十三、対の羽根

 喜ぶ少年。その様子は顔ではなく声からしか読み取ることができない。しかし、すぐにそれもできるようになるだろう。

「旅人さん。一体、どうやって、治療するのですか?」

 少女は私の隣に腰を下ろすと、急かすように詰め寄ってきた。少年も「気になる~」と追撃してくる。

 ……顔が近い。落ち着かないのでやめてほしい。

 そのような思いで少女の両肩をつかむと、ぐいっと押し返す。少女は小柄で軽く、苦労せずに距離を取らせる事が出来た。

「まぁ、落ち着け。――これを使うんだ」

 少女には何度目かの「落ち着け」という言葉をかけつつ、懐から小瓶を取り出して二人の前に置く。

 この小瓶は先ほど換妖を放り込んだものと同じ性質を持ったものだ。蓋を閉めれば物の怪を閉じ込めることができる。

「触るな」

 少年が持ち前の好奇心を発揮させ、目を輝かせながら小瓶に手を伸ばすのに気が付いた私は、その行動を鋭く諫めた。

「な、なんでだよぉ。さっきは持たせてくれたじゃん!」

 少年は一角いっかくという、立派な角の生えた物の怪顔負けな唇の尖らせて方を見せて抗議してくる。今回の小瓶はあまり触らせることはしたくない。換妖を放り込んだ小瓶とは中身が違うし、よりきつく閉めてもある

 少年の気を引くためだったとはいえ、小瓶を玩具にしたのは失敗だったかもしれない。

「まぁまぁ。――既に何か入っているんですね。えっと……粉?」

 後悔の想いを滲ませて反省しつつ、少年をどうしたものかと思案していると、少女が口を開いた。どうやら中の物体に気が付いたようだ。少女が目ざとくて助かる。

「この粉はくいという物の怪の糞を乾燥させてから粉末状にしたものだ」

 小瓶を手に取って傾けてみせると、さらさらと砂のように流れていく。

「これをお前に、振りかけてやる」

 二人の精霊が沈黙する。少女は「冗談ですよね」と言いたげにこちらを凝視してくるし、少年は思考を切断しているように見えた。

「これを、お前に、振りかける」

 なので再度、ゆっくり、区切って言ってやる。

「……え、遠慮するっ。ちょっとおしっこしたくなっちゃったから行ってくるね――」

 私と小瓶入りの糞を何回か見比べたのち、少年は立ち上がった。そのまま小走りで……

「させるわけがないだろう」

 少年が私の隣を横切る瞬間、下履きの裾をつかめば少年が体勢を崩す。それを見た少女は素晴らしい身のこなしで少年のもとに駆け寄ると、顔面を畳に打ち付けそうになっていた少年を支えた。

「よし、そのまま拘束してくれ」

 少女は迅速な対応で少年の動きを封じてくれる。

「これでいいですか?」

 しかし、少女の表情は未だに「冗談ですよね」と言いたげだった。

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