十五。対の羽根
「どうかしましたか?」
少女の背中に視線を向けていたのに気づかれてしまったようだ。私は「何でもない」とだけ返すと、少年に目を向ける。
「フゥッ――ゥゥ!」
さながら人さらいにでもなった気分だ。目じりに涙をためてジタバタと手足を暴れさせている少年は、物の怪には全く見えない。無垢でか弱いただの人間である。
その姿を前にして特に何も感じない私としては、ある意味人さらいの才能があるのかもしれなかった。
「よし、やっぱりもう少し講義を続けよう」
少女に手招きをしてこちらに寄ってきてもらう。拘束された少年の前で普段通りに会話をする女が二人。はたから見れば非常に奇怪に映るであろう光景だが、幸いこの場には三人しかいない。
「先ほど喰は物の怪の生態系の上層に位置すると言ったが、その理由は喰の食性にある」
「食性、ですか?」
不思議そうに首をかしげる少女。これ幸いと私は質問を投げかけることにした。
「妖精は何を得て生きている?」
「大地の妖気を取り込んでいます。この森の下には妖気の流れる地脈が走っていて、私たちに限らず森全体が恩恵を受けているんです」
少女の言葉に首肯を返し、続いて少年に目を向けた。
「そのはずだ。妖精に関わらず、ほか多くの物の怪もまた、妖気を生命の源としている。それが大地から直接なのか、動物を介するのか、という部分に違いが出る。換は後者だな」
「喰もそうだと?」
「その通り。だが喰は少しだけ特殊だ。奴らは他の物の怪を喰らうことでしか生きることができない。その他多くの特性を持つが、すべてが対物の怪用だ。――後で喰の姿絵を用意してやる。いくら妖精といえども、もし遭遇したら避けた方がいい」
少女がお礼の言葉とともに頭を下げてくる。私は「気にするな」と返した。これから少年に避けろといった物の怪の糞をぶちまけるのだ。本当に気にするな、の事案である。
自分で仕事をどんどんと増やしてしまっているが、会ったからには最後まで対応しよう。これが私の仕事だ。
「――さて、なぜ治療の前にわざわざ講義を差し込んだか分かるか?」
突拍子もない私の質問に少女が答えを窮する。その様子を確認したのち、糞入り小瓶を少女の目の前に差し出した。
「それは、治療があまりにもあっけなく終わるからだ。要はかさ増しだな」
さらに分からないと言いたげな少女の前で、私は小瓶をひっくり返した。
「あぁっ!」
どばぁっと糞の粉末が少年に降りかかる。少女は思わずと言った風に声を上げ、少年は大きく見開いた目でこちらを見た。
「ほら、すぐに始まるぞ」
私の言葉と同時、少年の体が淡く発光して――
――少年の背中に光り輝く一対の羽根が現れた。
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