第4話

0.

 正義の味方は一体誰の味方なんだ?

1.

 その日は世界が終わる日だった。テレビやラジオの二  

ュースは大慌てで報道をし、人々は焦り、逃げ、諦めた。

 突如飛来してきた巨大隕石。それが人類の歴史に終止符を打つ。

 誰もがそう思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 巨大隕石が大気圏に突入した時、表層が剥がれ、なんらかの物質、または成分を撒き散らした。

 そしてそれはどんどんと剥がれ落ちていき、想定より何倍も小さくなって地球に激突した。

 死者は約三十億人。

 人類は多大なる犠牲を払いながら、運良く、たまたま、助かった。

 ただ、それは隕石被害の第一波でしかない。

 剥がれ落ちた物質は衝撃で粒子状になり、生き残った人類を襲った。

 目から、耳から、鼻から。

 あらゆる経路で人体に入り、そして、

新しい力〈セカンド〉に目覚めさせたのだ。

 不遇な少年、本木一〈もとぎ はじめ〉を除いて、、、

 彼は鬼の鎧を纏い、突如として人が変化したバケモノ達と戦うことになる。敵は一体誰なのか。正体が分からないまま、それでも戦わざる負えないのだ。


2.

 あいも変わらず外は暑く、蝉や蚊でさえ外出を躊躇う日差しの中。何故か俺はある男を尾行していた。

 、、、本当に何をしているんだろう。何が悲しくてこんな暑い日中に尾行なんてしち面倒臭い事をしているのか。

 それは数時間前に遡る。

 俺は居候をしている研究所の一室、俺の身体より何回りも大きいテレビやフッカフカのソファがある居間でゴロゴロしていた時だった。テーブルの上には相棒である鬼面を置いて、〈二人〉。いや、〈一人〉と〈一つ〉でソファに座ってテレビを見ていた。

 テレビが映していたのは、俺が最近見ている朝の地域の情報番組である。今日もアナウンサーの方々が、ある時は面白おかしく、ある時は真面目に報道をしている。それを毎朝見るのが日課になってきつつあった。

 しばらくすると女性アナウンサーが、「本日はこちらのニュースとなっています!」と元気よくニュースを簡単に説明し始めた。ニュースの一覧を見ると、残念なことに先日の路地裏の大火事の事件はもうほとぼりが冷めたのか、のってはいなかった。どうやら犯人未逮捕で迷宮入りらしい。これで犯人である隣人はめでたく逃げおうせた事になる。めでたくはないか。少なくともめでたしめでたしではない。被害に遭った方々にはいたわしいたわしって感じだ。俺は少しの安堵とともにかなりの罪悪感に襲われる。…今からでも警察に突き出した方がいいかもしれない。

 だが、ニュース一覧で一番気になったのはその件ではなかった。俺が特に不思議に思ったニュースが一つあったのだ。

 それは、「雪男、またもや出没!」といったニュースだった。

 決して、オカルト好きの血が騒いだわけでも、紹介しているアナウンサーが推しだったから不思議に思ったわけではない。

 長すぎるのだ。

 紹介が、ではない。報道している期間がだ。先日火事騒動があった時からかなり日数が立っているのだが、その時も雪男について報道がされていた。俺がニュースを見始めたのがその時だ。そして今日までずっと雪男について毎日報道されている。これはどうしたことなのだろう。

 人の興味の過ぎ去る速さと言ったら、光よりも速いほどで、あれだけ持て囃されたタピオカミルクティーとかマリトッツォなども一年持ったか持たなかったか程度の寿命だったのだ。なのにこんな地域の情報番組で同じニュースが何度も何度も繰り返される事を不思議に感じたのだ。しかも雪男といったふざけているともとれる報道がである。

 しかし、ニュースは至ってシンプルなもので、俺が住んでいる街周辺でどうやら毛むくじゃらの大男の目撃情報が相次いでいる。と言う事らしい。ニュースがこれだけ毎日報道されているのは、毎日のように目撃情報があるからという事だったわけだ。


「ふん。雪男なァ?」


 雪男のニュースが終わった頃。テーブルに置いている鬼面がボソリと呟いた。


「クローム?どうしたの?」

「ア?声に出てたかァ?」

「そりゃもうハッキリと。」

「そうか。まァどうでもいいがな。」

「で、どうしたの?雪男が気になるの?案外こういうUMAとかに興味ある感じなの?」

「いや、ちげェわ。」

「じゃあどうしたの?」

「アア。この雪男ってヨォ。テレビでこんなにずっと放送してんのに正体が謎なんだろ?」

「ずっとやってるって事は当然そうだろうね。」

「なんかよォ。おかしくねェか?」


 鬼面は浮き上がりこちらを見る。


「雪男って言われてるのに、今は夏だって話?」

「どう考えたってちげェだろうがよ!バカが!」

「じゃあなんなのさ。」

「こんなに目撃情報があって、なんで捕まんねェんだって事だろうが!警察なり、保健所なりが既に捕まえててもおかしくねェだろ?だって民間人がこんなに見てるんだよなァ?普通だったらよォ、民間人なんかより、もっと優秀な公的機関はすでに雪男を見つけていねェとおかしい。そうだろォ?」

「確かに。そりゃそうだ。…うーん。どうしてだろう。セカンドで隠したとか?」

「じゃあ雪男はどうやって現れたんだァ?」

「それは…二人組の犯行とか?」

「それもあるかもなァ?だけどよォ。オレ様達は身体がデカくて、そして不思議な能力。セカンドを使える奴らの事をよく知ってるんじゃあねェのか?」

「…!バケモノか!」

「ああ、雪男なんて言われてるがよォ。毛の生えたデカい奴としか分かってねェんだ。ありそうだろォ?」

「確かに!」

「ふん。オレ様ながらいい考えだな。ジジイに聞いてみるか?」

「いいね!そうしよう!ちょっと聞いてくる!」


 俺はその場の勢いのまま、居間を飛び出して、この研究所の主である超後期高齢小学生の下に向かった。

 彼の研究室は初めてクロームを受け取った日と同じように、色んな所に置かれた、よく分からない機械がよく分からない音を立てて、よく分からない動きをしている。濃く薬品と機械油の匂いがする、白い研究室だ。

 その研究室の端。大きな培養槽の奥、大きな壁一面のモニターをカタカタと操作しながら中身はジジイ、見た目は小学生のタレンが突っ立っていた。


「タレン。ちょっといいかな?」


 俺が話しかけると、タレンはチラッとこっちを向き、すぐさま視線をモニターに戻してしてこう言った。


「すまんのぉ。今忙しくてのぉ。後にしてくれんか?」

「そんな時間取らせるつもりじゃないからさ。」

「そうか?じゃあまあ。ちょっとだけじゃぞ?」

「うん。」


 タレンはキーボードを叩く手を止めて、こちらを向く。


「それで、何のようで儂に話したい事があるんじゃ?」

「えっと、そうだな…タレンってテレビとかニュースとか見る?」

「見ないが、情報は知っておるぞ。調べんでも勝手に入ってくるからの!」

「じゃあさ。雪男の件は知ってるの?」

「ああ。そうじゃな。連日やっとるニュースじゃろ?」

「そうそう。その件で質問なんだけどさ。雪男の事どう思う?」

「ほう。どう思うとは?」

「バケモノみたいじゃない?」


 俺がそう言うとタレンはニヤリと笑って、再びキーボードを叩き出す。


「なるほどのぉ!そういう事じゃったか!ありがとうモノ君。おぬしのおかげでわかったわ!こんな初歩的なミスをするなんぞ、儂もまだまだじゃのう。そりゃあこんな街じゃ関係ない方がおかしいからの!」

「え?タレンどうしたの?」

「あー、すまんすまん。儂、さっき忙しいみたいな話しとったじゃろ?」

「うん。」

「それが何かというとな?バケモノレーダーあるじゃろ?あのビービー五月蝿いやつ。あれが故障してたんじゃよ。…いや、正確に言えば不具合か。」

「え!そうなの?!ヤバいじゃん!」

「そうなんじゃよ。ヤバいんじゃよ。その不具合というのも、原因不明の何かがレーダーに引っ掛かるといったもので、しかも反応を見るに、バケモノとは違う何かなんじゃ。じゃから困っていたのじゃが…もし、雪男がレーダーに引っかかっているとしたら、説明がつくんじゃ!ちょうど巷で雪男が話題になった辺りと不具合が生じ始めた時期が重なるんじゃよ!」

「…えっと?つまり?」

「雪男はバケモノと関係がある生き物という事じゃ!」

「…!なるほど!やっぱり?!」

「ああ。」

 

するとタレンはキーボードを叩くのをやめて、背伸びをする。

 

「これで、レーダーは修理完了じゃ。雪男の反応を検知しないように設定したからのぉ。」

「おお、仕事が早い。さすが天才。」

「天才?」


 タレンは不服そうにこちらを見る。


「こんなもんで儂の凄さが測れるとでも?」

「え、急にどうしたの?」

「儂は天才異能学者、タレン様じゃぞ?おぬしなんぞの青二歳に測れる人材じゃと本当に思うているのか?」

「…なんで急に煽ってきてんの?」

「儂の実力はこんなもんじゃないという事じゃよ。見よ!我がセカンド!地球の本棚ジョーカーインザパック!!!」


 タレンは叫んだ後、壊すのではないかと思う勢いでキーボードを叩き始める。すると、目の前の大きなモニターに無数の動画が表示されては消え、表示されては消えていく。大きな画面で縦横無尽に現れて消えていく様子は、まるで大きな線香花火でも見ているようだ。複数の画面を表示する事を複窓というらしいが、俺にはあまり

の速さに何窓をしているのかすら検討がつかなかった。

 しばらくすると、タレンはキーボードを叩くのを止めて、こちらを向いた。

 その手には今、印刷したのだろう、インク臭いA4サイズの紙を持っていた。


「ふぅ、やっぱり疲れるのぉ。甘い物も食べたくなるのも玉に瑕じゃな。ほら。モノ君。」


 タレンはその紙を手渡してくる。見慣れない男の写真と沢山の文字が書かかれた紙だ。

 

「…え?何これ?てか何してたの?」

「儂のセカンドの説明をしておらんかったからのぉ。分からんのも無理はない。儂のセカンド、地球の本棚ジョーカーインザパックは、儂の脳の処理速度を底上げする能力でのぉ。それで雪男について調べていたんじゃよ。」

「おお!凄いけど地味なセカンドだ!」

「五月蝿い!いいんじゃよ、これで。別にカッコよくなくてもいいんじゃ!…本当じゃからな!」

「はいはい。」

「…分かっとらんのぉ。まあいい。それでの?雪男の目撃情報があった場所付近の監視カメラ全てにアクセスして、何か情報がないか調べてみた。すると、全てのカメラに共通して写っていた人物がいたんじゃよ。」


 タレンは俺の紙を指さして言う。


「それが、この男。「右左切 一葉うさぎり いちば」じゃ。」


 俺はもう一度、紙を見る。今度はしっかりと。

 紙には黒髪短髪な赤い目。そして特徴的なギザ歯の男の写真が貼ってあった。紙に書いてある沢山の文字は全て、彼、右左切一葉についての情報のようだ。

 右左切一葉、十七歳。男。2年前に両親が事故で他界。今は八歳の妹と二人で両親が残した家に住んでいる。親戚から資金的援助をうけ、生活をしているが、質素な暮らしをしているため、バイトをして妹の好きな物を買ってやっている。幼い頃からやっていたキックボクシングジムは、同ボクシングジムの会長の厚意で無料で続けさせてもらっている。

 他にも箇条書きで色々書いてあった。

 

「なんか、いい人そうじゃん。」

「そうじゃな。じゃが、雪男の件の関係者である事は間違いないの。」

「他に、情報とかあったりする?」

「そこに書いてある事で全部じゃ。じゃがこれだけじゃ、雪男がバケモノか否かが判断しかねるのぉ。」

「確かに。情報が足りないね。」

「どうしたものか…あっ!そうじゃ!」


 タレンはニッコニコでこちらを向き、言う。


「この男を尾行してきてくれんか?」


3.

 そんなこんなで俺はこの暑い日に外で尾行することになったのである。鞄にはクロームとタレンお手製の雪男レーダーが入っている雪男が近くにいれば、バケモノレーダーよろしく、ビービーうるさく鳴るらしい。

 俺は紙に書いてあった情報を頼りに、張り込みをして、そこから尾行をすることにした。どうやら土日はこの道を通って、バイトに行くらしい。こんな暑い中、よく頑張るよ。まあ、尾行しているやつもいるらしいし、珍しくもないか!…本当に何で尾行してんだよ。


「あっつぅ…」

「こんな暑さでバテているのかい?はじめ君。まだまだ、鍛錬が足りないんじゃないのかい?」


 いや、マジでなんで尾行してんだろう。何故かついてきた、亮と一緒に。


「なんで亮がいるの?」

「はじめ君がバケモノと戦う以外で外に出るなんて、不思議だったから、ひぃおじいちゃんに聞いて見たのさ。そしたら、何やら面白い事をやっているらしいじゃないか。」

「遊びじゃないんですがね…」

「まぁ、いいじゃないか。雪男がバケモノかもしれないって事で来たんだろ?だったら戦う可能性だってあるんじゃないかい?その時にはじめ君一人じゃ心配だからね。」

「それはお互い様じゃない?」

「じゃあ尚更、支え合おうじゃないか。ね?正しいだろ?」

「うーん。なんだか、言いくるめられてる気がするなぁ。」

「ほら!ターゲットが来たよ!身を隠さなきゃ!!!」

「うん。取り敢えず静かにしてくれない?」


 俺たちの前に現れたターゲット、右左切はTシャツに短パンで、大きなスポーツバッグを背負っていた。そして、目の前をかなりのスピードで走って行く。俺たちもそれを追うようにして走るが、どんどん距離は心なしか離れていくような気がする。

 走って走って、ずっと走って、右左切を見失いそうになった時に、どうやら右左切は目的地である商店街に着いたようだ。

 商店街は昔ながらの食べ歩き等ができる、大きな商店街で、新しい物と古い物が一緒くたになっているが、別に不快には感じない、そんな賑やかな雰囲気の場所だった。

 右左切はその商店街の一角にある、パン屋の裏口へ入っていった。タレンから貰った紙に書いてある情報を見ると、どうやらこのパン屋で働いているらしい。


「ここが右左切のバイト先か。」

「見たかい?!パン屋の中に入って行ったよ!?」

「え?見たよ。そりゃ。」

「これは何かあるね。雪男の巣じゃないかい?!そうに違いない!」

「うるさいなぁ…なんでそんなにテンション高いの?」

「ああ、すまないね。」

「何?UMAとか好きなの?」

「いや、別にだね。正直、そういうのは信じていない。子供騙しのオカルトだと思っているよ。」

「じゃあなんでそんなテンションが高いんだよ。」

「それはね?僕が刑事モノのドラマが好きだからさ!特に追跡刑事デカは最高なのさ!先輩刑事のタカさんと後輩のヤスのコンビはいつ見ても心が踊るんだよ!知ってるかい!?」

「…知らない。」

「じゃあ、貸してあげるよ!追跡刑事はシーズン1からシーズン6まであるからさ!」

「はいはい。ほら、あれ右左切じゃない?静かにしよう。」

「ああ!すまないね!静かにするよ!張り込みは、相手にバレないことが一番大事だからね!!!」

「おお!静かにしろ!バレちゃうって!」


 パン屋の裏口から出て来た右左切は、ピンク色のウサギの着ぐるみを着ていた。手には、創業十周年感謝セールと書かれた横1メートルくらいの看板を持っている。


「あれが…ターゲットかい?」

「うん。紙の情報によれば右左切はパン屋で着ぐるみを着てバイトしているみたいだから間違いない。」


 右左切は店の前で看板を大きく掲げ、店を宣伝している。たまに通りかかる子供に対しては、屈んで目線を合わせて、優しく対応をしていて、時には踊ったり跳ねたりなんかの小芝居までやっていた。


「なんか良い人そうじゃないかい?」

「そうだね。俺もそう思う。」

「ところでだよ。はじめ君。今は大体昼過ぎくらいだ。腹が減ってきてはいないかい?」

「ああ…確かに、若干減ってきてはいるかな?」

「そこで提案なんだけどね?」

「うん。」

「あそこのパン屋でパンを買って来てもいいかい?」

「は?良いわけなくない?」

「ちょっと待ってくれよ。僕を罵るのは早計さ。聞いてくれれば理解できるはずだ。」

「…分かった。聞いてみる。何?言ってみてよ。」

「張り込みに欠かせない物が世の中には二つあるんだよ。それが手に入るかもしれないんだ。」

「ほぉ、その二つとは?度胸とか?忍耐とか?勇気とかだったりして。」

「良い線いってるじゃないか。さすがだよ。はじめ君。」

「そう?で、正解はなんなの?」

「牛乳とアンパンさ。」

「ふざけるのも大概にしとけよ?」

「絶対張り込みにはアンパンと牛乳が必要なんだ!これだけは欠かせない!追跡刑事でも言っていたから間違いない!」

「それだってフィクションでしょ?」

「史実を元にした!フィクションだ。現実に起こった事と大差ない。フィクションの方がむしろ伝えたい事がダイレクトに伝わる分、ノンフィクションよりノンフィクションだと言えるよ。」

「うん。何言ってんのか分かんない。」

「いいから!僕はアンパンが食べたいんだよぉ!!!」

 

 亮は確固たる意志をもって、アンパンを欲しがっているようだ。亮の目からは「てこでも動かないぞ」と言われているような気がした。

 仕方がないので、俺は自分の分のパンも頼み、パンを買いに行かせた。亮はニッコニコで財布をもって、右左切が入った着ぐるみの横を素通りし、パン屋の中に入って行く。まるで右左切には目もくれず。本当に何しに来たんだアイツは。

 呆れて、亮から右左切に視線を戻すと、右左切にも動きがあった。なんて言うことはない。バイトのシフトが終わったようで、パン屋の裏口に入っていったのだ。しばらくすると、右左切は商店街に来る前と同じ半袖短パンの格好になって出て来た。背中には大きなスポーツバッグを背負っている。

 そして、そのまま次の目的地へと、全力で駆け出して行った!

 まだ亮は帰ってきてはいない。しかし、右左切の速度は驚くほど早く、もうすでにかなりの距離離れてしまっている。

 ああ、どうしよう!亮のやつ、どんだけパン選んでんだよ!もう!!!

 亮は帰ってくる気配がない。迷っている間にも、右左切は離れていく。

 俺は結局、亮を置いて右左切を追うことにした。ごめん亮。

 どんどんどんどんスピードを上げていく、右左切を俺は必死に追いかける。一体どれほど走ったのだろう。俺の息が上がり、足も痛んでもう疲れ果てたというような状況で、右左切は次の目的地に到着した。

 そこはボクシングジムだった。ジムの正面がガラス張りで中の様子がよく見える。紙からの情報から考えると、右左切が幼い頃から通っていたというキックボクシングのジムだろう。

 中を見てみると、ジムの壁にはトロフィーや賞状が飾られ、部屋の端にはサンドバッグが三つ吊り下げられている。部屋の真ん中には我が物顔で鎮座するボクシングリングがあった。人も何人かいて、各々思い思いにトレーニングをしていた。サンドバッグを打つ人もいれば、筋トレをしている人もいる。なかなか活気があるジムのようだった。

 そんな中、右左切はリングの上に立っていた。赤いグローブを嵌めて、足を前後に開き、両腕を顔の前で構える。そして目線を上方に合わす。右左切の目線の先には、2mを超えるだろう大男が同じくファイティングポーズを構え、右左切と目を合わせ、睨んでいた。

 大男は両肩の筋肉が盛り上がり、腕は丸太のように太い。肌は浅黒かった。黒人の怪物のようなボクサー選手を想像してくれたらそれに近いと思う。

 しかし、そんな一回り以上大きい相手に対して、右左切は想像したような緊張した表情ではなく、むしろ余裕のある表情であった。笑っているようにすら見える。飛び跳ね、小躍りを踊ってみせて挑発をしているのだろうか。大男はさらに目つきが鋭くなる。

 すぐにゴングは鳴らされた。ジム内に鳴り響き、外にまで漏れ出すほど大きな音だ。

 しかし、ゴングが鳴らされてもなお、右左切も大男も動きそうにない。流石に挑発はしていないが、お互い試合が始まる前と同じく睨み合ったまま動かない。ステップを踏み、一定の距離を保ち、間合いを把握する。

 それは、剣術家やガンマンなどと同じ「達人の間合い」なのだろう。睨み合ったままジリジリとリングを移動するのみで少し牽制程度に拳を繰り出したりするものの、特に大きな動きはない。

 試合時間が1分経った頃、大男の方が痺れを切らしたのか、右左切に向かって、勢いをつけて近づいた!

 丸太のような腕を右左切の顔目掛けて、殴りつける!

 しかし、次の瞬間にはもう大男はリングの床を舐める事になっていた。長い膠着とは裏腹に勝負は一瞬で片がついた。

 右左切は大男のパンチを姿勢を瞬時に低くする事で、顔面スレスレで躱し、そのままお返しとばかりに、大男の顔に強烈な一撃を喰らわせたのだ。そのまま大男はノックアウト。リングの上で立っていたのは右左切であった。


「うお、すご…あんな強そうな人を一撃で倒すなんて、かなりすごい人なんだろうな。…あ。確か、紙に実績とか書いてあった気がする。見てみよう。」


 紙には、体重が軽いながらも同年代の大会のヘビー級で入賞した事もあるらしい。通り名は「早打ちラピッドパンチャー」。一瞬の隙をつく様から、早打ちと呼ばれているらしい。


「…最悪の場合。雪男がバケモノで、あの人が悪人だった場合。あの人と戦う事になるのか?こ、怖え…」


 その後、右左切は大男とお互い健闘を讃えあった後、サンドバッグ打ちをしたり、筋トレをしたり、ミット打ちをしたりして、かなり長い間トレーニングをしていた。

 トレーニングが終わり次第、右左切はジムから出てくる。やはり半袖短パンだ。

 そしてまたもや全力で走りだした!ものすごい勢いで駆けていく。沈んでいく太陽の十倍早く走ったと言われたメロスもこれくらい速かったのだろうか。

 俺は全速力で追いかける。脇目も振らずに追いかける。紙で事前に確認していたから。もう、右左切はこの後家に帰るだけだと知っていたから。見失わないことだけを考えて、追っていく。

 だから、気づかなかったんだ。

 追っていると思っていた自分が、すでに追い込まれていた事に。


4.

「なあ。バレてるぞ。」


 右左切を追いかけて、角を曲がった先で振り返ってこちらを向いている右左切にそう、話しかけられた。

 辺りは静かで人気も感じない、周りには空き地がぽつぽつあるだけで民間も遠くに見えるだけ。だだっ広い道路だ。そんな中、17歳にしては小柄な右左切が紅い瞳でこちらをジロジロと見つめて来ている。


「ば、バレてるって何のことですか?」


 俺はダメ元で誤魔化そうとする。


「嘘をつくな。嘘を。今日おれを付き纏ってたのお前だろ?何のようだ?」

「その、ですね…」

「おん。何だ?」

「雪男って知ってます?」


 我ながら酷い話運びだ。こんな時、タレンのような賢い人がいてくれたらと心底思う。


「雪男?…ああ。テレビとかでやってたやつな。知ってるよ。それが何か関係あるのか?」

「その、雪男を自分で探しててですね。なんかお兄さん、知らないかなぁって思って、ついて行ってたんですよ。」


 右左切は怪訝そうな目でこちらを見る。そりゃそうだ。なんにも筋が通っていない。


「おお!そうなのか!なんだよ、早く言ってくれよ!悪ガキかと思って警戒しちまった。」


 しかし、なぜか、右左切の反応はとても良かった。

 本当に何故?何か騙されているのか、もしくは生粋の騙され体質なのだろうか。


「雪男な!己も好きだ。だって強そうじゃねえか。一度戦ってみたいもんだな!」

「…そういう物ですか?」

「おん。己はな、キックボクシングをやっているんだけど、キックボクシングを初めた理由も殴りたい。倒したい。兎に角、勝ちたい!っていう気持ちから入ったからな。雪男だって強くなるためには倒したい。」

「ハハハ…凄いですね。話を元に戻しますけど、最近聞く雪男について何か知ってますか?」

「ああ、そういえばそれが聞きたいんだったな。うーん」


 右左切は真剣に思い出しているようだった。


「ダメだな。全然雪男に関してはしらねえよ。ごめんな。」


 そう言った、右左切の目には嘘は感じられなかった。

 どうやら雪男については何にも知らないみたいだ。


「…そうですか。分かりました。こちらこそすみません。ありがとうございました。」


 この人は今日一日見た限り、とても良い人そうだったし、本当に関係ない人なのかも知れない。タレンの手違いか、そうじゃなくても機材の不調だろう。とりあえず帰って、タレンにもう一度調べてもらおう。そう思った。


「じゃあ失礼しますね。」

「おん。己も帰らなくちゃな。ちょうどお前と同じくらいか…いや流石に小さいな。まあそれくらいの妹が家で待っているんだよ。貰ったパンもあるし、今日はご馳走だ。」

「ははは、いいですね。」

「おん。いいだろ?じゃあ帰るから。じゃあな!」


 そう言って、右左切が背中を向けて、走り出そうとした時。


「うぐっ…!」

 

 急に、右左切が膝をついて倒れる。


「えっ?!大丈夫ですか?!」

「ああ、ちょっとした…立ちくらみ…だ!」


 先程とは打って変わって、顔色が悪く、走っていた時ですら殆ど流していなかった汗が額にダラダラと流れている。


「本当ですか?立ちくらみじゃなさそうですけど。」

「立ちくらみだ!(クソッ、なんでこんな時に発作が?!)」

「でも…」

「立ちくらみだって言ってるだろ!いいから早くどっかいけ!己に近づくな!大丈夫だ!」


 右左切は苦悶の表情でこちらを向き、片膝をついたフラフラな状況で追っ払おうとする。


「いや、ほっとけないですよ!」

「ち、近づく、な!」


 次第に右左切の身体は震え出す。


「ぐ、ぐがアアアアアアアア!!!!」


 右左切は叫びながら、道路に突っ伏し、痙攣する。

 赤い目はさらに血走り、脂汗が吹き出している。


「ど、どうしましたか?!大丈夫ですか!?」


 俺はゆすって呼びかけるが、叫んでばかりで返答はない。


「もしもし!大丈夫ですか!?」

「ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 咆哮を皮切りにして、右左切の身体は少しづつ変化を始める。両腕はどんどん膨らんでいき、筋骨隆々な、おおよそ人間の腕についているとは思えないほど太くなり、その腕を覆うかのように白い毛が生えそろっている。頭髪は旋毛から毛先にかけて、色が抜けていき、腕と同じく、真っ白になり、頭頂部付近には大きく長いまるでウサギのような耳が現れたのだった。


「これは!?…いったいどういう事だ?」


 目の前で人が人間ではない、何かに変身していく様に驚き唖然としてしまう。

 右左切が苦しむ音だけが辺りに響く中、その環境を切り裂いたのは、鞄に入れていた雪男レーダーだった。

 ビー!!ビー!!ビー!!ビー!!!

 雪男レーダーがうるさいほど反応する中、俺は右左切に視線を合わせる。

 そこには、変身が終わり、首を慣らしているウサ耳で両腕が白く毛むくじゃらのボクサーが立っていたのだった。


「あ゛あ゛、痛゛えな……明らかに頻度多くなってきてねえか?…」

「右左切さん!あなたが雪男だったんですね…」

「…見ちまったよな、そりゃ。…マズイな。えっと、雪男?…ああ、これの事か?えっと、これはだな。」


 右左切は何か言い訳しようとしていたようだが、何かを思い出したかのようにこちらをみる。


「いや、待てよ?あのセールスマンから聞いた己を狙ってるヤツってお前らの事か?中学生くらいで、背丈もこんくらい。うん。そうか。確信は持てないけど。」


 右左切はニヤリとして言う。


「兎に角、殴れば分かるか。」


 右左切はジムで見せた時と同じように、足を前後に開き、拳を顔の前に構える。ステップを踏み、跳ねる姿はさながらウサギのようだ。


「オラッッ!!!」


 右左切はステップの勢いそのままに俺の顔面目掛けて拳を放つ!

 普通のキックボクシングのパンチでさえ、一般人を殴ったら最悪死んでしまうのだ。それをあの太く、重く、速い拳で殴られる事なんて考えたくもない。しかし、実際に殴られようとしている今、咄嗟に回避する事すら叶わず、そのまま正面からぶん殴られる。


「モノ!しっかりしやがれ!バカが!」

 

 その直前。鞄の中からクロームが飛びだし、顔と拳の間に挟まり、なんと奇跡的に拳を止める!わけもなく。そのままクロームごと俺は吹っ飛ばされ、空中を舞う。


「がッ!!!」


 身体がまだ浮いている状況で、殴られて被っている状況のクロームが大声で叫ぶ。


「装着しやがれ!モノ!」

「…!ああ!」


[system all green,装着準備OK]


「「装着!!!」」


 顔につけた鬼面から、液体金属が溢れ出し、俺の身体をそうように流れていく。それは身体を纏わりつき、覆い、形を変えて、一瞬の内に荒々しい鬼鎧となった。

 そのまま、俺たちは宙返りをして、スタリと着地をする。


[mode monochrome,装着完了]


「よくもやってくれたなァ?!ウサ公がよォ!!!ぶっつぶしてやるから覚悟しておけよなァ!!!」


5.

 広く静かな通り、鬼と兎が睨み合う。


「なぜ、急に攻撃を仕掛けてきたんですか!右左切さん!」

「この格好は見られちゃマズイんだよ。だからショックで忘れたり、写真撮られたりする前に気絶してくんねえかなって思ってな。」

「その腕で殴ったら、死にますよ?!」

「ああ、そうか。いつもの感覚じゃあダメなのか。」

「そりゃそうですよ!」

「まあ、結果的にお前が鬼だったからいいだろ?ああ。そういえばもう一人いるはずだが、今日はいねえのか?」

「もう一人?」

「なんでもない。こっちの話だ。兎に角、お前には己に殴られてもらう。己達の為にな。」

「俺はあなたと戦いたくない!今日一日ですが、あなたの事を見てました。とても悪い人には見えなかった!」

「おん。己だって何の意味も無しにガキを殴んねえよ。いくらバトルが好きだと言ってもな。」

「じゃあ!」

「…だがな、お前が己を見逃してくれるわけじゃないし、このまま帰らしてくれるわけでもない。そうだよな。」

「それは…」

「どうせ何処かにでも連れて行かれるんだろ?そんなの死んでもいきたくねえな。」

「で、でも!右左切さんのその病気だって治るかもしれない!」

「お前らに直して貰わなくたって、勝手に治すさ。」


 そう言った右左切の赤い目は少し悲しそうだった。


「兎に角。ここはお前を倒させてもらう。」


 右左切はゆっくりと構えを戻す。それに応じるように、俺は歯を噛み締め拳を握る。

 お互い戦闘体制の中、先に動いたのは鬼だった。


「いくぞ!モノ!さっきのお返しにぶん殴ってやる!!!」

「クローム!相手は生身だ。出力は抑え目にな。」

「分かってる。取り敢えず殺さなきゃ良いってことだろ!!!」


 俺たちは地面を蹴り飛ばし、右左切の顔を目掛けて、拳を振るう!

 しかし、右左切には当たらなかった。

 ジムで大男と右左切の対戦で見たように、姿勢を低く下げ、ギリギリ掠めるように避けるあの戦法だ。

 と言う事はつまり…カウンターが直ぐに飛んでくる!


「クローム!守れ!」

「おん。それじゃあ、間に合わないぞ。ほら!!!一撃ホップ!!!」


 咄嗟のガードは間に合わず、顔面にクリティカルヒットする。頭を金槌で殴られたような強い衝撃が襲い、再び俺たちは空中へ投げ出される。

 今度の一撃は初撃よりもさらに鋭く、威力が高かった。俺たちは受け身を取る余裕すらなく、地面に叩きつけられる事になった。


「ゔッ…痛゛って…何て威力だ、」

「ああ、あのウサ公の攻撃、ありゃヤベェぞ。たった2回しか殴られてねェはずなのに、すでにバケモノと戦った時のダメージよりダメージ量が多い。アイツ、本当に人間か?」


 右左切の方を見ると、声を上げて笑っている。


「アッハッハッハ!!!なかなか硬えじゃねえか!まさかコレを耐えるなんてな!楽しいな!やっぱり殴りあうのは良いなあ!!!」

「チッ、舐めやがって…」

「ハハハハハ!…ん?ああ!すまねえな!説明して無かったわ。俺の能力についてな。いけねえいけねえ。ルール違反になっちまう。」

「る、ルール?」

「ああ、キックボクシングの試合だとよ。自分の能力を相手に公開してなきゃいけねえんだよ。じゃねえとルール違反で失格なんだ。」

「…ハァ?何言ってんだァ?ウサ公。」

「兎に角、自分ルールみたいなもんだ。己はお前に能力を開示しなければいけねえんだよ。分かるか?」

「いや、全然。」

 「まあ、倒れながらでもいい。聞いてくれ。己の能力は『兎ノ一撃二撃三撃ホップステップジャンピング』同じ行動を繰り返す度、3度まで威力が倍増していく能力だ。例えば、三発連続で殴ったとしたら、二発目は一発目の二倍の威力。三発目は四倍の威力で殴れるってわけだ。強えだろ?」


 倒れている俺に説明をして、右左切は少し満足そうだ。


「…いいのかァ?オレ様達に伝えちまってよォ?テメェをぶっ倒しちまうかも知れねェぜ?」

「おん。己はこんな程度のハンデでは負けない。」

「テメェ、言いやがるじゃねぇか!モノ!」


 俺たちは立ち上がり、右左切に向き直る。


「アイツは力をセーブして何とかなる相手じゃねェ。それは分かったな。」

「ああ。」

「オレ様達の本気をぶち当ててやろうぜ!」

「…仕方がない。やってやろう!クローム!」

 

 俺は右手を横に突き出す。


 [アタッチメント要請受理。metal rodを作成します。]

 

 すると、右掌から装着時と同じような液体金属が溢れ出す。それは細長く成形され、太く、刺々しくなっていき、重く長い金棒になった。


「出し惜しみはしねェ!いくぞ!!!」

「ああ!もちろんだ!」


 俺達は右左切に向かって、全力で突っ込んでいく。対する右左切はどうやら笑っているようだ。


「いいな!そういうの!己は好きだ!こい!正面からぶっ飛ばしてやる!」


 右左切もこちらにステップで近づいてくる!


「「うおおおおおおおおお!!!!!」」

「オラッッッッッッッッ!!!!!」


 俺たちは高速回転した金棒を右左切目掛けて振りかぶる!右左切側もそれに応えるように、金棒に対して白い拳を振るう!


「「ashen out !!!!!!!!!」」

一撃ホップ!!!」


 ギャリリリリリリ!!!


 金棒と拳が正面からぶつかり、金属を削るような、けたたましい音が発せられる。

 金棒での攻撃は右左切の拳と同程度の威力だったらしく、ちょうど拮抗している。どちらかが一瞬でも気を抜けば、即必殺技が炸裂する。そんな状況だ。

 しかし、高速回転している金棒を殴りつけた白い拳は、削れ、赤く血が流れ始めた。このまま押し切れる!


「……まだまだあ!!!己は負けねえ!!!」


 右左切が急に大声をあげ、金棒を殴っていた拳を引く。そして…


二撃ステップ!!!!!」


 もう一度強く殴りつける!

 その威力は凄まじく、金棒を吹き飛ばす。


「なっ!」

「バカ!油断するな!モノ!」


 右左切は既に拳を引き、こちらに狙いをつけている!


「喰らえ!!!攻兎ノ三撃ジャンピング!!!!!!!」


 放たれた三撃目は俺の腹部に炸裂する!


「ゔっ、が!…」

 

 腹部から強烈な衝撃が襲う。俺の身体は簡単に持ち上がり、後方へと思いっきり殴り飛ばされるが、痛みで受け身どころではない。先程2回よりもより遠く離れた位置まで吹き飛ばされ、無惨にも地面に衝突し、転がることしかできない。

 右左切は倒れた俺の方を見て、ボソリと呟く。


「良い攻撃だった。ありがとな。」


 そう言って右左切は背を向けて、俺から離れていこうとする。


「ま゛、待゛ってくれ!!」


 手をつき、立ちあがろうとするが、ふらついて、まともに歩くことができない。

 右左切は俺の言葉を無視して帰ってゆく。


「おい!ま゛で!!!」

「…もう勝負は終わった。TKOだ。」

「じゃあ!リ゛ベンジマッチだ!あなたを逃したら、俺は後悔する!そんな気がする!」

「…おん。そうか。やるんだな。殺したくはなかったんだけどな。」


 右左切はこちらを向いて言う。

 

 「いいぜ。こいよ。」


 俺はフラフラな身体を引き摺って、右左切に向かっていく。しかし、何度も転び、右左切には遠く届かない。

 腹が痛い。どこかの骨が折れているのだろうか。痛みで碌に力も入らない。倒れたまま突っ伏していたい。それでも、それでも!右左切を帰したくない!無理をしろ!俺!右左切を帰すわけには!いかないだろう!

 俺は倒れたまま、身体を引きずりながらも前へ進む。しかし、少しも進まない。

 右左切は真っ直ぐ俺を見ている。


「ほら、だから一人だと心配だと言ったじゃないか。」


 そんな中、満身創痍でボロボロの俺の背後から聞き馴染みのある声が聞こえる。この声は…


「置いていくなんて酷いとは思わないのかい?はじめ君。せっかく君の分のパンも買って来たのに。」

「亮!!」


 パン屋の袋を抱えた、亮の声だった。


「で、君はいつもボロボロだね?人の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないけど、健康に悪いよ?」

「好きでやってない。」

「まあいいや、パン持っていてくれよ。潰れたりしたら悲しいからね。」

「…ああ。頼むよ。亮。」

「おい、雪男。逃しはしないよ。」


 右左切は面倒臭そうにこちらを向く。


「…いつになったら帰れるんだよ。己は。」

「さあね。僕に勝ったらかな?」

「…しょうがねぇ。やるか!」

「スイエン!」

「へい!兄貴!」


[system all green,装着準備OK]

 

「「龍装!完全装着!!!」」


[装着開始します。]


 亮が左手に着けている指輪から音がなり、金色の液体が溢れ出てくる。その勢いは止まらず、全身を覆い、次第に硬くなっていく。爪は鋭く、鱗は堅牢に、牙は凶暴に変化していく。液体の流れが止まった時、金色の龍鎧の姿がそこにはあった。


「君はたしかボクサーかなんかだったよね。」


 亮は右左切を睨んで言う。


「さあ。round2だ。」


6.

辺りは日が傾き、すでに少し暗くなってきて、夕日に照らされる龍はとても綺麗だった。亮はツカツカと右左切にゆっくりと近づきながら言う。


「残念ながら、そんなに時間はないんだ。早々にケリをつけさしてもらうよ。」


 亮は右左切に掌をむけて、ニコッと笑う。


龍闘堕火ファイトフロムザインサイド


 掌が一瞬チカッと輝き、火が噴き出す。火は渦巻き、火球となって右左切目掛けて飛んでいく。

 しかし、右左切はステップを踏み、火球を余裕で躱す。


「火を出す感じの能力か?なかなか強そうじゃねえか。燃えてきたな。」

「いいね!そのまま身体まで燃えてくれたら、都合がいい。」

「おん。言うじゃねえか。仲間が倒された相手にな。」

「兎一匹に怖がる龍などいないだろ?」


 亮は臆する事なく、構えている右左切に向かって歩いていく。


「亮!そいつの攻撃はヤバい!不用意に近づくな!」


 俺が声を振り絞って、叫んだ時にはもう、右左切は拳を繰り出していた。白い拳が亮を目掛けて繰り出される!しかし、右左切の攻撃は空を切る事になる。

 そして、殴ろうとした相手の声が、右左切の背後から聞こえるのだ。


「不用意?僕がかい?そんな真似をするのは、君か、もしくは、その鬼鎧くらいなもんだろう。」


 右左切は瞬時に身を返すが、燃える拳が振り返った顔面に直撃してしまう。


「がッ!」


 殴られてもなお、右左切は拳が放たれた方向を向くが、すでに亮の姿はそこにはない。

 そしてやはり、背後から声がするのだ。


「完全装着したスイエンの最たる力は、火力でも耐久性でもない。」

「あ?」

 「速さなんだよ。エネルギーが切れるまでの残り数分。誰も僕を止められない。」


 右左切は振り向くが、その瞬間には亮は前に回り、拳を繰り出す。その速さに右左切には確かに対応できず、殴られ続けるのみだ。殴られた箇所は燃えて、火傷のようになり、とても痛そうだ。動きを予想して右左切も拳を振るうが、当たる寸前で身を翻し、手痛いカウンターを食う事になる。


「ほらほら!ローストラビットになるつもりかい?そこには誰もいないよ。」

「…おん。マジで、強えなあ。威力はさっきの鬼の方がヤバいが、こんなん何発も喰らってたら、流石にヤバい。己も速くなんねえとな。」

「兎が空翔る龍をどうやって捕まえる事は不可能だ。」

「そうか?分からねえぞ?干支で龍より一つ先にゴールした小動物もいたらしいしな!」


 そう言うと右左切は急に前に強くステップを踏む。


一速ホップ!!!」


 その勢いで亮に向かって拳を振るうが、当たらない。


「まだまだあ!!!二速ステップ!!!」


 更に速度は上昇し、亮に迫るようにステップを踏み、拳を振るう。しかし、すんでのところで躱される。

 だが、それでも攻撃はまだ終わっていない。


「急に速くなった!セカンドか!」

「届け!!!奪兎ノ三速ジャンピング!!!」


 右左切の拳は龍の頭に届き、壁に向かって殴り飛ばす。亮はそのまま壁に叩きつけられた。


「はぁ、はぁ、やってやったぜ。ウサギ舐めんな。」

「…くっ、確かにとんでもない威力だ。これはもう喰らう訳にはいかないね。」


 亮は再び、掌を右左切に向けて、呟く。


「龍闘堕火」


 掌から巨大な火球が現れ、右左切を燃やさんと迫ってくる。

 右左切はそれを後ろにステップをして、避けるが、亮の狙いはそこではない。右左切の目を逸らすことが重要だったのだ。

 火球を避けた右左切は亮が立っていた位置を見るが、そこに姿はない。辺りを見回すが、呻き、倒れている鬼の姿と遠くに転がる金棒しか視界には映らない。

 すると、上、夕焼けに染まる空の方から、ボッ、ボッと音がする。

 そこには、宙に立つ龍の姿と迫り来る沢山の火球が見えた。


「おいおい、喰らう訳にはいかねえって、そういう事かよ。流石に空飛ぶ相手とは殴り合った事ねえんだよな!」


 火球は地面に辺り、燃え広がっていく。右左切は火球を避けながら、その大元である亮を視界から逃さぬようにしっかり見据えている。


「おい!龍のガキ!己がなんでピョンピョン跳ねてるか教えてやろうか?!」

「敗者の言葉なんて、聞く必要があるのかい?」

「まあ聞けよ。こう絶えず跳ねてるのはな!いきなり能力を発動させるためだ。こうやってずっと跳ねてれば、一回と二回目はショートカットできるよな?」


 ギザギザの歯を見せつけるように、ニカッと笑って右左切は言う。


嶷兎ノ三跳ジャンピング!!!」


 右左切は脚に力を入れ、全力で垂直に跳ね飛ぶ。そして、右左切の身体は、空中に立つ亮の目の前まで到達する。

 赤い目と紅い目が合い、拳が交わる!


「オラッ!!!!」

「後悔しろ!」

 

 雲の下、兎の拳と龍の拳は互いの顔面を叩きつけ、クロスカウンターの形となった!ともにクリーンヒットである!

 両者は空中で体勢を保てなくなり、重力に従って落下してしまう。火の海に飛び込むように、二人は地面に叩きつけられる。


「がッ….相打ちか!ハハハッ!ゴホッゴホッ、やって、やった!」

「相打ち?そいつはちょっと違うんじゃないかな?」


 叩きつけられて、動けない右左切の視界に立っていたのは、金色の龍だった。


「…マジか。何をしたんだ?」

「地面に当たるギリギリで、スイエンの飛ぶ力を再発動したんだ。だから僕は地面とぶつかることはなかった。」

「ゴホッゴホッ…ズルくせえな。」

「ズル?君も大概甘いね。殺し合いにズルなんて言葉を使うなんて。じゃあ申し訳ないけどトドメを刺させてもらうよ。君みたいなバケモノは死んだ方が世界のためだ。」


 亮は右左切りに掌をつける。

 

「ああ、そうか。バケモノか。じゃあ己もズルをしちまおうか。」


 亮がセカンドを発動しようとした瞬間。そう聞こえた気がした。だが、もう聞こえない。何も聞こえない。

 右左切が空気を裂くような声で、叫んでいるからだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


 右左切の身体はべキリべキリと音を立てて、変化していく。全身が白い毛で覆われ、全身が筋肉の塊かのような、太く力強い体躯になっていく。頭部は特に変化し、おおよそ人間ではない、ウサギのような骨格にかわり、口はギザ歯がハッキリ並んでいるのが見えるように裂けていき、鼻は逆三角形の獣のような鼻になった。耳はさらに長く、大きくなる。

 変化した右左切は、直立する筋骨隆々なウサギのような見た目の、2メートル半はあるだろう怪物になったのだった。


 ウサギの怪物は跳ね上がるように立ち上がり、言う。


「さあ。やろうぜ。最終roundだ。」


7.

右左切が変化したウサギのバケモノは近くにいた亮目掛けて、拳を振るう。

 亮は拳を避け、攻撃に転じる。


「…やっぱ速えな。いくぞ。一速ホップ!!!」


 右左切はステップを前後に踏む。


二速ステップ!!!」


 ステップを踏む速度は上がり、その巨躯でのステップで地響きがする。


三速ジャンプ!!!」


 ウサギのバケモノは亮を攻撃しようと、恐ろしい速さで迫ってくる。


「危ない!亮!避けろ!」

「言われなくても!避けるさ!」


 亮はギリギリで白い巨拳を躱す。が、攻撃はまだ終わっていない。


四速リープ!!!五速フラップ!!!」


 さらに速度を上げる!


「な!3回までが限度じゃないのか!?」

「ああ、この姿になるとなんか青天井になるんだよ。天井なんて跳ねて超えていく。な?ズルいだろ?」


 目の前でウサギのバケモノがとんでもない速度で近づいてきて、そういった。


奪兎の最速アウトストリッピング!!!」


 凄まじい速度で繰り出される拳を避けることはできずに亮は正面から喰らってしまう。

 そのまま吹き飛ばされ、地面に転がる。


「はぁ、はぁ、言っても己ももう限界なんだ。兎に角。流石に帰らせてもらうぜ。」

「…まだだ!まだ終わってない!」


 亮はなんとか立ち上がり、ウサギのバケモノを見つめる。その隣にはこちらも満身創痍の鬼鎧が立っていた。


「おい、やめとけよ。死ぬぞ?」


 亮は俺を掴み、空へ飛び立つ。


「はじめ君。頼んだよ。」

「ああ。」

「僕はいまから君に酷い事をする。」

「え?」


 そう言って亮は俺の身体に火をつけた。


「おい!何すんだ!亮!」

「いいから、合わせて!」


 そして、亮は俺の抵抗を無視して、ウサギのバケモノ目掛けて投げる!俺は重力を一身に受け、誰よりも速く、右左切より、亮より速く、落ちていく!


「うああああああああああ!!!!!」

「モノ!構えろ!右左切を倒すぞ!!!」

「うああああああああ!!!………そう言う事か!」

「いくぞ、モノ!」

「ああ、クローム!」


[アタッチメント要請受理。metal rodを作成します。]


 落ちながら燃える金棒を手に掴み、右左切に叩きつける!


「仕方ねえ。来い!ガキ共!」


 燃える金棒は高速回転をして、炸裂する。


「「ashen out !!!!!!!!!」」


 右左切は超速で振り下ろされた金棒に対応できず、直撃する。


ガキンッッッッッ!!!!

 

「うガッッッッ!!!!」

 

 俺は右左切がクッションになり、地面に叩きつけられたダメージは致命傷にはならなかった。だが、それでももう動けるような身体ではない。


 [活動時間限界。装着解除します。]


 そんな機械音声が降りてきた亮から聞こえる。

 俺たちの全部出し切った、最後の攻撃だった。

 しかし、ウサギのバケモノはそれでも立っていた。


「…おいおい、なんだァ?コイツは。バカみてェにタフじゃねェかよ。」


 クロームがそんな事を呟いていた。


「うぐ、が、、、あ゛あ゛。い゛でえな…」

「バケモノが。タフだね。」

「…そうでもねえさ。もう己も限界だ。全てを出し切った。お前達と同じようにな。」


 そう言って、ウサギのバケモノは今度こそ帰っていく。

 俺はもう、声をだす余力すら残っておらず、呻くだけだ。亮もスイエンがエネルギー切れでどうする事も出来ない。


 高く跳ねて帰っていく兎を輝く月が照らしていた。


8.

暗く静かな室内に右左切とその妹の湊、そしてセールスマン風の男が座って話している。

 

「ねえ。ウサちゃん。そんな包帯まいてどうしたのカナァ。大変そうじゃないか。ねえ。ねえ。フヘヘへへ。」

「チッ、知ってんだろ?アンタ。」

「うん。もちろん。見てたよ?」

「じゃあ聞いてくるな。あと右左切と呼べ。」

「やだねー。君たちは今日からここで過ごすんだから。家族みたいなもんなんだよ?あだ名は嫌い?ボクはね。ダァーイ好き。他の家族も後で紹介してあげるね?」


 暗闇の中ケタケタと笑う男の声が反響していた。


 

右左切と戦ったその後、包帯を巻いたり、タレン特性の薬(ヤバそう)を塗ったりした後にしっかり療養をして、右左切の家の住所へ向かってみた。しかし、やはりと言うか家の中はもぬけの殻ですでに右左切の姿もその妹の姿もなかった。

 タレンに右左切の話をしたら、人間がバケモノになり、戻ることができる生物に興味を示したようで、最近はずっとモニターに向かって、キーボードを叩いている。

 右左切 一葉。とんでもないやつだった。やつを救ってやりたいと思いつつも、彼が俺たちの手を借りたくないのも分かるのだ。またいつかどこかで戦う事になるのだろうか。


 俺は受けた傷を撫で、闘志を燃やすのだった。

 

 


 


  


 


 

 




 



 

 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 

 

 

 

  

 


 


 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る