最強だよ!」亮は目を輝かせる。「いい響きだとは思わないかい?!男児なら一度は憧れた事がある。「最強」と言う二文字!一体どんな方なのだろうね!」

「うーん、そうだな。まあ最強って言うくらいだから、ムキムキで力強そうな人なんじゃない?」

「あの人みたいに?」


 亮は他の観光客を平気で指差した。

 肩が盛り上がるほど筋肉がついている裸の男性である。洗っている背中には大きな傷がついていて、どう見ても堅気ではなさそうという雰囲気だ。彼はこちらに気付き鋭く暗い目でギロっとこちらを睨みつける。


「ヒエッ…」


 一瞬の沈黙の後、強面の男性は身体を洗うのを再開した。


「おい!なにやってる!失礼だろ!」

「ああ、そうか。」

「そうだよ!めちゃくちゃに怒られるかと思ったじゃん!」

「まあ、いいさ。許してくれたようじゃないか。」

「それは、そうだけどさ…」

「で、さっきの人みたいな人が「最強」だと思うって事かい?」

「そうなんじゃないかな?だって「最強」だよ?戦いに強い=筋肉だと思うんだよね。」

「いや、分からないよ?意外とヒョロヒョロな人かも。あんなふうに。」


 そう言って、亮は再び指を指す。


「おい!指すなって言っただろ!」


 そう言って指の先を見ると、そこには胸を張って、雄々しく笑う細身のオッサンがタオルも巻かない一糸纏わぬ状態で立っていた。


「いや、あれヒョロヒョロどうこう以前にヤバい人じゃん!」

「なんだ!なんだ!吾輩を呼んだか!」


 細身のオッサンは俺達の声に気付き、全力で近づいてくる。


「ほら!ヤバいって「吾輩」とか言ってるって!亮!」

「何ぃ?吾輩のどこがヤバいんだ?」


 オッサンは更に距離を詰めてくる。顔が近い。息が当たりそうだ。

 

「全部ですかね…」

「はっはっはっ!なるほど冗談か!面白い冗談だ!」

「いえ、本気です。」

「はっはっはっ!!!」


 オッサンは高笑いのし過ぎで、上体が反りに反りまくっている。下半身を強調しているようで、見苦しいから是非ともやめてほしい。


「で、なんの話をしていたんだ?君たちは?「最強」と聞こえたが?」

「ああ、そうさ。僕たちはこの街にいると言う「最強」と呼ばれる人の事が気になっていてね。何か知っている事はないかい?」

「おお!やっぱりそうか!「最強」か!はっはっはっ!!!「最強」なら知ってるぞ!!!」


 その言葉に俺は目の色を変える。

 

「えっ?!本当ですか!?」

「ああ、地元最強の名を欲しいままにした、この吾輩の事だろう?」


ドヤァと聞こえてきそうなほどキメ顔をして、オッサンはそう言った。

 

「…違いますね。」

「何だ?違うのか?はっはっはっ!!!」

「そうじゃなくて、能力が最強?らしいんですよ!」

「あぁ、あぁ!なるほど!分かったぞ!「最強」な!」

「…本当ですよね?」

「吾輩が嘘をついた事があるか?」

「いや、あなたと初対面なんで知らないんですよ。」

「ああ、そうか。はっはっはっ!!!」


 オッサンはまた下半身を強調する。はやく温泉に浸かればいいのに。


「で、なんの話だったんだ?」

「え?いや、あなたが「最強」が分かったって言う話だったから」

「あー!!そうだったな。そうそう!「最強」な!」

「で、誰なんですか!?」

「え?」オッサンはニンマリ笑って言う。「ウチのカミさん。怖え怖え。ありゃ「最恐」だ。はっはっはっ!!!」


 今度は膝を叩いて笑っている。


「もう!ふざけるのも大概にしてもらっていいですか?!ほら亮!もう行こう!」

「おいおい、揶揄ってすまなかった!ちゃんと知ってるから!「最強」だれか知ってるから!」

「………じゃあ最後のチャンスですよ!」

「ああ、分かった。」

「絶対ですよ!」

「分かったって。」

「本当ですね?…で、誰なんですか。」

「「最強」の能力を持つ人物。それは…」

「それは?」

「それは…!」

「それは…?!」


 ゴクリと生唾をのみこみ、オッサンの顔を見る。

 オッサンも先程のニヤついた顔をやめて、真剣に俺達の方を見つめている。


「最強、それは…吾輩の娘だ。あいつも母さんに似て、怖えんだ。はっはっはっ!!!あーはっはっはっ!!!」


 オッサンは再び、ムカつくニヤケ顔で高笑いし始めた。


「…はじめ君。このオジサン。燃やしていいかい?」

「気持ちは分かるが、我慢しようね。」

「はっはっはっ!!君たち面白いな!気に入った!じゃあ、また後でな!あーはっはっはっ!!!」


 そう言うとオッサンは浴場に反響するほど笑いながら、去っていった。


「………いったい何だったんだ?あのオッサン。」

「後でって言ってたようだったね。あんまり相手にしたくない方だったけれども。」

「まあ、この旅館に泊まってるって事だし、会う事もあるだろうな。うわぁ、嫌だ!ダルすぎる!」

「はじめ君。次、あの方と会ったら、全力でその場を後にしないかい?」

「…賛成。」


 その後、俺達はサウナを見つけて我慢勝負をしたり、水風呂で身体を冷やしたり、また露天風呂に入って、ゆっくりした後に、お風呂を出ることにした。

 サッパリして、浴衣を着て、準備はバンタン。

 俺と亮はある場所に走りだす。どこにって?

 おいおい、温泉の後といったらアレしかないだろ?

 温泉の入り口、その隣の休憩スペースに鎮座する、少し古いタイプの自動販売機。あの中にぎっしり詰め込まれた沢山の瓶。

 そう、ご存知の通り、温泉の後といったら牛乳しかあるまい。

 温泉でテンションも体調も爆上がりし、ボロボロなはずの身体も心なしか軽く感じられる。

 何味にしよっかな?コーヒー牛乳もいいし、フルーツオレも良いよな!

 そんな事を考えながら、温泉の暖簾をくぐる。

 俺達はウッキウキで牛乳を買い、ニッコニコで飲み干す。そのはずだった。


「おう!君たち遅かったな!長風呂なのか?吾輩はあついのが苦手でな!最強と言われた吾輩もあつさには弱いってな!はっはっはっ!!!」


 自販機の横にあるスペースで悠々とあのオッサンがくつろいでいたのだった。うぜえ…


「え?俺達の事を待ってたんですか?」

「ああ、そうだ!吾輩は君達に伝えたい事があったんだよ!」

「はあ、なんでしょう。」

「おっと、焦るじゃないぞ?伝えたいと言っても、こんな面白い君たちにタダで情報を渡すのは、面白くない。そうは思わんか?」

「いや、別に。話してくれないなら、帰るだけなんで。」

「はっはっはっ!!連れないな!分かった。じゃあこうしよう。吾輩と腕相撲をして、君たちが勝ったら、好きな牛乳をプレゼントしよう。それに本当に「最強」の能力使いについて話してやる。ただし、吾輩が勝ったら…」


 オッサンはニヤニヤしながら言う。


「君たちの好きな娘の事を教えてくれ。」


3.

 唐突にイカれたオッサンからの魅力的な提案を前に、俺達は悩んでいた。

 オッサンはずっと何かを知ったような顔で俺達を見て、笑っている。うっとうしい。

 だが、オッサンの提案自体はとってもありがたいのだ。俺たちが悩む理由として牛乳がそもそも高い。観光地価格、脅威の一瓶450円。学生には買うかどうか長考するレベルに高い。もちろんタレンからお小遣いはもらっているが、それでもオッサンが払ってくれるのならかなり財布にありがたい。そして、「最強」の能力使いの話。これに関しては、どうせふざけるのだろうという気持ちでいっぱいだが、万が一本当に知っていたとしたら、是非聞きたい。

 俺達は悩んだ末、オッサンと腕相撲で勝負する事にした。


「オッサン、分かった。勝負しよう!」

「はっはっはっ!いいねぇ!やろう!あと、吾輩の名前は最上!『最上 弓弦もがみ ゆづる』だ!オッサンだが、オッサンと言われるのは嫌だ!はっはっはっ!!!」

「最上さん!約束は守ってもらうよ!」

「ああ、吾輩は嘘はつかない。」


 俺は普通の牛乳を、亮はフルーツオレをもらう事を条件に戦いの約束が決まり、相談の結果、俺が腕相撲をすることになった。

 俺はオッサンの細目の手を握り、その時を待つ。オッサンが目を合わせてニヤニヤしてくるが、気にしない。気にしない。

 俺だってだてに、バケモノと戦ってない日はコツコツ筋トレをしているんだ。負けるわけにはいかない。


「よおい!始め!」


 亮の掛け声が響く。

 その瞬間!!!勝負は決まった。

 何があったかはわからない。

 ただ、腕相撲が始まって力を入れた瞬間に…

 俺が勝っていた。

 え?何故?


「痛ててて!はっはっはっ!!強いね!君!」

「え?いや?え?」

「そうそう、牛乳な!ほれ!君たちの分の二本!」


 オッサンはまるで負けるのが分かっていたかのように、牛乳を直ぐに買って渡してきた。


「あ、ありがとうございます。…え?わざと負けた?」

「ん?失礼だな!君は!本気でやったに決まってるじゃないか!君は敗者に厳しい子なのか?はっはっはっ!!!」

「いや、そんなつもりじゃないんだけど、そのあまりに手応えがなくて…だって成人男性の力があんなに弱いはずないっていうか、その…明らかに弱すぎたんだよ!」

「あーはっはっはっ!!!本当に失礼だ!仕方ない、じゃあ吾輩の能力を先に説明しようかな?気になっているんじゃないか?」

「いや、別に…」

「はっはっはっ!!つれないな!まあ聞いとけ!吾輩の能力は『全てのジャッアロブレクにゃジルがいるコルディス』!!!対象の何から何まで、弱くできるもの全てをジワジワと弱くする能力だ!といっても、弱くできるのは自分だけ。それにこの能力にはonやoffがない!つまり吾輩はずっと弱くなりっぱなしってわけだ!はっはっはっ!!!面白いだろ!もちろん運だって弱いし、筋力だって弱くなるから毎日ハードなトレーニングをしないと歩けなくなっちまう!本当、大変な能力だな!あーはっはっはっ!!!」

「ええ…大変だ。だからさっきの腕相撲も弱かったのか………」

「ああ、そうさ。全てに置いて弱い!だから吾輩は!人呼んで!「最弱」と呼ばれているらしいぞ!失礼なやつもいたもんだ!あーはっはっはっ!!!」


 オッサンは心の底から笑っているようだった。


「あ、そうそう!「最強」が誰かって話だったよな!」

「ああ、そうそう。教えてくれるの?」

「おいおい、何回言わせるんだ。吾輩は嘘はつかない!」


 今度こそ、オッサンは真剣なようだ。


「最強の能力使いについて、吾輩は本当に知っている。「最強」を冠する能力者、それは…」

「それは?」

「それは!」

「それは?!」

 

「ほら!お父さん!部屋に帰るよ!」


 オッサンが重要そうな事を言おうとした瞬間、俺と同じくらいの年齢の黒髪が美しい、浴衣の女性が近くにやってきた。


「おお、すまんな。京香。ほら君たちに紹介するよ。これが娘の最上 京香もがみ きょうか。「最強」の能力使いだ。可愛いからって惚れるなよ?君たちにもやらんぞ?大事な娘なんだからよ!はっはっはっ!」

「………え?」

「いや、だから、娘が最強の能力使い。な?」

「ちょっとお父さん!あんまり人に言わないでよ!」

「おお、スマンスマン。はっはっはっ!!!」

「ほら、お父さん。行くよ!君たちもお父さんと遊んでくれてありがとね。それじゃ!」

「またな!君たち!」


 どうやら本当みたいだ。彼らの目に嘘はないように見えた。

 俺達があっけに取られている間にオッサンは電話番号の書かれた名刺を渡して綺麗な黒髪美女と帰ってゆく。

 俺達は二人が見えなくなっても、びっくりして、口が塞がらなかった。


4.

 温泉と聞くと、何を思い出すだろうか?

 湯煙、牛乳、美味しい料理なんかもいいね。

 だけど、俺たちが思い浮かんだのは、卓球だった。

 オッサン達と別れた後、牛乳を飲み終え、部屋に戻ろうとしている最中に視界に入ってきたのは遊戯場のチラシだった。

 クレーンゲーム。卓球。カラオケ。スロット。なんでもあるよ!と書かれたそのチラシに俺たちは心を踊らされた。

 俺たちの部屋とそう遠くない場所に遊戯場はあるらしく、俺は亮と顔を見合わせ、すぐさま遊戯場に向かうのだった。

 遊戯場は沢山のエリアに分かれていて、ゲームセンターのような場所や、卓球台が置かれた場所がある。ゲームセンターの奥にあるのは、スロット台だろう。カラオケボックスも5部屋ほどあるみたいだ。

 当然俺たちは緑色の球受けネットで囲まれた、卓球台に向かった。1時間500円の卓球ラケットをレンタルし、俺たちはテーブルを挟んで向かい合う。


「はじめ君。」亮が言う。「ゲームをしないかい?」

「ゲーム?」

「ああ。ここは温泉街、島良だ。となれば、もちろんあるだろう。負けた方は勝った方に『それ』を奢る。単純なゲームだろ?」

「『それ』とは…?」

「当然、温泉まんじゅうだよ!」

「なるほど!乗った!」

「温泉まんじゅうというのは、フワッフワで、口当たりが柔らかく、甘すぎず、それでいてしっかり甘い。素晴らしい甘味なのさ!それを、この宿のお土産コーナーに売っているのを発見した。絶対この勝負勝たせてもらう!」

「亮って甘い物好きだねぇ。でも俺も嫌いじゃないし、むしろ食いたい。負けてやるわけにはいかないね。」


 お互い闘志に燃える。


「じゃあ、短く3点先取でいこう。僕からサーブをさせてもらうけどいいかい?」

「ああ、いいぜ。それでやろう。」

「じゃあ行くよ。」亮はピンポン球を握りながら、不敵な笑みを浮かべる。「ようい、スタート!!!」


 その瞬間に彼はサーブを打ち、亮の放った球は凄まじい勢いで、曲がりつつ迫ってくる!


「なっ!いきなり本気かよ!」

「ああ、手加減するつもりなどさらさらないね!」

「うおおお!返せぇ!!!」


 俺は横に跳ね飛び、なんとか球を触る。

 が、残念ながら、無理矢理触った球はあらぬ方向へと、飛んでいってしまった。


「ふん。これで1-0。サーブも返せないようだったら、諦めて温泉まんじゅうを買ってきた方が、賢いよ?」

「……まだ始まったばかりだろ!」

「このルールではサーブは一本交代にしようか。ほら、はじめ君。君のボールさ。」


 亮はこっちに球をバウンドさせて、渡してくる。


「絶対勝つ!行くぞ!えいッ!!!」


 俺は力の限り、ピンポン球を叩く。


「はじめ君!なんて強さだ!」

 

 ピンポン球は見た事ない速さで、亮に向かっていき!

 そして!

 テーブルに当たる事なく、サーブミスになった。


「…これで、2-0。もう、僕の勝ちでいいかい?あまりに実力差がありすぎるよ。」

「…亮って、卓球やってたの?」

「まあ、少しね。」

「ふぅん。…そうなんだ。」

「はじめ君は?」

「今日が初めて。」

「ああ…そうか…」

「…じゃあ…もう俺の負…」


「ちょっーと待った!!!その勝負、ボクが代わりに引き受けてあげるよ!兄ちゃん!」

「え?」


 声がした方に視線を合わせると、そこには黒いキャップに浴衣という、変な格好をした小学生くらいの男の子が立っていた。


「君は、誰?なんで浴衣なのに黒キャップしてんの?」

「ボクのことはどうでもいいでしょ?それより、卓球勝負だよ!見てたよ?兄ちゃん。一瞬でわかる負けっぷり。あんなんで恥ずかしくないのかい?」

「まあ、恥ずかしいね…」

「兄ちゃんの代わりにボクが、金髪の兄ちゃんに勝ってあげるよ。どうだい?悪い話じゃあないだろ?」


 それを聞いた亮は少しムカついたようだ。


「…僕に勝つ?君がかい?その小さい身体でかな?いってくれるじゃないか。いいよ。やってあげるよ。その代わりと言ってはなんだが、君が負けた際には、君も僕に温泉まんじゅうをくれよ?」

「ああ、いいよ。金髪の兄ちゃん。こっちが万が一に負けたならね。」

「ほう、相当な自信があるみたいだね。残念ながら、僕は女子供相手でも手加減はしないよ。」

「承知の上さ。さっきの続き、2-0から初めてよ。」

「………途中からでいいのかい?」

「ああ、ハンデだよ。兄ちゃん!」

「後悔しないなら勝手にすればいい。じゃあ僕のサーブだね。行くよ!」


 急に現れた、黒キャップと亮がバチバチになって、卓球を始めた事に俺はついていけてないが、どうやら、俺の勝利は黒キャップに託されたらしい。

 そんなオロオロしている、俺を放っておいて、亮は先程と同じカーブするサーブを打つ!


「金髪の兄ちゃん。これじゃあ勝てないよ?」


 黒キャップは小さい身体ながらも、球速に追いつき、弾き返す。

 それを亮がまた弾き返す。

 そうやって両者一歩も引かないラリーが繰り広げられた。

 辺りにピンポン球がテーブルに当たる小気味いい音だけが反響していた。


「君も!、、なかなか!、、やるじゃ!、、ないか!」

「金髪の!、、兄ちゃんも!、、すごいよ!」


 ラリーと比べ、返球に集中しているのか、言葉のラリーは弱々しい物だ。

 そんな中、終わりは直ぐにやってきた。

 黒キャップの放った球が、亮の側のエッジ(コートの縁)に当たり、予測できない方へ飛んだのだ。


「なっ!?」

 

 当然、亮は返球できず、黒キャップの得点になったのだ。


「これで2-1だね。金髪の兄ちゃん?」

「…そうだね。ただのラッキーとは言え、僕から一点取るなんて凄いじゃないか。」

「一点だけかな?」

「…へぇ」

「行くよ!ほら!」


 黒キャップは高くトスを上げ、球を切り付けるように鋭いサーブを放った!

 球は回転がかかりながら、亮のコートへ飛んでいく。


「甘い!」


 亮も負けじと、身体全体でスナップを効かせて、叩き込む。

 亮の打った球は、黒キャップのラケットを持っている手とは逆側。つまり打ちにくい方に飛んで行ったのだった。


「うおっ!」


 黒キャップは何とか、ラケットで触る事が出来たが、打ち返した球は力なく、所謂チャンスボールというやつで、向こう側の亮はそれを見逃すまいと、目を光らせていた。


「これで!終わりだよ!フンッッッ!!!」


 亮は全体重を込め、球を相手のコートに叩き込む!

 着弾地点はコートの端!勝利は確実!

 しかし、何とか黒キャップも喰らいつく!ギリギリの所でまたラケットが球に触れた。

 弱い力で返された球は、緩やかに飛んでいき、ネットの上に乗った。

 そして、コロリと亮のコートに転がり落ちたのだった。


「しゃあああ!!!ネットイン!!!金髪の兄ちゃん!今のなしだとか、そんな恥ずかしい事言わないよね?!」

「…もちろん。僕はこういうのもスポーツの醍醐味だと思っているよ。大人気ないような事は言わないよ。」

「これで2-2!このままストレートに勝っちゃうかもね!!雑魚の兄ちゃん!」

「………ああ、大人気ない事は言わないよ。うん。言わない。だけど…」


 亮は左腕を横に突き出した。金色の指輪を強調するかの如く。


「おい!亮!まさか!」

「はじめ君。止めないでくれ。これは僕の矜持に関わる問題だ!スイエン!」

「はい!アニキ!ぶっ飛ばしてやりましょうや!」


[system all green,装着準備OK]


「「装着!!」」


[装着開始します]


 指輪から、金色の液体金属が流れ出し、亮の左腕を包んでいく。それは指を覆い、掌を覆い、腕を覆った。次第に形を変えて、鋭い爪、堅牢な鱗を持つ龍のような小手となった。


[mode drago arm,装着完了]


「こっからが本番だよ。」


 亮はキメ顔で大人気なく、そう言った。


「な、なにそれ!カッケェ!!!欲しい!!!」

「ふふ、いいだろう?僕もずっと欲しかった力だ。」

「おい!亮!大人気ないぞ?スイエンを使うなんて。」

「このまま負けるよりは、全力を出した方がはるかにマシだ。そうだろ?」

「…いやぁ。そうは思わないけどなぁ。」

「じゃあ準備はいいかい?君。」

「ああ!いいよ!金ピカの兄ちゃん!」

「ふふ、相手をしてあげよう。」


 亮は高く球をトスし、目にも止まらぬスピードでサーブを放った。

 放たれた球は勢いを殺さないまま、亮のコートを跳ねて黒キャップのコートに飛んでいく。


「早い!…けど!返せない球じゃないね!」


 黒キャップはラケットで球を捉え、返球しようとする。しかし、重たい。球の威力が高く、ラケットを振り抜く事ができない。ボーリングの球でも打っているみたいだ。


「く、くぅ!とりゃあぁぁぁぁ!!!」


 ギリギリ返球するも、またチャンスボールを放ってしまった。


「もらった!温泉まんじゅうは頂くよ!」


 亮はピンポン球をロックオンし、握る左手に力を込める!


「喰らえ!」


 その時。どこからともなく「バキッ」という音が聞こえる。

 「バキッ」?

 音の主を探すと、なんと、力を入れたラケットの持ち手が根本から折れていたのだ。

 スイエンの力に耐えられるはずもなく、折れてしまっていたのだ。

 黒キャップが放ったチャンスボールを亮は返す手段もなく、そのままコートに転がる。

 2-3。

 モノ&黒キャップの勝利で卓球勝負は終わったのだった。


5.

 激しい戦いの後、ゲームセンターの端、木材でつくられた3人がけくらいの小さなベンチで俺たちは温泉まんじゅうを食べていた。…亮の奢りで。


「いやぁ、金髪の兄ちゃん本当にごめんな!だけど勝負だからさ!」

「…黙って食べてくれないかい?」


 亮もかなり不機嫌だ。そりゃあそうだろう。ただでさえプライドの高い男なのだ。それが年が一回り小さい子供に負けるなんて、亮としてはかなり受け入れられないことなのだろう。隣で座っている亮のほうからは、歯がギリギリと軋む音が聞こえた。

 しかし、温泉まんじゅうは美味いけど、喉が渇いてくるな。何か飲み物でも買ってこようかな。カラオケの近くで自販機があったはずだ。そこにいけば何かしらは流石に買えるだろう。


「亮。俺、飲み物買って来るけど、何か買ってこようか?」

「…いいよ。僕はかなりお金を使ってしまったしね。部屋に戻るまで我慢するさ。」

「おう、そうか。なんか、ごめんな。」

「いいんだよ。」


 あまりの張り合いのなさに心配になるが、まあ大丈夫だろう。なんだかんだで立ち直りが早い。俺がなにかする必要もないだろう。

 俺はそう思って、ゲームセンターから出た。

 背後から、亮と黒キャップの男の子が何か話していたみたいだが、よく聞こえなかった。


 カラオケの近くの自販機は観光地だからか、色んな変わり種があった。温泉ソーダだとか、海藻コーラだとか、誰が飲むんだ?と思うような品揃えだ。バカな大学生とかがふざけて買ったりするのだろうか。

 まあ、俺は無難にスポーツドリンクにしよう。


「なあ、モノ。」

「うお!」


 俺は急に話しかけられた事に驚き、手が震えて、海藻コーラを買ってしまった。

 緑がかった黒色がとても美味しそうには見えない。

 後ろを振り返ると声の主はクロームだった。

 浴衣の帯に括り付けていたはずだが、背後で浮いている。


「あー!…もう!なんだよクローム!いきなり話しかけるなよ!」

「あ?何キレてんだ?テメェ。逆ギレしてんじゃねぇぞ?」

「…ごめん。」

「ああ。」

「で、どうしたの?」

「ああ、さっきよォ、一緒にいたガキ。モノよりも小せえガキだ。」

「黒キャップ被った子?」

「そうだ。アイツなんかヤベェぞ。」

「確かに、卓球強かったね〜。」

「馬鹿ッ違ェよ!オレ様が言いたい事がそんな事だと思うのか?」

「じゃあ何さ。」

「…あのガキはセカンドを使ってやがる。会った時からずっと。しかもかなり強いヤツをずっとだ。マズイぞ。」

「本当に?オフに出来ないセカンドだからとかじゃなくて?ほら、あのオッサンみたいに。」

「オレ様がそれを分かんねえと思うかァ?それに、あのオッサンほど弱えセカンドだったら、お前に伝えたりする必要ねェだろうが。」

「それはそうだけど、あの子が何で俺たちに対してそんな事を?まさか、敵の送り込んできた刺客か何かなのか?」

「さあな。そりゃ分かんねえが、俺たちに敵意を持っている事は確かだろうなァ。このままじゃ、亮がヤバいぜ。」

「確かに!早く戻らなきゃ!」


 俺は急いで、買った飲み物を自販機から取り出して、一口飲んだ。


「ゴホッ、ゴホッゴホッ!マッズ!」

 

 ヌメヌメした喉越しと甘さが合わなくて吐きそうになった。そうだ海藻コーラを買ったんだった。


「何してんだよ。モノ。さっさと行くぞ!」

「…誰のせいだよ。」


 ゲームセンター、その端のベンチに戻ると、既に亮達の姿はなかった。

 見回してみると、ゲームセンターにあるパンチングマシンの前で完全龍装をした亮と黒キャップの男の子が立っている。一体何をしているんだ?


「さあ、金髪の兄ちゃんの番だよ。ボクが勝ったら、その金ピカの鎧をもらうけど、いいよね?」

「ああ!そういう約束だからね!だけど、手加減はしないよ!」


 な、なにを言っているんだ?まさか、スイエンを賭けたのか?どうして?喉から手が出るほど欲しかった力だって以前言ってたじゃないか。そんなに雑に扱って良い代物じゃないだろ!


「止めろ!亮!」


 俺の静止虚しく、亮は全力でパンチングマシンに拳を叩きつけた。轟音が鳴り響く。衝撃が風を切り、こちらまで届きそうだ。

 亮も満足そうだ。しかし、黒キャップはニヤニヤと笑っている。


「なんだい?君が負けたのが、そんなに面白いのかい?」

「ボクが『負ける』?寝言も休み休みいうべきだぜ?兄ちゃんよ。よく見てみな。パンチングマシーンの表示をよ!」


 亮の拳を受けたパンチングマシンは、なんと、衝撃に耐えきれずエラーをはいていたのだ。ビ、ビー、ビ、と奇怪な音を鳴らすだけだ。


「やあやあ、金髪の兄ちゃん。アンタが決めたルールをもう一度言ってやろうか?このゲームの記録が高かった方が勝ちってルールだったよね?!いやはや、素晴らしいパンチだったよ兄ちゃん。ただし、記録に残っていればの話だけどね!」

「…くっ!」

「さあ!その金ピカの鎧を渡して貰おうか!『勝利』の報酬として!」


 亮は拳を握りしめながらも、装着を解除する。金色の液体金属は身体の表面からはけていき、左手の先に集まっていった。そして最終的には金色の指輪となったのだった。

 それを亮は震える手で掴み、黒キャップに手渡す。目には涙を浮かべていたように見えた。


「フゥーー!!!やった!カッケェ鎧ゲット!!」


 黒キャップは喜び跳ねている。感情の表し方は年相応だが、少しも可愛いとは思えなかった。

 亮は青ざめた顔で、こちらに寄ってくる。その足取りはふらついて酷いものだ。


「おい、亮!どうしたんだよ!」

「あ、ああ、はじめ君か…」

「何で!何でスイエンを賭けたんだよ!」

「…それが、僕にもわからないんだ。彼と話していたら、いつのまにか口車に乗せられて、そして賭けてしまっていた。スイエンの静止も無視して、賭けてしまった。全く、恐ろしいよ。」

「セカンドを使ってる事に気づいていたの?!」

「ああ、だけどそれでも抗えなかった。奴はとんでもない攻撃を、既に僕達に仕掛けている!僕はもう手遅れだ。はじめ君。君だけでも逃げろ!奴と戦っちゃいけない!」

「…ああ。分かった。だけど亮。お前も一緒だ。幸い身体には何もされていない。走って逃げよう!」


 俺は小学生相手に対して、敵前逃亡をしようとした。しかし、もう俺も手遅れだったようだ。

 逃げようした方向に黒キャップが回り込んでいたのだった。


「何かしてる事に気づいた所でどうにもなんないよ?兄ちゃん達。ボクの『ご都合的な蒸気機関ワポルエクスマキナ』は既に発動している!兄ちゃん達はボクが満足するまで、戦わなきゃいけないのさ!」

「ワ、ワポルエクスマキナ?」

「そうだよ。それがボクの能力さ。効果は単純明快!だけども超超超超超強い!!!発動している間、戦いだといえる物事全てに勝つ能力さ!最高でしょ?!これを応用すれば、何だってできる!だって交渉に勝つとか言うでしょ?鬼ごっこに勝つとかでもいいよ。勝ち続けるだけで、欲しいものが手に入り、獲物を逃さなくできたりもするんだよ。」

「…何でそれを俺たちに教えたんだ?」

「だって『勝ち目』ないでしょ?」


 黒キャップは子供ながらの屈託のない表情で笑ってそう言った。


「ねえ、その黒キャップってのもやめてよ。勝利。『南方 勝利みなかた しょうり』さ。ここいらでは、必勝の勝ちゃんって怖がられてんだぜ?」


 必ず勝利する能力。そんなヤツがいるだなんて。逃げることすらさせてもらえず、戦いを強制させられて全てを刈り取ってくる。


「で、なんの勝負をする?ゲームでもいいし、スポーツでもいい。戦うルールは兄ちゃんが決めて良いよ?僕が払わなきゃいけなくなる報酬だって、決めていい。何回戦っても全部兄ちゃんが決めていい。これはハンデだし、決定事項だ。じゃないと面白くないからさ。まあ、なんだってボクが勝つけどね。」

「…じゃあ。」

「じゃあ?」

「…人探しだ。」

「分かった。どんなルール?』

「単純だよ。このゲームセンターに俺が今、指定した人を先に連れて来れた人が勝ちだ。」

「いいルールだね、兄ちゃん。兄ちゃんはボクが負けたら何をして欲しい?」

「その指輪を返せ。」

「うん。いいよ。考えるだけなら自由だからね。兄ちゃんが負けたらそうだなぁ…そのお面頂戴?大事そうにしてるもんね。」

「…いや、これは大事じゃ…」

「いいの?心理戦をする?『負けない』よ?」

「いや、やめとくよ。分かった。それでいい。それで戦おう。」


 勝ちゃんと名乗った少年はニッコリしながらこう言った。


「交渉成立だ!さあ!戦おう!」


 無邪気なその顔が俺は怖くて仕方がなかった。


6.

「で、誰を見つけてくれば良いの?」


 勝ちゃんはエアホッケーの台に腰を掛けて、見下ろしながら問いかけてきた。


「ああ、決まっているよ。だけど、その前にいいかな?」

「ん?何?」

「ジャンケンで勝った方の人は3分動けないってことで良い?」

「…兄ちゃん姑息だね。だけど、いいよ。兄ちゃんがルールを決めるって話だったからね。でも、ボクがずっと能力を発動するかどうかは分からないよ?負けたい時は解除すれば互角になる。どんな策を練ろうと、難しいでしょ。」

「確かに、それはそうだ。でも、勝った時のアドバンテージがデカいし、俺はやるよ。」

「ふぅん。いいよ。」

「最初はぐー!ジャンケン!ポン!」


 俺は意気揚々とグーを出した。

 そして、勝ちゃんはチョキを出したのだった。

 俺の勝ちだった。


「え。勝っちゃった…」

「ふ、ふふ、あはははは!!!ごめんね!兄ちゃん!とことん可哀想だね!あはははは!」

「…じゃあ俺が3分動かないってことね。」

「ルールだからね!あはははは!はぁ、はぁ、で、何処の誰を探してこればいいの?」

「…俺の知り合いの「最上 弓弦」っていうオッサンだ。」

「分かったよ。最上さんね。3分間じゃあそこで待っててね。」


 そう言って、勝ちゃんは走っていった。

 俺の作戦では3分の間に、オッサンに貰った名刺の電話番号にかけて、来てもらう算段だったのだが、うまくはいかなかった。勝利の女神があの子供に微笑んでいると考える他ないだろう。かなり絶望的な状況だ。

 結果から言うと、3分も立たずに、勝ちゃんはオッサンを連れてきた。

 近くにいた人に最上さんを知っていますかと聞いたら、それがオッサンだったらしい。なんて勝負運だ。

 俺は何にも出来ずにクロームを渡すしかなかった。


「さあ、兄ちゃん。どうする?まだ戦うかい?」

「………ああ。まだだ。」

「へぇ、まだやるんだ。すごいね。」

「これで、最後だ。最後の戦いだ。」

「内容は?」

「ジャンケン。男はこれだろ。」

「さっきもやった気がするけどいいよ。」

「ルールはただのジャンケンだが、俺たちが負けたら、今までとった物。そしてこれから取るものを全部俺たちに返して欲しい。そして二度とお前とは勝負をしない。分かったか?」

「いいよ。君達が『負けたら』ね。じゃあ僕が負ければいいって事だ。でもボク、勝負運が強いからなぁ。能力切ってても兄ちゃんの思う通りにはならないと思うよ?」

「…そうだな。」

「そうだね。じゃあボクが負けたら、財布の中身全部貰おうか。」

「………いいよ。」

「じゃあ!いいかい!」


 勝ちゃんは笑顔でこう言う。


「交渉成r「ちょっと待った!」

 

 勝ちゃんが決め台詞を言おうとした所に被せて俺はこう言った。


「………何?」

「なにか勘違いしているみたいだけど、ジャンケンするのは俺じゃないよ。」

「は?じゃあ誰がするの?そこで無気力になってる金髪の兄ちゃん?」

「いいや、このオッサンだ!」


 俺のピンとはった人差し指の先にいたのは、何が何だか分からないと言いたげな顔をしている、最上さんだった。


「ふぅん。まあ、いいよ。そのおじさんが代役でも。」

「じゃあ最上さん。よろしくお願いします!」

「え?我輩がジャンケンすればいいの?」

「はい!」

「じゃあいくよ!」


 最初はグー!ジャンケン!

 俺はその瞬間。最上さんにこう耳打ちをした。「このジャンケンで最上さんが勝ったら、美味しいものをプレゼントします。」と。

 勝ちゃんの勝負運がいい事も分かったし、能力のオンオフができるのもはちゃめちゃに強いが、こと弱さに限っては、オッサンは他の追随を許さないのだ。

 オッサンは本気で勝ちにいっている。全力で勝ちにいっている。勝ちゃんは負けにいっている。全力で負けにいっている。

 しかし、皮肉な事に、オッサンは敗北した。

 オッサンはパーをだした。

 勝ちゃんはチョキをだした。


「くっ!くそ!なんで!なんでボクが負けれなかったんだ?!」

「さあ、俺らから奪ったものを全部返して貰おうか。」

「う、うう…」


 勝ちゃんは悔しそうにしながら俺たちに全てを返却した。


「もう二度と戦わないからな。他の人にもこんな事するなよ!」

「やーだねー!ばーか!!」


 そんなことを言っていると、ドタドタと走る音が聞こえてきた。何の音だ?


「こら!勝利!また、あんたなんかしたのかい?!」

「げ!母ちゃん!」


 現れたのは少しふくよかな見た目の中年女性だった。

 彼女は軽くお辞儀してこう言う。


「こんにちは。勝利の母です。この子が迷惑をおかけしてなかったですか?」

「はあ、まあ多少かけられましたね。」

「もう、勝利!あとで説教だからね!」

「ヒィ…怖えよ。母ちゃん。」


 勝ちゃんの顔色はどんどん悪くなっていく。


「あんた、いくら能力が強いからって人様に迷惑かけちゃいかんっていつも言っとるでしょうが!」

「母ちゃんのお尻叩き、痛えから嫌なんだよ!能力でも守れないし!」

「そりゃそうよ、だってアンタと勝負しているつもりなんてないもの。ただ叱っているだけよ!」

「ヒィ…」

「本当にこの度はすみませんでした。お詫びと言ってはなんですが、今夜のお食事の優待券をお渡しさせていただきますね。」

「はあ…って、、え?」

「あっ、申し遅れました。私ここの旅館のオーナーをやっております。『南方 通江みなかた みちえ』と申します。」

「え、オーナーの方だったんですか?!ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。ほら!勝利も謝んなさい!」

「…すみません、でした。」


 そう言った勝ちゃんの顔は不貞腐れていた。

 全ての戦いに勝つ能力の少年も母の愛と力には勝てないのかも知れない。

 そんな事を思いながら、スイエンが戻ってきて、元気を取り戻した亮とゲームセンターを後にするのだった。

 


 

 

 


 


 

 


 

 

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鬼人譚 うさだるま @usagi3hop2step1janp

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